第五章:正義の味方と四天王-19

 

 エルフを殺す。


 シンプルだが行うは難く、決して簡単な事ではない。


 エルフとて文化があり、歴史があり、家族があり、友人があり、そして命がある。


 会話が成り立ち、意思が伝わり、感情を理解し、手を取り合える。


 人族との違いなど、その実、大差ないのだ。


 それを、そんな存在を、果たして彼等は殺せるのか?


 ……


 魔法魔術学院は数十年前まではキチンと戦争や自国防衛を見据えた人材教育を主軸にし、魔術や知識は勿論、その精神性を強靭なものにする為の授業もあったという。


 簡単に言えば〝殺せるようになる訓練〟。国内で発生した重罪人をターゲットにし、犯罪者討伐を名目にした〝命を奪う〟事に慣れる為の授業だ。


 しかしそれから続いた平和な情勢を鑑みた平和ボケした貴族達が「殺しの訓練など野蛮」と断じ、徐々に学院に対し圧力を掛け始めたのだ。


 その結果、次第にそういった精神性の強化に重きを置いた授業や方針は風化していき、魔法魔術学院はゆっくりと今のような本当の意味での〝学ぶ〟だけの学院となった。


 更にそこに長年の平和の影響によって新世代の若者達は戦争とは教科書の中の出来事という認識しかなくなり、より戦争や殺すという意味はリアリティを失った。


 それは確かに平和による産物であり、喜ばしい事でもありはする。


 しかし、現状ではそれが今一番の足枷になるだろう。


 目の前の四人。そして私の隣にいるロリーナとアーリシアが苦い顔をしているのがその証明。


 戦場に立ち、エルフを殺す事に躊躇ためらいが生まれている、その証明だ。


「……正直言ってさ……」


 静寂が広がる中、最初に口を開いたのはヘリアーテだった。


 その表情は困惑と焦燥が混じり合い、どこか言い訳をする子供のように見える。


「私、他人殺す……なんて出来ないわよ……。あの時アンタにも言われたけど……。少なくとも私にはそんな覚悟、ない……」


「わ、わたしも……」


 次に口を開いたのはロセッティ。申し訳なさそうに俯きながら、しかしまるで他人事のような口ぶりで続きを口にする。


「こ、殺すとか。よく分かんないですよっ……。わたし達一般人ですよっ!? そんな事出来るわけ……」


「ほう。私とやり合った際には私に容赦しなかった割によく言うな」


 あの時私はやられたフリをしたが、アレが私ではなく他の誰かだったなら確実に重症……最悪殺していただろうに。


「あ、アレは……っ! ……必死、だったから……」


「必死になればやれるなら上出来だ。……他二人は?」


「え?」


「あ?」


 ヘリアーテとロセッティは一応自身の考えを口にした。ならばここは黙っている二人にも聞いて然るべきだろう。


「お前達はどうなんだ? 殺せるか? エルフを」


「……ボクは、やれるよ」


 先にそう宣言したグラッドは、その細目でも伝わって来るような強い意志を感じさせる視線を私に向ける。


「ぶっちゃけさー。ボクの出って治安良くないからさ。そういった物騒な事にはちょっと慣れてるんだ」


「ふむ。殺した事がある、と?」


「ああいや、そこまでじゃないけど……。ただ多分、いざとなったら殺れる。それくらいの気概はあるって話」


「成る程……」


「お、俺は……」


 最後にディズレーが少し迷いながら絞り出すように自分の意見を口にする。


「や、やるしかねぇってんなら、俺はやる。それで自分が死んでちゃ意味ねぇからな……。ただいきなり出来るかは……分からねぇ」


「そうか。理解した」


 ふむ。グラッド以外は消極的だな。やはり育ちで多少なりとも差は生じるものか……。


 さてならば──


「い、言っとくけどっ!!」


 私が今後について考えようとした時、ヘリアーテがダイニングテーブルを叩きながら私に向かって叫び、私はまだ何かあるのかと視線を彼女に向ける。


「なんだ?」


「なんだじゃないわよっ! 話進んでるけど、私達アンタの部下になるだなんて一言も言ってないからねっ!?」


「……いや、お前達は私の部下に成らざるを得ないよ」


「な、何を根拠にそんな事を……」


「簡単な事だ」


 私は空になったカップに追加のコーヒーを注ぎ、立つ香りを楽しみながら続きを話す。


「私の部下になるのであれば、お前達は戦争で死ぬ事は無い。という事だよ」


「……はぁ?」


 今日何度目だと思うほどに困惑したヘリアーテは、私が答えを出す前に流石に何か察したようなリアクションをする。


「つまり……アンタが私達を守ってくれる……って事?」


「惜しいな。少し違う」


 守るは守るが、私が守るわけではない。なんせ私は前線での戦いで忙しいからな。流石にエルフが奇襲して来るであろう陣形の真反対にまで助けに行くのは難しい。


 そう守るのは──


「守るのはお前達自身だ。私はお前達が戦争で死なないようその技術や知識、そして精神を鍛え上げ、立派な兵士にしてやる」


「き、鍛える? 私達を?」


「学院ののんびりした授業で今から強くなれると思うか?」


「……確かに確かに。厳しいかもねー」


 兵士として採用したのだ。学院側も昔のような方針で授業を行い、生徒達を鍛える方向性にシフトするかもしれない。


 だがそれでは遅いのだ。


「エルフなどものともしないように鍛え、命の危機を自分達で十分に防衛出来るように私が手ずから教育する。そうする事でお前達の生存率は上がり、単純に死ににくくなる。だろう?」


「い、いや……、理屈は分かるけどよぉ……」


「お前達はこの国に居る限り必ず戦争には参加させられるんだ。なら少しでも生き残る確率が高い方に身を寄せるのは間違いでは無いだろう?」


「……報酬は?」


 三人が唸る中、グラッドが乗り気になったようでそんな質問を投げ掛けて来る。


「アンタが上司になるんならさ。当然報酬は出るんだよね? あ、給料の方が分かり易いかな?」


「あ、アンタそんな簡単に……」


 軽い調子のグラッドに訝しんだ目を向けたヘリアーテ。しかしそんな視線を向けられた当人は不思議そうな表情で視線を返した。


「何を迷ってんの? 生き残る確率高い方に着くのは当然でしょー? おまけに強くまでしてくれるんだ、贅沢な話しじゃないか」


「で、でも代わりにコイツは私達に奇襲して来るエルフを相手しろって言ってんのよっ!? どんな相手かも分からないような──」


「そこは心配するな」


 私はヘリアーテの会話を遮り、彼女の懸念を一つ潰す。


「未知の相手と戦わせたりはせん。私が奴等の情報を盗み、あらかじめお前達に伝えておこう。これならば十分相手が出来る」


「ほらね? これでまた一つ生存率が上がった」


「むぅぅ……」


「で? 報酬は出るの?」


 おっと、その話だったな。


「勿論、私が用意出来るものを働きに見合った分キッチリ払う。金でも武器でもな」


「ならボクはアンタ──いや、ボスに付いて行くよ」


 ボス、と来たか。少々懐かしい響きだが、まあ何でも構わん。しかしこれで一人完了だ。後は──


「……報酬、ってのはよう」


 次にディズレーが真剣な眼差しをたたえて質問を投げて来た。


「アンタにお願い、ってのは無理か?」


 願い? また曖昧な……。だがまあ──


「内容によるな。私に解決出来る事なら手を貸してやる」


「内容は……まだ言えねぇ。だが本当に叶えてくれんなら、俺もアンタの部下になったっていい」


 戦争が終結し、我が家に本来の権力が戻れば私も多少融通の利く動きが出来るようになる。その範囲内で片付く話ならそれで構わないし、その範囲外──裏に手を回さねばならないなら私が秘密裏に解決するのもやぶさかじゃない。


 ……まあ、私の気持ち次第だがな。


「そうか。ならば必ず尽力すると約束しよう。それが解決出来る云々は置いておいて、私がそれに全力を注いでやる」


「分かった。それなら今日から俺もアンタの部下だ。せいぜいこき使ってくれや」


「ああ。私は人使いが荒いからな。覚悟していなさい」


 ふう。これで二人。後はヘリアーテとロセッティだが……。


 視線を二人に移してみれば、まだ何かが引っ掛かって煮え切らない様子。


 ここまで条件を出して答えが出せないという事は、彼女達に何かあるのか?


 私に従えない理由……。


 ……そう言えば。


「君等二人共貴族だろう? 素直に頷けないのはそれが理由か?」


「……私は名門ヘイヤ家の息女であり、栄えある〝テニエル〟を戴く貴族なのよ? そんな私が素直に他人の下に与するわけには……」


「わたしはそこまでじゃないですけど、家にその事が知れれば確実にお叱りを受けます……。現当主であるお爺ちゃん、かなりプライド高いですから……」


 やはりか……。


 自分の命より家柄や叱責が怖いとはな……。理解出来ん事もないが、優先順位など明らかだろうに……。


「ところでアンタの家、爵位あるの? 見た所かなり裕福そうだし、マナーとか諸々しっかりしてるから貴族っぽいけど……」


 ……これは、いっそのこと言ってしまうか。


「少し複雑な事情が絡んでいるからこちらも他言無用で願いたいんだが……」


「またなんか暴露すんの? 頭パンクしそうなんだけど……」


「まあ聞け。……公に公表はされていないが、我が家キャッツ家は本来「辺境伯」の爵位を戴く家だ」


「辺境伯ぅっ!?」


 これに一番に反応したのはヘリアーテ。


 彼女は体を震わせながら顔を次第に青く染めていき、覚束ない足取りでダイニングテーブルから離れると、そのまま床に膝を着き始める。


「……何してる?」


「え、いいえその……っ! ……わ、我が家は伯爵家、なので……つまりは貴方様より下、という事なので……。今までの非礼を、お、お詫びしようと……」


 先程までの高圧的な振る舞いから一転しへりくだりにへりくだった彼女は、そのままの勢いで床に額を擦り付けようとした。


「止めなさいっ」


「は、はいっ!!」


「何なんだ気味の悪い……。言っておくが私は今は権力なんかを使ってお前達を動かすつもりは無いぞ? ちゃんと自分の頭で考えて結論を出しなさい」


「で、ですが……」


「その露骨な態度もだ。やり辛いから元に戻しなさい。命令だ」


「は、は──わ、分かったわ……」


 漸く立ち上がったヘリアーテは、一つ小さな咳払いをすると──


「で、でもアレじゃない? 結局爵位って秘密のままにするんでしょ? なら貴族である私達が表向きただの領主の息子に従うのって違和感ありまくりじゃない?」


 ふむ。混乱していた割には頭の回転が早いな。色々と期待されてくれそうじゃないか。


 と、彼女の疑問の答えは……。


「私は近い将来──具体的にはエルフ族との戦争に勝利した暁に爵位の公表の許しを得るつもりでいる」


「え。マジで?」


「ああ。私と姉さんで武勲を上げ、キャッツ家を復興させる。そうすれば辺境伯家の部下として違和感無かろう?」


「そ、それはそうだけど……。その間は?」


「すまないがお前達で上手い具合に誤魔化してくれ。必要とあれば私の功績や人脈の話を持ち出しても構わん」


「そ、そんな……丸投げじゃないっ!?」


「本当に短い間だけだ。それに今の内に私の部下になっておけば、色々と恩恵もあるぞ?」


「……恩恵?」


 お。食い付いたか。流石は貴族家の娘だな。


「予定ではあるが、私は戦争で必ず功績や武勲を上げる。それこそキャッツ家が復興して余りある程のな」


「ず、随分と尊大ね……」


「それだけの力が今の私にはあり、そしてそれ以上の力を今後身に付ける。これは私自身を客観的に見て判断した結論だ」


「……ふーん」


「で、そんな私の部下として戦勝に貢献したとあれば、それこそお前達にも相応の評価と褒賞が与えられるだろう。例えば……〝テニエル〟を名乗る信憑性、とかな?」


「──っ!?」


「まあ、物的な褒賞でも構わないだろうが、お前はどちらかと言えばそっちだろう? 欲しいのは?」


「…………」


「後は、分かるな?」


 そう私が促すと、もう既に結論が出ているにも関わらず勿体ぶった素振りで悩むフリをし、悩む抜いたとばかりに顔を上げ、ヘリアーテは高らかに言い放つ。


「し、仕方ないわね。付き合ってあげるから部下にでも何でも好きにしなさいよっ!」


「……ああ、宜しく頼む」


 ……はあ、疲れるな、まったく。


 さて、次は──


「うぅ。辺境伯……わたしの家侯爵だからまた絶妙に足りない……」


 ……ああもう、面倒臭いな。


「ロセッティ」


「は、はいっ!!」


「私も忙しい身なんだよ。色々と。この後の予定も沢山ある。煮え切らない君をいつまでも待つわけにはいかない」


「え? え?」


「いいか?簡単に二択選択肢をやる」


 私は立ち上がりロセッティの元まで歩み寄ると、彼女の首根っこを引っ掴んで持ち上げてから至近距離で彼女を睨み付ける。


「さあ選べ。私の部下となり戦争を生き残るか、私を拒み無様に戦場で死ぬか」


「ひぃ……」


「答えねばこのまま部屋を追い出す。五秒やるから答えなさい」


「ま、待──」


「五……四……」


「あ、ちょっ……」


 カウントダウンを始めた事に焦ったロセッティは、咄嗟にヘリアーテに視線を向ける。


 その目は縋るようなものだったが、ヘリアーテはそれを受けて首を横に振った。


 それを見たロセッティは頼るものが無いと悟り、そして──


「わ、分かりましたっ!!」


「ほう、分かった? 何をだ? 自分でしっかり口にしなさい」


「……あ、アナタの」


「うん。私の?」


「アナタのお姉さんに一度で良いから会わせて下さいっ!!」


 ……ん?


「私の、姉さんに?」


 これはまた、何故ここで姉さんなんだ?


「そうですっ!! ガーベラ様にお会いして、会話して、握手してサイン貰いたいんですっ!! そうすれば私は……アナタの部下になります……」


 ……これはまた俗物な。まあ、私が頼めば姉さんは断らないだろうが──


「わ、私もッ!!」


 私達の会話を聞いていたヘリアーテは慌てたように私とロセッティの間に入って来ると、必死の形相で訴え掛けてくる。


「私もガーベラ様に会いたいっ!! 会話したいっ!!」


「……良いのか? それで」


「「はいっ!!」」


「言質は取ったぞ? 取り消せんぞ?」


「か、構いません……っ」


「十分よっ!!」


「……ならよし」


 よく分からんが急に話が付いたな。これも姉さんのお陰か? 後程礼をせねばな。


 私はロセッティを椅子に戻し、元の席に座り直すと空気を変える為に一拍手を叩いて自分に注目させる。


「話は纏まった。今日今この時からお前達は私の部下だ。明日から戦争に向けて鍛えてやるからそのつもりでいなさい」


 四人はそれぞれに頷いて返事をし、私もそれを確認してから頷き返す。


 よし。ひとまずはこれで終わりだ。今の時間は──


 懐の懐中時計を取り出して時間を見てみれば、時刻は既に午後三時を回っていた。思っていたより時間が経っており、これから潜入エルフの尋問に向かえば帰る頃には夕方になっているだろう。


 このままのんびりしていてはロリーナの稽古が押してしまうな……。


「今日はこれにて解散だ。四人はまた明日にさっきの訓練場に集まりなさい。いいな?」


 そう宣言し四人が了解の返事をすると、それぞれ立ち上がって部屋から出て行こうとする。


 と、その前に──


「改めて言っておくが」


 その言葉に足を止めた四人に、私はわざとらしく笑ってから続ける。


「今日話した事は一切合切他言無用だ。もし漏らした場合は直ぐに私に分かるように監視させているからそのつもりでいろ」


 ムスカによる監視を付けるからな。逃れる術は無い。


「……もし、漏らしちゃったら?」


 冷や汗を流すヘリアーテに、一層笑って返す。


「もし漏らしたのなら──」


 私は間断あわいだちを取り出し四本に分身させ彼等に向かって投擲する。


 投擲された間断は彼等の顔面をギリギリに通り過ぎ、切先はそのまま壁に深々と突き刺さる。


「この短剣がどこからともなく飛んで来てお前達の頭蓋に穴が空く。ああ、安心しなさい。苦しめないよう一発で仕留めるし、エルフの仕業にして私は無実になるからね」


「「「「…………」」」」


「……分かったかい?」


「「「「は、はいっ!!」」」」


「いい返事だ。さあ、今日はもう休みなさい。私の可愛い可愛い部下達」






 四人が部屋を退出した後、ロリーナとアーリシアが皿洗いを買って出てくれた。


 私が戦争の前線に出る事や、本当は辺境伯である事など色々と私に聞きたいだろうに……。私に気を遣ってくれているんだろう。その辺は時間がある時にじっくり話すつもりだ。


 ……と、それから。


「師匠、そう言えば何をしに来られたんですか?」


「む? ワシはただあの子等がオヌシに何かしないか心配で来ただけじゃが?」


 また適当な事を……。


 師匠ほど忙しい人がわざわざ心配だからといって時間を作ったりしないだろうに……。


「本当は何かあるんですよね? それも時間つくってまでの用事が」


「……何、そんな大した事じゃないわい。ワシはただそれを理由に息抜きにこうして業務をサボっとるだけじゃよ」


「元勇者が呆れますね……。それで? 用事とは?」


「単なる言伝じゃ。伝えたらまた業務に戻らんといかんから、もう少しこのまま──」


「師匠」


「……はあ。……オヌシ、呼ばれたぞ」


 ……呼ばれた?


「何に、ですか」


「……珠玉御前会議。この国の中枢である珠玉七貴族当主全員と国王陛下が執り行う最高意思決定会議に、呼び出されたんじゃよ、オヌシ」


 ……まったく、忙しない……。 

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