第五章:正義の味方と四天王-17

 

「ほら、ここが私の部屋だ」


「「「「…………」」」」


 学院内の私の部屋である蝶のエンブレム生徒にてがわれる個室。


 一般的な国民の一軒家よりも広く作られているこの部屋はまさに最優秀生徒の証の一つでもあった。


 そんな部屋にロセッティ達四人を案内したのだが、部屋の扉を開け中を見せた途端、四人共の表情が固まる。


「……貴族用に用意されてる部屋より広い……」


「私達の部屋二つ分くらいあんじゃないの? これ……」


「いやいや、一般生徒の相部屋とは比べ物にならないね、こりゃ……」


「格差あり過ぎだろ……。必要あんのか? 一人の生徒にこんなだだっ広い部屋……」


「必要だ。少なくとも私にはな」


 リビングとダイニングと客間、水回りは殆ど当初からいじっておらず綺麗なままだが、寝室と作業部屋、バルコニーの三つは今現在原型を留めていない。


 物理的にリフォームしたわけでは無いのだが、手広く始めた様々な〝趣味〟による荷物や器材が所狭しと並べられているのが現状である。


「まあ兎に角、お前達は風呂にでも入って来なさい。その間に私達は昼食作りに励むとする」


「ちょ、ちょっと待ってっ!」


 私とロリーナとティールが部屋に入ろうとした時、ヘリアーテが慌てたように私達を呼び止める。


 まさかこの期に及んで帰るなどと言うんじゃないだろうな?


「なんだ?」とだけ返して彼女の方を振り向くと、予想していなかった言葉が飛んで来る。


「私この男共と同じ浴室使うの嫌よっ!?」


 ……ああ、まあ、そうだな。


「一応下の階に寮生用の共同浴室があるからそっちも使いなさい。ただ汚いとまでは言わないが、私の部屋の浴室の方が広いし清潔だ。男女でどっちを使うか決めなさい」


「あ、ボクは別に下のでも良いよ。汗流したいだけだし」


「俺もそっちでいいぜ。こだわりとかねェし」


「あらそう? なら私達は遠慮なくこの部屋のを使わせてもらうわね!」


 まったく、浴室決めるのに一々時間を割いて……。


 まあいい。


「決まったな? ならちゃっちゃと入って来なさい」






「ふぁ〜〜スッキリし──って何この良い匂いっ!?」


「うぅ……。お腹鳴っちゃう……」


 風呂から上がり、まだ若干乾き切らない髪をタオルで拭きながら浴室から出て来たヘリアーテとロセッティは、部屋に漂う料理の香りに声を上げ、ダイニングへ足早に現れる。


「な、何この料理の量……。パーティーかなんか?」


「……」


 ヘリアーテが食卓に並べられた料理の数々を見て呆れ気味にそう呟き、ロセッティは空腹がピークなのかただ料理達を見詰めていた。


「いやな。どうせなら複数種類の料理を並べて好きに取れるようにしようと考えたら興が乗ってな」


 まあ、ロリーナと料理を作るのが楽し過ぎてついつい作り過ぎたというのもあるのだが……。


「いや食べ切れないわよ流石にっ!?」


 また新たな料理を運んで来た私にそうツッコミを入れるヘリアーテだが、そこは私が居るから問題ない。


「この量なら私が食べ切れる。だからお前達は安心して好きな物を好きなだけ食べれば良い」


「どんな食欲と胃袋してんのよアンタ……。はあ、まあいいわ」


 ヘリアーテはロセッティの手を引き食卓に着くと、並べられていた取り皿を手にする。


「なんだ? あの二人を待たないのか?」


 基本的に男の風呂は女性よりは比較的短いが、下の階にある寮生用の共同浴室はここからだと割と距離がある。


 故にヘリアーテ達の方が先に風呂から上がれたのだろうが、そろそろあの二人も来る頃じゃないか?


「こんだけ美味しそうな物を目の前に並べられて「待て」だなんて言う気? 私は従順な犬じゃないのよ」


「わたしも、そろそろ限界……」


 そう言って取り皿にどんどん料理を乗せていくヘリアーテとロセッティ。その目は爛々と輝き、緩んだ口元から唾液が垂れそうになっている。


「ね、ねぇ! この魚は何っ!?」


「それはカーネリア私の街で獲れた若草鯛のアクアパッツァだ。獲れたてを直ぐに締めたから新鮮で旨いぞ」


 魚介は私のポケットディメンションでその新鮮さをキープし続ける事が出来る。本当、これさえあれば冷蔵庫など不要だな。


「こ、こっちはなんですかっ!?」


「そっちは鹿肉とトマトのブルスケッタだ。手軽に鹿肉を味わえる」


 この鹿肉は勿論鹿の魔物であるヒルシュフェルスホルンの肉だ。あれだけ巨大だったから肉ならまだまだある。


「これはっ!?」


「パージンチーズを使ったカルボナーラだ。後味のスッキリしたパージンチーズをメインにしているからクドくない味付けになっている」


 このチーズはパージンの名産品の中でもクセが少なく人気を誇る逸品。先日買い込んでおいたものの一つでもある。


「こ、このお鍋のままのやつは何ですか?」


「魚介の漁師風スープだ。複数種類の貝やイカやタコ、エビを使った少し辛味のある仕上がりになっている」


 今回作ったのは主にイタリアン。と言ってもこっちの世界にイタリアなど当然ないので一応は私の創作料理という事になる。


 私の手元にある食材の殆どが魚介だからこのイタリアンとは相性がかなり良くて重宝している。


 ……ただ日本人であった私には本当はもっと食べたい物がある。


 それを用意出来れば最高だったのだが、今現在それは不可能に近い。


 どれだけ探しても無いのだ……。醤油や味噌という、日本の魂が……。


 ただ唯一手に入ったのは──


「えっ、何もう食べてんの?」


「ズリィぞおいっ!!」


 そのタイミングで部屋に漸くグラッドとディズレーが現れ、取り皿に大量に料理を盛っていたヘリアーテとロセッティを見て急いで食卓にやって来る。


「好きなの取っていいのかっ!?」


「ああ。ただ綺麗に食べろとまでは言わないが余り食い散らかすなよ? これだけあるんだから焦らず食べなさい」


「はいはい、じゃあ遠慮なく」


 そうしてグラッドとディズレーも料理を取り皿に盛っていき、それらをどんどん口に運んでいった。


 そして──


「う、ウメェっ!?」


「うわ、何これ旨いよ……」


「美味しいぃ〜〜っ!!」


「美味しいですっ!!」


 そこからはもう止まらなかった。


 用意してあった大皿の料理達は次々と消えていき、先程のヘリアーテの食べ切れない発言はなんだったのかと言わんばかりにどんどん料理を食べていく。


 イカン。このままでは私達の食べる分が減っていく。


 私はキッチンへ戻ると追加のプラムケーキを焼いていたアーリシアと洗い物に手を付けていたロリーナに声を掛ける。


「ロリーナっ! アーリシアっ! 取り敢えず洗い物やらデザートは置いておいて私達も食べるぞっ! このままじゃ無くなるっ!」


「えっ!? もうですかっ!? 行きますっ!!」


「分かりました」


 二人を伴い私達も食材に着く。


「まったく騒がしい食事じゃのう。年寄りは付いて行けんわい」


 小さくそうぼやきながら食卓とはまた違う少し離れた位置に用意されたローテーブルで要求されていためふんを口に運ぶ師匠。


 師匠曰く「脂っこいもんがのう……」らしいので取り敢えず師匠には師匠にあった物を用意した。


 魚介をふんだんに使った潮汁とタコの和え物、野菜のピクルス。それとめふんだ。


 正直統一感も何もあったもんじゃないが「これくらいが丁度いい」と師匠自身が口にしたので問題は無い。


 ああ、それとだ。


「クラウンさん?」


 座ったばかりでまた立ち上がった私に首を傾けるロリーナ。


「先に食べていてくれ。私は師匠に〝アレ〟を持って行く」


「わかりました」


 私は忘れていたものをキッチンへ取りに戻り、皿に移してから師匠の元へ持っていく。


「おおなんじゃ。まだあったのか」


「はい。探していた食材が先日漸く見付かったのでそれを利用したものです」


「ほう? そんな珍しいもんを? しかし見た目としてはシンプルに見えるのう」


 皿に乗っているのはアサリ。それが口を開いた状態で複数個並んでいる。


「匂いは……独特じゃのう。何やら酒のような……この匂いのがそれか?」


「はい。アサリの酒蒸しと言って、鬼族の国で作られている清酒という酒を使って蒸し焼きにした品です」


 そう。私が日本人的味を求めてやっとの思いで手に入れたのが、この鬼族の国で作られている清酒である。


 鬼族の国は半鎖国状態の国であり、彼の国の物は市場に滅多に出回らない。


 個人で鬼族と交流を深め、彼等から個人的な交易を行う者が稀に市場に流す事でしか出回らない品である為にその価格は高騰し、余裕で金貨が飛んでいく。


 先日カーネリアに居た間に少し怪し気な行商人から購入。《物品鑑定》などで本物であるのを確信していたから買うのに迷いは無かったが、こうして料理に使うには少々躊躇ためらわれる品ではある。


 しかし鬼族の国にこうして日本的味覚の物が存在するのだと知ったのは値段以上の収穫ではあった。これならばこの十五年間想い馳せていた醤油や味噌が手に入る可能性がある。


 故に私は早速その場でその行商人に他に調味料なんかは無いか訊ねたが「これでさえ奇跡的に手に入った」と言われてしまい肩を落とした。


 だが可能性が見えた以上、私は諦めない。


 いつしか鬼族の国へ出向き、しこたま食材を買い込んでやると決意したのだ。


「酒蒸し……。どれ取り敢えず一口……」


 師匠はアサリの殻を摘んでに運び、身と汁を啜るようにして口に含み咀嚼する。そして「ほぉう……」と感嘆の息を漏らすと早速二口目を口に運んだ。


「こりゃぁいいっ! 清酒の香りに最初はたじろいだが、成る程成る程……。アサリの旨味に生姜やニンニクの風味が程良く合わさり、清酒独特の香りがそれを包み込んどる……」


「中々でしょう?」


「ああそうじゃな。こうなるとその清酒とやらの味も知りたいものじゃが……」


 チラチラと師匠が察しろと言わんばかりの視線を送って来る。


 まあ、一杯くらい出してもいいんだが……。


「一杯銀貨三枚分ですよ?」


「なっ!? そ、そんなにするのか……?」


「はい。払えますか?」


「わ、ワシはオヌシの師匠なんじゃがのうっ!? 金を取るのかっ!?」


「ふふ、冗談ですよ。ただ本当に一瓶しか無いので一杯だけですよ?」


 師匠の期待の眼差しを受けながらポケットディメンションを開き、話題の清酒とガラスコップを取り出して注ぎ込む。


「ほぉう。何とも鮮やかで端正なガラスのコップじゃ。また贅沢な物を……」


「良い物を呑むんですから器もそれなりの物を用意しなくては……。それに見て下さい」


 そう言って清酒を注いだコップを師匠に手渡すと、師匠はそれを窓から差し込む日の光に透かして見る。


「ほう、まるで水の様に澄んでおる……。まさか本当に水じゃないじゃろうな?」


「呑んでみれば分かりますよ」


 若干訝しむ師匠は、そのまま清酒を口に含むと目をカッと見開き口腔内でじっくり味わう様に目を閉じるとゆっくり嚥下えんげしてから口一杯に広がる香りを鼻へ通し、溜め息を漏らす。


「……口当たりは非常に滑らかでいて瑞々しい……。香りも決して強過ぎず、強めの酸味が清涼感溢れるのう……。喉に来る辛味もまたクセになる……」


「でしょう?」


「こりゃエールのように流し込んで呑むもんじゃないのう。チビチビ楽しむもんじゃわい」


「師匠なら大丈夫でしょうけど、酒精も強いので注意して下さいね」


「分かっとるよ。ほっほっ。こりゃ目の前の食事が一層華やかに見えてくるわい」


 上機嫌になった師匠は最早私の存在が目に入っていないのか、めふんを一口してから清酒に口を付け至福の顔をしている。


 ふふ。これでまた師匠からの好感度が上がった。


 さて、次は……。


 師匠から視線を外し、改めて食卓の方に目を向けると、用意していた筈の料理達が半分程減っていた。


 ふむ。余る事を前提に大量に作った筈なんだがな。下手をすればまた追加を作らねばならないかもしれん……。


 まあ今はいい、食べよう。私の中の《暴食》がさっきから頭の中でうるさいんだ。


 席に戻り椅子に座ると、隣に座っているロリーナが料理が盛られた皿を私に差し出して来る。


「取っておいてくれたのか?」


「四人共凄い食べっぷりだったので。余計でしたか?」


「そんな事はない。君に取って貰っただけでこの料理も何倍にも美味しくなるよ」


「……流石に大袈裟ですよ」


 少し照れたロリーナの横顔を見ながら、私も料理を口に運ぶ。


 それから暫く私達は料理を堪能する。


 我ながら中々によく出来ていると自負していたが、少し全体的に重たかったか? 一応サラダも三種類ほど用意したが、間に合ってない感じはある。ここら辺の調整を考えるのも一つの技術か……要検討だな。


「あ、あのう……」


「んん?」


 料理のバランスを考えていると、横からロセッティが少々ぎこちなく声を掛けて来た。


 第一印象だと彼女は人付き合いが得意そうには見えないし、実際苦手そうではあるが、今更私に話し掛けるのにそんなぎこちなさを出すものか?


「なんだ?」


「あ、あの人は……」


「あの人?」


「て、ティールさんは?」


 ……ティール?


「ティールならお前達が風呂に入ってる間に先に料理を持って自室に帰ったな」


「えっ!? なんでですかっ!?」


「……次の作品造りに没頭したいらしい。私はお前達と交流を深めろと言ったんだがな……」


『お前が俺の創作意欲を焚き付けたんだからなっ!? 文句があるんなら代わりに四人に俺を紹介しておいてくれよ。あ、格好良くなっ!?』


 そんな事を言って私に丸投げして行った。


 アーリシアと食事が出来るというに何をしているんだか……。


 まあ私がアイツに木彫りを依頼しているんだがな。文句は口に出せん。


 で、だ。


「アイツがどうかしたのか?」


「えっ!? い、いや別に……ただ居なかったので気になって……」


「──?」


 なんだ? 何故彼女は若干顔を赤くしているんだ?


 そして後ろで素知らぬ顔で料理を口に運びながら耳を全力で傾けているヘリアーテはなんなんだ?


 更になんでヘリアーテまで「なんで帰んのよ……」とか小さく呟いている?


 ……


 …………まさかな。






「ふう……食った食った……」


「腹一杯だぜ……」


 あれから暫くし予想に反して料理の殆どを平らげた四人は、皆満足そうに椅子にもたれ掛かり吐息を漏らす。


「こんな美味しいものお腹いっぱい食べたの初めてよ……。実家でも出なかったわ」


「うん。実家でもこんなの食べた事無かった……」


「……さて」


 私は空気を見計らい、手を一拍叩いて皆の視線を私に集中させる。


「な、何よ」


「いや。そろそろ始めよう、とね」


「え、今からまだ何かやるんですかっ!?」


 身構える四人に対し、私は適当に笑って返す。


「ふふ。何を構えているんだか。食後の運動でもすると思っているのか?」


「違うって言うの?」


「今更お前達に私が何をする必要がある? それはお前達が一番良く理解しているんじゃないか?」


 その言葉を受けヘリアーテは言葉が詰まり、それを聞いた四人は身構えるのを止め諦めたように脱力する。


「良いかな? 今からするのは二つ。私がお前達をあの入学式から選び出してわざわざ心を折った理由を説明する」


「……自己顕示欲、ではないって話でしたね?」


「ああ。そんな小さい事の為にあんな労力は掛けんよ」


「で? もう一つはなんだよ?」


「簡単だよ。自己紹介だ」


「……はい?」


 キョトンとする一同に対し、私は真面目な顔で答える。


「まだお前達の名前しか知らんからな。の為にも、軽く情報交換だ」


「……まるで今後も私達に絡んで来るみたいな言い方するじゃない」


「察しが良いな。そう、私がお前達を選んだ理由は──」


 立ち上がり、大袈裟な手振りで手を広げ、盛大に口元を歪め、告げる。


 私が彼等を見つけ出したワケを。


「お前達四人には、私の〝部下〟になって貰うっ!!」


「「「「はっ?」」」」


 ______

 ____

 __


 一方その頃、のみを手にしたティールは──


「しまったっ!! アーリシアちゃんと食事出来る機会をみすみす逃したっ!! 何やってんだ俺は……っ!!」


 そう頭を抱えながらも、鑿は目の前の丸太に振り下ろされた。


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