第三章:傑作の一振り-18

「何?特異個体だったぁ?」


 私達はトーチキングリザードを倒し、そのスキルを受け取った後にトドメを刺し、予定通り血抜きを終えて鍛冶屋に戻って来た。


 帰って来て早々にアーリシアに捕まり、怪我は無いかと血相を変えて私の元に来たが、強いて言えば魔力を使い過ぎてクラクラするくらいで私自身に怪我は無い。


 どちらかと言えば身を呈して私を守ったマルガレンが一番身体に色々痛みが出ているらしく、今は大事をとって神官に預けている。


 カーラットは私達より大立ち回りを繰り広げていたが、全然平気そうである。


 だがそんなカーラットにスキル獲得の様を見られてしまったという失態は犯したのが実は一番痛い。まあ、そこは私とマルガレンで誤魔化したが……。いや、あの場ではそう納得する様子を見せていたが、恐らくは……まあ、取り敢えずそれは置いておこう。


 それよりも今は持って来た素材を加工し、一振りの剣をノーマンに作ってもらう事、それが先決だ。


「はい。聞いていた通常個体より体格も能力も数段違っていたと思います。トーチキングリザードの身体は既に詰所で教えてもらった解体屋に持って行きましたので手元にありません」


「うーん、そうか……。素材を見てみんことには判断出来ねぇな……。一応おめぇさん等が狩りに行ってる間にある程度は作業を進めといたが、こっから先はその素材を見てみねぇと……」


 ふむ、成る程。通常個体ならその素材を知っているから手元に無くとも作業出来るが、相手が特異個体の素材となると違ってくるという訳か……。ならば、


「それなら大丈夫です」


 そう言って私はポケットディメンションから幾つか素材を出して行く。私自身あの特異個体が少し気になっていたので簡単に取れる箇所の素材を何点か自前で調達しておいたのだ。


「鱗に皮、歯に爪の欠片、背中の針の一部──」


「おお! 用意が良いじゃねぇか! コイツがありゃこっちでも調整出来らぁ」


「はい。取り敢えず解体後の素材は一旦全てこの店に届けるようにしておきました。好きなだけ使って下さい。あ、それと──」


 最後に出したのは三つの樽。これは元々私がトーチキングリザードを倒す際に水を入れていた樽だが、今中に入っているのはトーチキングリザードの血抜きをした際に採取した血液だ。


「使えるかは分かりませんが、念の為に……。残りの樽にも血が入っていますが……出しますか?」


 そう促す私に、樽の蓋を開け顔をひきつらせるノーマンに言うと首を横に振る。


「おめぇさん、俺にこの血をどう使えってんだよ……」


「いや、だから念の為に……。まあ、使えないのでしたら後で売ってしまいますが……いりません?」


「うーん……。一樽……一樽だけ置いていけ取り敢えずな! 三樽はいらん。使えるかは分からんが、一応考える」


「そうですか。ではもっと入り用でしたら言って下さい。それまでは売らないでおきますから」


「ああ分かった。それじゃあ今からコイツらを検分しておめぇさんから預かったボルケニウム達をイジる。素材が届いてからが本格的な制作に入るから完成はまだ先になるが……問題ねぇか?」


「はい、私達も暫くはこっちの宿に泊まっています。何か用があれば……ここを伺って下さい」


 私は懐から適当な大きさの小さな羊皮紙を取り出し、宿の名前と部屋番号を書き記してノーマンに渡す。ノーマンはそれに目を通すと少しだけ驚いた表情を見せる。


「またコイツは随分な高級宿を……。金持ってんだなぁ」


「いえ、それ程でも……。そう言えば、今回の剣の料金、如何程になりますか?」


 まあ、流石に払えるだろう。姉さんのあの剣を拵えたドワーフの弟子が作った傑作品……。決して安くは無いだろうが、ハウンドウルフの素材を売って得た金と今回のトーチキングリザードの余った素材を売る金を合わせればそれなりになる筈。払えない事は無い筈だ。


「ん? あぁ……まだ作ってすらいねぇからなぁ……。だが素材の殆どはおめぇさんが用意したもんだ。そう高くはならねぇ筈だ」


「そうですか」


「おう。だがまぁ、素材が素材だ。普通の剣作んのよりは貰うぞ? そうさなぁ、最低でも市場の三倍……いや、五倍は覚悟しておけ」


 ……市場の五倍……。約金貨十枚強か……なら大丈夫だな。


「構いません。なんならもう少し上乗せしてくれて構わないので、より良い物をお願いします」


「お? そうかい? なら俺遠慮はしないぜ? 市場の五倍じゃ済まねぇ出来にしてみせっからな!!」


「是非、宜しくお願いします」


 そうして正式に仕事依頼の書類に諸々の事項を記入し、依頼を完了する。


「おっし! 承った!! そんじゃあ用事か完成したら呼び行くからよ! それまで待っててくれや!!」


「はい、それでは、また」


 気が付けばもう夜遅く、既に夕食時を過ぎている。私達が無事に帰った後、ジャックとクイネは宿に戻り、この場に居るのは私とカーラット、そしてアーリシアの三人だけである。


「私、お腹が空いちゃいました! 何か食べて帰りましょう!!」


「ジャックとクイネ、マルガレンを無しにか? 食うなら全員でだ、それまで我慢しろ」


「あ、はい……」


 軽くアーリシアを説教し、鍛冶屋の扉に手を掛けようとする。しかしその手は空を切り、ドアノブを掴み損ねる。


 正面を見れば向こう側から扉が開けられ、そこには妙な黒装束を纏った、黒髪の目付きの悪い男が立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る