第三章:傑作の一振り-19

 私よりも少し高い背の目付きの悪い黒装束のローブの男。その胸には三つ目の獣を模した様なエンブレムが刺繍されている。


 男の背後には二人、同じ黒装束のローブを纏った輩が佇んでいおり、片方はガタイの良い、もう片方は細っそりとしていて抜群に怪しい。


 目付きの悪い男は私を一瞥した後カウンターに居るノーマンへ目を移し、背後に控えていた二人を扉の向こうに置いたまま私の横を擦り抜ける様にしてノーマンへ歩み寄った。


 ……扉くらい閉められんのか?


「なんでぇこんな時間に……。今日の客はそちらさんで最後だ、用なら明日来な」


「ここに魔物の素材を持ち込んだ輩が居る筈だが、ソイツは今何処にいる?」


 ……魔物? なんだか面倒な事に巻き込まれる予感をひしひしと感じる。これはさっさと無視して退散して──


「魔物様ねぇ……。それならそこに居るのがそうだが……」


 そう言ってノーマンは店から出ようとする私に向かって指を差す。


 ノーマンお前……。私を指差すな! こんな面倒そうな輩に関わってもロクな事ないのは分かるだろうに!


「そこのガキが? ……本当なんだろうな」


「ああ……。オイ、まさかアンタ、ウチの客に何かやらかそうってんじゃ無いだろうな?」


「……さぁな」


 そう言い改めて私に向き直り私に近付いてくる目付きの悪い男。その背後ではカウンター越しに「オイっ!!」と男を引き止めようとするノーマンの手が虚しく空振りしていた。


「おいガキ。貴様が魔物様を討伐し、その解体を頼んだ輩か?」


 ……なんだコイツ、腹の立つ物言いだな。


「初手から友好的に話を進めようとしない奴に説明してやるほど、私は暇では無い」


「貴様の意見は聞いていない。ただ答えろ」


「私だってお前の意見は聞いていない。時間の無駄だ、退け」


 私は睨む。この目付きの悪い男に負けぬ程に目を鋭くし、絶対に引かない。こういう手合いは下に出た方が負けだ。奴が欲しがっている情報を私が持っている以上、私に優位性がある。私に引く理由は無い。


「貴様……。俺達が「魔天の瞳」だと知っていてそんな口を利いているのか?」


 は? 「魔天の瞳」? 「魔天の瞳」って確か──


「え? 「魔天の瞳」って、あの異教徒集団ですか? 魔物を神の化身として崇め、魔物自体を信仰の対象にして馬鹿みたいな事ばかりしている、あの過激派宗教団体の?」


 アーリシア……お前案外バッサリいくな。まあ、唯一神である幸神を崇める幸神教からすれば他の宗教団体なんて皆異教徒だろうが……。


「このアマ……我等が「魔天の瞳」を愚弄するか!!」


 アーリシアの言葉を聞き、背後にいたガタイの良い奴がアーリシアに怒り、そのローブから木の幹を思わせる様な太い腕を振り上げ、今にもアーリシアへ振り下ろそうとする。


 はあ……まったく、アーリシアの無自覚な煽りにそこまで過敏に反応しなくとも……。是非も無い、か。


 私はガタイの良い男に向かってスキル《威圧》を発動。するとガタイの良い男は一瞬体を硬直させ、そのままバランスを崩して尻餅を着いてしまう。


 おいおい、たかだが《威圧》でそんな……。まあ、急にやられたからバランスを崩したんだろうが……それにしてもみっともない。


「て、テメェよくも!!」


 ガタイの良い男は顔面を真っ赤にして私を睨み、立ち上がると腰に差していたシャムシールの様な曲がった細身の剣を取り出す。


 というかその図体でシャムシールって……。この目付きの悪い男は一切止めに入らんしノーマンはどうしたもんかと頭抱えてるし……。


「死ねやクソガキがぁ!!」


 そう叫びながらシャムシールを掲げて振り下ろそうとするガタイの良い男。しかし──


 ガッ、という音と共にそのシャムシールは振り下げられる事なく静止する。


 ガタイの良い男は何事かと上を見上げれば、掲げたシャムシールは天井から張り出した梁に思いっきり引っ掛かり、食い込んでいる。


 そりゃ、この店はそんなに広く無いんだ。この男の様にガタイが良い大人が長めの剣振り上げりゃ天井にも刺さる。


「こぉ、このクソ! クソが!!」


 天井の梁に食い込んだシャムシールを男が引っ張り外そうとするが、余程強い力で振り下ろそうしたらしく、シャムシールは天井の梁からビクともしない。


「あ゛ぁ!! クソッ!! クソッ!!」


 本当、見苦しい。あぁ、そうだ。


 私はシャムシールに夢中になっている男を余所に、ちょっとある事を思い出し試してみようと考える。


 それはこのパージンの街に来る最中、暇を持て余した私がカーラットから教わった一つの技術系スキル。《体術・初》を持っているとは使え、こういった筋肉の鎧を纏った相手に痛撃を与えるに相応しい技。前世でもあった、外より内にダメージを与えるそれを、私は試そうと考えた。


 私はガタイの良い男に《気配遮断》を使ってゆっくり近付き、目前まで来ると、腰を少し落として構え、拳を男の腹筋に僅かに触る程度に近付け意識を集中させる。


 旅の途中、試す相手が居なかったのもあってか習得までは行かなかったが、試せる相手が居るのなら……。


 そうして息を吐き、全身の無駄な力を極限まで抜き、集中が最大まで高まり、周りからの音が一切消えた、その瞬間、放つ。


 静かな衝撃は男の体を一気に貫き、若干遅れて小爆発した様な破裂音を響かせながら男は後方へ身体を飛ばし、店の外へと転がって行く。


 スキル《寸頸》。単純な物理攻撃よりかは扱いが難しいが、まあ、まずまず……か。


 というか結局止めに入らなかったな仲間の二人……。まぁ多少は驚いているが……。


『確認しました。技術系スキル《寸頸》を習得しました』


 お、上々上々……さて。


「ほら、伸びた仲間連れてさっさとどっかに行け。それともこのまま駄々を捏ねて居座って、騒ぎを聞き付けた警備達が集まった所に突き出されたいか?」


「フン。負けたのはアイツ一人だ。俺達は手を出していない。そもそも先に直接手を出したのは貴様で──」


「馬鹿かお前は。誰がお前達みたいな過激派宗教団体の社会的地位の低い奴の御託を信用するんだ? 駆け付ける警備はお前達なんかより私を信用する」


「貴様……」


「それとも何か? このまま居座り続けて私にある事無い事尾鰭おひれを付けて喧伝して欲しいのか? 私は躊躇わんぞ?」


「……いつか絶対に後悔させる。……行くぞ」


 目付きの悪い男は小さくそう呟くと足早に私の横を擦り抜け店を出、道に転がっているガタイの良い男の首根っこを掴むとその場を離れて行く。もう一人の細身の男もそんな奴に慌てて付いて行き、店を後にした。


 ……結局なんだったんだ、まったく。

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