第三章:傑作の一振り-9

 アーリシアがなんだか誇らしげに掲げた物。それは白く丸い形状をした猫のギザ歯が見える笑った口のみが造形された仮面であった。


 いや、口しか造形されていないのなら被っても何も見えないんじゃ無いかと思わなくもないが、今はそんな事よりも……。


「お前……そんなんの何が良いんだ?」


「へ? ……ええと……なんとなく?」


 成る程、直感で適当に選んだなコイツ。にしてもなんで仮面なんだ……。しかもこんなよく分からない造形の……。


 そんな疑問を抱いていると、この店の店主がこちらににじり寄り、アーリシアの掲げる仮面を見上げる。


「おお、おお……。「白磁の妖面」に顔が浮かんだか……。しかし口だけ……しかもまた異様な形に……」


「なんだ? どういう事だ?」


「この仮面は「白磁の妖面」と言って持ち主を選ぶ奇妙な仮面だ。仮面が認める相手が近くに居ると、その相手の心を写した様な顔が浮かび上がる……」


「ほう……また不思議な仮面があるものだ……。それで? この顔は誰の心を写したものか分かるのか?」


 私達は複数人でこの仮面の近くに居る。顔が浮かんだのならこの中の誰かの心を写したのだろうが……特定は出来るのか?


「そりゃお前、アンタだよアンタ」


 そう言いながら店主は私の方を指差す。


 私? 私……なのか。何故そんな事が……。


「な、なんでそんな事が分かるんですか?」


 興味津々といった具合に店主に問い掛けるジャック。仕事柄、ああいった珍品には興味を惹かれるのだろう。


「そりゃお前、《物品鑑定》を使えば一発だ。伊達に酔狂でこんな店やってないよ」


 《物品鑑定》……、確か《解析鑑定》の完全な下位互換で、私の中での優先度はかなり低い位置に置かれている。


 私が目指す「スキルコンプリート」の道。


 その道に於いてこういった〝取得済みのスキルの下位互換〟が登場する事は間々ある。普通に考えるのであれば下位互換など不必要なのだが、私にとっていつかは手に入れる必要がある。余裕がある時にでも手に入れたいな……。


 と、今はそんな事よりも……、


「成る程……。それでこの浮き上がった顔は……」


「ああ? 消えねぇよもう。一度浮かんじまったらそいつは〝完成〟しちまう。アンタ以外にも着けられねぇから、もう売りもんにならねぇなぁ……」


 そう言いながら私に嫌な笑みを湛え、顔を覗き込んで来る。


 あー、これはやられたかもしれないな。この店主、わざとこの仮面を客が手に取りそうな位置に置いて、顔が浮かんだら売り付ける。今の私の様に「売り物にならない」と言って引かせない気だ。


 まったく……。まあ、事実私しか着けられ無いのなら……仕方ないか。


「わかった買おう。いくらだ?」


「はっ、毎度あり。銀貨四枚だ」


 無駄に高いな、オイっ。そりゃあ特殊な物なんだろうが……。ああ、まったく。とんだ出費だ……。


「……カーラット」


「はい、ではこちらになります」


 そう言ってカーラットは父上から預かっている旅費から銀貨を四枚取り出して店主に渡す。それを受け取った店主は嫌な笑みをそのままに店の奥へと引っ込んで行った。


「あの……。すみません、私、余計な事をしたみたいで……」


 シュンと俯き、落ち込むアーリシア。


 まあ、今回の事は多分だがアーリシアが仮面を手に取らなくとも起きた事なんじゃ無いかとも思う。


 仮にアーリシアが手に取らなくとも、店主がなんらかの形で小芝居して売り付けて来た可能性もあるのだ。


 まあ、最初の店主からの言葉から察するに、積極的に狙っていたわけでは無いだろう。「当たればラッキー」ぐらいの、そんな雰囲気であった。


「今回はアーリシアは悪くない。だからそんなに落ち込むな」


 そう言って私はついアーリシアの頭を撫でてしまう。


 あっ、と気付いて即座に手を退けたが、当のアーリシアは顔を赤らめて露骨に口元が緩んでいる。


 ああ、もう。ミルを励ます時によく頭を撫でてやっていたのが災いした……。参ったな。


「取り敢えず仮面を渡せ。一応私のらしいからな」


「あ、はい!」


 そう返事をしてアーリシアは私に仮面を手渡す。


 うむ、触った感じはかなり良い。白磁というだけあって磁器特有の滑らかな肌触りが心地良く、それでいて一切の歪みが無い。


 焼き物としてはかなりの上物。ただこれが食器や壺などでは無く仮面であるところが、なんとも言えない違和感を醸し出している。


 そもそもこの仮面、先程も思った通り目が無い。猫の口角が吊り上がった口と、そこから覗くギザ歯のみが浮き上がった造形だけで、こんなモノを被った所で見えないだろう。


「被らないのですか?」


 そうマルガレンに言われ、見えないのを承知でその仮面を被ってみる。


 するとどうだろう。正面からは一切の造形が無いにも関わらず視界はしっかり機能し、何の障害もなく見える。


 それどころか視界が狭まる事は無く、被っていない状態となんら変わらない視界を確保している。


 一体何がどう機能しているんだ?あれか?前世で言うところのマジックミラー見たいなものか?


 そんな事を考えていると、私以外の全員が私の正面に移動し、仮面姿の私を凝視し始める。私がそんな全員からの視界に居心地悪くしていると、マルガレンがポツリと呟いた。


「……なんか、異様に似合いますね……」


 ……似合うのか……この仮面……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る