第三章:傑作の一振り-10
その後雑貨屋を後にした私達は更に商店街を練り歩いた。
途中、スクロール屋を何軒か発見し、後程ゆっくり見て回ろうと脳内でしっかり店の場所を記憶した。
昼食時になり、目に入った飲食店に入る。
どうやらこの店はパージンの特産品の一つであるチーズを使った料理が豊富らしく、それこそチーズ料理だけで数十種類は取り揃えられている。
しかし、この店には悪いが、私を含めた全員がこの店の料理には余り期待していなかった。
理由としては前にも言ったとおり、この世界の料理は、私が知る限りで割と大雑把なものだという点だ。
貿易都市であるカーネリアや、王都セルブの店で口にした物は、大体が妥協されたかのような味付けで、前世の日本の食文化を経験した者なら落胆する事間違いない。
私はそれが我慢ならず、何年も掛けて屋敷の使用人達の料理のクオリティを上げさせた程である。
そんなハイクオリティとなった料理を口にした事がある私達の舌は、最早昔の出来には満足はいかないだろう。
加えてここ数週間の料理は大半が私の手料理。まあ、とは言っても野営で可能な範囲の物だけだが……。それでも私は妥協せず、私が満足するレベルの物を皆に提供して来た。
ただでさえ肥えていた全員の舌が、この旅で更にブーストされている。下手な料理には、全員既に満足しない筈なのである。
その筈だったのだが……。
「何これ……美味しい……」
そう思わず呟いたのはクイネだ。彼女の皿の上にはチーズソースのパスタがあり、具材には細かく切られた鶏肉が入っている。
私達はそんなクイネの反応を見て一斉に食べ始め、私も自分の皿に盛られた同じチーズソースの掛かったチキンソテーを口に運ぶ。
……うん、確かに美味い。
鶏肉のジューシーな肉汁と鶏皮のカリカリで香ばしい風味がこのチーズソースの濃厚な味わいにピッタリだ。チーズの風味も単純なものではなく、数種類のチーズを掛け合わせたであろう様々な香りがする。加えてそれがイヤらしく無く、主張し過ぎていない。
なんなんだ、これは?
今まで私が作ったり指導した物以外でここまで美味い物を食ったのは初めてだ。どうなっている? 特産品のチーズの恩恵か?
そうやって料理を口に運びながら困惑していると、
「ガッハッハッハッ!! そりゃ美味いだろうよ若いの!!」
そんな豪快な笑い声のする方に目を向けると、隣のテーブルで酒を呷りながらこちらに笑い掛ける一人のドワーフの姿があった。
「どういう意味なんですか?」
そう私が問い掛けると、ドワーフは更に酒を傾け、ジョッキに入っていた分を一気に飲み干す。……まだ昼間の筈なんだがな。
「おめぇさん等人族はよぉ……、不味い飯に慣れ過ぎなんだよ!! そんな不味い飯に、俺達ドワーフが満足出来ると思ってんのかぁ?」
「いや……概ね同意ですが……。ドワーフはそんなに美食家が多いんですか?」
「ふんっ、美食家だなんて大袈裟だな。別にドワーフに限らねぇよ!! 人族以外の種族は大体美味い飯食ってんだよ!! おめぇさん等人族が不味飯食らいなだけだ!!」
私達人族が不味飯食い……。いや、人族が味に関して頓着しなくなった理由は分かるが、それは異種族も同じなんじゃないのか?
「ここの飯……いや、この街の飯が美味いのは、俺達ドワーフがこの街に度々来るからだ。当時この国とドワーフが国交を結んだ時は、そりゃこの街の奴等必死よ!!飯の不味い街になんか来たくねぇからな!!」
そう言って再び豪快に笑うと、近くを通った店員に声を掛け、更に酒を注文し始める。
成る程……。ドワーフがこの街の料理のクオリティを上げたのか……。という事は他の友好国……獣人族と魔族も似た様に思っているのか?少し興味を惹かれるな。ん?
そんな事を考えていると、私の斜め前に座るクイネが、なんだかわなわなと震えているのが目に入った。
…………そういえば。クイネの旅の目的は、自分が働く食事処に来店したドワーフを怒らせた原因の究明だったな。
食事処に来た、ドワーフが、怒った……。成る程。
「く、クイネ? ど うしたの?」
心配そうに尋ねるジャックに、クイネはゆっくり振り向いて頷く。そして私の方を見るや否や、
「あの、クラウンさん。私、気付いてしまったのですが……」
「そうだなクイネ。恐らく間違い無いだろうな」
「でも、それならそうと言ってくれれば!!」
「ハッキリ言えなかったんだろ。「お前ん所の飯はなんでこんな不味いんだ」って。ドワーフなりに気を遣ったんだろう」
まあ、気の遣い方間違ってはいるがな。ともあれ、
「思わぬところでクイネの望みが叶ったワケだが……どうする? 鍛冶屋まで付いて来るか?」
「え? あ、はい。行く所も無いですし……。ジャックも心配ですし!!」
「そうか、わかった」
その後、昼食を済ませた私達は再び商店街の奥へと進んで行く。
そんな中、私は白磁の妖面を取り出し、歩きながら思案する。
折角手に入れた銀貨四枚もする仮面だ。このまま使わずにポケットディメンションの肥やしにしておくのは流石に勿体ない。
だからと言って《
そんな風に頭を悩ませていると、ふと新しいスクロール屋が目に入る。
新しいスクロール屋か……。ここも後で寄るとしよう。しかし、金にも限界はある。ハウンドウルフの素材を売って得た金はそこそこ有るが、恐らく剣を作る代金で飛んで行くだろうな。だが新しいスキルは欲しい……。どうしたもんか……。
……夜中の〝収集〟を再開するか? しかし犯罪者の所持していそうなスキルは大体獲得しているしな……。それに余りやり過ぎると流石に足が付きかねない。何か正体を隠せる物があれば……。
私は再び仮面に目を移す。
……やって見るか? ……後で色々考えてみるか。
そうやって簡単に考えをまとめ終えると、そのタイミングで目的の場所に到着する。
店構えは今まで素通りして来た鍛冶屋と同じでいたって普通。店構えに盾と剣が飾られており、その盾と剣の出来栄えが、この店の鍛治の腕前を表している。
店にぶら下げられた吊るし看板には店名、
「竜剣の眠る
と、刻まれていた。
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