第五章:正義の味方と四天王-18

 

 四人の顔が「何言ってんだコイツ」と言わんばかりに強張り、私に訝しんだ視線を向けて来る。


 まあいきなり部下になれなどと言われてもピンと来ないどころか意味が分からないだろうな。


「い、いきなり部下とか……意味分からないんだけどっ!?」


 お手本の様に勢いよく立ち上がりながら私に向かってそう叫ぶヘリアーテ。


 ふむ。予想通り


「せ、説明、してくれるんですよね?」


「ああ。まず何故私に部下が必要なのか、何故お前達なのか、簡潔に説明しよう」


 私は手元にある以前ユウナから貰ったコーヒー豆を挽いて淹れたコーヒーを口に含み、口内を湿らせる。


「……お前達は、何故自分達がこの学院に入学出来たのか、理解しているか?」


「……はい? また訳わかんない事を……」


 最早呆れたような顔を見せるヘリアーテだが、私がそんな質問をした事に何かを察したロセッティが戦々恐々としながらゆっくり手を挙げる。


「ロセッティ」


「はい……。えぇと……、わたしが聞いたのは、第一次入学式後に催された新入生テストで多くの新入生と先生方が亡くなられたって……。それの補填、なんじゃないですか?」


「ああ、俺もそれは聞いたな。新入生の殆どがやられたってよ。そいつらには悪ぃが、そんときは俺ぁラッキーだと思ったぜ」


「ボクもそんな感じかなー。第一次で受けなくて良かったなぁ、とか考えてたよ」


「……私も同じね。でもそんな言い方するって事は、実情は違うってんでしょ?」


 皆が似たように世間で一般的になっている理由を口にする中、ヘリアーテは眉を吊り上げながら椅子に座り直し腕を組み私を睥睨へいげいしながらそんな事を口にする。


 まあ、ここまで言って察せない奴も居ないだろうな。


「その通りだ。……この事は他言無用で願いたいんだが……」


 私は少し離れた位置にいる師匠にチラッと目配せをし、師匠が一つ溜め息を吐いてから小さく頷くのを確認する。


「何よ、勿体ぶって……」


「……近々、戦争がある」


「「「「ん?」」」」


 私の真剣な声音にも関わらず、四人は言葉を上手く噛み砕けずにただ首を傾げるだけで反応は限りなく薄い。


 ふむ。ならば、もっと咀嚼しやすいように丁寧にいこうか。


「世間には公表されていないが、隣国であるエルフの国──「森精皇国アールヴ」とは既に戦争寸前まで関係は悪化している。まあ、厳密には冷戦が開けるという話なのだが、水面下では約二十年も前から奴等は──」


「ちょ、ちょちょちょちょっとッ!! 待ちなさいよッ!!」


 ヘリアーテが心底慌てたように私の話を遮ると、激しい身振り手振りを交えながら喚き立て始める。


「せ、戦争って何よっ!? エルフって何よっ!? 何も知らないわよ私達っ!!」


「知らなくて当然だ。この事はこの国のごく一部の者しか知らされていない」


「そんなのを何でアンタが──ってそれよりっ!! なんで私達の話に戦争なんて言葉が出て来んのよっ!?」


「冷静に考えてみなさい。そう難しくないぞ?」


「冷静に、って……。アンタねぇっ!!」


 声を荒げるヘリアーテに対し、他三人の反応は思っていたよりも静かだった。


 まあロセッティはどちらかと言えば頭がパンクしている感は否めないが、グラッドとディズレーは何処か考えに耽るように眉間に皺を寄せていた。


 すると当のグラッドが何かに気が付いたようにハッとして私に向き直る。


「もしかしてだけどー、ボク達の入学って……」


「そうだ。お前達第二次の新入生は、先に失った第一次新入生達の代わりに戦争に投下される予定のわば兵隊なんだよ」


「嘘……でしょっ!?」


「酔狂でこんな冗談は言わんよ。知っているだろう? この国の法律では、魔法、魔術をある程度修めた学生には国から徴兵命令が出される。平和が続いて久しく、少しずつ風化しつつある法ではあるが、間違い無く適用されるだろうな」


 この徴兵命令に対する拒否権を行使出来る者は限られており、大病や身体的な問題が無い限り学院の生徒は半ば強制的に徴兵される。


 それがこの国最大の魔法の学舎であるここに入学した者の責務の一つでもあるのだ。


「……なんで」


「ん?」


「なんでそんな話を、当の私達は知らされないのよっ!? 普通するでしょっ!?」


「兵隊を増やすのが目的なのにそれを公表しては集まらないだろう? 戦争を知らん若年層は平和ボケしているからな。献身的に国に身を捧げるようなどと極々少数派だろう。それともお前は自分が兵隊にされると知っていたとしても入学したのか? 私には今のお前を見る限りそうは見えないんだがな」


 そう言うとヘリアーテは「それは……」と小さく呟いてから続きを口に出来ず押し黙る。


「まあ、公表されていない理由には、未だにアールヴから宣戦布告がなされていないというのもあるんだがな」


「……こっちから仕掛ける、って出来ないの?」


 そんな意見を述べたのはグラッド。いつも飄々とした彼も、今回ばかりは声に真剣味が宿っている。


「細かい理由はお前達にも言えないが、こちらから仕掛けるには他国の外聞が悪いんだ。戦争だって一種の外交だからな。今回の件でこちら側が加害者に回るのは宜しくない」


「……戦争に加害者も被害者も無いだろうけどね……」


 そう小さく呟き、グラッドは背凭せもたれに身体を預けて天井を仰ぐ。


 今回の戦争の発端は我々人族の過去の汚点が引き金になっている。


 エルフ側の宣戦布告でその点が公表されるだろうが、我々人族はそれをあくまでも否定する形で迎え討たねばならないのだ。


 それを認めてしまう事は勿論、逆上してこちらから仕掛けてしまうのも肯定したと他国から捉えられかねない。事態を隠蔽し、否定したままエルフを討ち負かさなければこちらの外交的勝利は無いのだ。


「……戦争は、回避出来ないんですか?」


 ここで今まで黙っていたロセッティが静かに口を開き、悪い夢なら醒めて欲しいと藁にも縋るように問い掛けて来る。


「これも公表されていないが、この国は既にエルフから裏工作によって様々な被害を被っている。優秀な権力者の暗殺や経済への意図的な妨害、そして何よりあらゆる情報の漏洩……。この国にとっても、最早穏便に事を終えられるラインは越えているんだ。戦争回避は不可能だよ」


「そんな……」


「エルフから裏工作って……。大丈夫なのかよ?」


 ディズレーもいつもの荒い口調が若干大人しくなり、素直に気になる事を投げて来る。


「安心しなさい。裏工作を図っていた潜入エルフ達は先日漸く一掃し終えた。エルフがこの状況で新たに国に潜入する可能性も0ではないが、向こうもそこまで余裕は無いだろうし、何より今まで以上に厳重な警戒網を布いている。もうこの国の情報が漏れる事は無いだろう」


「ふーん。そうかよ」


 納得したのかしていないのか分からない曖昧な態度で返事をすると、ディズレーもグラッドのように椅子に背を預けてから黙る。


「……じゃあさ」


「今度はなんだ」


 三人と私の会話を聞いて冷静になったのか、ヘリアーテも先程まで荒げていた口調を抑え、私に目を向ける。


「その回避不可能、拒否不可能な戦争と、私達がアンタの部下になるって話に何の繋がりがあるわけ? 結局アンタも私達も兵隊になるんならおんなじでしょ? なんでわざわざアンタの下に付かなきゃなんないの?」


「そうだな。本題のそこを説明しなければな」


 私は再びコーヒーを口に含み、香りを鼻に通して味わった後、彼等を見据えてから続ける。


「もう何となく察してはいると思うが、私はこの戦争の内情やら色々に関わっている」


「色々って、また曖昧な言い方だねー」


「簡潔に、と言ったろう? 詳しい話は追々な……。で、だ。私はこの戦争でこの国を〝必ず〟勝利させるつもりだ。徹底的に、誰の異論も挟む事なく、非の打ち所がないような勝利を、だ」


「……随分と大きく出たもんじゃない。色々知っていたり出来たりするんでしょうけど、所詮は学生よ? アンタや私達に何が出来るのよ」


 確かに一介の兵隊候補でしかない私達で戦争などという国際問題を左右するのは現実的ではない。


 故に、少なくとも私はそんな戦争を多少なりとも動かせる位置にいなければならない。そうつまりは──


「私は……、そこに居る師匠──キャピタレウス様にお願いして戦争の前線に出られるよう取り計らって貰うつもりだ」


 その言葉を放った瞬間、部屋全体が一瞬どよめいたような錯覚をしてしまいそうな強い視線が私に一斉に集中する。


 視線はロセッティ達四人だけではなく、大人しく話を聞いていたロリーナやアーリシアからも注がれていた。


 二人にもまだ話はしていなかったからな。驚かれても仕方がない。


「どういう、事ですか?」


 その質問は隣に座るロリーナから飛んで来た。


 彼女を見てみれば、珍しくその瞳には不安が宿っていて、表情も強張って見える。


 私を心配してくれているのだろう。彼女には少し悪いが、その心配が私への気持ちの表れだと思うと嬉しく感じてしまう。


「私は今回の戦争で必ず功績を立てなければならない。それも半端なものではなく、誰の目から見ても文句無しの功績だ。それを成し遂げる為には前線に出るのが最も効率的だ」


「そんな……。いくらクラウン様でも無茶ですよっ!!」


 アーリシアがわなわなと震えながら立ち上がり、私に詰め寄って来る。


「心配するな……とは言えないな。だが私を信じなさい。私は必ず成し遂げるし、命懸けで挑むつもりは無い。状況を見ながら余裕をもって挑む」


「ですが……っ!!」


「アーリシアっ。……それにロリーナ」


 私は二人を視界に収められるように身体を動かし、二人の頭を撫でてやりながら笑って見せる。


「戦争などで私は死なんよ。たかだか十五年で命を終えるつもりなど毛頭ない。まだまだ君達と一緒に生きていたいんだ。だから、私を信じて欲しい……」


 八十二年と重ねた前世の齢……。


 今では鈍い光を放って遠くなった過去の私からすれば、今の十五年などスタートラインにすら立っていない。


 それが今ではどうだ? この十五年で私はどれだけ濃厚で充実した日々を送っている?


 あの八十二年が霞みそうな程のこの十五年は、私を奮い立たせ輝かしい未来を見せてくれている。


 こんな事は二度とない。こんな幸福は二度と味わえない。


 たかが一つの戦争で、そんな今を終わらせるなど愚の骨頂。愚かの極みだ。


 だから私は絶対に死なない。


 エルフを圧倒し、圧勝し、必ず五体満足、無犠牲で功績を立てて見せよう。


 全てを勝ち奪る。私は欲張りなのだから。


「その私の功績の為にも、私はお前達を必要としているんだよ」


 二人の頭から手を退け、改めて四人に向き直りそう告げる。四人は共に複雑な表情を浮かべ、その目は私の言葉の真意を考えていた。


「エルフは厄介な連中だ。決して一枚岩ではない。純粋な国同士の戦力のぶつけ合いなど彼等はしないだろう」


「……つまりは? なんなの?」


「奴等はいざ開戦するというタイミングの前後で必ず何かを仕掛けて来る。裏をかき、背後を狙い、奇襲を仕掛け我々の軍を翻弄しに掛かるだろう。だがそれが分かっていても、前線に立つ私には流石に対処のしようがない」


「それなら私達に頼んなくても他の人達に頼れば良いじゃない」


 確かにそれだけならば可能だろう。特にモンドベルク公は比較的私に協力的だし、父上だって聞いて下さる。だが──


「戦争というのは非常に面倒な場所でな。敵対国と相対するだけでなく、自陣営では政治的な思惑や思想が絡んでくる」


 戦争を指揮するのは全員が大貴族などの上級貴族であり、その手腕や発言、カリスマ性を戦争というこれ以上無い緊張した場面で如何に発揮出来るかが周囲から判断される。


 上級貴族はその地位に相応しい働きが出来るかを国王や下級貴族から検分され、それに従う下級貴族は戦争で功績を挙げ更なる地位の向上に躍起になる。


「愚かな話だが、戦争というのは敵と戦いながら誰よりも秀でようと味方とすら争う。実に欲に塗れて、人間らしい」


「つ、つまりはアレですか? 学生という身分でしか無いアナタがいくらお願いしても、その貴族達は言う事を聞いてくれない……って」


「その通りだ」


 モンドベルク公など特に無理だろう。潜入エルフの一掃は公の仕事では無かったから裏から私が動けたが、戦争という大舞台で一介の学生が国の大公に指示など出せるわけがないし、モンドベルク公だって立場上私の言葉は聞けない。


 父上なら身内だから動かせはするだろうが、裏稼業で抱えている兵隊だけでは神出鬼没で厄介なエルフを抑え込むのは現実的ではない。


 つまりだ。


「つまり私が指示を出せるのは私の下に就く者達……部下だけなんだよ」


「成る程成る程。そこでボク達が必要って事ね」


「だけどよ、俺達たった五に──ああ、アイツ居ないから四人か……。四人でそのエルフ止められんのかよっ?」


 父上の兵隊ですら止められるか怪しいエルフ達を彼等四人が止められるのか……。そこは正直、五分五分だ。


 しかし何よりの問題が存在する。


 そしてこれは、どんな力や能力よりも重要な部分だ。


「……今だから教えてしまうが、先刻の第二次入学式での私からの選別は君達入学生の心を折る目的もあったが、真に知りたかったのは実力と潜在能力、そして何より心の強さだ」


「実力とか潜在能力は分かるけど、心の強さって?」


 グラッドが少しだけ可笑しそうにそう言ったのを、私は真剣な眼差しでもって説き伏せ、しっかりと耳を傾けさせる。


「私の部下に相応しい──つまりは私の指示で裏から襲い来るエルフ達を確実に仕留められる能力と、エルフを心の持ち主が必要だった、と言えば分かり易いか?」


「え、エルフを……」


「殺、す……」


 四人の表情が、そこで今日一番に固まった。

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