第三章:傑作の一振り-17

 別に期待はしていなかった。


 ただまあ、奴の所持スキルが魅力的なのは事実だっし、前のハウンドウルフの時なんかは割と頭が良かったから今回もある程度知能があるのでは?と、考えただけの話だった。


 だが今回は狼ではなく蜥蜴、そもそも言葉を理解しているのかも分からない。半ば悪ふざけで聞いたようなものだった。


 目の前でゆっくり、ゆっくり動くそれを見るまでは……。






 私はいつもの様に倒した相手に対して期待していない問答を問うた。


 トーチキングリザードのその目は真っ直ぐ私に向けられていたが、どこか諦めた様にその力強さは感じられない。


 まあ、体内が急激に冷えて半ば休眠状態だからなのだろうが……それとも敗北を理解し、認めているのか? ……馬鹿馬鹿しいな。


 私はトーチキングリザードから目を逸らすと、ポケットディメンションから一本の剣を取り出す。


 これはいつも使っているブロードソードではなく、鍛冶屋のノーマンが私に持たせてくれた剣で、戦闘用というよりは解体用。獲物を解体する前に刺すトドメと血抜きを行う為の通常より長く細く鋭い剣である。


「取り敢えず口から出した事は実行しよう」


 なるべく苦しむ様に。野生の魔物が、本能でスキルを私に差し出さなければと悟らせる様に……。


 そんな一縷の可能性を抱きながら、痛覚の鈍いトーチキングリザードが苦痛を訴えそうな箇所を探そうとした、その目端に、それは映った。


 私は咄嗟にそちらに剣を構えると、休眠状態で、殆ど動かせない筈のトーチキングリザードが、前足を私に向かってゆっくり、必死に伸ばして来るのが分かった。


 ここまで来てまだ悪足掻きをするのか……。だが──


 その動きは遅く、とてもじゃないが攻撃とはお粗末にも言えない。精々子供を転ばせられるくらいだろう。その程度の動きだ。


 それが今、私に向かって来ている。


「坊ちゃん!!」


 少し離れた所でそう叫ぶマルガレン。私を心配して声を掛けてくれたのだろうが、流石にこのスピードでの攻撃ならば……。


 そう思っていると、私に向かっていた足は何故か私の目前で止まり、ゆっくり地面に降ろされる。


 なんだ? 悪足掻きじゃないのか? それとも力尽きた?


 疑問に思いトーチキングリザードの目を見ると同時に、トーチキングリザードは弱々しい蚊の鳴くような鳴き声を上げる。それはまるで何かを促す様にも感じられた。


 …………まさか。


 それはちょっとした血迷いだった。少し考えれば危険だと判断したのかもしれない。だがこの時、私はトーチキングリザードの目を見て、ふと思ってしまった。


 コイツは《解析鑑定》によれば同族を何匹も屠って来た猛者。数々の戦いを経験し、その鱗は血で染まり、通常個体よりも豊富なスキルを身に付けた。


 そんなトーチキングリザードの強者であるコイツは、多分だが……満足したのではないか?


 広くデカイ山脈に住み着くトーチキングリザードだが、比較的に多いとはいえ全体的な個体数は五十頭が関の山だという。そんな数しか居ないトーチキングリザードの中で、コイツは全身を染め上げる程の同族の血を浴びている。


 そこから考えるに、恐らくコイツはそんな少数なトーチキングリザードの中で随一の強さを誇っているのだろう。ただそれは、敵うものが居ないということ……。そしてそれは、多分退屈なものだ。


 ……退屈は拷問だ。


 私自身退屈はこの世で最も嫌う事であり、故に前世では様々な趣味に手を出して暇な時間を作らないよう努めた。


 今世ではスキル集めやその情報収集なんかで割と退屈は感じた事は無いが、仮にそれらが無かったとしても私は絶対退屈しないよう他にもやる事を探す。


 そんな退屈が嫌いな私だから分かってしまったのだろうか……? コイツが退屈な自身の生に絶望していると感じたのだ。


 だからきっと、これは私達に対する礼なのだ。


 退屈な日々を終わらせ、最期に退屈を忘れさせる戦いをした、私達に対する、プライドのある魔物なりの……。


 私は差し出されたトーチキングリザードの足……正確には爪にそっと触れ、発動する。


 スキル《継承》。お前の全てを、私は貰おう。


 そうして流れ込んで来る、熱い血潮の様な力の奔流に一瞬だが目眩がしたものの、それは直ぐさま私に定着して行き、私の一部となる。


『確認しました。技術系スキル《爪術・熟》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《鞭術・初》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《六爪撃ヘキサクロー》を獲得しました』


『確認しました。技術系スキル《毒爪撃ポイズンクロー》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《空間感知》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《熱源感知》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《重力軽減》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《打撃強化》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《炎熱耐性・小》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《炎熱耐性・中》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《斬撃耐性・小》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《刺突耐性・小》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《業火》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《侵食》を獲得しました』


『確認しました。補助系スキル《腐敗》を獲得しました』


『重複した《爪術・初》を熟練度として加算しました』


『重複した《強力化パワー》を熟練度として加算しました』


『重複した《高速化ハイスピード》を熟練度として加算しました』


『重複した《暗視》を熟練度として加算しました』


『重複した《威圧》を熟練度として加算しました』


『重複した《物体感知》を熟練度として加算しました』


『重複した《斬撃強化》を熟練度として加算しました』


『重複した《腐食耐性・小》を熟練度として加算しました』


『重複した《焼失》を熟練度として加算しました』


 ……。


 …………。


「ふ、ふふふ……」


「ぼ、坊ちゃん?」


「ふ、はははは……ふははははははははっ!! 嗚呼……!久々だ!! 久々だよこんな大量にスキルを手に入れたのは!! 嗚呼、最高だ……最高の気分だっ!!」


 高揚感が胸を踊る。熱が全身を駆け巡る。


 脳はスパークして震え、心が喜びで弾けてしまいそうだ。


「あ、あの! 坊ちゃん!? 坊ちゃん!!」


 なんだ、折角余韻に浸っているというのに……。


「なんだマルガレン、あまり水を差さないで欲しいんだが……」


「いえ、あの……色々全開なのは分かりましたけど、その……」


 そう歯切れの悪い言い方をしながらマルガレンは別の方向へ目を向ける。なんなんだと思いながら同じ様にそちらに目線を向ければ、そこには笑顔で私を見詰めるカーラットの姿があった。


 ……あっ。

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