第五章:正義の味方と四天王-4
「おうおうっ。可愛い女の子二人も
私、ロリーナ、アーリシアの三人はテレポーテーションで鉱山都市パージンを訪れ、真っ直ぐノーマンの店に来ていた。
金槌で金属を叩く音が響く店内での先程の発言は、そんなノーマンの「いらっしゃい」の次に出た二言目である。
「思ってもないようなことを言わないで下さいよ。声音に感情篭ってませんよ?」
「チッ。こんな強面の男が凄んでんだからちったぁビビらねぇかねぇ、まったく……」
そう言ってキメ顔とばかりにまた凄み、自分の顔を指差すノーマン。
確かにノーマンは私が見て来た壮年代の男の中じゃ強面ではあるが、かなり今更だろう。せめて初対面で凄めば良かったものを……。職人気質から来る真面目さが先行した結果だ。
第一だ。前世でそんなモノは腐る程見ている。
見せ掛けだけのモノや風格漂うモノ。
偽り隠す為の偽物や生まれつきだっただけのモノ。
それこそ十人十色の顔をだ。
それを今更ビビれと言われてもな……。
「はあ……。まあ、下らねぇ冗談はさておいてだ」
「はい」
「チッ。プレゼント貰う前の子供みてぇな顔しやがって……。出来てるぜぇ、短剣」
そんなノーマンの言葉に私の中の興奮が最高潮に達し、思わず口角が吊り上がってしまうのをなんとか抑える。
そう。私がこのタイミングでノーマンの元に来たのは他でもない。ノーマンから「短剣完成」の報せが届いたからである。
そんな事を聞いてはいてもたってもいられなくなるのは必定。多少乱暴にエルフの取り調べを終わらせたとて仕方がないというものだ。
「苦労したぜぇ? なんたって扱った事の無ぇ
そう言いながらいつものように私達を店の奥に案内するノーマンだったが、その間も彼の
「本国戻って資料漁って調べ尽くして……。オメェさんは多少なら無駄にしていいとは言ってくれたが、俺ぁそんな無駄な事すんのは性に合わねぇ。だから徹底的にやってやったよ」
しかし本当、職人気質だなこの人は……。まあ私はそこを気に入っているんだが。
「いやぁ……。夢のような時間だった……。マジョーラに輝く
……なんか唐突にポエミーな事を言い出したが、鍛治職人からすればそれこそ遊園地を楽しむ子供のような心境なのだろうな。気持ちは分かる。
私は私でそんな事を考えながら案内された工房に設置されたいつもの椅子に座る。
「完成した短剣。今見してやるよ。ちぃと待ってな」
そう言って奥に消えていくノーマンの背中は渋いオッサンというよりも、自分の作品を早く自慢したくて仕方がない青年の様にも見え、なんだか少し可笑しくなる。
と、そう言えば──
先程から響き続けている金属音。それはモーガンが一人黙々と白熱した金属の延板を打ち続けている音であり、私達が入店しノーマンと会話していた間も絶え間なく打ち続けている。
そんなモーガンの手には炎に当てられ薄紫色に反射する金槌が握られており、それを使い作業に没頭する彼女の表情は、側から見ても相当楽しそうに見えた。
「どうだモーガン。私がプレゼントした「魔導晶石」で作った道具の具合は?」
彼女が手にしている金槌は、私が以前慰労を込めてプレゼントした鉱石である。
私の私用とティールへのプレゼントに使う分を差し引いてもまだまだ余ってしまうそれを、持っているだけでは勿体無いと思い、仕事道具を改良するのに使ってくれと渡し、そうして出来たのが彼女の手にある金槌と、彼女の周りに置かれた道具達である。
私がプレゼントした以上、使い心地が気になって先程の様に
「……」
「ふむ。聞こえていないか」
ノーマン譲りなのか「勤勉の勇者」だからなのかは分からないが、絶好調に集中している今の彼女に、私の声は届いていなかった。
「いいんですかクラウン様。あの子無視してますけど……」
「無視しているわけではないんだがな。そもそも仕事中に話し掛けたのは私だ。聞こえていなくとも致し方無い」
「貴方がそう言うなら、いいんですけど……」
「おう? なんだなんだぁ? ウチのモーガンがまた失礼を働いたか?」
高級感ある紫色の布製の包みを持ったノーマンが奥から顔を覗かせながら心配そうにそう訊いて来た。この人も段々と親の顔になって来たな。
「いえ、問題ありませんよ」
「ならいいんだが……。と、それよりだっ!」
そうやって意気揚々と運んで来た包みをテーブルに置き、ノーマンは褐色に焼けた肌とは対照的に輝く真っ白な歯を剥き出しにして笑う。
「コイツがオメェさんから預かった
ノーマンがそう息巻いて包みを開けると、そこには一つの芸術品が鎮座していた。
鮮やかな空色に輝くそれは、中央にクリスタルのような無色透明な宝玉が嵌り、それを翼で包み込む様に雄々しい鳥の意匠が彫られている。
刀身は両刃でシンプルな見た目だが、根本にはまるで揺らめく
思わず吐息が漏れそうになる美しさを感じさせるその短剣を、私は芸術品を扱うかのようにそっと掴んで
「どうでぇ?」
「相も変わらず、貴方の腕とセンスは素晴らしい……。芸術家気取りの凡作屋などより余程貴方は芸術家だ」
「お、おう……。そこまで言われると流石に照れるなぁ……」
そう言って照れ臭そうにするノーマンだが、正直誇張など一切ない。
ティールの芸術的センスも目を見張るものがあるが、ノーマンも負けず劣らず素晴らしい物を生み出す。
ふふふふっ……。嗚呼、私はなんと人材に恵まれているんだろうか……。
「ふふふふっ」
「おい、また怖ぇ笑い方してるぞ」
「おっと失礼……。一つ気になったのですが、この中央の宝玉はなんですか? 貴方の事ですから無意味な装飾ではないのでしょう?」
「おっ、流石鋭ぇな。そいつは世にも珍しい「ラウムゲシュペンスト」の魔石だ」
ラウムゲシュペンスト?聴き慣れない名前の魔物だな……。
「どんな魔物なんです?」
「幽霊の魔物ですねっ!!」
突如横入りした声の方に目をやれば、私の隣に座るアーリシアが何やら得意気な顔をしてから一つわざとらしい咳払いをして続きを口にする。
「ラウムゲシュペンストは帝国方面で稀に発生する亡霊の魔物です。通常、死んだ生物が魔物化した場合は魂が抜けた死体が魔物化しますが、稀に抜けた魂が魔物化する場合があります。知ってましたか?」
「ああ……こっちでいう「レイス」の類か。同じ系統の魔物でも発見された地域で呼び名が変わるからややこしい」
「まあそこはしょうがないですよ。……で、このラウムゲシュペンストは通常の幽霊タイプの魔物とはまた違った性質を持っていまして」
「ほうほう」
「なんでも目に見える場所と実際に存在している場所がズレてるらしいんです。目に見えている姿を攻撃してもダメージは無く、逆に何も無い所から攻撃してくる非常に厄介な魔物ですっ」
「ふむ。成る程な。流石は教会の神官なだけあってそういった類の魔物に詳しい」
「ふっふっふぅ……。ああそれと、なんで魂が魔物化するのかですが──」
「確か抜けた魂に宿る意思や感情が希薄だったり、負の感情で満たされていると、周囲の魔力濃度次第では魂が影響を受けてしまい魔物化する、だったか……」
「なんだ、知ってるんですか……」
「ただこれはあくまでも仮説でな。私達知恵ある種族が魔物化せず魔力を体内に有せるのは魂に原因があると唱える学者が居て、その学者は当然その仮説を否定して──」
「だぁぁぁっ! もう、そんな小難しい話はいいんだよっ!! それよりそのラウムゲシュペンストの魔石の話だっ!!」
私が魂の魔物化について語ろうとした最中、ノーマンは痺れを切らしたように大声を上げ、強引に話を引き戻す。
なんだつまらん。
「亡霊・死霊タイプの魔物に於ける魔物化に関する見解。また発生原因の追究と考察」という論文は、中々どうして読んでいて面白いものがあったんだが……。
まあ、ノーマンの言う通り今は魔石の話しが最優先だろうからな。この話はまたいつかだ。
「分かりました、お願いします」
「おう。……この魔石の力はラウムゲシュペンストの性質を受け継いでいてな。なんと魔力を込めれば周囲の空間を多少だが歪める事が出来るんだっ!」
空間を歪める?
語感だけを受け取ればかなり強力な能力に聞こえるが……。
「空間を歪めるとは?」
「厳密にはアレだ。空間のぉ……座標? だったか? それを滅茶苦茶にするんだとよ。まあ、滅茶苦茶っつってもそんな派手な事までは出来ねぇし、直ぐに元には戻るから大した事にはならんらしい」
「成る程」
「んで座標が滅茶苦茶になるとどうなるかだが──」
「空間が歪み、歪んだ空間への干渉が困難になりますね。全く出来なくはならないでしょうから爆発なんかの広範囲攻撃は無理でしょうが、矢や単純な魔術だったらまず当たらなくなるでしょう。それが簡易的に出来るとは……」
「……魔法魔術学院の首席様に高説垂れようとした俺が馬鹿だったよ……。だがしかしっ!! この短剣に嵌め込んだ場合はちょいとそうにゃならねぇんだなこれがっ!!」
そう言うとノーマンはまた工房の奥に消え、数十秒した後に木製の的を抱えて再び現れると、それを私の正面に置く。
「その短剣、投げてみな」
「……? はい」
言われるがまま私は短剣の柄頭を指で摘み、魔力を込めた後振り被ってから用意された的目掛けて投擲する。
投擲された短剣は気持ちの良いほど真っ直ぐ飛んで行く。が、的に到達する前にその軌道が突如としてブレてしまい、短剣は的から外れあらぬ方向を向くとそのまま後ろの壁に刺さってしまう。
「ああ、すみません……。壁に穴を……」
「ガッハッハッハッ!! よぉーく短剣を見てみなっ!!」
謝る私にそう返したノーマンの言葉通りに的を外してしまった短剣に目をやる。
すると短剣の姿が徐々にぼやけ始め、まるで蜃気楼が消えていくようにその姿が霧散した。
「き、消えましたよっ!?」
「ああ分かっている。……成る程、つまりは──」
私が的の方に目を向ければ、そこには的の中央に綺麗に刺さり、尚もその周囲の空間を歪めている短剣の姿があった。
「えっ!? どういう……」
「さっき私が投げた時に姿がブレたが、その時に空間が歪んで軌道がズレたように見えたのか。ラウムゲシュペンストの性質を見事に体現していますね」
「その通りだっ! 下手な相手や初見の敵だったらコイツの攻撃はまともに防げねぇ筈だ」
「本当、素晴らしいモノを作る……」
私が的に刺さったままの短剣を引き抜きに向かいながらそう言うと、ノーマンはまた照れ臭そうにしながら頭を掻いて「褒め過ぎだっての」と小さくボヤく。
そして手に取った短剣を改めて眺め、これでまた新たな戦術を組み込める、と考えようとして一つ、気掛かりを見付ける。
「……幽霊タイプの魔物の短剣なのに鳥の意匠なんですね。これはどういう?」
「ああ。そいつは──」
「私からご説明します」
幼さが残るその声に振り返ってみれば、全身を汗だくにしてそれをタオルで拭っているモーガンの姿があった。
話に夢中で気が付かなかったが、そう言えばいつの間にかあの金属音も止んでいる。どれだけ熱中していたんだ私は……。
……と、今はそれより。
「このタイミングで口を出すという事は、この意匠は君が?」
「その通りです」
「では聞かせてくれ。幽霊タイプの魔物なのに何故、鳥の……それもここまで雄々しい鳥の意匠なんだ?」
そう問うと、モーガンは一通り汗を拭い終えてから椅子に座り、少し頭を捻って話を組み立ててから理由を話し始めた。
「理由は二つ。一つはその短剣にはまだ進化の余地があるからです」
「ほう。進化の余地」
胸が躍る響きだな。
「はい。反対側を見て貰えれば分かると思うのですが、そちらにも魔石用の窪みがあるんです」
そう言われて裏返して見れば、確かに魔石が収まりそうな丁度良い窪みが空いているのが確認出来る。
「将来的にはそちら側に、もう一つ魔石を取り付けたいなと考えています」
「ほう。つまりはその魔石が、この意匠になっている鳥の魔物から採れるという事だな」
「察しが良くて助かります。魔物の名は「シュナイデンファルケン」。「断絶する大鷹」という異名を持った鷹型の魔物です」
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