第五章:正義の味方と四天王-3
「……マルガレン?」
まさか意識をっ!?
そう思った私はマルガレンの顔を見る為に振り返る。
しかしマルガレンは先程と変わらず寝息を立てるばかりで微動だにせず、変化があったのは私の袖を摘んだ指だけ。
一体、何が……。
「ダメだって、言ってるんじゃないですか?」
隣からしたアーリシアの声に振り向き、「どういう事だ」という視線を向ける私に、彼女は優しそうな表情を浮かべながらマルガレンに視線を移す。
「きっとマルガレン君も早くクラウン様の側に戻りたいんですよ。だからさっきクラウン様の決定を止めたんです」
「いや……。しかしマルガレンは意識が──」
「案外意識はあったりぃ……なんて。でもそうでなければ、マルガレン君がこんなタイミングで動かない筈の指を動かした説明がつきません」
「……ふむ」
納得は……正直難しい。
だが仮にマルガレンに意識があるのだとしたら、きっとコイツは「自分の事は気になさらないで下さい」とか言って負担覚悟でいち早く私の側に戻りたがるだろう。
これは自惚れなどではなく、私とマルガレンが築いた十年という短くも長い、濃厚な日々を共に過ごしたから分かる事。
そんな大事な大事なマルガレンだからこそ、私は自分のワガママを圧し殺してより負担の少ない後者を選んだのだが……。
「……先生」
「あ、ああ……」
「やはり前者の治りが早くなる方法にして下さい」
私のそんな路線変更に始めは目を白黒させたダミアンだったが、直ぐにその面持ちは真剣なものに変わり、問う様な視線を向ける。
「先程した説明を理解した上で、言っているんだね?」
「はい。先生の調合された薬でなるべく早い治療を。根本治療の方法は、私が後程見付けてみせます」
「──っ!? ……か、簡単に言うがね君。医者が分からないと言っている治療法を、素人の君が見付けられるとは思えんがね?」
「そうですね。ですから私と先生の二人で探すんですよ。別々の視点、方法で」
「それは、どういう……」
「世の中何があるか分かりません。マルガレンの症状の根本にあるものが、医療で辿り着けるものかさえ曖昧です」
「ふ、ふむ……」
「ですので貴方には医療を……。私は多方面から色々調べてみようかと」
そう提案した私に対し、ダミアンは腕を組んで頭を捻り始める。
するとロリーナが少しだけ私の耳元に口を近付け、小さな声で何やら聞いて来た。
「予め決めていたんですか? マルガレン君の根本治療法を模索する段取り」
「いや、さっきのは思い付きだよ。咄嗟のね。私だって医療の道の先に根本治療法があるとは思っている」
「ではつまり……でっち上げ?」
「簡単に言えばな。……ただ思い付きにしては的を射ていると、ほんの少しだけ思っている」
本当に、この世界の摂理には色々と驚かせる。
魔力を始めスキルや魔物。多種族に竜や龍の存在……。簡単に挙げただけでもこれだけ未解明なものがある。
謎や不思議な法則だらけのこの世界ならば、医療とは別の道にマルガレンの治療に繋がる答えがあるかもしれない。
先程のは私の中にあるそんな理論と浪漫が混ざった〝期待〟から生まれた発言だ。そんな特別なものではない。
「……私も──」
「ん?」
「私も手伝わせて頂けますか?」
唐突にそう言ったロリーナの顔を改めて見てみれば、いつもの綺麗な顔に少しだけ何か心配しているようなものが混ざっているように見えた。
……最近だが、私はこの子が一体何を求めているのか、なんとなくだが分かって来た気がする。
彼女が自分の過去を話してくれない以上は推測でしかないし、探りを入れるつもりも一切ないが……。
恐らく、この子のしたい事と私がしたい事は一致している。強くなりたいというのも、その一環だろう。
だが仮に、その理由が私から無くなってしまったら、この子は一体どうするのだろうか?
私は特別などではなく、ただ彼女にとっての今現在の理想が私なだけ……。他にもっと理想的な者が彼女の前に現れたなら……。
……ふむ。考えても詮無いな。
今彼女の目には私が写っている。その視線を決して外さぬよう、注意深く且つ念入りに、私だけのロリーナにしていけば良い。
私はそんな考えが顔に出ないよう優しく笑い掛けてやりながら、決まりきった答えを口にする。
「勿論だ。君が居てくれるだけで心強いよ」
そう言う私にロリーナは咄嗟に顔を背け、目を逸らしながら小さく「大袈裟ですよ」とだけ呟いた。
本当、可愛いなまったく……。
と、そんなやり取りをしている中、ダミアンは何か結論を出したようで、深い溜め息を吐きながら私の前まで来て咳払いを一つする。
「ワタシはあくまで医療の面で正解を探す。君等の事には関与出来ない」
「はい。理解しています」
「それとマルガレン君の身体を最優先する。薬は使うが、なるべく負担が少なく済むように吟味して調合を行うから直ぐには目覚めん。良いかい?」
「勿論です」
そう返事した後、私は再びマルガレンに向き直ってから椅子に座り、ポケットディメンションから取り出した果物ナイフでアーリシアに預けていたフルーツバスケットから取った林檎を剥き、一口大に切り分ける。
そしてその一口大の林檎を握り、マルガレンの口の上まで持って来てから握力で林檎を握り潰し、出た果汁を飲ませてやる。
「起きたらちゃんとしたもん食わせてやる。それまではこれで我慢してくれ」
握った搾りカスと化した林檎を口に頬張り呑み込んでから立ち上がる。
「アーリシア。フルーツは先生に……。先生、皆さんでどうぞ召し上がって下さい」
「すまないね。毎回」
「入院費だと思って下さい。ほら、二人共行くぞ」
そう言って歩き出した私に続くロリーナと、慌てたようにフルーツバスケットをダミアンに渡して付いて来るアーリシア。そして一度振り返って三人で頭を下げた後、「蜜月の万花」出張所を後にした。
「この後はなんでしたっけ?」
「エルフの取り調べだが……。そんなに時間も掛からないし、君等二人は「禿鷲の眼光」にはそもそも入れない。なんなら学院まで送るぞ?」
「あ、いえ、それなら……」
「私達ギルドの前で待ってますっ!」
「そうか? ならすまないが待っていてくれ。直ぐ済ませる」
______
____
__
ロリーナとアーリシアを残し、一人エルフの取り調べに行ったクラウン。
そんな残された二人は彼の仕事が終わるまでギルドの前で待っていた。
特にやる事もなく、商店街から距離があるここでは近くに店などもなければ、本などの時間潰しはクラウンのポケットディメンション内。今は取り出せない状況である。
暇を潰せる場所や手段がない以上、他の手として二人で適当な雑談なり会話すれば暇も潰せるのだが、この二人の間には不思議と静寂が流れていた。
「……」
「……」
実の所、二人はこうして二人きりで会話をした事が今まで一度も無い。
クラウンの側に居る事が多い二人ではあるが、大抵はアーリシアが何かしら用事があったりして二人だけの状況はクラウンの左腕を治した時以来だ。しかもその時ですら二人きりでの会話は無かった。
「……」
「……っ」
そんな沈黙に耐えかねたのか、アーリシアは内心で何かを決意すると、ロリーナに顔を向け口を開く。
「ろ、ロリーナ……ちゃん?」
「……何故疑問形なのですか?」
「あぁ、いや……。どう呼んでたかなって……。話した事、全然なかったし……」
「確かに、そうですね……。私の事は好きに呼んで下さって構いません」
「な、ならロリーナちゃんっ!」
「はい」
「……」
「……」
(……あれ? 私達、会話するような共通点、無い?)
勢いだけで話し掛けたアーリシアだったが、その実特別何か話題があって話し掛けてはいない。
割と社交性のあるアーリシアは基本、同年代の女の子などには適当に趣味嗜好を予想してから話し掛け、当たり障りの無い話題を探すタイプだ。
しかしロリーナに対して同じように接した結果、彼女の漠然とした趣味嗜好が一切浮かばず、結果話が詰まってしまった。
アーリシアにとって、こんな経験は初めてである。
(え、えぇっと……。お化粧っ! はぁ……ロリーナちゃん
「……?」
(あぁ、後は……。本? はぁ、私幸神様の福音書ぐらいしか読まないし……。花? はぁ、可愛いのしか知らないし……。魔法? はぁ、
と、そんな風に頭を抱えていると、ロリーナは何かを少しだけ考えた後──
「そういえば」
「は、はひっ!?」
突然向こうから話し掛けられた事に変に動揺したアーリシアが素っ頓狂な声を上げると、ロリーナは少しだけ可笑しそうに口元を指で抑えてから続きを口にする。
「そういえば、アーリシアさんはクラウンさんとどのようにして出会ったんでしたっけ?」
「え? ……あ、ああっとぉ……。十年前に盗賊に絡まれていた所を助けられて……だね」
「なんでそんな事を?」と言いたげなアーリシアの視線に、ロリーナは真っ直ぐ見つめ返してその視線に応える。
「私は三年前。魔法魔術学院の入学査定の時に一度見掛けて、その後はお婆ちゃんを通じて偶然知り合いました。アーリシアさんの様に劇的でもなければ、感動的でもありません」
「う、うん」
「ですがクラウンさんは、それから私を気に掛けてくれて……。そんなある日思ったんです。この人の役に立ちたいって……」
「……」
「なんでかは分かりません。ただ私が見て来た人の中で、お婆ちゃんの他にそこまでの気持ちを抱けたのはクラウンさんだけでした。それは今もそうです」
「そう、なんだ……」
「そこで……なのですがアーリシアさん」
「えっ!? な、何っ?」
聴いているだけだったアーリシアはまたも突然話を振られて少しだけ上擦った声で返事をすると、少し恥じらったような仕草をしながら続きを口にした。
「これって……なんなのでしょうか?」
「……へっ?」
一瞬意味が分からず首を傾げるアーリシア。
そんな反応をされ困惑して口籠ってしまったロリーナに対し、アーリシアは少ししてハッとなり先程のロリーナの言葉を頭の中で
(えっ? ま、まさかこの子、本気で分かってないの? アレだけクラウンさんと仲良さ気に接してるのに無自覚なの? う、うーん??)
アーリシアは悩む。
もしかして今自分はターニングポイントに立っていて、それを自由に決められるのではないか?
最大のライバルになりえるかもしれないと、内心で嫉妬心をメラメラに燃やしていた日々や自分より長く彼の側に居る事態にヤキモキする日々にサヨナラ出来るのではないか?
自分の言葉一つで……。
(「それはただの尊敬だよ。憧れだよ」って言ったら、きっと納得するかもしれない……。それだけこの子は純粋で、清らかな心を持っている……。でも、それに比べて──)
果たして自分はどうだろう?
幸神教という万人が幸せを享受する世界を望む宗教の神官である自分は、今何を考えている?
人に嫉妬し、羨ましがり。
何か間違えないか。何か失敗しないか。
そんな事を何処か心の隅で思う自分は、果たして彼女の様に純粋なのか?
そんな自分を、彼は好いてくれるのか?
自分の中にある確かな〝悪意〟に……。気付かないフリをしていたそんな〝
彼女は──アーリシアは心底嫌悪した。
だから──
「ロリーナちゃん」
「はい……」
「それは恋だよ。貴女は……クラウンさんが好きなんだよ」
__
____
______
はあ……。思っていたより時間を食ってしまった。
時間にして約十五分……。いつもなら十分程で終わる筈だったのに、今回取り調べた相手は妙に精神的に強靭だった。
調べによれば今回のエルフが担当だった場所は、ハーティーの居た「白鳥の守人」程でないにしろ多少荒事があったという。
故に脅迫や恫喝、尋問などの耐性も約二十年の潜入工作ではあまり鈍らず、最初の手緩い手段ではビクともしなかった。
だから《恐慌のオーラ》から《覇気》で一時的に身動き出来ぬようにした後、指先に《炎魔法》で火を
それも低めの赤い炎ではなく、三千度程である青い炎でガスバーナーを吹き付けるようにして、表皮だけでなく真皮層まで念入りに炙ってだ。
相手が男だったらこれでも口を割らなかったかもしれないが、幸い相手は女。
勝気で男勝りな女だったが、流石に顔全体を自然治癒出来ない程焼かれるのは嫌だったようで、頬の一部から肉の焼ける嫌な臭いが立ち込め出した辺りで漸く自供した。
まったく無駄な時間を使わされた。
その後はキッチリと彼女からスキルを奪い、いつものように他の取り調べが済んだ四人からも奪ってやっと取り調べが済んだわけだ。
やれやれ。すっかり二人を待たせてしまったな。
私の知る限りだと二人で会話していた記憶はないのだが……まさか喧嘩なんてしていないだろうな?
対極に位置するような性格をしているから、極論凄く仲が良くなるか悪くなるかだとは思うのだが……。ふむ、どうだろうな。
私は少し心配になりながらもギルドの門を潜り二人を待たせている場所に目をやる。すると──
「そうなのよっ!! 私をいつまでも子供扱いして口を開けば「危険だから連れて行けない」ってっ!!」
「それは貴女を思っての事ではないですか? あの人は貴女に傷付いて欲しくないんですよ」
「でもでもっ! 私だって一応成人してるんだよっ!? もう少し大人の女性として見てくれても……」
「身内には甘いですからね。大切にされているんですよ」
「でも私っ! もっともっとロリーナちゃんみたいに連れ回して欲しいのっ!! もっと一緒に居たいのっ!!」
「連れ回すって……。私はただ好きで──」
「……あっ! クラウン様っ! おかえりなさいっ!!」
「──っ!?」
……少なくとも喧嘩はしていなかった事に内心で胸を撫で下ろしつつ、二人に歩み寄って謝罪する。
「すまないな。思っていたより手こずってしまった……。何か問題は無かったか?」
と言ってもムスカに監視だけはさせていたんだがな。まあ直接覗いていたわけではないから私自身は見ていないが、何も報告がないという事は何も無かったのだろう。
「何もありませんよっ! ロリーナちゃんと楽しくお話していただけですっ!」
「ほう。差し支えなければ何の話をしていたか教えてくれないか?」
「差し支えるのでダメですっ! 私達乙女の会話ですからっ!」
「そうか。なら仕方ないな……ん?」
ふと、先程から一言も喋らないロリーナに目を向ければ、何やら顔を俯かせ私に目線を合わせないようそっぽまで向いている。
……本当に何も問題は無かったのか?
『はい。何も問題御座いませんでした』
脳内に響いたムスカの声に取り敢えずは納得し、このままではまともに会話が出来ないと考えた私はロリーナに向き直る。
「俯いてどうしたんだロリーナ。具合でも悪いのか?」
「あ……、い、いえ……。だ、大丈夫、です」
「本当か? なんなら今からでも学院に──」
「だ、大丈夫ですっ!」
そう言って何故か背を向けて歩き出してしまったロリーナ。って──
「おいロリーナっ! 次はノーマンの所だから私のテレポーテーションで転移するんだぞっ! 何処へ行くんだっ!」
慌てて捕まえたロリーナの顔を咄嗟に見てみれば、今まで見た事がない程に顔を赤らめ、ほんの少しだけ目を潤ませながら一生懸命視線を外そうとしていた。
そんな彼女の新しい表情に、私の鼓動が大きく跳ねる。
「あ、ああ……すまない。少し強引だったな」
「い、いえ私も……急にすみません……」
「と、兎に角。次はノーマンの所だ。転移して行くぞ」
「……はい」
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__
「あ、あれ? 私……もしかして、凄い選択肢間違ったりしてない?」
思っていたより急速に近付いてしまったのではないかと戦々恐々とするアーリシアは、その後どうしたら巻き返せるかと必死に頭を捻り続けた。
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