第五章:正義の味方と四天王-1

 

「そこっ。右に隙があったぞ。常に自身を俯瞰で意識するんだ」


「すみませんっ!」


 ここは魔法魔術学院内にある稽古場の一つ。本来は室外でやらずとも済む魔術の基礎を練習する為の場所だが、今は私が貸し切りにして使用している。


「剣の軌道を覚えるんだ。相手が人型な以上、身体の可動域には限界がある。まずは剣が振り回せる範囲と、それによって生じる隙の場所を感覚で理解しなさい」


「はいっ!」


 それはロリーナに稽古を付ける為。以前、帝国領にある森で言っていた〝強くなる為〟の約束を果たしている真っ最中だ。


 国内に潜伏していた潜入エルフを全て捕縛し終えてから一週間が経過した現在、私は相も変わらず忙しい毎日を送っている。


 森精皇国アールヴ女皇帝、ユーリ・トールキン・アールヴとの予期せぬ邂逅を果たした私は、あの後直ぐに収監したエルフ達の取り調べに駆り出された。所謂いわゆる事後処理という奴だ。


 といっても延べ百六人居る潜入エルフを私や「禿鷲の眼光」のギルド職員だけで見るのはいくら時間があっても足らない。


 そこで〝金剛〟傘下のギルドの中でも、交渉や尋問が得意な者。そして現場の経験が豊富な人材を集められるだけ集め、可能な限り同時進行の取り調べを行った。


 取り調べの内容は大体似たようなもので、捕らえた潜入エルフの皆が皆一貫して「自分はエルフじゃない」と訴え続けるのを捻じ伏せる作業だ。


 ハーティーが嘘を吐いて別の者を誤認逮捕した可能性があるんじゃないか、という声も傘下ギルドの各所から聞こえていたが、それは無いと適当に断言した。


 理由は単純。私は、今も奴を脅し続けているからだ。


 今回の事で嘘を吐いていた場合、スキルを奪われた事を口外した場合、今後一度でも他エルフと接触した場合……。


 それらが判明した場合、頭蓋内に寄生させた眷属蛆が覚醒し、脳幹を喰い漁るようにしてある。


 つまりは強制的に植物状態にするという仕掛けを施しているわけだが、これの何が恐ろしいかと言えば、〝自分で自分の脳が徐々に死んでいく感覚を味わう〟という最悪な死に方をするという点だ。


 勿論、この事は漏れなくハーティーに伝えてある。


 《解析鑑定》で奴の情報を覗いた結果、奴はユーリに忠誠を誓ってはいたものの内心では小さな野心を抱いており、〝いつか幸せになりたい〟と望んでいた。


 そんな奴が自身の命を賭してまで行動を起こすとは考え難い。私から散々拷問を受けたのだから尚更だ。


 まあこれでもまだ信義を貫いて我が身を犠牲に嘘を吐いたりする可能性もあるが、それをわざわざギルド職員達に教える意味は無い。


 小さな疑念は残るだろうが、そこはモンドベルク公の権力で擦り潰し、無理矢理推し進めた。


 本当ならマルガレンを同行させ発言の真偽を確かめるのが一番確実で手っ取り早いのだが、アイツは今も治療施設で治療中……。動かす事は出来ない。


 こういった場面でアイツはかなり重宝する。それに私の身の周りの事もやって貰いたい。最近は若干そういった雑事が煩わしく思う時間が増えて来ているのだ。早く復帰して欲しい所だが……。


 そんなに重傷だったか? あの時の傷と症状は……。


 ……まあ、今はいい。後で見舞いにでも行こう。


 取り敢えずは、そうして取り調べを始めたわけなのだが、一週間経った今でも未だ終わっていない。


 残り三分の一程ではあるのだが、いかんせん私も取り調べにばかり付き合っていられるわけではない。


 色々と予定が詰まっている今、一日に一度が限度。後はギルド職員達に任せるしかない。


 取り調べなど全て任せればいい、とも思ったのだが、百六人分のスキルを奪わねばならない関係上、取り調べを口実にして「禿鷲の眼光」に入れる今を逃せば後々面倒なのだ。


 故に取り調べは任せられないし、百六人分の取り調べが終わるまでにスキル全てを獲得しなければならない。


 本当、自分でやっておいて何だが、よくもまあこんな滅茶苦茶な計画を立てたものだ。それに加え──


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


「少し休憩を挟もう」


「い、いえ……まだ──」


「疲れた状態での稽古は単純に効率が悪い。その上動きが鈍くなった状態で身体が覚えてしまうと後に直すのに厄介だし、自身の活動限界を知るのも稽古の一環だ。だから休みなさい」


「……はい」


 そこまで言って漸く木剣の構えを解いたロリーナは、私が用意していた椅子に腰掛け、水筒に口を付ける。


 あの時、私はロリーナに先程も述べた約束をしたわけだが、元々はロリーナに付ける剣などの稽古は別の者を紹介するという形で約束していた。


 現に彼女はこの学院に戻って直ぐ、師匠に仲介して貰い剣術の先生に師事を受けていた。


 しかし、だ。


『先生の剣術は綺麗でとても分かり易いです。ですが──』


 そう言ってロリーナは、魔術を宿した剣であっさり先生を倒してしまったのだ。


 その後ロリーナは師事してもらった先生に精一杯謝罪し、仲介してくれた師匠にも目一杯謝罪していたらしい。


 これは、恐らく私のせいだろう。


 私がロリーナの前で散々自己流の剣術を使いに使った結果、彼女の中での剣術のイメージが私ベースに固まってしまい、下手に綺麗な剣術は退屈に見えてしまった可能性が高い。


 その結果、彼女は私の真似をして先生を倒してしまった……。これは少し頂けない。


 決して悪い事では無いのだが、やはり基礎がなっていないと技や所作の地盤が安定せず、いざという時にボロが出てしまう。


 自己流になった私の剣術でさえ、姉さんから教わった基礎がベースだ。それが無いとなるとやはり不安が残る。


 だがしかし、他の剣術の先生に師事をして貰っても恐らくロリーナはまた同じように私のイメージに引っ張られて稽古にならなくなる可能性がある。


 ならばもう、私がロリーナに剣術を教えるしかない。


 姉さんに師事を仰ぐという手もあるが、姉さんはアレでかなり忙しい立場であるし、何よりあんな厳しい稽古をロリーナには経験して欲しくない。アレは私の精神が成熟していたから耐えられたもので、純正の少女がやる代物じゃない。


 だからもう、私がロリーナを師事するしかないのだ。……それにロリーナとイチャイチャ出来る時間が増えるしな。これはこれで悪くない。


「少しずつだが無駄な動きが減ってきたな。しかし下手に癖が付く前で良かった。わざわざ矯正する必要が無いからな」


 そう言いながら私はロリーナに歩み寄り、隣に置かれたもう一つの椅子に腰掛ける。


「勝手な事をして、すみません……。折角クラウンさんやキャピタレウス様が用意して下さった機会だったのに……」


「構わないよ。わざわざどれだけ実力が付いたか確認する手間が省ける。それに君との時間もより楽しめるしな」


「そう、ですか……」


「ああそうだ」


 私とロリーナの間に、微妙な空気が流れる。


 ──あの夜。私がロリーナに自分の胸の内を打ち明けた、あの日。


 結局、あの場では彼女からちゃんとした返事は貰わなかった。


 早めに決めて欲しいとは思っているが、そう簡単に決断出来る事でもない。


 そこで急かしてしまうのも何か違うと判断した私は、取り敢えず答えを貰うことは保留したのだ。


 だがその代わり、私はロリーナに対する好意を一切包み隠すのを止め、全力で彼女への好意と愛をアピールする方向に転換した。


 少しでも彼女が私を異性として意識する時間を作る。その方向に。


 まあ、といっても四六時中ではないがな。やり過ぎて気持ち悪がられでもしたら私のメンタルが保たない。今後全ての計画や工作が一瞬で御破算する。


「……それにしても、強いですね……。クラウンさんが用意した練習相手……」


 そう。彼女の言う通り、練習相手は私ではない。


 まあ、厳密に言えばも私ではあるのだが、私自身は側からそれを遠隔操作しながらロリーナの戦いぶりを観察し、随時師事する事に徹している。


「当然だ。スキルや技は使えないとはいえ、基本性能は私の劣化コピーだ。そう簡単には勝てる相手じゃないよ」


 ロリーナを相手している存在。


 それは《精霊魔法》で私の形に整えた土人形を《幻影魔法》で私の姿を投影した簡易的なコピーゴーレム。それを私が操り人形が如く操り、ロリーナの相手をしている。


 元々精霊魔法や《幻影魔法》は魔力の操作が難しい部類の魔法スキルになるのだが、《魔力精密操作》や《魔力緻密操作》、《魔道の導き》によって強化に強化された私の魔力操作能力はかなりの水準にまで達したと自負している。


 その成果があのコピーゴーレムなのである。


「私の為に……すみません」


「謝る事はない。始める前にも言ったが、このコピーゴーレムは私の《精霊魔法》や《幻影魔法》の訓練の一環でもあるんだ。君が気に病む事じゃあないよ」


 《精霊魔法》は兎も角、《幻影魔法》の利便性は大きな可能性を秘めている。


 今後の戦争に於いて大いに役立つ魔法スキルの一つになりえるだろう。その時の為にも可能な限り練度を上げる必要がある。


 その点を踏まえると、ロリーナの練習相手として利用するには非常に都合が良いのだ。


「……だがなぁ」


 私はロリーナのかたわらに置かれた先程まで使っていた木剣に視線を移す。


「ロリーナ、本当に一般的な直剣を使うつもりなのか?」


「はい。一番単純ですし、理解もし易いと思うので……。何か問題があるのですか?」


「正直に言えば、君の体格や骨格には合っていないと感じる。君の体躯や体幹を考えると、もう少し軽量で柔軟性のある武器の方が合っているんじゃないか、とね」


「ですが、それをすると……」


「ああ。基礎も多少変わるからやり直しだな。まあ、直剣は剣術の基礎とも言えるからふりだしに戻るわけではないがな」


「ならば、直剣にします」


「ふむ……」


 直剣は、確かに悪くはない。


 例えロリーナの様な体躯であっても、今の様な地道な稽古を繰り返せば形にはなるだろう。


 だが〝それ以上〟を目指すのであれば、やはり自分の体躯にあった武器を選ぶべきだ。


 〝強くなる〟という事に何故か固執しているロリーナにとっても、その方が絶対にいいだろう。


 しかし、ロリーナは早く強くなりたいという焦りが先行してそれを拒むだろう。この子はこれで頑固な部分があるからな……。何か考えなくては。


「クラウンさん。そろそろ続き、お願いします」


「……ああ、そうだな」


 私は停止させたコピーゴーレムを再び操作し、《幻影魔法》の魔術ドッペルゲンガーを発動させ改めて私の姿をコピーゴーレムに投影させる。


 取り敢えずは剣術全般に共通する基礎は学ばせるとして、それまでにロリーナに合った武器を見つけ出して与えてみよう。それで納得してくれるかは分からないが……。


 ふむ。ノーマンに相談だな……。


 ______

 ____

 __


「むぅ〜〜〜……」


 白に桃色の装飾が施された神官服を着た輝く様なふんわりしたブロンドを棚引たなびかせる碧眼の少女は、クラウンとロリーナが稽古をしている稽古場の入り口に身を隠し、二人の様子を覗き込んでいた。


「わ、私が長らく居ない間にまた仲良くなってる……。もうっ! 私頑張ってたのにぃっ!」


 少女は最近まで勤しんでいた《神聖魔法》の万全化の修行を思い起こし、自分が離れていた時間を少しだけ後悔する。


「はぁ……クラウン様に「よく頑張った」って褒めて貰おうとようやく見付けたのに……。あんな空気じゃ──」


「あの……何、してるんですか?」


 突然背後からした声に全身をビクつかせながら少女は驚き、そのままの勢いで振り返って声の正体を見上げる。


「ま、また女の子っ!? ライバルですかっ!?」


「あの……言っている意味が……」


 声の正体は自分とは少しだけ色味が違うブロンドをした緑色の瞳をした少女。


 本をかたわらに抱え、この国では珍しい赤縁の眼鏡を掛けており、髪から覗く耳は中途半端に長く伸びている。


 それを見た神官服の少女は脳裏に浮かんだ「可愛いっ!」という第一印象を即座に横に置いておいて身構える。


「あ、アナタっ! クラウン様のなんなんですかっ!?」


「なんなのって……。え、えーとぉ……。一応先輩だけど、別にそうは思われてないし……。年上だけどなんか色々と世話されてばかりだし……。一緒に戦った時もあんまり役に立ってなかった気がする……し……。はぁ……」


 質問の答えを口にしたものの、徐々に語気が弱まっていき、最終的には溜め息を吐きながら肩を落として露骨に落ち込み始める。


「え……あ、あの……。ごめん、なさい?」


「なんで疑問形なのよ……。はぁ……。私は彼の──クラウンさんの友達……なのかな? 多分……。それ以下はあるかもしれないけど、以上は無いような微妙な関係の女よ」


「あっ! そうなんですねっ! 良かったぁ」


「そう素直に私と彼の微妙な関係性を聴いて嬉しそうにされると複雑だけど……。え、……何? クラウンさんが好きなの? 止めた方が良いんじゃ──」


「いいえっ! 私は止めませんよっ! あの方は私の恩人であり理想の男性なのですっ! 私の愛が伝わるまで、私は諦めませんよっ!」


「強い子だなぁ……。あの二人見て言ってるんだよね?」


「はいっ! 私は負けませんっ!」


「へぇ……。まあいいや。あ、この後彼に声掛けるなら──」


 そう言いながら眼鏡の少女は抱えていた本を彼女に差し出し、なんなのかよく分かっていない神官服の少女が伸ばした手に強制的に乗せる。


「この本、彼に代わりに返してくれる?」


「わ、私がですかっ!?」


「うん。どうせ話し掛けるきっかけとか無かったんでしょ? なら私の代わりって事で話し掛けなよ」


「な、成る程……。ありがとうございますっ!!」


「大袈裟だよー。私は貴女に押し付けただけだから……。じゃあ、私はこれで失礼」


 眼鏡の少女はそのまま振り返ると、元来た道を歩き出し帰路に付く。すると──


「あ、あのっ!!」


「うん?」


「お名前は……」


「ああ……。ユウナ・モックタート・ダックワース。よろしくね」


「わ、私はアーリシア・サンクチュアリスですっ! よろしくお願いしますっ!!」


 アーリシアはそう元気よく言って頭を下げると、ユウナは笑って返し改めて歩き出したのだった。






「……ん? サンクチュアリス?」


 ユウナがアーリシアの素性を知ったのは、それから間もない事だった。


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