第三章:傑作の一振り-15

 予想していたより、かなり苦戦する。


 そう思わせるのには十分な所持スキルの数々に、私の心境は複雑を極めた。


 これから予想される苦戦に辟易し、その所持スキルの数に気持ちが昂り、その巨体から繰り出されるであろう数々の攻撃にどう対処するか苦悩し、特異個体故の特殊な変化を遂げたその素材を使った剣が一体どんな物になってくれるのかと胸が高鳴る。


「坊ちゃん、どうなさいます? あの巨体を相手にするのは流石に骨が折れそうですが……」


 マルガレンはそう言って巣穴で未だに寝息を立てるトーチキングリザードを睥睨している。


「やれるだけやる。打つ手がないのなら私のテレポーテーションで逃げるつもりだが……」


 あの巨体だ、少しの油断があっさり命を持って行く。私が今まで経験して来たどの戦闘より熾烈を極めるだろう。


 だがそもそも、そんな戦いを今しなければならないのか?一旦引いて、状況を詰所に居る有識者のドワーフに相談し、知恵を借りるべきなんじゃないのか?


 もしくはこの街に在り、今は遠征帰還中だという魔物討伐ギルドを待って協力した方が安全では無いのか?


 ……いや、だが今奴は眠っている。今引いて準備を進めている間に起きて状況が悪化するかもしれない。


 それに奴がこのままこの場所に留まり続けるかどうかも分からない。折角の特異個体、その素材は通常個体より素晴らしいものだろう。それを逃すのはあまりにも……。


 そんな私の煮え切らない思考に、マルガレン何かを悟ったのか若干呆れながら溜息を吐く。


「坊ちゃんが倒したいのなら僕は付いて行きます。欲しいのでしょう? あの素材が」


「……ああ、そうだな」


 そう言うと、マルガレンは優し気に笑みを零す。


「主人の欲しい物を取って来るのが従者の務めです。何なりとお申し付け下さい、坊ちゃん」


「お前……」


 これは、一種の覚悟なのだろう。マルガレンは実戦経験が殆ど無い。そんなコイツがあんな魔物といきなり戦闘など、本来は避けて然るべきだ。


 だがそれでも、マルガレンは私に付き合うと口にした。


 それは覚悟以外の何物でもない。


「分かった。付いて来いマルガレン」


「仰せのままに、坊ちゃん」


「カーラットも構わないな?」


「はい。全力で坊ちゃんを御助け致します」


 カーラットも恭しくお辞儀をすると、私に向かって笑って見せた。


「よし。じゃあ、ちょっとワガママに付き合ってくれ」


「「はい!!」」


 その返事を聞き、私はトーチキングリザードへ一気に駆け出す。


 スキル《消音化サイレント》と《気配遮断》を使い気配と足音を消し、《強力化パワー》、《防壁化ガード》、《高速化ハイスピード》を発動し基礎能力を上げる。


 マルガレンはそんな私に追従し、私がトーチキングリザードに十分接近してから立ち止まると私を守るように正面に背を向けて立ち、装備していたカイトシールドを身構える。


 カーラットは私達とは離れた位置、トーチキングリザードの頭の近くまで移動し、いつでもトーチキングリザードに対処出来るよう体勢を整える。


 次に私はポケットディメンションを開いて背後に今私が操作出来る限界の三樽分を配置、《精霊魔法》で樽の中の水を操作し、トーチキングリザードの上空へと一塊に集める。


 そうしてマルガレン、カーラットに目線で合図した後、《精霊魔法》を解除し、水の塊をトーチキングリザードに浴びせ掛ける。


 トーチキングリザードに降り注いだ水は、その高体温に若干蒸発しながらも確かに全身を隈なく濡らし、背中に灯っていた松明針の炎が消えていく。


 するとトーチキングリザードは忽ちに目を覚まし、爬虫類特有の蚊の鳴くような、けれども大音量の声を上げながらその場で苦しそうに悶え始める。


「キシァァァァァァァァァァッ!!!!」


「よし、効いている。それじゃあ次っ……!?」


 次の樽を用意しようとポケットディメンションを開こうとした矢先、トーチキングリザードは苦しみ悶えながらもしっかりとこちらを睨み、その巨体を翻しながら刃物の様に鋭い爪を振り下ろして来る。


 凄まじい勢いの爪撃がそのままマルガレンの構えるカイトシールドへ叩きつけられ金属同士がぶつかる様な甲高い音を響かせる。


 そんな爪撃に対し、マルガレンはスキル《防壁化ガード》と《大防御スーパーシールド》、《剛体》を同時発動し、一撃を耐え切る。


 しかし威力がかなり強かったのか、その一撃でマルガレンは膝を折ってしまう。そんな状態のマルガレンをトーチキングリザードは追い込まんとそこから更に爪を振り上げる。


 だがそんな大きな予備動作をカーラットは見逃さず、振り上げられた腕を足場にして高く跳躍し、トーチキングリザードの鼻先目掛けて踵落とし……《躍墜脚やくついきゃく》を食らわす。


 トーチキングリザードはそのまま地面に顎を強かに打ち付け、振り上げていた爪も下ろす。


 軽い土煙を上げる中、私は再びポケットディメンションを広げ追加の三樽を取り出し、同じ様に水の塊を作り、今度はそれを顔面へと勢いよくぶつける。


「キシァァァァァァァァァァッ!!!!」


 トーチキングリザードはまたのたうち回り、その前足で顔に着いた水を振り払おうとガリガリと爪で掻き毟る。


 すると顔を覆っていた金属の様な鱗が剥がれていき辺りに散乱する。


 目を凝らして見てみれば一部分だけ集中的に鱗が剥がれたらしく、鱗の下に隠れていた皮部分が露出しているのを発見する。


 これは……いけるか?

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