第八章:第二次人森戦争・前編-15

 


「『がは……っ!?』」


 押し倒されたウーマンヤールは思わず呻き声を上げると、クラウンにそのまま身体を跨られてしまい、両手の鉤爪を構え始める。


「『コレじゃあもっと痛め付けなきゃならないじゃないか。そういうの、趣味じゃないんだが……。致し方無い』」


「『なに──ぐ、がぁぁぁぁぁッッ!?』」


 邪魔な鎧を高熱に熱せられた鉤爪で無理矢理引き裂きチェーンメイルが露出すると、そこへ両手の鉤爪を一切の躊躇ためらいなく同じ様に腹部へと深く突き刺し、盛大に肉が焼ける音と臭いが立ち込める。


「『ぐぁぁぁぁぁっっっ……』」


「『ふむ。少しだが人族とは臭いが違うな。なんというか、植物が焼けるような臭いが混ざっている。やはりエルフ族だからか?』」


「『ぎ、ざま……や゙め゙……、がぁぁぐっ!!』」


 叫ぶウーマンヤールを無視し、クラウンは鉤爪を捻りながら傷口を徐々に広げながら抉り、僅かにだが内臓の一部が露出する。


「『ふふふ。ものはついでだ。このまま無事な内臓の幾つかを取り除いて取っておくのも良いかもなぁ。ポーションの材料候補に出来るかもしれん』」


「『あ゙……あ゙ぁ……』」


「『骨や骨髄はどうだろ? 王国では殆どエルフ族の身体構造は知られていないからなぁ。人族とはまた違った構成になっているかもしれんし、やりようによっては王国初のエルフの解体新書なんかも作れたりするかもな……。ふふふ』」


「『だ、の゙む゙……や゙……』」


「『使えない部分は……肥料にでもしてみるか? エルフの肉なら植物も良く育──』」


「『も゙ゔや゙め゙でぐれ゙ぇぇぇッ!! な゙んでも゙ずるッ!! だがら゙ぁぁぁッ!!』」


「『……中々頑張ったじゃないか』」


 クラウンは鉤爪を引き抜き、ウーマンヤールの腹部に開いた穴のみを《回復魔法》で回復させてから彼の髪を引っ掴んで無理矢理立たせる。


「『あ゙ぐっ……』」


「『あーあーまったく。イイ大人が顔をこんなに泣き腫らしてみっともない』」


「『ぐ、ゔぅぅ……』」


「『なぁ、百十四歳のボウヤ。そこの仮設テントで私とちょっと〝お話〟しようじゃないか』」


「『は、なし……?』」


「『ああ。〝私にとって〟良い話だ。時間は掛からんし、楽にしてやる。嘘ではないぞ?』」


「『い゙、い゙や』」


「『是非など求めていない。あるとすれば──』」


 クラウンはそのまま歩き出し、ウーマンヤールを無理矢理引き摺る形で引っ張って行く。


「『い゙っ!?』」


「『自分で歩いて行くか、このまま引き摺られていくかくらいだな』」


「『あ゙あ゙あ゙ぁぁぁぁぁッッ!!』」


 __

 ____

 ______


 ……ふう。


 私は仮設テントから出て辺りを見回す。


 そこには副軍団長の安否を心配したエルフの兵士達が狼狽うろたえながらコチラの様子を伺っており、その顔は皆が概ね蒼色に染め上がっていた。


 ウーマンヤールとの一連の戦いやその後のやり取り、テントから漏れ出ていたであろう奴の絶叫を聞いていただろうから期待はしていないのだろう。


 皆の視線も私の手に集まっている事だしな。ちゃんと見せて分からせてやるか。


「『諸君。大体理解しているとは思うが、諸君等の副軍団長ウーマンヤールは死んだ。これが一応の証明となるだろう』」


 そう言って私は手の中にあるウーマンヤールの〝眼球〟をその場に居る全エルフ達に見せ付ける。


 するとエルフ達は一斉に阿鼻叫喚と騒ぎ出す。


 その場が混乱の坩堝つるぼと化し、私達が引き連れて来た兵士達はそんな彼等を落ち着かせようと慌て始めた。


「『……静粛に』」


 《威圧》《覇気》を発動。途端に騒ぎは沈静化し、打って変わって静寂がその場を支配する。


「『ウーマンヤールは死の直前、こう語っていた。「俺の命ならばやるっ! だから部下達の命だけは助けてやってくれっ!」とな』」


 エルフ達の表情に複雑な感情が浮き上がる。それは感動や戸惑い、敗北感から来る綯い混ぜになった感情ではあるものの、一様にして戦意を失っているようではある。


「『だがしかし、お前達を見逃すという選択肢を取る事は出来ない。叶えてやれる限界はあくまでも〝投降〟のみだ。それ以外は先程も言ったように一切を認めん。拒み次第処分する』」


 改めて全員に対しそう喚起したが、ウーマンヤールと対峙する前や先程の時のようなザワつきは見受けられない。


 最早趨勢すうせいは決された、と集団心理として醸成じょうせいされたのだろう。というかこの状況でまだ決起する気骨があるなら部下にスカウトしたいくらいだがな。


 ……まあ、それはいい。差し当たり今は……。


「『素直に従うならば武器を捨て今すぐ両手を王国軍に差し出しなさい』」


 後で人数を確認せねばな。姉さんとの勝負に負けてしまう。


「隊員は投降者の両手を手錠で拘束。出来次第奥の一箇所にでもまとめて監視役を立てるんだ。それから──」


「ちょっと待ったぁぁっ!!」


 隊員達に命令を下していると、物陰から凄まじい勢いで盛大に慌てたファーストワンが飛び出し、私に血相を赤くして迫って来る。


「……なんだ今頃」


 私が素直にそう口にすると彼は少しだけ図星を突かれたように表情を動かし、一つ咳払いを挟んでから改めて口を開く。


「い、一応ここの隊員は僕の部下なんだよっ!? 気軽に命令しないでくれ給えっ!!」


「一応ってお前……。はぁ、まあいい。別に気軽に命令を下したわけではない。お前が居なかったから代わりを務めただけだ。何か間違っているか?」


「むっ!! い、いやそれは……」


 少しずつファーストワンの語気が弱まっていき、頼りないものに変わっていく。余程に図星だったらしい。


「確かに私は休んでいろと言ったが、それはあくまでも戦闘の話だ。状況判断諸々はお前が自分で言ったように本来お前の役目だろう? ならもっと早く出て来るものじゃないのか? 二番隊隊長だろしっかりしろ」


「ぐ、ぐぅぅ」


「それに……ほれ見てみろ」


「え……ってちょっ!?」


 振り返ったファーストワンが目撃したのは、私の命令でキッチリと自分達の役割を全うし、次々にエルフ兵士達に手錠を掛けていく隊員達の姿だった。


「な、なな……」


「私がお前と動向を命じられたのも頷ける。まずは部下の求心力を身に付ける所から始めるんだな」


「う、ぐぐぐ……」


「ほら。早く行ってやれ。でなければお前の威厳も地の底まで失墜するぞ?」


「うぅぅ……。ひ、一つだけ良いっ!?」


「……なんだ」


「さっき使ってたぁ……《熱冷魔法》? アレって何っ!? 僕聞いたこと無いんだけどっ!?」


 ……厳密には《熱冷魔法》を利用しただけなんだがな。まあ、そこはいいか。


「《熱冷魔法》は《炎魔法》《水魔法》《光魔法》の三つの魔法を組み合わせた業魔法の一つだ」


「わ、業魔法?」


「三つの属性を複合させた上位魔法のもう一段階上の魔法の総称だ。そんな事も知らんのか?」


「い、いや……。僕は弟と違って魔法はからっきしで……。だから剣術団に入団したわけで……」


 そう言えばコイツ、初対面の時に魔法に対して何やら恨めしそうな感情を剥き出しにしていた気がするな。


 というか入団理由が若干不純だし、コイツ弟なんていたのか……。


「で? 《熱冷魔法》ってどんな魔法なの?」


「……その名の通り熱と冷気──つまりは〝温度〟を司る魔法だ」


「へぇ、温度を……。《炎魔法》とか《氷雪魔法》じゃ駄目なの?」


「多少代用は効くが利点が異なる。確かに《炎魔法》や《氷雪魔法》でも温度変化を可能とするが、それはあくまでも副次的な現象でしかない。再現次第では多少弄れるだろうが、限界も勿論あるし何より効率が悪い」


「な、なるほど?」


「それに比べて《熱冷魔法》はその温度変化に主軸を置いた魔法だ。《炎魔法》や《氷雪魔法》の様に炎を上げたり凍らせる事は難しいが、一つの魔法で極高温にも極低温にも変化出来る」


「う、うん」


「加えて温度を操れるという事はそれによって生じる現象をすら発現させる事も可能という事だ。蜃気楼による距離の誤認や温度差による対象物の脆弱化、または気流の変化や環境の局所的変化による対象への身体的悪影響等も──」


「ああうんっ!! ありがとうありがとうっ!! よぉぉくわかったからっ!! もう大丈夫っ!! うんっ!!」


 ……まったく。コイツは。


 理解し切れないならこんな時に聞いてくるんじゃ無い。


「はぁ……。話は終わりか? ならさっさと行ってこい」


「うーん……。さ、最後に一つ、だけ……」


「チッ。なんだ?」


「君今舌打ち……」


「……」


「ご、ゴメンて……。えーっとその……。本当に彼──あのウーマンヤールとか言う副軍団長は部下を助けるよう君に進言したのかい?」


 ……コイツ。妙な所に鋭いな。


 まあ、別に教えても構わんだろう。


「いや。アレは私の嘘だ」


「な、何っ!? 何故そんな嘘を……」


「……」



『あんな下民共などどうなっても構わんっ!! だから俺……俺の命だけはどうか助けてくれっ!! 何でもするからっ!!』



「……世の中には知らない方がマシな事実もある。既に心が挫けている兵士達に、これ以上追い討ちする意味もあるまい」


 私としては見直した部分もあったんだがな。だがどうやら染み付いていた下民への侮蔑の意識だけはどうにも消えんらしい。


 まったく。久々に聞くに耐えん命乞いを聞いた。


「そ、そうだね……」


「ほら。話は済んだろう? 早く出張らねばただでさえ低い忠誠心がとうとう地を掘り始めるぞ」


「はっ!! そ、そうだっ!! き、君達ぃぃぃぃぃっ!!」


 そう叫びながらファーストワンは部下達の居る場まで走って行き、「今頃何しに来たんだこの人」という部下達の視線に見舞わられながら私がしたのと似たような命令を下し始める。


「……ふむ。まあ、ウーマンヤールの生死を察せられなかったんだ。良しとしよう」


 私は振り返り、先程出て来た仮設テントへと目をやる。


 と言っても中には既に何も無い。奴が手にしていたスキルも記憶も経験も私が手にし、その後に残った死体も《収縮結晶化》でスキル化。


 魂も一応回収はしたが……正直微妙だ。


 確かに色々と努力をして来た実力者ではあったが、アヴァリに比べれば数段劣る所は否めなん上、性根が腐り切っている。わざわざ説得して武器に付与するには少々心許な──と、そうだそうだ。


 ウーマンヤールが所持していた二振りの手斧である熔斧ファラスリムの事を思い出し、私は未だに地面に転がったままのファラスリムに近寄ってからそれ等を拾い上げ、めつすがめつ観察する。


「開いたヒビは……元に戻っているな。そういう構造なのか。ユーリも粋なプレゼントをするもんだな」


 当然コレも私が貰い受ける。先程ウーマンヤールの奴を脅かした際に専用武器も解除させ、今やこの手斧は誰の物でもない。私が存分に活用してやろう。


「クラウンさん」


 聞き馴染みのある可愛いらしい声に振り返る。


 するとそこには鎧を血で汚しながらも静謐せいひつたたずまいを崩す事無いロリーナと、傷一つ無く堂々たる風格をそのままにする我が愛馬・竣驪しゅんれいが到着していた。


「ああ二人共、ご苦労様。その様子を見るに問題は無かったようだな」


「はい。ですがクラウンさんの様に投降を促せるまではいかず、兵糧庫のエルフ達を逃がさないようにするので精一杯でした……」


「ブルゥ……」


 ロリーナと竣驪しゅんれいの二人は、私達の目の前で次々と隊員達に投降されていくエルフ兵士達の様を目撃し、自分達が力不足だったと俯いてしまう。


 実はこの拠点。この先にあるアールヴ軍の各拠点の動線上に位置し、兵糧等を経由するにあたって要になる拠点でもあったりする。


 故に拠点自体の規模もそこそこ大きく、それにあたって私が居る駐屯地と兵糧庫の二ヶ所に別れていた。


 そこで私は兵士が密集し第三副団長が駐屯していた駐屯地の攻略。二人には兵糧を守る為に無数の守備兵達がひしめいていた兵糧庫の攻略をそれぞれに分担していたのだ。


「いや、これはあくまでも事が上手く運んだ結果だ。状況や運次第ではここまで順調には行かなかっただろう。寧ろ今後同じようにいくか怪しい限りだ」


「それでも。やはり私達はまだまだ力不足です。もっと研鑽を積まねばなりません」


「ブルゥっ!!」


 そう張り切る二人だが、私としては逃亡者を出さずに兵糧庫を制圧した事は大きく評価するに値すると考えている。


 兵糧庫は軍の要だ。そこを守護する事は軍全体の士気にも当然関わり、比例して駐屯している兵士達は軒並み強者を選りすぐられるもの。


 それ故に拠点には第三副軍団長という強者が駐屯し、兵糧庫を守る守備兵もまた一般兵士とは一線を画した実力を持っているのだ。


 そんな奴等を逃亡者を出さず制圧してのけた……。充分評価に値する功績と言っても良いだろう。


 これは私から個人的に何かしら報酬を用意しても良いかもしれんな。


「何にせよ本当に良くやってくれた。ロリーナに関しては危険だからと遠ざけようとした自分を恥じるばかりだよ」


「それは……。ありがとうございます」


 ロリーナが顔を赤らめながら少しだけ目を伏せる。


 嗚呼本当、ロリーナの顔を見るだけで荒みそうな気持ちが癒されるな。


「ブルゥッ!! ブルルンッ!!」


 私がロリーナだけを褒めたからなのか、竣驪しゅんれいが露骨に嫉妬して若干興奮気味にいななく。


「落ち着きなさい竣驪しゅんれい。お前も良くやってくれたよ。お前の力量ならば問題無いと確信していたが、無傷とまでは思っていなかったからな。お前は本当に私の自慢の愛馬だよ」


 竣驪しゅんれいの顔を撫でながら私がそう褒めちぎると、彼女は嬉しそうに尻尾を振ってみせた。


「ヒヒィィィンッッ!!」


 実際竣驪しゅんれいはただ体格が規格外で頭の良いだけの馬の筈なんだがな。


 意味があるか判らなかったが、拠点攻略前に調べた戦力を一応伝えた際は理解したように鼻を鳴らしていたし、戦争に際した訓練も時間が許す限り付き合ったりもした。


 それらが功を奏した結果、こんな優秀な戦力になるとはな。この子にも報酬を用意しても良いだろう。


「それはそうとクラウンさん。次の拠点はどうするのですか?」


「ん? ああそうだな……」


 私達が今居る兵糧庫は最重要制圧候補の一つであり、他にも制圧候補は幾つか存在する。


 それらは勿論ここから少し離れた拠点をヘッズマン副団長や他の隊長。離れた拠点を姉さん達が攻略している所だろう。


 一応予定ではこの兵糧庫の制圧が済み次第、各攻略に苦戦していたり、最悪敗北し捕らえられてしまったりしている拠点に赴いて救援に向かう手筈にはなっている。


 場合によっては向こうの前線部隊に突破され、こちらに侵攻して来る部隊を止めなくてはならないが……。


「連絡は今のところは無いな。全く苦戦していない訳では無いだろうが、今ならば小休止しても問題はないだろう」


「小休止、ですか? 他の攻略を手伝いに行くというのは?」


「苦戦しているならば必要だろうが、下手に順調な場に向かっても邪魔になる可能性があるし、いざという時に足並みが揃わなくなってしまう。それに体力等も使うだろうしな」


「成る程……」


「それに戦争はまだ始まったばかりだ。体力が少しでも回復出来るならばした方が良い。特に彼等のように余裕の無い隊員達には必要だ」


 ロリーナは奥でせっせと投降したエルフ兵士達を連れて行く隊員達に目を移す。


 そこにはまだ働けるだけの体力はあるものの、エルフ兵士達との戦いで消耗したり怪我を負ったりした者達がそれなりに多く、このままテレポーテーションで転移してほぼノータイムでまた拠点攻略に向かっても犠牲者が増えるだけだろう。


「私達は確かに強者だろう。休まず拠点攻略に赴いても問題ない程にな」


「ええ」


「だがこれはあくまでも団体戦を基本とする戦争だ。私達は一人一人で戦っているのではなく彼等のような兵士達も一緒に戦っている。故に私達の基本行動は、彼等を中心にして考えるのが常になるだろう」


「はい。そうですね」


「それに我々王国軍は奴等と違って移動に関しては時間を殆ど要しない。私達には私が、他の部隊には私があらかじめ配っていたテレポーテーションの魔術を封じた羊皮紙を数枚渡してある。要するにその移動時間分はある程度臨機応変に対応出来るんだ。それを小休止にあてる程度問題無かろう」


「はい。良く理解しました。ありがとうございます」


 因みに他部隊に配っているテレポーテーションを封じた羊皮紙には、幾つか魔法陣に敢えて空白を作って描いている。


 これは同時に渡してあるあらかじめ調べていた要所の座標が書き込まれた地図を参照し、行きたい拠点前の座標を自ら描き加えられるようにする為。


 この手法ならば私が居なくとも魔力を込めるだけで好きな場所に軍隊を転移させられ、拠点の攻略や撤退時にも、更に使い方次第では突発的な奇襲等も仕掛けられる。ある種の戦術兵器とも呼べる代物だ。


 師匠にもコレを見せた所……。


『……これで我が国が戦争に負けるようなら、そもそもこの国に未来など無いわい。負ける方がどうかしとる』


 と、お褒めの言葉を賜った程だ。


「私も先程手に入れたスキルや諸々の確認、これからの事を一応ファーストワンと相談する時間が欲しいからな。君には悪いが、隊員達に軽食や水分補給を任せたいんだが、構わないか?」


「ええ。早速準備に取り掛かります」


「よろしく頼む。竣驪しゅんれいはこの拠点に居る敵軍馬……ではなく蜘蛛か。兎に角それを探して集め、統率して欲しい」


「ブルゥ?」


「一応騎乗用に調教された蜘蛛だからな。それなりに知能はあるだろうし、ある程度の力関係を示せば統率も難しくは無いと私は考えている」


「ブルゥ」


「まあ、騎乗用とはいえ全くの別種だから意思の疎通はかなり難しいだろう。利用出来ればアールヴ本国に到達しても蜘蛛に騎乗して森内を問題無く移動可能だろうから重宝しそうだが、無理ならば他の対処が必要に──」


「ヒヒィィィンッ!!」


「お、なんだ? お前ならば蜘蛛相手でも一切問題無いと?」


「ブルゥッ! ブルルゥッ!!」


 ……この子。これを成し遂げたらいよいよ本来の馬とかけ離れた存在にならないか?


 まあ、私としては有難い事この上ないが……。


「ならば任せよう。良いか? くれぐれも無理はするなよ?」


「ブルルゥッ!!」


「よし。では各自行動を──」


『クラウン様』


 瞬間、私の脳内に声が響く。


 それは私の使い魔ファミリアであり、今現在ヘリアーテと共に奇襲部隊の軍団長を相手にしているシセラからの《遠話》での呼び掛けであった。


「シセラか。状況報告と判断して良いのか?」


『はい。とは言っても、少々困った事になりまして……』


「困った事?」


『なんと申しましょうか、その……』


「その?」


『奴めが……テレリが〝降伏〟を訴えているのです』


「降伏? それが困った事なのか?」


 ただの降伏ならばそのまま捕まえてしまえば私が言い渡した任務は達成になる筈だがな。それで困った事とは……、既に嫌な予感しかせんな。


『その、大変申し上げ難いのですが。降伏するにあたりテレリが条件を持ち出しまして……』


「……なんだ」


『……『クラウン様に御目通り、妻か妾にめとって貰う』。それが条件だと……』


 瞬間、少し離れた場所で既に補給の準備を始めていたロリーナの元からバキリ、と何かが折れるような音が響き。


 その手元には木製のお玉が真っ二つにされた悲惨な状態で握られ、彼女の表情からは完全に感情の抜け落ちた氷点下の無表情が浮かんでいる。


 ……念の為に、とロリーナにも《遠話》が通るようにしていた弊害が出たな、これは……。


「……シセラ」


『はいっ!』


「テレリの妄言を黙らせろ。無条件で降伏を飲ませるられるだけの徹底的な手段でもって心を砕け。ロリーナを不安にさせるような奴に慈悲など掛けるな。良いな?」


『りょ、了解致しましたっ!!』


 そう返事をしてシセラは慌てて《遠話》を切った。


 まったく……。向こうで一体何があったんだ……。

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