第五章:正義の味方と四天王-5

 

「断絶する大鷹」……。また仰々しい異名があったものだな。


「五十年に一度、誰にも発見出来ていない巣から飛び立ち、新たな巣となる場所を求めて飛び回ると言います。青みがかった銀の羽で全身を包み、その爪とくちばしは高硬度と名高い「七防鉱」すら凌ぐ頑丈さと鋭さを有し、眼光は鋭く、手強い魔物や実力者すら一睨みで萎縮させる……とか」


「ほう。でもそれだけじゃあないんだろう?」


「はい。シュナイデンファルケンは世にも珍しい《空間魔法》を扱う魔物なんです」


 《空間魔法》を? 強大な存在とはいえ一介の魔物が習得出来るものなのか?


 ……いや、論点はそこじゃない。重要なのは──


「つまりは……空間属性の魔石が獲れる。という事かっ」


「その通りですっ! 空間属性の魔石なんて、市場に出回る物ではありませんっ! それに空間座標が固定されているというポイントニウムを使ったその短剣との組み合わせはきっと素晴らしいものになるでしょうっ!!」


 おおっ! 成る程成る程……。想像するだけで自然と笑みが溢れてしまいそうだなっ。


「いやはや……。しかし随分と詳しいじゃないか。調べたのか?」


 私がそう問い掛けると、モーガンは照れ臭そうにして頭を掻く。その仕草はどことなく先程のノーマンと重なって、最早親子にすら見えて来る。


「最近、時間がある時に魔物討伐ギルドに行って魔物の記録なんかを漁ってるんです。私達鍛治職人にとって、魔物は素材の鉱脈みたいなものですから。知っておいて損はないな、と」


「ほおう。流石は「勤勉の勇者」。余念がないな」


 素直な感想を告げると、モーガンは更に照れたように顔を赤くし「止めて下さいよぉ」などと言いながら緩んだ表情を隠すように口元を手で抑える。


 ふむ。しかし本当、素晴らしいアイデアを提供してくれる。となると──


「それで? そのシュナイデンファルケンは五十年に一度飛び立つと言っていたな? 普通なら「五十年など待てない」と言いたくなる所だが……」


「そうっ! そうなんですっ! なんとその五十年目の周期が、再来年の秋頃にやって来るらしいのですよっ!!」


「素晴らしいっ!」


 嗚呼、なんという僥倖なのだろうか……。まるで私に最高の短剣を作ってみせろと世界が望んでいるようじゃないかっ。


 楽しい……。嗚呼、楽しいなぁ……。ふふふふふふっ……。


「……あぁ、楽しそうなとこ水差すようで悪いんだけどよぉ……」


 言葉通り、申し訳なさそうなノーマンの語気に冷や水を掛けられたように興奮が落ち着いていく中、彼に向き直って「何事か」と訪ねる。


「なんだそのぉ……。そのシュナイデンファルケンって奴は基本的には帝国領の北に聳える「チェイス山脈」っつう世界有数の巨大な山脈の何処かに巣があるらしいんだが……」


「その山脈の何処かが分からないのでしょう? 一年あるんです。なんとかして情報を掻き集めて──」


「暖かくてもマイナス五十度以上になる全長五千キロを優に越える山脈を、同じようにシュナイデンファルケンを狙ってる何十何百と居るライバル達より先駆けて探し出して倒すのか? 現実的じゃないぜオメェさんよぉ……」


「……」


 ふむ。言葉にされると、確かに現実的じゃないと感じるな。


「どうしても欲しいなら、運良くシュナイデンファルケンを討ち取った奴と交渉して魔石を買い受けるって方が良いだろうぜ」


「しかしそれはシュナイデンファルケンを見つけ出して討伐出来る者が居る事前提です。もし全員が取り逃してまた五十年後、なんて笑えませんよ」


「それに運良く居たとしても交渉に乗ってくれるかも分かりませんし、乗ったのだとしても目を疑うような高額値を叩き付けられちゃいます」


「最悪買うのは良いとして、相手が偽物を用意していたらどうするんです?それに高く買った後背後から襲われて金と魔石両方盗られたりしたら目も当てられません。第一──」


「それじゃあ魔石以外の素材が手に入らないじゃないですか師匠っ!」


 私とモーガンの二人に捲し立てられノーマンはたじろぎ、「お、おう」と小さく漏らした後肩を落とし大人しくなる。


「ふむ。まあ兎に角、再来年までに可能な限り情報を集めながらシュナイデンファルケンを討伐出来るよう腕を磨く。これしかないな」


「本当なら巣の場所さえハッキリしていれば乗り込めたりするんでしょうけど……。それこそ極寒の中で全長五千キロなんて範囲を虱潰しらみつぶしは現実的じゃないですしね」


「そこは致し方なかろう。そう事を急くものでもないしな。今はこの短剣を専用武器にして、スキルを覚醒さえ出来れば十分だ」


「ですね。あ、早速名付けされます?」


 そう提案してくるモーガンに対し私は首を横に振り、ポケットディメンションと《蒐集家の万物博物館ワールドミュージアム》を開く。


「それは最後に……。今は次の依頼品だ」


 取り出したるは燈狼とうろう障蜘蛛さわりぐも。それに大剣、細剣、槍、大斧、手斧、弓、小盾。と、私がノーマン達に依頼した分全てを広げる。


「わわっ!? な、なんなんですかこの武器の山はっ!? お店でも始めるんですかっ!?」


 目を見開いて驚くアーリシアと、それをただ静観──いや、少し動揺しながらも冷静になろうと表情を固くするロリーナ。


「そんなわけないだろう……。これらを全て改良して貰うんだよ。この二人に」


「ええっ……。でも、こんなにいります? 普通は一つを極めるものではないんですか? ラービッツがそうであるように」


 まあ、正論は正論だな。


 私は様々な武器に手を出しているから器用貧乏の如く突出して高い技術は持っていない。


 剣術にしろ槍術にしろ弓術にしろ、私はあくまで〝そこそこ〟出来るという程度だ。


 それこそラービッツのように爪術のみを鍛え上げ、一流や達人のような技術を身に付ける方が賢い。


 だが、それでもだ。


「私は欲張りだからな。「何か一つだけ」なんて謙虚になるつもりはない。それに相応のスキルは持っているんだ。使わなければ勿体無いだろう?」


「な、なるほど……」


「そんな事より、だ。これらの武器、今日から頼みます」


 私の言葉を聞き、少し意気消沈していたノーマンは小さく息を漏らすとテーブルに広げた武器達を眺める。


「良いのか? 確か最初はそっちの面倒事が片付いてから武器を預けるって話だったが」


 武器改良を依頼した時の話だな。あの時はまだ潜入エルフの件がどうなるか分からなかったから念の為にと預けずにいたが……。


「そちらは片付いたので大丈夫ですよ」


「だが一気に全部預けちまうと当然オメェさんの手元に武器が無くなっちまうわけだが……」


「何を言っているんですか? 私には短剣これがあるじゃないですか」


 そう言って手元で短剣を弄んでいると、ノーマン鼻で笑ってから「分かったよ」と言って燈狼を手に取る。


 そして鞘から刀身を引き抜いた後──因みに熱は予め抑えてある──それを光にかざしながら難しい顔をする。


「……刀身が、若干だが穢れちまってるな」


 穢れ? いや、私が以前メンテナンスした時はそんなものは無かった筈だが……。


「穢れ、ですか? どこに?」


「素人にゃ判らんよ。色が着いてるわけじゃねぇからな」


「そうなのですか」


「ああ。コイツはアンデットなんかの魔物と戦った時なんかに着くことがある……身体で言やぁ呪いみてぇなもんだな。呪怨属性の攻撃なんかで着いちまうアレだ。コイツにはそれが着いちまってる」


「着いていると?」


「劣化が早くなるな。武器自体のものだが、魔力を通した際の伝導率や効率も悪くなる。それに穢れた状態の武器を持ち続けるのも良くねぇ。穢れがそのまま呪いとして持ち主を害すからな。専用武器みてぇに繋がりが深ぇと尚更強く影響を受ける。厄介極まりねぇモンだよ」


 そんなものが燈狼とうろうに……。


 素人には判らないとは言っていたが、愛剣である燈狼とうろうの異常を見逃してしまうとは、なんとも間抜けな主人じゃないか、私は……。


「直せるんですか?」


「勿論ようっ! まあ、穢れを祓う為の「聖石」っつう《神聖魔法》で神聖属性を宿した石が必要になるからその分値段は──」


「あ、それなら大丈夫ですっ!」


 私達の会話に元気良く手を挙げたアーリシアは、得意気な顔をして鼻を鳴らす。


「ああ、そうか。お前の《神聖魔法》があるのか」


「はいっ! 聖石なんて高価な物をわざわざ使わなくともっ! 私が穢れを祓って差し上げますっ!」


 そう言って自慢の杖を構えるアーリシア。しかしそれに割り込むように、今度はロリーナが小さく手を挙げる。


「あの、私この前クラウンさんに掛かってしまった呪いを《光魔法》で治したのですが、それでも祓えたりしませんか?」


「いやぁ……出来ねぇこたぁねぇよ? ただ呪いと違って穢れってのは〝掛かる〟っつうより〝こびり付く〟ってのが正しくてな。これがかなりしつこい。《光魔法》で祓うとなると、例え小さな穢れでも何時間何十時間と掛かるだろうなぁ……」


「そう、ですか。分かりました」


 ノーマンにそう言われ何処となくシュンとするロリーナに小さく「ありがとう」とだけ言ってやる。


「まあ兎に角祓うなら《神聖魔法》だ。俺もわざわざ聖石仕入れんのは面倒だから助かるぜ」


「いえいえっ! クラウン様のお役に立てるならなんなりとっ!」


「へいへい。他にアンデットに使った武器とかねぇよな?」


「はい。燈狼とうろうだけを使いましたので」


「分かった。なら今日は燈狼とうろうを祓った後に短剣で名付けだ。他の武器は仕上がり次第報せを送るから──」


「あ、いえそれは大丈夫です」


「何?」


 訝しむノーマンを尻目に、私はムスカを呼び出す。すると出現した巨大で禍々しい蝿の姿をしたムスカの姿に、ノーマンとモーガンは目を見開いて驚き、後退りながら各々金槌を手に取り構え始めた。


「な、なんでぇっ!! その化け物っ!!」


「そう構えないで下さい。コイツも私の使い魔ファミリアの一体です」


「よろしくお願い致します。ノーマン様、モーガン様」


 そう恭しくお辞儀をするムスカに、二人は冷や汗を流しながらお互いでアイコンタクトをし、構えを解いて金槌をしまう。


 と、そこでノーマンは頭上に「ん?」と疑問符を浮かべた後、変な苦笑いを私に向ける。


「い、今コイツ……「よろしくお願い致します」って言わなかったか?俺達に……」


「ええ、そうですね」


「えっとぉ……つまり?」


「ムスカの分身体を一体ここに置いときますので、武器が仕上がり次第その分身体にお知らせ下さい。そうすれば直ぐ私に伝わりますので」


「お、おう……」


 引きらせた顔で「よろしくな……」とムスカに告げるノーマンの横で、モーガンが小さく「猫の方が良かった……」と呟いた。






「それじゃあいきますよっ!」


 そう意気込んで杖を掲げたアーリシアは目を閉じ、ゆっくり息を吐くと詠唱を始めた。


「我らが召します幸神よ。困難に打ち勝ちし剣の穢れを祓い、純真たる姿に回帰させ賜え……。「在るが儘の姿へリバース・イノセント」」


 アーリシアが掲げた杖の先端から淡く優しい光が溢れ出す。それを彼女は燈狼とうろうの刀身に傾けると、光から一つの輝く雫が滴り落ちる。


 輝く雫は刀身に触れると徐々に燈狼とうろう全体にその輝きを広げていき、刀身に蔓延っていた目には見えなかった穢れを浮き上がらせ、まるで風に吹かれるちりのように消えていく。


 こびり付いていた刀身の穢れはそのまま瞬く間に浄化されていき、燈狼とうろうに広がった光が収まる頃には燈狼とうろうは元の姿に戻っていた。


「……はいっ!! これでもう大丈夫ですっ!!」


「おおそうかっ! ありがとうアーリシア……」


 燈狼とうろうの為に頑張ってくれたアーリシアの頭を撫でると、彼女は照れながら笑って「いえいえそんな……」と呟いた。


「神官様の武器浄化を見られるたぁ、良い経験だった。なあモーガン」


「はい、勉強になりますっ!」


 《神聖魔法》を見て鍛治職人が何を学ぶのかと疑問に思うが……、まあいいだろう。


 それよりだ。


「ノーマンさん。後は──」


「おう。こっちの準備は出来てるぜぇ」


 そう言ってノーマンは武器に名付ける為のいつもの一式を並べると、小皿に入った墨を差し出して来る。


 私はそれに短剣で切った指から滴らせた血を垂らし、よく混ぜてから筆を取った。


「で? なんて名前にすんだ?」


 名前……。


 この短剣はポイントニウムという座標が固定された鉱石で作られていたモノを、魔力鉱ミスリルを混ぜて完成させたもの。


 そこにラウムゲシュペンストという周囲の空間を歪ませる幽霊タイプの魔物の魔石と、将来的には空間属性を宿した魔石も使う……。


 空間を操り飛ぶ、小さき刃……。


「決めました。名前は「間断あわいだち」。空間を司る、狭間の短剣」


「へっ。スカした名付けしやがる」


 ノーマンはそう口にしながらも笑い、その名を書いた後、その上から一画一画文字を彫る。


 すると今までの様に、文字が彫られていく度に私と短剣との繋がりが出来ていき、脳内に《天声の導き》のアナウンスが鳴る。


『アイテム種別「短剣」個体名「間断あわいだち」との魔力での接続に成功しました』


『これによりアイテム種別「短剣」個体名「間断あわいだち」はクラウン・チェーシャル・キャッツ様の「専用武器」として登録されました』


『これによりアイテム種別「短剣」個体名「間断あわいだち」に新たなスキルが覚醒しました』


『確認しました。アイテム種別「短剣」個体名「間断あわいだち」は補助系スキル《分身化》を覚醒しました』


『確認しました。アイテム種別「短剣」個体名「間断あわいだち」は補助系スキル《狭間》を覚醒しました。』


『確認しました。アイテム種別「短剣」個体名「間断あわいだち」は補助系スキル《歪曲》を覚醒しました』


 ここに新たに、私の愛しい手足が生まれた。

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