第八章:第二次人森戦争・前編-31

 


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 それは数時間前の事。


「ムリッ!! ムリムリムリムリムリムリムリムリッッ!!」


 アールヴ森精皇国軍軍団長達による王都セルブ奇襲作戦が開始され、クラウンの部下達によって各々が罠にハマり迎撃されていた時に遡る。


「うるっせぇなぁッ!! 無理じゃねぇ、やるしかねんだよやるしかッ!!」


 グラッド&ムスカ、ヘリアーテ&シセラが順調に軍団長を倒し迎撃に成功していていく中、第四軍団長を任されたディズレーとユウナは今──


「ムリなものはムリッ!! 私戦闘とかホント向いて無いんだってばぁぁぁぁッ!!」


「ボスに鍛えられたんだから問題ねぇって、ってかいつまで逃げてりゃ良いんだよッ!?」


 二人は今、〝光線〟からひたすらに逃げていた。


「そもそも私ッ!! クラウンさんに〝ハイ〟って返事してないからねッ!? なんか言葉巧みに話逸らされはぐらかされていつの間にか訓練されての今だからねッ!? ムリだってんなのぉぉッ!!」


 巨大倉庫内には無数の光球が浮遊し、その光球を起点に光線が屈折。


 一度避けた光線がそれら光球を介して広い倉庫内を駆け巡り、再び背後に迫って来るという終わりの見えない攻撃によりディズレーとユウナは四苦八苦していた。


「あ゛あ゛ぁぁもうウルセェなぁッ!! ぐちぐち言ってる暇あんなら二人でさっさとあのチビ叩くぞッ!!」


 ディズレーの言う〝あのチビ〟。


 それはこの巨大倉庫に転移して来たアールヴ森精皇国軍所属であり、第四軍団長と魔力開発局・魔導書研究部門部門長を兼任する才英、オルウェ・アンクイン・モリクウェンディの事である。


 全身を緑と黒を基調とした外套コートで隙間無く包み、手元には光り輝く一冊の分厚い本。そしてオルウェの周囲には、手に持つ本とはまた別の分厚い本が三冊、謎の権能により宙に浮遊し、それぞれが別の色に発光していた。


「『……うーん』」


 圧倒的に有利な現状。


 しかし追い込んでいる筈のオルウェ自身は何か腑に落ちないような複雑な表情をしており、思わず小さな唸り声を上げた。


「『僕の光線、なんでこんなに当たらないんだ?』」


 オルウェがこの戦争にいて持ち込んだメインウェポン。それは彼のもう一つの役職にも関連している「魔導書」。


 と言ってもオルウェの手元にあるモノを含め、彼の周囲に浮遊する三冊の本は全て〝本物の魔導書〟ではない。


 彼が就く「魔導書研究部門」内によってアールヴに唯一存在する本物の魔導書が研究され、その長年の知識と実績により近年生み出されたのが仮称「新約魔導書」である。


 この世界に数冊しか存在せず、唯一無二の権能が宿っているとされる魔導書。


 そうした何時いつ、誰がどうやって創り出したか判明していない遺物と化した書物を、専門家界隈では俗称として「旧約魔導書」と名付けた。


 それら旧約魔導書は所持する者に多大な恩恵をもたらすとされ、世界中の魔術士が求めて止まないある種の聖遺物。


 しかしその反面「旧約魔導書」は持ち主を選ぶとも言われており、例え手にした──出来たとしても持ち主にそれを扱う実力と精神力が無ければ宝の持ち腐れ……最悪〝呪われる〟などという眉唾な話が正式な記録として残っていたりする。


 故にそんな魔導書をもっと簡易的に、そして汎用的に開発し、世間に普及させる目的で発明されたのが、オルウェが所持する四冊の書物。俗称を「新約魔導書」。


 そんな新約魔導書の開発研究の中でも、オルウェが部門長を務めるアールヴ森精皇国「魔導書研究部門」は旧約魔導書を元に研究している事から世界屈指の水準を誇っており、今彼の手元にはその新約魔導書が四冊存在するのだ。


(この新約魔導書「自然学芸リベラル・アーツ下巻」には、使用者の自然七科の内の四科に関する能力を引き上げてくれるエクストラスキル《四科クワドリウィウム》が宿っている……)


 新約魔導書には当然、旧約魔導書程の性能や能力は無い。


 旧約魔導書を解析し、スキルアイテムを製作する要領でスキルを抽象。魔物製の素材を使用した写本に封印し完成するのだが、その際に封印出来るスキルはあくまでも一つまでが限界。


 それ以上となるとどうしても写本の耐久力が持たず、旧約魔導書のような超越した代物にはなり得なかった。


 エクストラスキル《四科クワドリウィウム》を封印せしめた「自然学芸リベラル・アーツ下巻」はオルウェが開発した新約魔導書の中でも屈指の権能を発揮し、それを行使するオルウェも当然強者と言える。


 が、しかしだ。


(「自然学芸リベラル・アーツ下巻」とハーフエルフである僕の能力と合わせれば、《屈折魔法》による魔術は必中に等しい精度になる筈……。なのに、何故当たらない?)


 オルウェが倉庫に転移して来てから既に一時間弱。殆ど絶やす事無く《屈折魔法》による光線で攻撃し続けているにも関わらず、その燐光りんこうすら二人に掠りもしていないのだ。


 《屈折魔法》は《風魔法》と《光魔法》による複合魔法。であり、その特性は〝曲げる〟。


 あらゆる〝波〟の進行方向を魔力によって捻じ曲げ任意の方向へと導く事を可能とし、光の収束や停滞、そして速度の加速を促進させる。


 加えてオルウェの《屈折魔法》は自然学芸リベラル・アーツ下巻に宿るエクストラスキル《四科クワドリウィウム》の演算強化能力によりかなりの練度に最適化されており、その恩恵により複雑な軌道でもって複数の光線を無駄なく操作する事が出来るようになっていた。


 その脅威から逃れる術は決して多くはなく、まだまだ戦闘経験の浅く、下手な兵士より軟弱なユウナにそれを避け続ける技術は持ち合わせていなかった。


 いない、筈なのだ。


「『……というか』」


「あ痛っ!?」


 彼の視線の先。必死に逃げ回るユウナの背後に迫っていた光線は、そんな間の抜けた声と共に床の僅かな段差につまずく事で彼女に当たる直前で通り過ぎる。


 更に別の光線が床に倒れるユウナに迫るが、別の光線によってバランスを崩した倉庫内の障害物が倒れる事で導線が阻まれ、彼女を守る。


 更に更に別の光線が持ち直そうとしたユウナの死角から真っ直ぐ迫るが、それを並走していたディズレーの持つ斧によって跳ね返され、結局外れてしまう。


「『……運、良過ぎない?』」


 オルウェが戸惑うのも無理はない。


 何故ならユウナには神に愛されていると形容しても憚らない豪運を発揮し、あらゆる幸運系スキルを束ねるユニークスキル《瑞神の寵愛フォルトゥーナ》を宿している。


 更に彼女の腰のブックホルダーには本物の旧約魔導書である「賢者の極みピカトリクス」がぶら下がり、内包されているスキルによる相乗効果でいっそうの幸運が約束されていた。


 それ故にユウナ自身は特に何もせずとも、外敵からの攻撃は折り重なった〝偶然〟によって阻まれてしまう……。理不尽極まりない能力と言えるだろう。


 舐めて掛かっていた関係で二人に《解析鑑定》を未だ使用しておらずスキル構成等を把握していなかったオルウェは、最早違和感を通り越して不気味さすら感じる幸運振りに漸く重い腰を上げる。


(まずは兎に角、《解析鑑定》が使える距離にまで近づかなきゃな。光線で追いかけ回したせいで結構離れちゃったし……)


 そうしてオルウェは心の中で簡単な方針を決めると、手元にある新約魔導書──自然学芸リベラル・アーツ下巻を閉じてから宙へ放る。


 すると自然学芸リベラル・アーツ下巻は淡い光を放ちながら他に浮遊している魔導書達と一緒に浮遊を始め、今度は代わりとばかりに別の魔導書を手に取った。


 それは先程使っていた新約魔導書「自然学芸リベラル・アーツ下巻」の前編に当たる魔導書「自然学芸リベラル・アーツ上巻」。


 エクストラスキル《三学トリウィウム》を宿した新約魔導書であり、自然学芸リベラル・アーツ下巻が主に「演算」を強化する新約魔導書であるならば、自然学芸リベラル・アーツ上巻は「言葉」を強化する新約魔導書……つまりは──


「『跳ね返せ光……。は光速足ら締める眩い波紋を冠し、彼我のあわいを削らん……「波動の速方ホイヘンス・スネルヘイド」』っ!!」


 オルウェは小さく詠唱しながら前傾姿勢に身体を移し、彼の足底から激しい光が生じ始めるとまるで風船が破裂するように爆発。


 オルウェはそれを利用しその場から文字通りの意味で光速で倉庫内を跳ね飛び、宙に浮かぶ幾つもの光球を足場のようにして屈折しながら逃げ回っていたディズレーとユウナの元へ一瞬で接近する。


「な゛っ!? いつの間にっ!?」


 唐突に距離を詰めて来たオルウェに対し素直に驚くリアクションを放ったディズレーであったが、オルウェはそんな彼の事など気にも止めずにユウナに注視した。


(見た目は僕や姉さんよりも露骨なハーフエルフ……。でも僕達みたいな才能は感じないし、何より敵意を感じない……。ただの運頼りの腰巾着──ん? アレは……まさかッ!?)


 その余りの外見的戦闘力の乏しさから過小評価を下そうとしたオルウェであったが、彼女の腰付近にまで目を滑らせた際、長年魔導書と向き合って来た彼の目に信じられないものが飛び込んだ。


(魔導書……それも新約じゃない旧約魔導書ッ!? なんで……なんであんな何でもない女ハーフエルフ風情が持っているんだっ!?)


 ユウナの腰にぶら下がる賢者の極みピカトリクス……。それは彼の所属する魔導書研究部門にすらたった一冊しか存在しないような正真正銘本物の旧約魔導書であり、一学生でしかないユウナが気軽に持ち歩いて良いものでは決して無い。


 であるにも関わらずそんな本物の旧約魔導書をこんな戦場で無防備にもぶら下げている彼女の神経に、オルウェは激しい怒りを覚えた。


「『……寄越せ』」


「『え、え?』」


「『その魔導書はお前みたいな馬鹿が持っていて良いモノじゃない……。つべこべ言わずに僕に寄越せ』」


「『っ!!』」


 今のオルウェの言葉には、ある種の力が宿っている。


 自然学芸リベラル・アーツ上巻に宿る《三学トリウィウム》は本来、使用者の放つ〝言葉・言語〟に魔力を宿させ、魔術の詠唱の際に必要な「言語の意味による再現性の強化」に補正を掛ける権能を持つ。


 しかし魔導書研究の第一人者であるオルウェの自然学芸リベラル・アーツに対する造詣は深く、《三学トリウィウム》の権能も十全に理解していた。


 故に彼が使う《三学トリウィウム》は既に魔術の詠唱に留まらず、普段の言語を用いた会話、対話にもその力を発揮する事が可能。


 即ち今自然学芸リベラル・アーツ上巻を手にしているオルウェの言葉には、ある種の単純な〝言霊〟が発動しているのだ。


「『あ、アナタ何言って──って、えっ!?』」


 彼の言葉を聞いたユウナは最初こそ当然のように賢者の極みピカトリクスを庇おうとした。


 だがまともに聞き入ってしまった彼女は自身の身体が言う事を聞かない事に気が付き、その〝言霊〟の力により意識に関係なく庇おうとしていた筈の賢者の極みピカトリクスのブックホルダーに手を掛けてしまう。


「『ま、待って、なん、でっ!!』」


 必死に抗うユウナであったが、何が原因で身体が勝手に動いているのか理解出来ていない以上どうする事も叶わない。


 彼女の手は自身の抵抗虚しくホルダーから賢者の極みピカトリクスを取り出し、それをおもむろに手を差し伸べるオルウェに受け渡──


「おいっ!! 何やってだユウナっ!?」


 二人のハーフエルフの間に割って入ったのは、この場で唯一の人族という珍しい立場にあるディズレー。


 彼は最初こそ光速で移動して来たオルウェに対し最大限の警戒心を払っていたものの、何やら戦闘というより対話が始まったのを見て趨勢すうせいを見守っていた。


 見た目や言動の割に博愛的な思考を持つディズレーはそれで戦わずに済むならば、とあわよくば考えていたのだが、何やら不穏な行動を取り始めたユウナを見て意識をすぐさま切り替え妨害する事にしたのだ。


「バカお前、なんで魔導書渡そうとしてんだよっ!?」


「ち、違うのっ!! 身体が勝手に……言う事聞かないのよっ!! ……ってアレ? 止まった……」


「は、はぁ? なんだそれ……。って、まさかコイツがなんかしたのか?」


 そう言ってオルウェに振り返ったディズレーは、その強面な顔で彼を睨み、改めて手に持つ斧を構え直した。


「オメェ。何しやがった……」


「『……邪魔、しないでくれない?』」


「あ?」


「『魔導書が……旧約魔導書が今僕の目の前にある……。まだたったの一冊しかお目に掛かれなかった貴重で希少な旧約魔導書がっ!!』」


「あ、あぁ?」


「『それをこんな……。こんな何の取り柄も無さそうなハーフエルフのガキが無造作にぶら下げてる、だと? ふざけるなよバカが』」


「う、うぅん」


「『それは僕の様な〝理解ある〟者が持っていてこそ万全に活かせるんだ……。無能が軽々しく持ってて良いもんじゃないんだよっ!!』」


 オルウェにとって、今回の戦争は本当に無価値なモノだった。


 幼き頃から生に価値を見出す事が出来ず、己の境遇にも仕打ちにも関心が持てず、ただただ実姉の反骨心に巻き込まれるままに生きていた。


 そんな彼を刺激し、生きる気力を与えたのが姉同様アヴァリの存在だったのだ。


 しかし姉とは違い、オルウェが彼女に魅入られたのはその偉大なまでの〝才能〟であった。


 アヴァリの自身にもある意味似た来歴、ハーフエルフという姉に秘密にしていた自身の生い立ち、そして姉に隠れて自分達に嫌がらせをして来ていた奴等に報復して身に付いた魔術の技術……。


 この頃から既に自身に眠る才能を自覚していたオルウェにとって、アヴァリという明確な目標は彼の目に道筋を照らし出し、自分の才能の限界を知る為に生きる事を指針にしたのだ。


 そして己が才能を伸ばし、それと同時に人智の及ばぬ遺物として魔性の魅力を放つ魔導書という存在と出会った事でその分野に没頭。


 そのまま魔導書研究部門の部門長に上り詰めながら知らぬ間に姉の手によって軍団長に据え置かれ、以後は養子入りした家柄と立場を利用しただひたすらに自分の才能を魔導書を介して伸ばす事に執心していた。


 その為彼は戦争などに興味は無く。勝とうが負けようが自分が生き残り魔導書の研究と自身の才能を伸ばす事さえ出来ればどうでも良いと考えていたのだ。


 しかし、そんなただ役目だからと仕方なしに請け負った奇襲作戦で、オルウェは思わぬ出会いを果たした。


 それこそが新たな旧約魔導書「賢者の極みピカトリクス」の存在である。


(あの旧約魔導書があれば、僕は今以上に才能を伸ばせる……。更なる高みを目指せる……。そして僕は……僕は……)


 オルウェは自然学芸リベラル・アーツ上巻をめくり魔力を流し込み《三学トリウィウム》を意識しながら発動。


 更に先程の《屈折魔法》とはまた別の魔法の魔術の詠唱を口にする。


「『滲め言葉、蝕め感情。根差す意識を縁から食い破り、我が怨嗟の望むままに四肢を振え──』」


 自身の言葉に更に《三学トリウィウム》による強力な魔力を乗せ、目の前に立ち塞がるディズレーに魔術を放つ。


「『そこを退け無能。そして隅っこで自害でもしていろ……「自尽令呪シニタマフコトアレ」……』」


 それは正しく呪いの言葉。


 彼が扱うもう一つの魔法……その名を《呪怨魔法》。


 《風魔法》と《闇魔法》の複合魔法であり、その特性は〝呪う〟。


 他者に投げ掛ける言葉に怨嗟や憎悪等の強烈な感情を再現した魔力を乗せ、その意味を理解してしまった対象の意識や精神に様々な悪影響を及ぼす事が出来る。


 直接的な外傷こそ与えるのは難しいものの、影響を与えた相手に精神的なダメージを負わせ、間接的な手段で敵を制圧する見方によっては悪質な魔法と言える。


 そんな言葉を武器と化す《呪怨魔法》だが扱いはかなり難しく、やり方を間違えてしまうとすぐさまコントロールを失い、敵味方のみならず自らにも危険が及ぶ可能性があった。


 その為使用者自体の人口は然程多くは無く、またその道に進む魔術士は他の魔術士から差別される事もままあり、蔑称として「呪術士」などと揶揄される事がある。


 しかしオルウェの才能と自然学芸リベラル・アーツ上巻の《三学トリウィウム》の権能によりそのリスクは限りなく抑えられ、強化され、立派な殺傷力と支配力を発揮。


 それをまともに聞き入ってしまえば脆弱な精神の持ち主ならばアッサリとその影響を受け、強者であろうと無傷では済まないだろう。


 そしてそんなオルウェの《呪怨魔法》に晒されてしまったディズレーは──


「……な、なぁユウナ。悪ぃんだけどコイツがなんて言ったか訳してくれよ。俺まだ全然エルフ語わかんねぇんだよ……」

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