第三章:傑作の一振り-11

 私は早速、鍛冶屋であるその店のドアの取っ手を掴み、開けようと引く。


 しかし、ドアはビクともせず、鍵が掛かっている感触だけが手に伝わって来る。


「開かないのですか?」


 そう背後から訊ねて来るマルガレンに、私は溜め息を吐きながら頷いて肯定する。


「ああ。どうやら留守らしい。閉店の看板が無いから開いてるもんだと思ったんだが……」


 時間は昼過ぎ。昼休憩を取っていたとしてももう仕事を再開する時間だ。そんな時に不在となると……。


「なあマルガレン。姉さんの話じゃ大体は店に居ると言っていたよな?」


「はい、その筈です。ですから訪ねる時間は非常識な時間でなければいつでも構わないと……」


 ふむ、間違ってはいない……。では何故留守なんだ?


 そう考えていると、私達の背後からゆっくりした足取りでこちらに向かって来る気配を《動体感知》により感じ、そちらの方に目を向ける。


 するとそこには先程の店で私達の隣の席で酒を散々呷っていたドワーフが、飲んだ量の割にかなりしっかりした足取りで歩いて来ているのを目撃する。ひょっとして──


 そんな私の目線に皆がそちらを向き、私と同じ様にドワーフの姿を見て先程のドワーフと同一人物だと気付いた。


 向こうも向こうで私達の存在に気付き、少しだけ歩く速度を上げて私達と会話出来る距離まで接近して来た。


「おめぇさん等さっきの……。ウチの店になんか用か?」


 そのドワーフの言葉に、やはり、と合点がいった。そりゃ留守だろうよ、こんな時間から呑んでりゃ。


 まあ、念の為だ、姉さんから教えて貰った今回の剣作製を依頼する相手なのか確かめるとしよう。


「言葉から察するに、貴方が「ノーマン・コーヒーワ」さん、という事で宜しいですか?」


「おお? 確かに俺が「竜剣の眠るかまど」の店主やってるノーマン・コーヒーワだが……おめぇさん何モンだ?」


「申し遅れました。初めまして。私はクラウン・チェーシャル・キャッツ。姉であるガーベラ・チェーシャル・キャッツに紹介されて剣製作の依頼をしに参りました」


 そう懇切丁寧に説明すると、ノーマンは顎髭に手を添え、何かを思い出そうとする様に目を瞑る。そして数秒しないうちに思い出したようで「あぁ……!」と唸って私の眼前まで来る。


「おめぇさんかい! あのネェちゃんの弟ってのは! いやぁ、てっきりもっと子供っぽいのが来ると思ってたから気付くのが遅れちまったよ!!」


「それは一応褒め言葉として受け取っておきます」


「よせやい大袈裟な!! まあ、店の外じゃなんだ、入ってけ!!」


 ノーマンはそう言うと、店のドアの鍵を開け私達を店内へと招き入れる。店内は暗かったが、ノーマンが《炎魔法》でもって店の灯りに火を灯すと店内が一気に浮き彫りになる。


 中には一般的なブロードソードやカイトシールド、プレートメイルや鎖帷子が幾つか陳列されている他、少し変わった、用途の想像が難しそうな形状の武器が幾つか飾られている。


 カウンター側の壁には店名が彫られた大きく凝った装飾の施された看板と、この店を象徴するかの様に飾られた燃える様に赤い一本の角らしき物が堂々と飾られている。


「にしても、まさかさっきの隣で飯食いながら唸ってた奴等が依頼人とはなぁ。偶然もあるもんだ……」


 そう言いながらノーマンはカウンターの扉を開けながら何故かその奥へと私達を手招きする。カウンターで依頼するんじゃないのか?


「あの……カウンターで仕事の依頼をするのではないのですか?」


 私と同じ疑問に至ったマルガレンがそう口にすると、ノーマンはそのまま説明してくれる。


「カウンターってのは仕事を受けるか否かでしか俺は使わん。そこのニィちゃんの剣製作はもう手紙でネェちゃんから受付済みだ。だから後の諸々細かいのを奥で話す」


 そうして再び私達を手招きして奥に来るように促すノーマン。


 まあ、色々手間が省けたのは有り難い、これも人徳ある姉さんに感謝だな。


「お待ちを」


 唐突に声を上げたのは背後で私達を見守っていたカーラットだ。私がカーラットに振り返ると、


「余り大人数で行くと恐らく手狭になってしまうでしょう。私とクイネ、アーリシア様はここでお待ちしています」


 確かに。私達は全部で六人。ノーマンを入れて七人と少し人数が多い。店の奥の広さは知らないが、七人が余裕で居られる程広い事は無いだろう。私はカーラットからの提案を受け入れる。


「わかった。じゃあ少し待っていてくれ」


 私は何か言いた気なアーリシアに厳しい視線を目配せし、それを受け取って悟ったアーリシアのワガママを思い留まらせる。


 別にそんな距離を離れるわけじゃあるまいし、まったく……。


 それから漸く、私はマルガレン、ジャックを伴ってノーマンが招いた店の奥へ入っていく。


 店の奥はなんとなく予想していた通り工房になっており、火が落とされた竃と使い込まれた道具類に金床が置かれている。


 その少し離れた場所にテーブルと椅子が置いてあり、ノーマンはその椅子へと腰掛けた。


「話はここでしょう。ささ、座んな」


 促され私とジャックが椅子に座り、マルガレンが私の後ろに立つ。そんなマルガレンにノーマンはもう一脚椅子を用意しようと立ち上がろうとしたが、それをマルガレンが手で制止した。


「私はあくまで坊ちゃんの側付きですので、お気になさらず。これも仕事ですので」


「ん、そうか? なら良いが……」


 そう呟いて再び座り直すノーマン。マルガレンの仕事に対する姿勢も素晴らしいが、地味に気が付くノーマンにも感心する。あの店で声を掛けて来たドワーフの姿からは、正直あまり想像出来ない。


「じゃあよ、早速だが改めて依頼内容を簡単に確認するぞ。今回は剣の製作、素材はそっち持ち、用途は本装備並びに長期間愛用する目的、料金は要相談……。間違いないな? 」


「はい、間違いないです」


「了解。すると、まずはそっち持ちの素材の方だが……。俺の目がおかしくなきゃ手ぶらに見えるんだがな?」


 疑いの眼差しで私を見詰めるノーマン。そりゃそうだろう。何故なら今回持って来た素材はポケットディメンションに入っている。見えなくて当然だ。


「安心して下さい、ちゃんと持って来ていますから。取り敢えず何処に広げれば宜しいですか?」


「ならあそこだ」


 ノーマンが指したのは部屋の奥側に取り付けられた石製の大きなテーブル。上には一枚の分厚い布が敷かれており、恐らくそのテーブルが一時的な素材置き場なのだろう。


 私は立ち上がりそのテーブルへ向かうとポケットディメンションを開く。そして素材を一つ一つ、テーブルの上に置いていく。


 まずは一月以上前に手に入れたハウンドウルフのボスから採取した全身骨格と牙と爪。


 それから念の為にと取っておいた私が強い剣を欲した発端となった時に使った《炎魔法》を纏わせ、真っ黒に焦げたブロードソード。


 そして今回の隠し球……。


 最初は私が何処からともなく開いた穴から素材を取り出して行く様子に呆気に取られていたノーマンだったが、私がそれを取り出してテーブルに置くと目を見張って立ちあがり、私の側まで来てそれを無造作に手に取る。


「お、おめぇさん……こいつは……」


「はい、珍しいでしょう? 偶然手に入れたのですが、ずっと用途に困っていたんです。それでよくよく調べてみたら、割と凄い物だったと判明したので、一層の事素材にどうかと……」


 私が今回持って来た中で最高の素材になるであろう物。


 それは七年前、私がスーベルクの屋敷から逃げる際についつい一緒に持って来てしまっていた物。


 無駄に装飾が多くあまり実用的では無い見た目のそれは、私が暗い中明かりを確保する為に偶然手に取った燭台。


 後々に暇になった時に目に付いて、《解析鑑定》で素材を調べて判明したそれは──


「名前を「魔炎の燭台」。一度燈せば半永久的に燃え続けるという希少金属「ボルケニウム」で作られた、馬鹿気た燭台です」

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