第六章:殺すという事-20

「…………」


「……見事だ。ちゃんと苦しませずに死なせてやれてる」


 目の前で致死量の血液を床に広げ、一切動かなくなった少女エルフ二人の遺体。


 その遺体には首から上が無く、痛みを感じる間もなく絶命したようで、証拠に彼女等の顔には困惑はあれど苦悶はしておらず、切断面は綺麗に真っ直ぐ反対側に抜けていた。


「…………っ」


 返り血に塗れた斧と自身の姿。そして未だに頭の中に響き続けているであろう絶叫に、ディズレーは思わず頭を抱えて座り込んでしまいそうになっていた。


 そんな叫びに潰されそうになっている彼に、私は出来得る限りの静かな声音で語り掛ける。


「……こびり付くだろう?」


「……え?」


「彼女達の最期の声だ。……私も初めての時は四六時中頭の中をこだましたものだ」


「……今は?」


「四六時中、とまでは流石にいかんがな。だが時折思い出すようにしている」


「自分から? ……どうして?」


「ただの自己満足だ。命を奪う事に慣れない事と、自分のしている事がなんなのかを忘れん為のな」


「じゃあ、アンタ……」


「私の事はいい。……それより〝君〟は大丈夫か? あと二人、出来るか?」


 そう問い掛けると、ディズレーは斧を改めて強く握り締め、決死の思い──〝覚悟〟が宿った瞳で私を見据える。


「故郷を……村を救う為なら、俺はこの頭から離れない叫びを背負い続ける。そう、決めた」


「そうか。ならば心配いらないな」


 取り敢えずは一安心と私は踵を返し、食堂の出口へと向かう。


 すると──


「クラウンさんっ!」


 ディズレーに呼び止められ振り返ってみれば、彼は少し悩まし気な表情を見せると、弱々しく口を開く。


「俺は……変わっちまう、んですかね?」


「……」


 故郷に残して来た妹達と姿が被る少女エルフを手に掛け、今の自分が何なのか混乱しているのだろう。


 そんなもの、直ぐに答えなど出せるわけも無いのだが……。


 ふむ……。


「ああ、変わる。君は変わるよディズレー」


「うっ……」


「だがそれが良い方向か悪い方向かは〝今からの〟君次第だ。その耳に残っている彼女達の叫びとどう向き合い、どう抱えて行くかで君はどちらにもなれる」


「そう……ですか……」


「ただなディズレー」


「はい?」


「……お前には私が居る。踏み外した道を、私が蹴り飛ばしてでも正してやる。それだけは忘れるな」


「──っ!! ……はいっ!」


「良い返事だ。なぁに、私はベテランだ。凪ぐ海を征く帆船にでも乗ったつもりでいなさい。──では、改めて行ってくる」


「ありがとうございましたっ!!」


 ディズレーは一週間前にも見せたような深々としたお辞儀をし、それをしっかり受け取ってから私は食堂を後にした。


 ______

 ____

 __


「……」


 ディズレーは下げていた頭を上げると、改めて自分が作り上げた二人の遺体を見遣り、奥歯を固く食い縛る。


『「『や、やめ……死にたくっ──』」』


『「『カラッ!? カラァァァァァッ!! ッッッッ──』」』


 一生付き合っていく事になるこの叫び。だがきっといずれ、この声も記憶の奥に押し込まれてしまい、意識しなければ聞こえて来なくなってしまうだろう。


 悲しくも残酷かな、人間はそんなものすら忘れられるのだから。


 しかし、それでも彼は──


「……絶対ぇ、忘れねぇ……」


 そう一人呟き、少女エルフ二人の遺体を並べると、彼女達の空いたままになっていた瞼を閉じ、上からテーブルクロスを被せる。


 気休め、現実逃避、偽善。


 心の内から湧いて来るそれら自責の念が彼を苛む中、《地魔法》の魔法陣による岩壁に塞がれていたキッチンへの扉から──パキッ!! という音が響く。


 その音に反応し振り返ったディズレーは不満気に顔を歪めると、溜め息を吐いて小さくボヤく。


「はぁ……。やっぱあの薄さじゃそんな保たねぇな。魔法陣もっと勉強しねぇと……」


 それからも音は絶えず鳴り続け、しまいには岩壁にヒビが入り始めた。


 キッチンには二人の少女エルフが閉じ込められている状態だが、食堂とキッチンの壁はそこまで分厚くない。故にディズレーの手によってもたらされた二人の悲痛な声をキッチンの二人が聞き取ったのだろう。


 芳しくない状況と悟り、今こうして慌てて出入り口を突破しようとしているのである。


「こりゃ数分持つか持たねぇかだな……。それまでに、俺も改めて覚悟しとかねぇと」


 今彼がする覚悟は少女エルフ二人を殺める事ではない。殺めた際に新たに増えるであろうその声を、また背負わんとする覚悟だ。


「身も心も強くなって……戦争を生き抜いて……そして──」


 徐々に崩れ始めた岩壁の隙間から向こうにあるボロボロになった扉が覗くと、ディズレーは自身に喝を入れる意味で斧を思い切り振るい、床を踏み鳴らした。


「クラウンさんと一緒に、みんなを助けに行く。何があってもっ!!」


 岩壁が完全に崩壊し、向こうから少女エルフが飛び出して来たのを見たディズレーは、睨んだ二人の少女エルフの首に、再び斧を振るった。


 __

 ____

 ______


「次は……グラッドか。アイツも存外にお優しい」


 ──

 ____

 __


「ん〜〜……おっかしいなー……」


 グラッドが担当するのは砦正面から入って左手にある薬品保管庫が併設された診察室と怪我人、病人を寝かせる為に複数台用意されたベッドが並ぶ大きな病室が二つある区画。


 ここには病室にて眠っていたエルフが一人と、診察室で自分達で怪我の治療をしていた三人のエルフが居た。


 狭い診察室で三人なんて相手にしていられない、と判断したグラッドは、ひとまず診察室を《水魔法》の魔法陣で塞ぐと、騒ぎにも気付かず暢気にベッドで寝ているエルフを先に始末しようとそのベッドへ近付いた。


 そして仕掛りになっていたカーテンを引き払い手に持つナイフを振り上げた瞬間、目に飛び込んで来たものに思わずグラッドは振り下ろそうしていたナイフを途中で止めてしまう。


 そう。よく考えなくとも当然の話なのだ。寝室がちゃんと用意されている筈なのにわざわざ病室で寝る者など居ない。


 居るのだとすればそれは──


「病人居るなんて、聞いてないんだけどなー……」


 ベッドに寝かされているのは顔面を土気色に染め、頬がけた誰がどう見ても具合が悪いと判断する病気のエルフ。


 呼吸は浅く小刻みで、額からは膨大な汗をかいている。時折苦しそうな呻き声を上げると、弱々しく咳をし、今度は荒い呼吸になってから徐々に元の弱々しい呼吸に戻っていく。その繰り返しだった。


「『だ……だれか……いる、の?』」


 声は掠れて聞き取り辛く、グラッドが視界に入っている筈なのに彼が人族だと気付いていない。視覚も限りなく弱っているのだ。


「ああ、もうクソ……。しかもこの症状……〝アレ〟じゃんよ……」


 グラッドはこの症状に見覚えがあった。忌々しい程に、見覚えがあった。


「あの人性格悪いなー……。分かっててボクにこの場所任せたよね絶対……。はあ……ホント、最悪……」


 悪態を吐きながら振り上げていたナイフを静かに下ろすと、ふと頭に疑問が浮上した。


「──って、なんで? なんで知って……。というかエルフがなんでアレに……」


(なんだ? なんか漠然と違和感がスゴイんだけど何も繋がらない……。んーー……)


「……まあ置いておいて、取り敢えずは──」


 グラッドは先程塞いだ診察室に目を向ける。


「薬って確か診察室の向こうだよね。でも中に三人かー。んーー……。あ、じゃあ──」


 何かを閃くと、彼はクラウンによって皆に持たされた万が一の為のポーションセットを広げる。普段は巻かれているそれは、長方形の薄い皮布にいくつかホルダーがあり、そこに一本ずつ試験管に入れられ彩りのポーションが納められていた。


 グラッドはそれらを一通り確認すると、落胆したように深い溜め息を吐き、ポーションセットを仕舞う。


「流石に無理かー。……もしかしてこれも狙ってやってんのかなあの人……。だとしたらホント性格悪いけど、流石に無いか」


 目線を再び病人エルフに向けるグラッド。


 相も変わらず苦しそうに息をする彼だったが、ふと視線を下げると毛布の下から痩せ細った腕が伸び、そのままグラッドの服の裾をなんとかして摘む。


「『おね……がい……。だれ、でも……いぃ、から……。お、れを……』」


「ごめん、言葉分かんなくて……。でも、安心しなよ。ちゃんとやるからさ」


 そう返事をしたグラッドは懐に手を入れると、そこから小袋を取り出し更に中から一枚の葉を取り出す。


 葉は乾燥し切り、指で触れているとカサカサと乾いた音が立つ。


「本当はボクが使うつもりだったけど、仕方ないか……。あーあ、折角盗んだのに」


 グラッドはそれから辺りを見回すと、壁際に棚を見つけ出し、その中にある扱いが容易で安全な薬品を物色し始めた。


「うーん、やっぱ大したもんは無いなー。あーでも、ボスから貰ったポーションで代用して──」


 そうしてクラウンから貰ったポーションと棚に並べられていた薬品、乾燥された何かの葉を、棚に備え付けられた机に並べると調合を始めた。


 いくつか失敗作を作りながら、十数分が経過し──


「うん! これなら問題無しだね! 後はこれを──」


「随分と楽しそうじゃあないか、え? グラッド……」


「──っ!?」


 その声にグラッドが勢いよく振り返ると、そこにはベッドに腰を掛けながら本に視線を落とすクラウンの姿があった。


「ボ、ス……」


「まったく……。本を一冊読み終わってしまったぞ? 何を長々とやっている?」


 本を閉じベッドから立ち上がったクラウンはそのままグラッドに歩み寄ると、彼が手に持つ調合したての乳鉢に入った薬品を見る。


「……で? それは?」


「これは……。あ、あはは、いやーなんでも……」


「……ふむ」


 クラウンは適当にはぐらかそうとするグラッドから視線を外し、机に置いてある細かく寸断された乾燥葉を見付けると、それを指で摘まみ上げめつすがめつ観察する。


「……成る程、私から盗んだ物を使ったのか」


「あ、はは……。バレてたか、やっぱ」


「当たり前だ。私がディズレーと会話していた最中にこっそり拝借したのだろう?」






『構わん。たださっきも言ったが余り大声は──ん?』


『あの……クラウンさん?』


『いや、なんでもない』






「私の目を盗みたいのならもっと鍛えるんだな」


「りょーかーい」


「……で、だ」


 クラウンは摘んでいた乾燥葉をグラッドの目の前に突き出すと、声のトーンを一段階落としてわざとらしい口調で問い掛ける。


「調合に成功した、という事は、お前はこれが「寂落草じゃくらくそう」だと理解して盗み、使ったという事だな?」


「……」


「それに丁寧に乾燥までされている。これはコレの用法用量をキチンと理解している人間の手際に見えるんだがな?」


「……ああ、成る程。そういう事ね」


 グラッドは笑顔を顔に貼り付けながら振り返ると、平坦な声音で続きを口にする。


「オカシイと思ったんだよね。色々と」


「ほう。何がだ?」


「とぼけちゃって、知ってんでしょ? ……ボクが〝薬物中毒者〟だって……」


 グラッドはクラウンを通り過ぎるように擦れ違うと、そのまま先程の病人エルフの元へ歩み寄り、彼の苦悶に満ちた顔を見て浅く笑う。


「ボクは運が良い。はならなかったんだから」


「……そうだな」


「ねぇ、いつから? いつから知ってたの?」


「お前と出会って一週間後だ」


「ウッソ、序盤じゃんよっ! よく気付いたねー。で、なーんで気付いちゃったの?」


 わざとらしく驚いてみせたグラッドは、おどけながら続きを促した。


「初めてお前と出会い、試合をした時、お前は一度まるで別人のように豹変したな。覚えているか?」


「……あー、アレ? アレは演技だってー。アンタもそう言ってたじゃんよー」


「ならあの場で正直に言った方が良かったか? 「薬物による軽度の人格破綻には驚かされた」と」


「……」


「……それともう一つ。お前、目をまともに開けられないんだろ?」


 クラウンの指摘に思わず目元に力が入り眉間にシワを寄せるグラッドは、額に汗を滲ませながら誤魔化そうと笑う。


「あはは、これは生まれつきだってー。ボク昔から目が悪くてさー。こうやって薄目にしてないと──」


「視力の悪い人間はそうやって四六時中目を細めたりせん。そうするのだって労力がいるからな。それに眼鏡だってある。安くはないが」


「じゃあ、なんでボクが常に薄目か、説明出来んの?」


「日光──いや、光全般がまともに見られないんじゃないか? 目を開け過ぎると眼球に光が通り過ぎて視神経に激痛が走る……違うか?」


「……」


「この二つの症状は当たり前だが普通じゃあない。それぞれを発症する病は確かにあるが同時に二つなどまず無いだろうな。そこで、だ──」


 訝しむように睨むグラッドに対し、クラウンはポケットディメンションを開き、中から「毒性植物目録」と書かれた一冊の本を取り出してページをめくる。


「軽度の人格破綻、光に対する眼球の脆弱化……。この二つの症状が同時に発生する原因……。そんなもの、一つしかないんだよ」


 ページを捲り続け、ある所で指を止めると、本を見開いたままグラッドに突き付ける。


「「吽全うんぜん」。「アカツキトバリ」という植物によって作られる〝麻薬〟。その後遺症だ」


「ふーん……」


 突き付けられたページには、まるで夕陽のように真紅に染まり、黒い小さなマダラ模様の五枚の花弁で構成された花の絵があり、概要には「違法薬物認定」と表記されていた。


 グラッドはそんな花の絵を見て、忌々しそうに顔を歪める。


「お前が私から盗んだ薬草──「寂落草じゃくらくそう」。アレは吽全うんぜんによる中毒症状を緩和し、数日は後遺症や依存性を抑える事が出来る唯一の薬草だ。吽全コイツに使う以外に使用用途は存在しない」


「……その言い方ってさ。つまりはに用意してた、って事?」


「普通に問い質してもはぐらかすだろう? 聞くなら言い訳出来ない状況でなくてはな」


「は、はは……」


 諦めたように空笑いし、力無く椅子に座り込んだグラッドは、頭を両手で抱えながら震えた声でもう一つ気になっていた事をたずねる。


「……違ってたら謝るけどさ」


「ああ」


「そこに寝てるエルフってさ……。もしかして


「……何故、そう思う?」


「アンタも当然知ってんでしょ。エルフは基本的に植物の事ならなんだって知ってる。森と共に生きてる種族だからね。小さい頃から危ない植物は頭に叩き込まれる、ってボクは聞いた」


「ああ。私も聞いた事がある」


吽全うんぜんに使われてるアカツキトバリってさ。毒性と依存性は高い癖にそこまで長時間快楽は保たないんだよ。なのに生育が難しいから専門知識が必要になる……」


「それが?」


「それが? って……。エルフならそんな危険で効率悪い麻薬、自分から使わないって言ってんのっ! 王国じゃあ麻薬に使えるのはアカツキトバリしかないけど、アールヴならもっと快楽を得られて中毒症状も比較的マシな奴が容易に手に入る……。わざわざアカツキトバリになんか手を出さないっ! でも──」


 グラッドは椅子から立ち上がるとクラウンに詰め寄り、半笑いを浮かべながらその目を覗き込む。


「でも現にこうして吽全うんぜんの後遺症に苦しんでる奴がいる……。ねぇ、これって偶然? 吽全うんぜんの中毒者であるボクが、同じ吽全うんぜんの中毒者のエルフが居る区画任されてるのってさぁっ!?」


「……」


 後遺症から来る豹変ではなく、ただ純粋な怒りに似た感情によって声を張り上げたグラッドに対し、クラウンは何も言わなかった。


 だが──


「──っ!?」


 クラウンは笑った。声に出さず、ただただ口角を上げられるだけ吊り上げ、グラッドの感じている怒りなどどうでもいいと言わんばかりに場違いで不気味な笑顔を彼に向けた。


 それはまるで、期待通りの結果を目の当たりにした魔王然とした底冷えのする笑顔だった。


「ふふふふふふっ。やはりお前は頭も良い。素晴らしいよ、本当に……」


「どう、いう……」


「認めているんだよ。そう、私だ。私がそこで寝ているエルフに吽全うんぜんを与えたのだよ」


「──っ!? ……でも、どうやって……。嘘吐いてた訳じゃないならアンタだってこの砦に来たのは初めてなんだろ? だけどエルフの症状はアンタが砦に着いてから発症したような軽度なものじゃない……。そこがボクには分からないんだ」


「そう難しくはないぞ?」


 クラウンはポケットディメンションを開くと、中から一つのパンを取り出す。見た目や匂いも変わらず、どう見ても普通のパンだ。


「知っているか? 基本的に草食なエルフだが、パンは普通に食べるんだよ。まあ、原材料が小麦で、植物ではあるから彼等的にもセーフなのだろうな」


「……まさか」


「ああ。この砦を私に紹介してくれた辺境伯が居るのだが、彼に頼んで一ヵ月前にこの「麻薬入りパン」を一つ、砦に定期的に送られて来る食糧に紛れ込ませたんだ」


「……は?」


「辺境伯の部下にアールヴに潜入している工作員が居てな。女皇帝の監視が厳しくて余り自由には動けないらしいが、食糧にパン一つを紛れ込ませるくらいならなんとかなる。どうやって届けたのかは知らないが、まあ、大方スキルやスキルアイテムを利用したのだろうな」


「……なん、で……」


「ん? 辺境伯が何故引き受けたのかか? お前は知らないだろうがな、実はアカツキトバリによる吽全うんぜんの生成法を広めたの、以前まで王国に潜入していたエルフ共だったんだよ」


「なっ!?」


「目的は、まあ言わずとも分かるとは思うがな。で、その意趣返しがしたい、というのと、少しでも砦内を混乱させておきたいって思いを伝えたら不承不承ではあったけど引き受けてくれたよ。「パン一つだけならば」とね」


「……それは」


「ん?」


「それは、ボクに、このエルフを殺させる、為?」


「ああ、そうだ」


「そんな事の為に……アンタはエルフ一人を麻薬中毒者にしたってのかっ!?」


「そうだ」


「中毒症状もっ! 後遺症の事も全部知っててっ! それなのにボクなんかの〝覚悟〟の為に命を一つ利用したってのかよっ!?」


「……そうだ」


「……悪魔かよ、アンタ……」


「……まあ、間違ってはいないな」


 グラッドは顔を引きらせながら後退りする。


 自分が誰の部下になったのか、今漸く実感したのだ。


 欲しい物、結果の為ならば最適の手段を躊躇なく実行する。それが悪行だろうが善行だろうが関係無い。


 ただクラウン自身やその身内にとって最良となるのなら、それに劣る価値の命を浪費してでも手を下す。


 そんな彼の本質を目の当たりにし、グラッドは思わず目眩を覚えた。


 だがしかし、彼に降り掛かる衝撃は、こんな物では済まされなかった。


「……なあ、グラッド」


「な、なんだよ」


「もう一つ、疑問に思わないか?」


「……これ以上何があんのさ」


「いやな。私はお前と初めて出会ったその日に、お前が麻薬中毒者なのではないか、と疑ったわけだ」


「……そう、言ってたね」


「だがなグラッド。〝疑い〟なんだよ、その時点では、まだ」


「──っ!?」


「思い込みが一番怖いからな。もしかしたら私が知らないだけで似た症状の病気があるかもしれない……。そう思った私は、次にどんな行動に出たと思う?」


「ま、さか……」


「当然、調べたさ。お前の素性、その全てをな」


「……やめろ」


「お前がどういった経緯でどうやって中毒者になり、何故学院に来たのか……。私は洗いざらい調べられるだけ調べた」


「やめろって……」


「……なあ、グラッド、お前は──」


「やめろっつってんだろッッッ!!」


「お前は実の父親と妹を殺しているな?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る