第三章:傑作の一振り-16
「マルガレン、後一撃、受けられるか?」
私がそう問うとマルガレンは額に汗を大量に滲ませながら、けれども子供らしく笑って見せる。
「このくらい……余裕です!!」
その言葉に頷くだけで返し、トーチキングリザードへ視線を戻す。
のたうち回るのを止め、荒い息を吐きながら鋭い眼光で睥睨して来るトーチキングリザードは、こちらを向きながら大きく後方へ跳躍。壁に垂直に張り付くとそのまま天井まで走り、私達の真上へとぶら下がる。
蜥蜴が戦法を変えて来たか……。さて、どうしたものか……。
「坊ちゃん!!」
その声に私はそちらに振り向くと、そこには私達から離れていたカーラットがこちらに向かって来ているのが見えた。
「どうした?」
「坊ちゃん、水の通路って作れますか?」
「水の通路?」
「はい、水でトーチキングリザードまでの道を作って欲しいのです。さすれば私がトーチキングリザードを叩き落としましょう!!」
……今有効な手段は殆ど無い、やってみるか。ただし、
「大量の水を操るには時間が掛かる。それまで奴の攻撃をいなし続ける必要があるぞ? お前達やれるか?」
「「仰せのままに!!」」
「……そうか、ならカーラット、今奴の頭の一部の鱗が剥がれて柔い皮が見えている、そこをやれ。マルガレンはシールドで私を守れ!!」
「「御意!!」」
私はポケットディメンションから三度三樽を取り出し、《精霊魔法》で水を操り、道を作る様にトーチキングリザードへ伸ばす。
しかしそれを見るトーチキングリザードも大人しくしている訳ではなく、その大きな口を開き、毒腺から腐蝕液を数発飛ばして来る。
多少距離があるからか、最初の数発は見当違いの場所に着弾し、着弾した地面が腐蝕液によって変質、嫌な音と匂いを漂わせながら溶けていく。
アレに当たるのはマズイな……。《腐蝕耐性・小》がある私なら多少なんとかなるかもしれないが、マルガレンやカーラットに当たろうものなら大惨事だ。
だが今はその二人にこの場を任せるしか無い……。
私は頭を切り替えて水の操作に集中する。
すると同じ頃、トーチキングリザードは照準を定め終えたのか、今度は正確に私に向かって腐蝕液が発射される。それは私の顔面を射抜く一撃だったが、そこをマルガレンがカイトシールドで防ぎ切る。
だが私を守ったカイトシールドは先程の地面と同様その腐蝕液に侵され嫌な音を発しながら溶けていく。
持って後二、三発……。間に合うか?
そう思っているのも束の間、照準を合わせ終えたトーチキングリザードは間髪入れず複数発の正確な腐蝕液攻撃を放ち、それに着弾したカイトシールドはあっという間に穴だらけになってしまう。
「マルガレン! 後はいい! 下がれ!」
「ですが坊ちゃん!!」
「優秀なお前なら分かるだろ!? 下がれ!!」
「──っ!! ……はい!!」
マルガレンはそのまま後方、私達が入って来た巣穴入り口まで下がり、腐蝕液からの射程圏外まで逃げる。
それを見たトーチキングリザードはマルガレンに腐蝕液を食らわさんと放つが、そこにカーラットが割って入り、体術による受け流しで腐蝕液の方向を歪ませ、何も無い地面へと着弾させる。
「大丈夫かカーラット!?」
「御心配には及びません! ですがアレが複数発同時になると流石に厳しいですね……」
「それなら心配するな!!」
私がそう言うとカーラットはトーチキングリザードに目線を向ける。
そこには私が丹精込めて作った水で出来た道があり、トーチキングリザードへ真っ直ぐ伸びている。
だがカーラットはそれを見てある疑問が浮かんだ様だった。
「トーチキングリザードが逃げていない? 水を嫌うトーチキングリザードの側にあれだけ水があれば逃げるのでは……?」
「ああ、よく奴の周りを見てみろ」
「──っ! 成る程、流石坊ちゃん」
流石の私も水の道を作るだけならここまで時間は掛らない。私が苦労したのは、トーチキングリザードに気付かれない程の水を奴の周囲に少しずつ配置し、そしてそれを少しずつ大きくしていった事。
奴が気付いた時にはもう遅く、八方塞がりで最早その場からは動けない。
「行けカーラット!!」
「はい!!」
私に返事をしたカーラットはその俊足で私が作った水の道に乗り移ると、スキル《水渡り》を使い高速でトーチキングリザードまで駆け上がる。
その様子に大人しくするトーチキングリザードではなく、迎え撃たんとカーラットに向け大きく口を開き腐蝕液を喰らわそうとするが、今度は私がそれをさせない。
私は少量の水を操り、それを口を開けたトーチキングリザードの口内……毒腺から腐蝕液を分泌する発射口にぶつける。
瞬間トーチキングリザードは奇声を上げながら頭を何度も捻り、発射口に入った水を吐き出そうともがく。
そうこうしている内にカーラットはトーチキングリザードの元まで到達、水を足場に大きく跳躍すると、トーチキングリザードの鱗が剥がれた皮肌目掛け一層鋭い《
これには流石のトーチキングリザードも堪えたのか、ガッチリ掴んでいた天井から爪を離し、そのまま背中側から地面に墜落する。辺りには背中にあった松明針が折れて散乱し、よく見ると一部はそのまま地面に突き刺さっている。
伸身を翻し、水の道を足場に地面に降りたカーラットを横目にしながら私はその水の道を仰向けになっているトーチキングリザードに全て浴びせ掛ける。
「キシァァァァァァァァァァッ……」
叫び声にも勢いが無くなり始めるトーチキングリザードに私はゆっくり近付き、眼前まで行く。そして最後の一樽を取り出し、その水を操作してトーチキングリザードの口内から体内へ送り込む。
苦しそうにのたうつトーチキングリザード。仰向けながら私に鋭い爪を振り下ろそうとするが、最早避けるまでもなくその一撃は空振りする。
体内に水が行き渡り、体内の温度が急激に下がり始めたトーチキングリザードはその動きを完全に停止させ、目だけが私を捉える。
「
私はまだ意思があるトーチキングリザードの目の真ん前まで行き、その目に向かって問い掛ける。
「私に全てのスキルとお前の素材を寄越して楽に死ぬか、私に無理矢理スキルと素材を奪われて苦しんで死ぬか……どっちが良い?」
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