第三章:傑作の一振り-12

 灼熱鋼・ボルケニウム。


 一度火が付けば半永久的に燃え続け、水を掛ける等の外的要因が無い限りは消える事の無い希少金属である。


 その半永久的に燃え続ける特性から無限エネルギーとして発見当時は世界中が注目したが、その産出量は極めて少なく、不活性状態の活火山の溶岩溜まりの一番奥で極小数のみ産出されるという。


 しかも扱いが途轍もない難易度で、ボルケニウム自体の超高温もさる事ながら、常に有毒なガスが発生している。


 並の防護服を着用していてはとても扱えず、扱う際はスキル等で防炎・防毒仕様に設計されたスキルアイテムを使用しなければならない。


 加えて当然ボルケニウム自体が高温であるため並の温度では融解せず、加工する際も特定のスキルが封印されたスキルアイテムを用する。


 そんな存在自体は有用だが、いざ使うとなるとかなり厄介な素材であるボルケニウムは早々にエネルギー源として扱う事を世界中から諦められ積極的に産出をしなくなり、使用用途もかなり限られる幻の鉱石と知られる事になった。


 この「魔炎の燭台」は、そのボルケニウムのみで作られた、言ってしまえば頭のおかしい代物なのである。


「……ボルケニウムのみで……だが噂に聞くボルケニウムの超高温や有毒ガスが出てねぇみてぇだ……」


「スキルが封印されているんですよ。補助系スキル《低温化》とスキル《無毒化》の二つのスキルが」


 私はこの「魔炎の燭台」を調べた際、これがスキルアイテムであると知って最初はスキルを獲得しようと考えた。


 だが、ボルケニウムの特性上、この燭台に封印されたスキルを奪ってしまうと、その特性は忽ち蘇り、燭台は強力な熱と毒ガスを放ち始め手が付けられなくなる。


 炎熱耐性系や猛毒耐性系を所持していないその時の私には、それは余りにも無謀過ぎ、手に余っていたというわけである。


「しっかしおめぇさん、こいつは本当に馬鹿みてぇな代物だな。「幸神教」の本殿聖域に祀られてる「聖火」の火元で有名なボルケニウムを、こんな下品な装飾の、ちっぽけな燭台なんかにしちまうとは……。これを作った奴も作らせた奴も相当頭イかれてるな」


 そう言いながら燭台をくるくる見回し、どんなもんかと観察するノーマン。


 まあ、別にコイツを作った奴とかどうでもいいんだ。厳密にはどうでも良くは無いが今じゃ無い。今問題なのは──


「持って来ておいて何なのですが、加工出来ますか? ボルケニウム」


 そもそもな話、先程も言ったようにボルケニウムは加工が難しい。それこそ特殊な防護服や道具が無ければ形すら変形しない。


 そんな物を加工出来る設備が、この鍛冶屋にあるのか?


 そう思った私だったが、ノーマンは私の不安そうな顔を見て、その彫りの深い厳つい顔をニヤッと歪ませ笑い掛ける。


「俺をナメちゃいけないぜおめぇさん! この店は初代「勤勉の勇者」を起源に持つ由緒正しい老舗中の老舗だぜ? その店主を勤める俺がボルケニウム如きに遅れを取るかい!!」


「そうですか、安心しました」


 割と本気で安心した。どうせ作るなら今自分が用意出来る最高の素材を使った剣を作って欲しいからな。これで今回用意した中で一番の肝になりうるボルケニウムが使えませんじゃちょっと……いや、かなり不満だ。


「まあ、ボルケニウムはいいにしてもよぉ、この骨やら牙は……魔物のだな?」


 お、流石だな。何かしらの鑑定スキルを持っているのか、それとも単純な審美眼なのか……。いや、審美眼もスキルか? この世界のそういった技能は大体スキル化しているからな……。まあ、今はいい。


「はい。魔物ハウンドウルフ、その親玉の骨と牙と爪です」


「ほーう。見た所ヒビや歪みもねぇ、しかも強靭だな。こいつぁ良い。んで後はこいつだが……」


 そう言って手に取ったのは真っ黒に焦げた刀身を持つブロードソード。この素材達の中では一番見劣りする、最早使い物にならないそれに、ノーマンは眉をまひそめる。


「こいつぁ一体何なんだ? いや、焦げたボロボロのブロードソードなんは分かるが、一体何のつもりで持って来たんだ?」


 私がこのブロードソードを持って来た理由。それは私がここまで剣を焦がした理由に結び付く。


「このブロードソードは私がある人と真剣勝負をした時に使った物で、私の《炎魔法》を纏わせた物なんです。かなり多量の魔力を直接浴びせ続けたので、このブロードソードを使えば私に馴染み易い物が出来るのでは無いかと……」


 このブロードソードも一応解析鑑定で調べた。大体は私がこのブロードソードにした事が載っていたが、その中に「クラウンの魔力を多量に浴び、馴染んでいる」と記されていたのだ。


 それならば、と素材の一つとして持って来た訳なのだが……。


「うーん、そうだな。主軸として鍛え直しゃ使えるか? まあ、殆ど原型は残らんと思うが、こいつも別の意味で厄介だな。ふーむ……」


 そこでノーマンは一旦素材を置くと、考え込む様に目を瞑り腕を組んでから椅子に座って唸り始める。


 何か問題でもあるのか? あの口振りじゃあ出来そうなものだったんだがな……。


 そう思いながら私も元の椅子に座ってノーマンが次に口を開くのを待つ。そうして数分無言の時間が過ぎた頃、ノーマンはその眼をゆっくり開け、私の顔に眼を移す。


「何かありましたか?」


「ああ、いやスマン。あの素材達を見てちょっと色々思い付いてな。そんで大まかな工程の流れを頭で整理していたんだが……。おめぇさん──」


 ノーマンはそこで言葉を切って私の顔をじっくりと覗き込んで来る。目は真っ直ぐ私を捉え、何かを探る様にも感じた。


 居心地の悪さを感じた私は咄嗟に顔を逸らしそうになるが、その真剣な眼差しに、私は逃げるのでは無く、応える様に視線を受け止める。


「おめぇさんは今作れる最高の剣が欲しい……そうだな?」


「……はい」


「妥協の一切無い、今俺が作れる傑作の一振りが欲しい……そうだな?」


「当然です」


「その為なら多少の危険も承知……そう受け取って構わねぇな?」


「……意味は理解しかねますが……。やれるだけやりますよ」


 私のその返事に、ノーマンはニヤッと口元を吊り上げて笑い、テーブルを勢いよく、思い切り叩く。


「よっしゃ決まりだ!! 俺は今、この場から今すぐに最高の一振りをおめぇさんに作ってやる!!」


「ありがとうございます」


「ただしっ!!」


 ノーマンは言葉を区切り、またも真剣な眼差しを私に向け、またもテーブルを強く叩く。


「今から俺が作ろうとしている剣には、後一つ!! どうしても欲しい素材がある!! そいつはあの素材達の長所を全て包み込み強さに変えられ、強力な一振りを実現させる最高の素材だ!!」


 ほう、そんな素材が……。だがそんな素材がそこら辺から簡単に採って来られるなんて都合の良い話は無い。その為に私に聞いたのだろう、多少の危険も承知なのかどうか。


「つまりはそれを採って来い、そういう訳ですね?」


「おうよ!! そいつさえありゃ今作れる最高の剣が完成する!! 職人の腕の見せ所だ!! どうだ!? やれるか!?」


 ここまで言うのだ、きっとそれは厳しいものなのだろう。だがだからと言って、私が妥協された物を許せる筈もない。理性では無く、私の〝強欲〟が許さない。


 どうせ作るなら最高の一振りを!!


 そう私の奥底で叫んでいるのだ。


「元々素材は全部こっち持ち、そう言う話でしたからね。望むところですよ」


「よく言った!! 流石俺の師匠を魅了したネェちゃんの弟だ!!」


「それで、肝心の素材なのですが、一体何処で、どんな素材が必要なのですか?」


 これを聞かなければ始まらない。恐らく無理難題に近い要求なのだろうが、傑作の為に、一肌脱ごうじゃないか。


「実はよぉ、最近宝石類なんかが良く産出する坑道でデッカイ空間にぶち当たったっつう話でな。そこによぉ……、巣食ってたんだよ、魔物が」


 魔物……。ほぉう……。


「その魔物の名前は?」


「名をトーチキングリザード。炎の中を踊る大蜥蜴だ」

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