第五章:正義の味方と四天王-2

 


「ええぇぇぇっ! 時間無いんですかっ!?」


「すまんな。マルガレンの見舞いにこれから行かなきゃならんし、エルフの取り調べもある。ついでにその後ノーマンの所に顔を見せに行って、その後はロリーナに魔術の稽古だ」


「なんですかその過密なスケジュールっ!?」


 ロリーナとの剣術稽古の後、少し前からずっと私達の様子を伺っていたアーリシアが本を抱えて現れた。


 なんだか久々に見たアーリシアは、何処か少し大人びたような……そんな漠然とした雰囲気を醸し出していて驚いたのだが、会話初手の〝私頑張ったんです話〟で考えを改めた。


 抱えていた本は私がユウナに貸していた物で、この稽古場の前でバッタリ遭遇したらしく、ついでに返すよう頼まれたとか。


 何をわざわざアーリシアに本なんか預けたのか……。そうか、そういえば二人は初対面だったんだな。と、アーリシアの止まらない頑張った話を聞きながらそう思い至った。


 そんなつらつらと語られるアーリシアの話の終わり、彼女に唐突にこの後時間があるか、と問われて答えたのが先程の私の言葉だ。


「今日は特にだ。本当、お前も絶妙にタイミングが悪いな」


「むぅー……。な、なら私もお供しますっ!」


「……」


 また何か言い出した。と、少し懐かしさを覚える彼女の人懐っこさに思わず頭を撫でたくなる衝動に駆られるも、そこを我慢して取り敢えず問う事にする。


「理由は?」


「お手伝いしたいですっ!」


 む。少々漠然としているが、思っていたより真っ当な理由だな。私はてっきり「え?」とか「なんとなく」とか何も考えていないような答えを予想していたのだが……。ふむ。


「良いぞ」


「あ、やっぱりダメで──え?」


「取り敢えずは昼飯だな。適当に作るから私の部屋に来なさい。ロリーナも構わないか?」


「はい。お風呂お借りしても?」


「勿論構わない」


「ありがとうございます」


 惚けるアーリシアを他所に私達で話を進めていると、数秒してハッとしたアーリシアが慌てたように私の服の裾を引っ張る。


「い、良いんですかっ!?」


「手伝ってくれるのだろう?」


「そうですけど……。少し昔だったら「教皇の娘なんだから」って止めながら説教していたじゃないですかっ!!」


 ああ成る程。そこを気にしているのか。


「どうせお前の動向はラービッツが監視しているんだろう? 奴が止めないのなら私が口を出す事じゃない、と改めたんだ。まあ、勿論何かあれば私は君を可能な限り守るがな」


 私がそう言うとアーリシアは少しだけ頬を赤らめながら小さく「はい……」とだけ口にする。


「さあさあ、さっきも言ったように今日は忙しい。のんびりしていたらあっという間に夕暮れだぞ」


 そうして私達は稽古場を後にした。






 私達は今、学院内の廊下を歩いている。


 ロリーナとの稽古の後、昼食を取ってから簡単に買い物を済ませ、マルガレンの見舞いをしに学院内に併設された治療施設に向かっていた。


「マルガレン君、お元気でしょうか……」


 心配そうに口にするアーリシアに、ポケットディメンションから取り出したフルーツバスケットを取り出して手渡す。


「アイツなら大丈夫だ。学院ここに帰って来てからも何度か様子見に行ったが、気持ち良さそうに眠っていたよ」


「え? マルガレン君、あれから起きていないんですかっ!?」


 あれからというのは治療施設に入った日の事。マルガレンは最初こそ意識はあったものの、一度眠りにいてからはそのまま昏睡状態にまで陥っていた。


「それって大丈夫なんですかっ!?」


「詳しい検査結果が出るまでは自身の身体が元に戻ろうとする自然治癒に任せるしか今は方法がない。昏睡状態っていうのはその際に起こる副作用みたいなものだ。医師達に出来るのはあくまでマルガレンが憔悴しないよう定期的なケアをしてやるだけだと」


「でも……。あれから一月は経ちますよ? 本当に大丈夫なんですか?」


「ふむ……」


 正直なところ、私も流石に何かおかしいとは思っている。


 担当医の話によれば、こういった体内の魔力が乱れる症状──正式には魔力循環乱走症というらしいが──はたまに発症する者は居るらしい。


 その大半がマルガレンの様に他者や魔物に《魔力妨害》などの原因となるスキルによって乱されたり。はたまた高濃度の魔力溜まりに長時間さらされた場合で発症、と様々。


 今回マルガレンがやられたのは前者の方で、こっちの場合だと《魔力妨害》の熟練度次第で治りの早さが違ってくるという。


 恐らくはマルガレンはそんな高い熟練度の《魔力妨害》に当てられたのが原因でここまで長期間になっているんじゃないか、と担当医が私に説明した。


 実際に使われた短剣に封じられた《魔力妨害》を獲得し、熟練度がそこまで高くは無かった筈だ、と思いはしたものの、こちらの世界の病理に疎い私としては一応その説明で納得し、何度か様子見がてらお見舞いに行ったりもした。


「……担当医が何かしていたりは?」


 そう訝しむロリーナに、私は首を横に振る。


「治療施設に運んだ際に担当医の内情は把握済みだ。立派な経歴を持った真っ当な医師だよ」


 潜入エルフと何かしら接触があれば疑いもしたんだが、それらしい証拠も見付からなかったからな。少なくとも原因は外的要因ではない事は判明している。


「まあ何にせよだ。そろそろ検査結果が出る頃だろう。もし今日出なければ担当医と腰を据えて話し合わねばな」


「ですがそれでは、この後あるエルフの取り調べに間に合わなくなってしまうのでは?」


「取り調べなんかよりマルガレンの方が大事に決まっているだろう。なんなら取り調べなんて後に回せる。急ぐ事じゃないよ」


 そう語りながら歩を進めていると、学院内に併設されている治療施設に到着した。


 目線を上に向けて見れば、そこには分かり易いよう看板が一枚掲げられている。


「医療ギルド「蜜月の万花〝学院所〟」? ギルドなんですか?」


 そう可愛らしく首を傾げるアーリシアに、私は頷いて見せる。


「そうだ。厳密には出張所みたいな場所だな。王都にはもっとデカい施設があって、そこが本部にあたる」


「なるほど……」


「もし今回の担当医との話し合いで少しでも状況が好転しないのならさっき言った本部に転院させる。多少遠くなるし、入院費も掛かってしまうが……。まあ、必要経費だ」


 視線を戻し、そのまま施設のドアを開ける。すると直ぐ近くには受け付けがあり、そこには清潔感がある白い制服を身に纏った女性が書類整理をしながらこちらに目を向ける姿があった。


「あら、クラウンさん。今日は久々ですね」


「最近少し忙しかったもので……。マルガレンの様子は?」


「変わりありませんよ。良くも悪くも……ですが……」


 そう言って少し暗い顔をする受け付けの女性。すると何かを訝しんだアーリシアが私と彼女の顔を交互に見返し始める。


「……なんだ」


「いいえ。なんか親しそうだなぁーって」


「空気を読めまったく……。それに過剰反応が過ぎる。ただ何度か通って顔見知りになっただけだ」


「へぇー……。でもなんだか口調が柔らかく感じますねー。まあ確かに? 綺麗な大人の人に魅力を感じるのは分かりますけど?」


 そうはばからず口にするアーリシアの言葉に受け付けの女性は頬を赤らめながら愛想笑いを浮かべる。


「大人ってお前……。この人は私達の二つ上の学年のれっきとした生徒だぞ?」


「えっ? ……で、でも受け付けを……」


「研修みたいなものだ。学院内で《回復魔法》を会得出来た生徒はその理解度を深められるようここで研修させて貰えたりする。中にはそのまま医療に興味を持って就職したり、資格取得の便宜を図ってくれたりもするな」


 医療ギルドが学院内に出張所を併設している理由の一番がこれだ。


 学院側は生徒の才能を活かせる職に就かせる事が出来るし、医療ギルド側は学院で育てられた優秀な人材をいち早く確保し、即戦力として迎えられる。


 ただ闇雲に張り紙だけして何もしない冒険者ギルドや魔物討伐ギルドとは意識の高さが違う。


 ちゃんと互いにWin-Winな関係を築けている証だ。


 ……話が逸れたな。


「はあ……。兎に角マルガレンに会いに行くぞ」


「あ、先生は少ししたら来られると思いますので、それまでは病室でお待ち下さい」


 そう言って受け付けで簡単に書類にサインを書いた後、いつもの病室へと足を運ぶ。


 そして数分とせず辿り着いた病室の扉を開くと、そこには窓辺のベッドに寝かされるマルガレンの姿が安らかに寝息を立てながら横たわっていた。


「……」


 私はベッドの横に置かれた椅子に腰掛けると、マルガレンの手を取り《解析鑑定》を発動させる。


 そこには「状態」の項目に「魔力循環乱走症」

 という病名と、後は普段と変わらないステータスが表示され、ひとまずは安心する。


 潜入エルフの居場所をハーティーから聞き出した際、医療ギルドの本部にも二人ほど潜入エルフが混じっていた事を知った私は真っ先にその二人を捕縛した。


 そしてその二人の取り調べを私が引き受け、それぞれの悪行を奴等の涙が枯れるまで絞り上げ、判明したのは故意の医療事故の数々。


 年に一人〜二人。怪しまれない状況の中で薬品をすり換えたり、重い症状のカルテを軽い症状だと偽って改竄したり、気が滅入っている患者に精神的ストレスを与えたりなど様々な方法で病人や怪我人を殺害、自殺に追い込んでいた。


 結果、活動期間中に死亡させた数は二十年間で約五十人以上。それも重要人物ばかりを狙い中には愛国心溢れる貴族も混じり、国の政治に打撃を与えていたりもした。


 前世であればそんな問題が発覚すれば医療機関は大打撃を受けるし、患者達も他の医療機関に移るだろう。


 だがこの世界ではそういう訳にもいかない。


 それは医療機関の大半が珠玉七貴族の〝蒼玉〟傘下にあり、ギルド「蜜月の万花」も例外ではないという事が大きく関わっている。


 国内で絶大な権力を持っている大貴族の旗の元にある以上、不祥事など許される訳もなく、もみ消す事を躊躇ちゅうちょしない。故に事故自体を患者達の耳に入らないように操作していたらしい。


 今回の二人の潜入エルフが働いた悪行は、そんな〝蒼玉〟傘下ギルドというプライドがもたらした惨劇ともいえるだろう。


 そんなとんでもない悪行が判明してから、私は内心でマルガレンに何かしら危害が及んでいたりしないか、と想像をしたりした。


 と言っても、学院内の出張所でしかないこの治療施設にわざわざマルガレンを狙う理由が〝私〟という存在でしかない事と、彼等の死なせた人々の傾向から考察するに命令でもなければ狙わないだろうとは思っていた。


 しかし念の為に、とムスカの眷属による監視だけに任せて今日まで普通に過ごして来たわけである。


 杞憂であるのは百も承知だった。


 だったがやはり、こうして直接確認するまでは疑念が頭の隅にこびり付いて取れてはくれない。今漸く、そんな疑念が頭から消えてくれたのだ。


「……本当に、起きませんね」


 心配そうに顔を覗かせるアーリシアとロリーナに、私は安心させるよう小さく笑い掛けてやる。


「荒療治は避けているからな……。担当医の話だと検査は身体にこれ以上負担が掛からないよう緩やかなペースで進めていき、厳密に精査して結果を出すと話していた。だからそう簡単には起きんよ」


「成る程……。それで、その結果はいつ……?」


「今日だよ」


 唐突に響いた背後からの声に振り返ってみれば、そこにはマルガレンの担当医を務めている中肉中背で白髪のパーマをあてた壮年の男──ダミアンが、手に書類を持って立っていた。


 私はその場で立ち上がり、ダミアンに向かって頭を下げる。


 そんな私を見て二人も礼儀正しく頭を下げると、ダミアンは照れ臭そうに手を振って止めるようジェスチャーしだした。


「そういう畏まった事はせんでくれっ! ワタシはそんな事をして貰える程大した人間ではないよっ!」


「マルガレンを診てくれている最低限の礼儀です」


「ああもうっ……。ほ、ほらほらっ! 気持ちは受け取ったからっ! 話を始めるよ?」


「はい、お願いします。……先程の言葉から察するに、検査の結果が出たんですよね?」


 私がそう再確認すると、ダミアンは頷いてから手に持っていた書類に目を通し、結果を口にした。


「ふむ。正直な話、だ」


「……はい」


「……」


「……」


「……根本的な原因は分からん」


「……はい?」


 おい。一か月近く検査やって出た結果が分からないだと? ナメているのか?


 と、そんな風に考えていると、ダミアンは何かを察したのか、慌てたように口を開いた。


「ま、まだ続きがあるっ! 焦るなっ! ……確かに根本的な原因はまだ分からんが、何故そうなっているかは分かった」


「つまり?」


「彼──マルガレン君の身体は、原因は分からないがんだよ」


「循環させる働きが弱い?」


「ああ。先天性のモノなのか、はたまた後天的に患ったものなのかは分からんし、何故循環が弱いのかも分からん。だが少なくとも常人の約三分の一程度の働きしかしとらん。あまり機能しとらんのだよ」


 それは……。つまり生まれつきの性質なのか、もしくは何者かにそうなるようにされた、という事になるのか?


 いや……。しかし、生まれつきだった場合は手の施しようがないし、後者の場合だと私が一緒に居た時にマルガレンが襲われた事が無い以上、スーベルクの元に居た時から前に何かあったと見るべきだろう。


 だがマルガレンは基本的に私に嘘は吐かないし、覚えている限りの出来事をアイツは隠したりはしない。


 ならば本人すら覚えの無い状況……。先天性の為か生まれて間もなくそう仕組まれたか……。だがそれが何の為に? いや、そもそも──


 マルガレンは何処で生まれ、どうやってスーベルクの元に来たんだ?


 ……。


「……大丈夫ですか?」


 そんなロリーナの声にハッと思考から脱出すると、ロリーナとアーリシアが考え込んでしまった私を心配そうに覗き込んでいた。


 ……覗き込む二人を見て少し無粋だが、こんな美人に挟まれているんだという現実を再認識し、少しだけ幸福感を味わう。


 が、今はそれどころではないと、それを一旦隅に追いやり「大丈夫だ」とだけ返事をしてから視線をダミアンに戻した。


「その三分の一というのは、生活に支障を来したりしないのですか?」


「ああ。日常生活や短時間の運動程度なら問題はないだろう。だが魔力を消費するような行動には注意が必要だな。スキルなんかの多量に魔力を消費する行動を取れば、消費に循環が間に合わずに上手く扱えなかったり、消費スピードによる反動で循環が逆流する事がある」


「……成る程」


 マルガレンが魔術の扱いが上手くいかないと言っていたのはこのせいか……? 私と共に行動した頃からそうだったという事は、やはり先天性──もしくは私が知るより前の時に何かあった?


 ふむ……。


「魔力の循環が弱いという事は、乱れた流れを戻す力も弱いという事……。全く出来ないわけではないからこのまま介護を続けていればいずれ元に戻り、目を覚ますだろう。だが──」


「かなり時間が掛かる、と……。しかし、それは……」


 マルガレンには目覚めて貰い、一刻も早く私の側付きに戻って貰わねば困る。


 身の回りの雑事や私の話し相手……。何より誰よりも心を許せる相手はマルガレンだけなのだ。そんなコイツが今後長期間目覚めないなど、我慢ならない。


「先生。何か解決策はあるんですか?」


「……一応二つある」


「それは?」


「一つは私が調合した薬品を使って少しずつ循環を戻す方法。これならこのままにするより圧倒的に早く治療が進むが、身体にはそれなりに負担が掛かる上に根本的治療ではない。また似たような事があれば再び発症するだろう」


「もう一つは?」


「勿論、根本的治療だ。循環が弱まっている原因を取り除き、本来の働きをさせてやれば比較的早く治療出来るし、自然治癒だから負担も少ない。だが当然根本的原因が判明しなければ打つ手はないし、場合によっては治療不可と判断せざるを得ない。それに時間も相応に掛かる」


「そうですか……」


「ワタシとしては後者を薦める。やはり治せるなら根本から治したほうが良いに決まっているし、時間は掛かるが負担が少ない。治療不可と判断した時に前者を試す方が彼にとっても良いだろう」


「……」


「さあ、どうされます?」


 ……マルガレンの安全の為、か……。


 確かにダミアンの言う通りだ。


 一刻も早くマルガレンに私の側付きに戻って欲しいという願いは私のワガママでしかない。


 マルガレンの事を考えるならば時間が掛かっても前者のような急場凌ぎではなく、後者のような治療の方が良いに決まっている。


 また少し、マルガレンと話せる時間は延びてしまうが、致し方無いだろう。


 やはりここは──


「先生。根本治療である後者を──」


 私がそう言い掛けた瞬間、私の服の袖を何かが引っ張ったような感覚が伝わる。


 そんな感覚に誘われるよう、袖の方に目を向ければ、そこには眠っていて意識の無い筈のマルガレンの指が、私の袖を弱々しく摘んでいる様子が目に飛び込んで来た。

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