第八章:第二次人森戦争・前編-16
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それはシセラからクラウンへの《遠話》での連絡があった頃よりも数時間前。
ヘリアーテ、シセラが担当する巨大倉庫にて敵奇襲部隊が予定通りのタイミングでコチラへと転移。
それと同時に
「……」
「……」
敵の襲来に際し、舞い上がる爆煙の向こうを睨み付けながら固唾を飲んで身構えるヘリアーテとシセラ。
暫くして徐々に煙が晴れていき、ゆっくりと露わになっていくシルエットに警戒心を強めた二人であったが、しかし現れた信じ難い〝何か〟に二人共に目の色を驚愕に染めた。
「──っ!! 何よ、アレ……っ!?」
そこにあったのは予定通り来るはずであったアールヴ軍第三軍団長〝テレリ〟の姿ではなく、死体で出来た歪な球体。
使われた材料……もとい死体は全て鎧を
それらが極めて大雑把で適当に折り重なっており、直径五メートル程の醜悪な球体を形成して爆心地にて鎮座していたのだ。
その余りに趣味の悪いオブジェの突然の登場に思わず顔を引き攣らせるヘリアーテであったが、そんなオブジェの奥から発せられた一つの気配を感知し、彼女は咄嗟に身構え直す。
「『はぁ、うっざいわねぇ……。なんで奇襲バレてんのよ最悪っ』」
心底ウンザリしたような
まるで仮縫いを全て解かれ、細かいパーツに分かれていくぬいぐるみのように崩れ落ちる死体達。そんな死体の中心には、一人の女エルフが立っていた。
その容姿はウェーブの掛かったブロンドのロングヘアに少しだけ吊り上がった新緑色の程良く大きな瞳。そして気品溢れる豪奢で繊細なメイク。
まるで蝶の
一見すると場違いな装い。しかし何処かの立食パーティーで談笑する貴族夫人にも見える優雅さでありながらそれら美意識を損なう事無く上手く装甲が取り入れられており、しっかりと防御力まで追求された考え抜かれた装備と言えるだろう。
「『ホント、ふざけた事してくれたわねぇアンタ等』」
そしてそんな彼女は目の前で身構えるヘリアーテ達を鋭く
「『陛下から頂いた兵隊達が台無しじゃないのよ。いきなり全滅とか……コレじゃあ盾にしかなりゃしないっ!』」
一切悪びれもせず、数分前まで部下であった者達の亡骸を踏み躙りながら悪態を吐くテレリに対し、ヘリアーテは顔に嫌悪を表しながら挑発するように敢えて笑って見せる。
「はんっ……。ネイティブ過ぎてエルフ語あんま聞き取れなかったけど、スッゴイ不快な事言ってるのは判るわ」
「ですね。端正な容姿の内側は、どうやら醜悪なようで」
そんな事を口にしながらも、目の前で余裕をかますテレリに二人は一縷の油断もせず、そして攻める事も出来ずに居た。
何故なら彼女達が有する漠然と敵戦力を認知出来る《戦力看破》と、同じく漠然と敵の隙を見抜く事が出来る《隙看破》が二人に教えるのだ。
今攻めたとしても、どうにもならないのだと。
「『……アラ? 睨むばかりで襲って来ないのね? 何か企んでいるのかしら。それともぉ……』」
テレリは妖艶に
「『ビビっちゃって動けないのかしらぁ?』」
そんな安い挑発を耳にした瞬間ヘリアーテはビキリッ、と自分の頭の中で幻聴が聞こえた気がした。
そして気が付けば全身に雷光を纏い、大剣を振り被りながら疾走。躊躇なく大剣をテレリへと振り下ろす。
しかしそんなヘリアーテの一撃は、彼女の頭をかち割る前に宙空で何かに阻まれるようにして制止。ギリギリと嫌な金属音が二人の間に鳴り響いていた。
「『アラ。案外力強いのね? ワタクシの糸が軋むなんてそうは無い事よ』」
笑みを絶やす事無く目の前で止まる大剣の刃を興味有り気に眺めるテレリだが、対してヘリアーテは先程の彼女の吐いた言葉に眉を
「『い、良いの? 糸で動き止めてるなんて言っちゃって……』」
「『アラ? 人族のクセにエルフ語が解るのね。知らないと思って口にしたんだけど、まあいいわ』」
「『はあ?』」
「『だって〝この程度〟なら知っていようが何だろうが変わらないもの』」
テレリはまるで蛇のように目尻を吊り上げると両手と指を複雑に動かして見せ、何か引っ張るような動作をすると糸によって制止させられていた大剣は唐突に下から突き上げられたかのように弾かれる。
「くっ!?」
そうして仰け反る体勢になり胴がガラ空きになってしまったヘリアーテに向かい、テレリは自身の腰を深く落とすと再び指を複雑に動かし、彼女の胴目掛け手を横薙ぎに払おうと構えた。
「『荒微塵切りにして肥料にしてあげるっ!!』」
テレリはそのまま
が、そんな糸の隙間を、小さな電気が唐突に閃いた。
「ライトニングっ!!」
「『──っ!!』」
その電気とヘリアーテの言葉を聞き、テレリは咄嗟に振り抜こうとしていた糸を操り地面へと突き刺すと、次の瞬間目の前で黄雷が落ち、
その間にヘリアーテは崩れそうになった体勢を立て直すべく地面に手を着いて身体を反転。そのまま大きく跳躍しながら後退し、なんとか距離を置く事に成功した。
「『チッ。中々に小賢しい』」
忌々し気にそう吐き捨てながら地面に突き刺した糸を引き抜き、心底不快そうにヘリアーテを睨むテレリ。
そんな睨まれたヘリアーテもまた彼女に対して
「うぐ。そ、そんな目で見なくても……」
「いえ。随分と軽い挑発に乗ったものだと思いましてね」
「し、仕方ないでしょっ!? あんな事言われて平気な顔なんて出来な──」
「そういう想定の元、私達はクラウン様に訓練された筈ですよ?」
ヘリアーテとシセラもグラッドとムスカの時同様、あてがわれる軍団長の情報をクラウンから事前に詳しく教えられ、それを元に訓練を重ねて来た。
その情報の中には今し方短い攻防を繰り広げたテレリの性格等も当然含まれており、挑発行為を息を吐くようにするような人物であるのはヘリアーテも勿論理解していたわけである。
「お忘れではないですよね? 奴の名は「テレリ・リンダール・ボーンビシッド」。アールヴ本国でその名を知らぬ者は居ない古から続く名家の現当主。狡猾で残忍であり、自身より下の身分の者は例え貴族だろうと蔑む生粋の〝古いタイプのエルフ〟ですよ?」
「わ、解ってるわよそんな事っ!!」
「そうですか? ならばテレリが凄腕の繰糸術者であり、奴が操る目に殆ど見えぬ極細の糸は下手な刃物などより鋭利で、そんな糸を変幻自在に攻防に使い分けて盤面を支配する様からアールヴ軍での通称が「繰り糸の魔女」と呼ばれている事も覚えていらっしゃいますか?」
「し、し、知ってるわよ……」
「なら彼女のもう一つの別名も──」
「そ、そんな細かい事までは知らないわよっ!! あ、でも糸使いなのは知ってたわよ当然っ!!」
「知ってたのならば無闇矢鱈に間合いに突っ込まないっ!! 基本ですよ基本っ!! 何故それが出来ないのですかっ!?」
「はぁっ!? うるっさいわねぇっ!! 何にもならなかったんだから結果オーライじゃないのよっ!?」
「結果オーライは利益が出て初めて成立する言葉ですよっ!! 貴女の先程の短気は何の成果も出せていないじゃないですかっ!!」
「あ゙ぁもうっ!! ぐちぐちぐちぐち細い事で目くじら立てんじゃないわよっ!! そもそもアンタだって──」
「『ねぇ、いつまでやってんのぉ?』」
そこまでの声量では無かった。しかし二人の耳にはハッキリと聞こえ、激化していた口論を中断して声の主であるテレリを見遣る。
視界に映ったのは地面から約二メートル程浮いた何も無い空中──周囲の障害物に糸を巻き付け渡した糸──に腰掛け、心底退屈そうに
二人は改めてテレリへと振り向き構え直すと、そんなグダグダな様子の二人を見て見下げ果てたように深く溜め息を吐いた。
「『呆れた。敵を前にして仲間内で口論だなんて論外も
テレリの言は当然も当然。本来ならば一切の油断も隙も見せてはならぬ格上との対峙の場で仲間との口喧嘩などあってはならない事。
この場この状況、そしてテレリという微塵も敗北など考えていない傲慢なエルフであったからこそ成り立った、ある種奇跡と言って差し支えない束の間の時間だったわけである。
「『まっ。そのお陰で思う存分に糸を張り巡らせる事が出来たわけだし。アンタ等みたいな雑魚さっさと片付けて、死んだワタクシの兵隊の何倍の人族を刈り取らないとね?』」
そう言うとテレリは指を動かして糸を操り更に上昇。そのまま天井付近まで到達し、完全な安全圏を確保すると、両手を交差させ指を動かす。
「『取り敢えず、クタクタになるまで糸と鬼ごっこ、楽しんで?』」
冷たく告げられた彼女の言葉の直後、ヘリアーテとシセラの周囲から唐突に凄まじい威圧感が押し寄せ、二人はそれをスキルやクラウンとの訓練で培った経験を頼りに後方へ大きく飛び退く。
すると数瞬の後、先程まで彼女達が居た空間からまるで弾けるような甲高い金属音が鳴り響き、辛うじて回避に成功した二人は無数の糸の衝突による攻撃に対し額に冷や汗が伝わせた。
「『アラ? 勘が良いのね。うざったい事。でもぉ?』」
再びテレリが手を動かして見せる。それによって次に金属音が聞こえた場所から糸がまるで鉄砲でも発射するような音が鳴り、音速近くにまで加速された糸の奔流がヘリアーテ達を襲った。
その糸の奔流を彼女達は
ヘリアーテは《雷電魔法》を駆使して大雑把に糸の動きを抑制し、腰に
シセラは《魔性》により闇属性を付与した《炎魔法》をしようして糸に黒炎を吹き付けながら糸の指向性を乱し、ヘリアーテと同じよう致命的な攻撃は爪で弾いて回避を試みる。
そうして糸の攻撃を退ける事には成功したもののあくまでも致命傷を避けられただけに過ぎず、幾つかの糸は彼女達の身体を貫き、傷付けてしまう。
「『アラアラ。案外頑張るわねぇ。だったらぁ?』」
テレリが嗤いながら指先を曲げる。
それによって彼女達の身体を貫通した幾つかの糸がそのまま地面へと向かい潜り込み、ヘリアーテ達の身体を簡易的に縫い付けた。
「なっ!?」
「これは……っ!?」
「『次は避けられないわよぉ?』」
腕を払うような仕草をしたテレリの動きに連動し、第二陣の糸の奔流が地面を這うように接近。二人は今度は下から這い上がるような威圧感を感じ取るとヘリアーテは大剣を盾とし、シセラは自身の身体を一時的に猫化する事で縫われていた糸から抜け出し横方向へと跳躍した。
直後、ヘリアーテの構えた大剣へ分厚い金属の板でも打ち付けたかのような音と衝撃が走り、それによって伝わって来る痺れに顔を歪ませた。
「ぐぅぅっ……!」
「『足元がお留守よっ?』」
テレリの言葉にハッとしたヘリアーテだったが時既に遅く。自身の足元へ視線を持って行った時にはテレリが操る糸が彼女の足へ絡み付く寸前であり、咄嗟に振り解こうとするよりも早く、糸はヘリアーテの足首へと巻き付いてしまう。
「ヤバ──」
「『じゃあ早速、左足とお別れしなさいなっ!!』」
意気揚々とした声を上げながら指を繰り、触れるだけで皮膚が容易に裂け、力の掛け方次第では人体の足首程度ならば難なく切断すら可能な糸を、テレリは思い切り引っ張った。
が、ヘリアーテはそれを見て焦燥に染まる表情を一変。寧ろほくそ笑んで見せる。
「掛かったわねっ!!」
彼女は自身の全身に魔力を流動させながら加速させて行き、充分に魔力を練り上げていくと糸が絡まる足首と身体を貫く糸へと集中。
それによって連続する炸裂音と共に絡まる糸と貫く糸に黄電が発生して通電し、文字通りの意味での光速で、テレリの元へヘリアーテの電撃が直撃した。
「『あ゙あ゙あ゙ぁぁぁぁッッ!!?』」
断末魔を上げ電撃に身悶えるテレリはそれでもヘリアーテの足首を切断しようと指を動かそうと意地になる。だが止む気配の無いヘリアーテからの電撃はそれを許さずまともに指一本すら動かせない。
「『早く離した方が良いんじゃない? じゃないと黒焦げになるわよ?』」
「『ぐっ、がぁぁぁぁぁっ!!』」
テレリは心底忌々し気に顔を歪めると、電撃で身動きの難しい身体を力強くで動かし、右手を口元へ持って行くと、人差し指の装甲へと噛み付く。
そうすると指先から出ていた糸がそれによって途切れ、そこから通電していたヘリアーテの電撃を漸く切り離す事に成功した。
「『っっはぁ……はぁっ……』」
「『んー。思ってたよりまだ元気じゃない。やっぱり軍団長って一筋縄じゃいかないわね』」
「『ご、ごの、ガキがぁぁぁぁぁ……』」
「『睨むのは良いけど大丈夫?』」
「『あ゙あ゙っ!?』」
「『私、一人じゃないけど? 忘れてない?』」
「『っ!?』」
瞬間テレリの背後を殺意が襲う。
そんな殺意に対しテレリは罠等の頭に過るあらゆる可能性を無視しながら遮二無二振り向き、両手の指先から伸びる糸を振り抜いて反撃に出ようとした。
しかしそれでも判断は遅く、振り向き様に彼女の視界に映ったのは闇属性が付与された火炎を
その牙が今まさに、テレリの頭を噛み砕かんとしていた。
「『ナメんじゃないわよっ!!』」
テレリは即座に反撃の手を止めると自身の両拳をぶつけ合うような仕草をする。
するとテレリを取り巻く糸が途端に緩み、空中に彼女の椅子として編まれていた糸ごと全てが解けていき、テレリはそれによる自然落下によってシセラの牙を
強力な咬合力と闇属性の火炎による噛み付き攻撃が空振りし、口元から火花を散らしながら眉間に皺を寄せるシセラ。
それを尻目に口角を上げたテレリは落下しながらも再び両手と指を繰り、糸を自身と自身の周囲にある幾つもの障害物を結び付け地面との衝突をなんとか凌ごうとした。
しかしそこへまたも雷光が駆け抜け、糸を繰る途中のテレリの元に黄雷を
「『ぶっ潰れなさいっ!!』」
「『くっ!!』」
このままでは致命傷を受けると判断したテレリはその段階で手と指の動きを変え、地面との衝突を引き換えに目の前で振り下ろされようとしていた大剣に糸を巻き付けその動きを止めようとする。が──
「『んっっなろうがっっ!!』」
ヘリアーテは大剣を握る両手に
ギリギリと大剣の刃と糸が擦れ、それに繋がる障害物が歪み出すのを歯牙にも掛けず、ヘリアーテは大剣に益々の力を込めながら振り下ろさんとした。
「『な、なんなのその馬鹿力っ!? アンタさっきはそんなんじゃ……』」
「『コレっ? コレはぁっ……!!』」
そして遂に、大剣を繋ぎ止めていた糸の先の障害物が倒壊。それによって大剣を縛っていた糸も大きく弛み、その刃は解放された。
「『なっ!?』」
「『この力はっ!! 私の未来とっ!! ボスの信頼っ!! その象徴よっ!!』」
そうして振り下ろされた大剣は真っ直ぐテレリと腹部へと落下。刃が彼女に食い込まんとし──
「『掻き乱せっ!! 「
その瞬間、倉庫全てを揺らす程の怪音が乱れ飛び、ヘリアーテの大剣はスルリ、と彼女の手から零れ落ちてしまった。
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