第三章:傑作の一振り-13
私達は今、坑道入り口に居る。
辺りはゴツゴツとした岩肌が露出し、様々な種類の岩盤や鉱石が採掘途中で放置されていた。
灯りはあるが薄暗く、一切陽の光が入って来ないにも関わらず街中と比べるとかなりの温度差があり、かなり暑い。
ここら辺一帯は今現在採掘中止の指令が出されており、採掘員達は一人も居ない。
年中無休、殆ど毎日採掘の際の甲高い金属音や爆破掘削による轟音が鳴り響いていたこの坑道を無音にまで変えてしまった原因。
それはこの奥にある宝石類が採掘される場所に出来た巨大な空間に巣食う魔物、トーチキングリザードである。
赤銅色の金属の様に硬い鱗が全身を覆い、背中には複数の針の様に変質した鱗が突き出し、その先端はまるで松明の様に炎が灯っている。
加えてその鱗は当然の様に高い耐熱性を誇っており、私が扱う《炎魔法》で今現在出せる最高温度では傷を付けるのは不可能だろう。
そして注意しなければならないのは、そのしなやかな肢体が可能にする素早くトリッキーな動き。
地面の上もさる事ながら、その鋭い爪を使い壁や天井を這い回り、殆ど自由自在に動き回るという。
これだけでもかなり厄介な相手であるが、更にトーチキングリザードの首元には非常に引火性の高い腐蝕液が毒腺として蓄えられており、トーチキングリザードはそれを用いて口から火炎攻撃と腐食攻撃を繰り出すらしい。
なんとも厄介きわまりない大蜥蜴だが、弱点が無いわけではない。
その弱点とはシンプルな事に水。トーチキングリザードは高い耐熱性を誇る代わりに体温変化を著しく嫌う。特に体温が低下する場合は顕著で、低体温になるにつれ動きは
つまり今回のトーチキングリザード討伐には水が必要不可欠であり、それが無ければ無謀な戦いを強いられる事になるというわけだ。
ここまで細かい情報が揃っていれば不測の事態でも無い限りは難無く討伐出来るだろう。これもドワーフ達の知恵の賜物である。
聞く所によると、この鉱山にはこうやって数年に一度、掘削中にトーチキングリザードの
この鉱山……というか山脈は大昔、それこそ何千年も前は火竜達の根城だったと言われており、火竜達から漏れ出した魔力が魔力溜まりとなり、周囲の生物が魔物化した。その影響でこの山脈にはトーチキングリザードやその他の魔物が少ないながらも現れるという。
因みに火竜達はもう既に別の場所に移って行ってしまったらしく、残るのは火竜の化石のみとなってしまっていると聞いた。
「しっかしよぉ、ノーマンも無理難題言いやがるよなぁ。こんなガキんちょにトーチキングリザードの討伐をさせよぉなんざ。気でも違ったかねぇ……」
私の脇でそう口に出したのは私達をこの坑道入り口まで案内したドワーフ。
名を「オズボーン・コーヒーワ」と言い、私の剣製作を依頼したノーマンの実の兄だという。
彼はノーマンの様な鍛冶屋ではなく、この鉱山の坑道を
「まあ、そう言わず。私達に任せて下さい」
「ふんっ! 生意気言いやがる。まあ、こっちとしてはアイツが居ちゃぁ採掘もままならねぇからな。その代わりコッチは責任取らねぇぞ? 何かあっても自己責任だからな!! 文句ならノーマンに言えノーマンに!!」
そう
まあ、この場合、何か裏があるとか勘繰れ無くもないが、恐らく単純に心配してくれているのだろう。ここに来る前の警備詰所で軽く作戦会議をした際に、オズボーンが子持ちなのを耳にしたからな。私の様な子供が無理するのに否定的なのだろう。
「大丈夫ですよ。水なら大量に用意しましたし、トーチキングリザードの情報も頭に入っています」
今回の討伐、恐らくだが戦いというよりは駆除に近い物になるだろう。なんせ攻撃手段がほぼ水をぶっ掛けて弱らせた所を叩く、というものだ。想像するに凄まじく地味な画になるに違いない。
「ですが坊ちゃん、油断は禁物です。作戦会議ではトーチキングリザードはトリッキーな動きで逃げ回る戦法をよく取るという話なのですから、水を当てるのも一苦労でしょう」
「だから私の《精霊魔法》があるんじゃないか。まだ精密な操作は集中しなければ難しいが、水を当てるだけならばなんとかなる。それにお前達も居るしな」
トーチキングリザード討伐にあたり、私は二人に協力を要求した。
一人はマルガレン。まだ実戦は殆ど経験していないが、私が既に幾つかスキルを選んで習得して貰っている。とは言っても戦う方向にではなく守る方向にだ。故にマルガレンには今カイトシールドを持たせている。
もう一人はカーラット。彼にはトーチキングリザードを翻弄してもらう役割を担ってもらう予定だ。壁やら天井やらを動き回るトーチキングリザードに水を掛けるというのは実際には少し難しい。故にカーラットにはそのフットワークを生かしてトーチキングリザードの動きを翻弄し、行動を制限して貰おうと考えている。
以上が今回討伐に協力してくれる二人とその役割だ。因みにオズボーンは案内だけで討伐には参加しない。私達の邪魔をしかねないと身を引いたらしいが、本音は妻子に心配を掛けたくないといった所だろう。まあ、私は別にそれで構わないのだが。
非戦闘要員のクイネとジャックはノーマンに預けている。そして念の為にとシセラを護衛としてその場に置いてきた。これで万が一の事態も防げるし、向こうで何かあれば私にシセラから思念が届く。またこちらで必要になればスキル《召喚》でいつでも呼び出せるから抜かりはない。
そもそも今回の討伐では炎が意味を成さない為、炎を主体に戦うシセラでは相性が悪い。恐らくはこちらに呼び出す事は無いだろう。
それで──
「アーリシア……。隠れても無駄だ、出て来い」
そう背後に向かって私が言うと、岩陰からチラッと頭だけを出してこちらを覗くアーリシアの姿があった。
まったく……。
「お前が付いてきているのを、私が分からないとでも本気で思っていたのか?」
「あ……ええと……そのぉ……」
「私は付いて来るなと言ったよな? なんだ? 耳が遠くなったのか? それともその頭は都合の良い言葉しか理解出来ないのか? ん?」
いい加減ムカついて来て少し語気が強くなるも構わず私はアーリシアを睨む。これで何かあって魔法魔術学院入学取り消しになどなったら私はアーリシアを許せる気がしない。
「だ、大丈夫です!! 私にはとっておきがあります!!」
そう勢い良く飛び出して自信満々に言うアーリシア。もし下らない事なら《空間魔法》でノーマンの鍛冶屋に強制送還してやる。
「……なんだ? 言ってみろ」
「見て下さい!!」
アーリシアはそう意気込んで両手を前方に構えると、
「
その言葉と共に、水の刃が私の頰を掠めた。
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