第三章:傑作の一振り-14

 アーリシアが放ったのは《水魔法》。水を圧縮し、刃の様に鋭く研ぎ澄ませたそれは、《魔力障壁》の恩恵で傷は付かなかったものの、確かに私の頰を掠めた。


「……」


「…………」


「……勇者であり幸神教の神官であるお前の天罰とは……随分物騒だな」


「……すみません」


 九十度に腰を折り曲げ綺麗に頭を下げるアーリシア。


 まあ、無傷なわけだからそこは別に咎めないが……、それより。


「お前、いつから《水魔法》なんて使えたんだ?」


「え? あぁ……、ええと実は小さい頃から地道に特訓をしていまして……。つい最近習得出来ました!!」


 ふむ。特訓をねぇ……。


「旅に行く時には言わなかったな? なんでだ?」


「え、ええと……、サプライズ?」


 何故疑問形なんだ……。そもそも今の状況以外でいつサプライズする気だったんだ……。まあいい。


「それで? その《水魔法》で討伐に参加しようと? そう言いたいわけか」


「そうです! これがあれば足手まといにはなりません!!」


「つい最近習得したのにか? ちゃんと扱えるのか? 実戦に使えるくらいに操作出来るのか?」


「え、ええと……ええと……。と、とにかく頑張ります!!」


「はあ……」


 正直な話、有り難い事ではある。手札は多いに越した事は無いし、アーリシアは《物理障壁》なんかを《供給》で味方に掛ける事が出来る。


 《水魔法》という点も今の状況では有り難い。ポケットディメンションに大量の水入り樽を用意してあるが、それで足りるかも正直分からない。だからここでの《水魔法》ははっきり言えば有りだ。有りだが、やはり最大のネックは……。


「お前……私が散々、何度も何度も言っているがな。自分が教皇の娘だって忘れてないか?」


「うぅ……またそれですかぁ……」


 ホント、しつこいようだがアーリシアは教皇の娘。そんな彼女をわざわざ危険な目に合わせるなんてのは馬鹿のやる事だ。ハイリスク・ローリターン。話にならない。


「お前は普通の女の子として扱われたいようだが、それは通らない。お前がそれを許しても周りがそれを許さないし望まない。私を含めてな」


「ですが!! ……例え私の身に何かがあったとしても……それは私の責任──」


「違う」


「へ?」


 私はアーリシアに詰め寄る。アーリシアの目線に合わせて少し屈み、真剣な眼差しを送る。いい加減分かって貰わねば困る……本当に。


「お前がどう思おうが、お前に責任は向かない。お前の周りに責任が向く。お前は、そういう人種なんだよ」


「……」


 アーリシアは黙る。目を伏せ、意気消沈し、今にも泣き出すんじゃないかという程落ち込んだ。


 だがそれでも分かって貰わねばならない。自分がどういう立場の人間なのかを。でないときっと将来、この子の周りに人が寄り付かなくなる。自覚させるのに早いに越した事は無い。


「それが嫌なら今は我慢しろ。それで将来自分のワガママの責任が取れるような人間になれ。そうしたら……一緒に何処へでも行ってやる」


「……本当、ですか?」


「ああ、約束してやる。だから取り敢えず今はノーマンの鍛冶屋に戻れ。いいな?」


「……はい」


 私はアーリシアの返事を聞くと、何事も言わずオズボーンがアーリシアに歩み寄り、無言で顎をしゃくってアーリシアに着いて来るよう促した。


 どうやらオズボーンがアーリシアを送って行ってくれるらしい。


 本当なら《空間魔法》のテレポーテーションで鍛冶屋まで送還するつもりだったが、討伐を前に魔力を温存出来るよう気を遣ってくれたようだった。


 アーリシアは私達にお辞儀をした後、先を行くオズボーンの後に大人しく付いて行った。


 ふぅ、本当、世話の焼ける……。頻繁に説教してしまうのは、やはり私の精神年齢が老人だからか……、なんともままならない。


 私は後ろで静観していたマルガレンとカーラットの元へ戻り、そのままの歩みで奥にあるトーチキングリザードのねぐらへと向かう。


「あんな約束をして宜しかったのですか?」


 追従しながら私にそう問い掛けたのはマルガレン。その表情にはなんとも言い難い、何かを心配するようなものに見える。


「将来のアーリシアの努力次第だ。もしそれが叶ったなら、それくらいのワガママは付き合う。まあ、その頃にまだアーリシアが私と一緒に居たいと思っているならの話だがな」


「それは……、友人として、ですか?」


「……さぁな」


 少なくとも恋人ではない。


 そんなニュアンスを含ませながらした返事に、マルガレンは何かを悟って一言「承知しました」とだけ独り言の様に零した。






 奥に進むにつれ気温は上がり、例の巣穴の目前にも迫ると体感温度は四十度以上にも感じた。


 灯りが無いはずの巣穴を覗けば、そこには地面に横たわるトーチキングリザードの姿があった。特徴的な背中の無数の松明針の炎が周囲を照らし、地鳴りの様な寝息を立てている。


 眠りに着いている今が絶好の機会。逃す手はないと早速ポケットディメンションから大量の水が入った複数の樽を取り出そうとした。


 しかし、私はそこで目の前で寝息を立てるトーチキングリザードに違和感を感じる。


 炎の揺らめきで若干判り辛いのだが……色が違う気がする。それに体長も。


 聞いていたトーチキングリザードの体色は赤銅色。まるで本物の銅の様な光沢と色をしているらしいのだが、目の前のトーチキングリザードの体色はそこから更に浅黒い。


 まるで全身に煤でも被ったかのような色は、その光沢を鈍らせ、より重々しく目に映る。


 加えて体長が聞いていた六メートルなんて物ではなく、優に十メートルはあろうかという巨体だ。


 それらを踏まえて私が言える事はただ一つ。


「聞いていた話とまるで違うぞオイ」


 私は様子の違うトーチキングリザードに対し、《解析鑑定》を発動させる。すると、


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 種族:トーチキングリザード:特異個体

 状態:睡眠

 所持スキル

 魔法系:なし

 技術系:《爪術・初》《爪術・熟》《鞭術・初》《六爪撃ヘキサクロー》《毒爪撃ポイズンクロー》《強力化パワー》《高速化ハイスピード

 補助系:《暗視》《威圧》《空間感知》《物体感知》《熱源感知》《重力軽減》《打撃強化》《斬撃強化》《炎熱耐性・小》《炎熱耐性・中》《斬撃耐性・小》《刺突耐性・小》《腐食耐性・小》《業火》《焼失》《侵食》《腐敗》


 概要:通常個体との戦闘を数多く経験し、同族の血が全身の鱗に染み付いた特異個体。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ……成る程。

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