第七章:暗中飛躍-22

 


「……ん?」


 私の説明を聞き、皆揃って首を傾げる。


 一応分かり易く簡潔にまとめたつもりなんだがな。まったく、是非も無い。


「つまりはですね。あらかじめこの短剣の座標を記憶していれば、例え短剣が何処にあろうがその短剣がある場所へ《空間魔法》で転移する事が可能なわけですよ」


「なっ!?」


「因みにこの短剣。私が今手にしている物以外にも複数存在します。それがどういう事か……もうお解りですね?」


 そこまで説明して漸く、貴族達の理解が追い付き再び動揺でざわつき始める。


 無理もない。何故ならこの短剣を所定の場所に紛れ込ませておけば何処からだって転移出来、自由に奇襲が掛けられのだからな。


 私も最初はハーティーが何故こんなものを持っていたのか判らなかったが、ポイントニウムの特性と潜入エルフ共が何本か持っていた事で気が付いた。


 奴等はティリーザラへ潜入して経済や政治を引っ掻き回し、国内の情報を流出させていただけでなく、いつか必ず来る戦争に際し、奇襲を敢行するべく背後への抜け道を作っていたのだ。


 実に周到。脱帽だ。正直なところ感心すらしている。


 もしもあの時ハーティーが自棄を起こさず短剣の存在を知らないままであったら手遅れになる所だった。今度奴の牢へ行って労いの言葉を贈ってやろう。


「ま、待てクラウン殿っ! その奇襲は相手側に《空間魔法》を扱える者が必要であろう?」


「そうだっ! 《空間魔法》といえば才ある物でも十数年の修練が必要となる難関中の難関……。そう易々と集められるものか?」


「ましてや奇襲ともなれば小規模であろうと軍が必要。《空間魔法》の転移人数は増えれば増えるほどに魔力の消費や魔力操作能力を要求される……現実的ではないぞっ!!」


 ほう。流石は魔法先進国の上級貴族様方。《空間魔法》の知識もそれなりには会得している様子。


 だがそんな知識、向こうだって承知済みであるし、対策済みだ。


「実はそう楽観視も出来ないのですよ」


「なに?」


「これは確かな情報なのですが、どうやらアールヴでは、《空間魔法》による転移を使った交通網が存在するらしいのです」


「《空間魔法》の交通網、だと?」


「そこは私がご説明致しましょう」


 挙手をしながらそう口にしたのは珠玉七貴族〝琥珀〟担当、アンブロイド伯。今現在、アールヴについての情報を私の次に握っている人だ。


「彼等が住まうクイヴィエーネン大森林は大陸規模で広大な森林です。森林での生活に適応したエルフでさえ、移動には苦労していると部下から報告が上がっています。森林という密な地域ではそんな広大な地域の移動手段も限られる……。故に女皇帝ユーリは《空間魔法》での主要地域への交通網を確立しているのです」


「そのような事が……。だがどうやってそれだけの術者を揃える事が出来たんだ?」


「それはまだ……。しかし確かに存在しているのは事実です」


 大臣達を掌握していた際に私も一応その交通網を調べ上げた。


 どうやらロートルース大沼地帯でも使われていた使い捨てのダークエルフを使っているらしく、既に中々の数の《空間魔法》使いが存在している。奇襲を仕掛けるのには充分だろう。


「そ、それでは……本当に……」


「で、ではその短剣を全て回収しなければ我が国は背後を突かれてしまうではないかっ!!」


「現状は一体どうなっているんだっ!?」


 混乱が渦巻き、切迫したように口々に短剣について私に質問責めをしてくる貴族達。


 取り敢えずは一つ一つ、答えを出していこう。


「現状、この短剣と同一の物を既に三十本程回収済みです」


「おおっ! ならば──」


「ですが正直な話、全てを回収出来たかどうか……判別出来ないでいます」


「なんだとっ!?」


「それはどういう事だっ!? 潜入エルフ共は全員捕縛済みなのだろうっ!? ならば尋問なり拷問なりして──」


「既に済んでおる」


 そこで再びモンドベルク公が口を開く。彼の重々しい言葉に、混乱していた貴族達が一斉にモンドベルク公に注視した。


「尋問も拷問も脅迫も、既にやり尽くした。だがそれでも短剣の絶対数は判らんのだ」


「な、何故です? 奴等はそこまでの精神力を有していたのですか?」


「いやいや、単純な話だ。……知らないのだよ、奴等自身も」


「はい?」


 モンドベルク公の言う通り。奴等はそもそも知らないのだ。


 全部で何本短剣があり、仲間の内誰が短剣を持ち、何処でどうやって短剣を仕込むのかを。


「それどころか内何人かは嘘を吹き込まれたらしくてな。どれだけ拷問し吐かせても、皆言う事がバラバラなのだ」


「そ、それは……」


「秘匿性を高める為、だろうな。仕込んでいる本人ですら把握していない事はいくら労力を裂いたところで判明せん。短剣の全回収は、不可能だろう」


 虱潰しらみつぶしも出来なくはないが圧倒的に情報も時間が足りない。


 霊樹トールキンに忍ばせたムスカの分身体を使っても掴めないところを見るに、恐らく短剣に関する情報は元々記録に残していないか忍ばせた時点ではもう抹消されたのだろう。


 こればかりは完全に後手に回った形だ。


「な、ならば奇襲を受けるのは確実……」


「いや、奇襲を受けるのが判っていれば対処も可能じゃあ……」


「しかし人員を割く事になるぞ? 我が国にそれだけの兵の余裕は……」


「それに判明していても明確な場所が分からねば……」


「相手の規模も判らん。下手に人員をケチればただ兵を消費するだけに……」


 ガヤガヤと意見を交換し合う貴族達。


 本気で対策を練ろうとしている所悪いのだが、実はもう対処法は考えてある。


「度々申し訳ありません。よろしいですか?」


 私がまたもや挙手をし注目を集めると、今度は先程の訝しんだ様子とは少し違い、彼等の目に何やら期待するものが見え隠れするのが分かる。


 少しずつだが、私への信用度が上がっているらしい。重畳だな。


「今度はなんだね?」


「いえ。皆様を安心させようと、一つご提案があるのです」


「……提案?」


「はい。どうでしょう? ここは一つ、その短剣からの背後の奇襲を私に一任して頂けないでしょうか?」


「何っ!?」


 あまり現実的でない事を口にしたせいか、貴族達の視線がぶり返すように訝しんだものに変わる。


 まあ、普通はそうなるだろう。モンドベルク公がいくら私の功績を語ろうと、出来る事と出来ない事はいくらでもある。


 私が最前線に就くという話が出たばかりにも関わらず背後の奇襲まで防ぐなどとのたまえば正しい反応だ。だが……。


「言葉が足らず申し訳ありません。正確には私の部下に、お任せ下さいませんか?」


「貴公の、部下?」


「はい。実はこういう事態に備えて何名か優秀な者を部下として迎え、鋭意鍛錬させています。彼等ならば、見事背後からの奇襲も防いでくれるでしょう」


「い、いやしかしだね……。その話を鵜呑みにするのは、流石に……」


「と、言いますと?」


「一つに貴公の部下の実力だ。相手は何十年と己を磨いているエルフ……。それに勝る程の実力者だと、貴公の部下は言えるのかね?」


「その点に関してはご心配なく。この数ヶ月、肉体的、技術的、精神的な面にいて彼等を私の指導の元徹底して鍛えてあります。下手な一個小隊よりは役に立ってくれるでしょう」


「う、うむ」


「ご不満であれば後日演習でも開きましょう。そこで皆様にご納得頂ける実力があると、証明致します」


「わ、解った」


「まだだっ! 先程の話では奴等が何処からどれだけの規模で奇襲を仕掛けて来るか判らないと言っていたではないかっ!? ならば貴公の部下がどれだけ優秀でも意味をなさないのではないか?」


「ああ、それについては実はさほど問題ではないんですよ」


「な……ど、どういう事だっ!?」


「単純な話です。確かに奇襲、と聞くと危機感を覚えますが、奴等が奇襲を仕掛ける為の〝場所〟について、よぉく考えてみて下さい」


「場所、だと……?」


「はい。このポイントニウム製の短剣が何故短剣の形を取っているか、解りますか?」


「……そうか。武器、或いは調度品として紛れ込み易くさせる為か」


「その通りです。という事は?」


「──っ!! その短剣が紛れ込んだ武器や調度品が保管されている場所かっ!!」


「そうです。大量の武器や調度品の中から短剣を探し出すのは困難ですが、保管場所丸ごととなるとある程度目星は付きます」


「成る程……」


「更に言えばです。こちらでその保管場所をそのまま移動させる事が出来れば、奴等の奇襲場所をこちらの都合の良い所へ誘導出来る、という事です」


「おおっ!!」


「いや待て! 保管場所の特定は可能だが、移動は難しいのではないか? エルフとの戦争に控え武器や防具は既に多量に保管されている。かなりの労力を割くぞ?」


「全ての保管場所を移動させなくても良いのです。最低でも四箇所に固めてしまえば対処もやり易くなり、奇襲を迎え討てるでしょう」


「ほう。それで、その固めた四箇所を?」


「はい。私の部下達に見張らせ、出現し次第潰す事が出来るでしょう」


「「「おおおおっ!!」」」


 貴族達が私からの対策案に希望を見出してくれたのか、先程の訝しむ様子は吹き飛び、今は喜色を顕にして賑やかに談議している。


「これならば奇襲もなんとかなるやもしれんっ!」


「奇襲が失敗に終われば奴等の士気も下がるっ!」


「加えて奇襲を討てれば奴等の戦力を減らせ、上手くやれば捕虜として捕らえ奴等の情報を……」


 ふぅ。まあ取り敢えずはこんな所だろう。


 色々と雑なところや粗もあったが、一応現実的な対策が出来ると納得はしてくれた様子。後々冷静になってその粗に気が付くかもしれないが、ここで言質が取れさえすればどうとでもなる。


 念の為で最新のスキル《奸商》を発動させていたのが功を奏した結果かもしれんな。《奸商》の権能範疇に入っていたのかは微妙だが、為せたならば構わんか。


 ふふふまったく。無能がちょろちょろと可愛らしいなぁ。つい踏み潰したくなる。


「えー……。それではまとめさせて頂きます」


 一件落着した隙を見た父上が、先程の話を簡潔にまとめ、採決を取り始める。


「敵国アールヴの軍事展開に対する我が国の対応についての議題。こちらは正面での衝突。並びに短剣を使用した背後からの奇襲を場所を特定した上でクラウンの部下が迎撃する……。そのような方針で異議は御座いませんか?」


 異議が現れないか父上が会議室を見回す。しかし誰一人として挙手をする者はおらず、異議を唱える者は現れなかった。


「御座いませんね? ではこの議題は可決させて頂きます。続きまして──」


 ふむ。取り敢えずは今日私がすべき事は大体済んだ。後は会議後、あの人に約束を取り付ける事さえ済めば完遂だな。


 いやはや本当、どこの世界でも会議は疲れる。







 そして会議後。


 貴族達が会議室を後にする中、珠玉七貴族の面々と、そして私だけが会議室に残る。


「……随分と好き勝手にやってくれたな」


 静寂の中、最初に口を開いたのはエメリーネル公。


 彼は渋い顔をしながら、私を鋭く睥睨へいげいする。


よりかなり過激ではないか。まったく……こっちまで肝が冷える」


「だよねー。クラウン君皆んなの事凄い煽り方するんだもんねー。俺なんか吹き出しそうになっちゃったもんっ!」


 そう付け加えたエメラルダス侯が飄々とした様子でケラケラと笑う。彼にはお気に召したようだな。


「ご心配お掛けしまして申し訳ありません。ですが彼等が余りに平和ボケしていたので、つい……」


「はっはっ! でも彼等には良い薬になったんじゃないかい? あんな軽い調子で会議に臨まれちゃあ決まるもんも決まらないからねぇ」


 コランダーム公がそう豪快に口にすると、隣に座るアゲトランド侯が深い溜め息を吐く。


「それにしたってやり過ぎさね。彼の脅かしに屈さぬ者が現れなければ会議どころではなくなっていたぞ? 気持ちは分かるが、ちゃんと通りにこなしなさい」


「ご忠告、痛み入ります」


「私からもお詫びします。息子が勝手をしてしまい申し訳ない」


 そう父上が頭を下げようとすると、それをモンドベルク公が手をかざして制止させる。


「お前が謝る必要はない。お前の息子は理由無く暴走する愚か者ではないだろう? ならばそこには理由がある……。そうだな?」


 そう言ってモンドベルク公は私に期待の篭った視線を送ってくる。


 ふふふ。流石はモンドベルク公。ちゃんと理解してくれている。


「はい。……皆様、あの貴族達の中に〝コウモリ〟が潜んでいるのは知っていますよね?」


「ああ。確か三人ほど証拠が足らずエルフとの繋がりが確定出来なかった、とモンドベルク公から聞いている」


 アンブロイド伯が簡潔にまとめてた言葉に、その場の全員が共有済みであると頷いてみせる。


「付け加えるならば、アールヴ国内に潜入している私の部下に、そのアールヴ側のコウモリ共の証拠が見付からないかを探させている最中だ。じきに奴等も年貢の納め時だろう」


 あの即座に私に手の平を返した三人はこのままアンブロイド伯に任せてしまって良いだろう。


 だが問題は〝もう一人だ〟。


「ええ。ですが実は一人、かくれんぼの上手い奴が別に居るんですよ」


「……何?」


 アンブロイド伯が思わず声に出し、他の面々も訝しんだ顔をする。


「それはどういう事かなクラウン君? 俺達何も知らないんだけど?」


「まあ落ち着いて下さいエメラルダス侯。今全て説明致します」


 私も、その存在を知ったのはつい最近。


 ヘリアーテ達と共に攻略したアールヴにある南の監視砦。そこでロセッティに聞かされた話から始まる。


 昨今の失業者急増により疲弊していた彼女の両親の元へ、その苦労を労う旨が書かれた手紙と共にティーカップが贈られた。


 両親は喜んでそのティーカップを使って仕事に励もうとしたが、彼女の両親はそのまま毒殺された。


 両親が口にしたティーカップには、毒が仕込まれておりエルフの貴族が掲げる紋章が装飾されていたという。


 加えてその毒殺は他殺ではなく、自殺としてアッサリ処理されてしまっていた。


 これはつまりどういう事か?


「成る程。何故命を狙われたのかは判らないが、つまりはそのティーカップを贈った者──恐らく潜入エルフが彼等を殺害し、それを我が国の貴族の何者かが自殺として捏造した、と?」


「はいエメリーネル公」


「だがそれはあの三人の中の一人ではないのだろう?」


「ええ。私も最初はあの三人の内の誰かだと踏んでいたのですが、毒殺された時期、あの三人にはアリバイがあったんです」


「そうなのか? ゴーシェ」


 エメリーネル公が名前を呼びながらエメラルダス侯の方へと視線を移す。


 するとエメラルダス侯は素っ頓狂な顔をしながらわざとらしく首を傾げた。


「え、なんで俺なの? さっき知らないって言ったじゃん」


「嘘を吐くな。小僧がこんな話を持ち出した以上、お前の所へ行って確認していないワケないだろう。まったく、面倒臭がりおってからに」


「あららバレちゃったか。……しゃーない」


 彼は先程の飄々とした雰囲気を仕舞い、真剣な表情になる。


「確かにそうだよ。元々あのコウモリの三人って動き怪しかったから監視はしてたんだ。だからハッキリ言える。コウモリの三人はその毒殺には関わってない」


「成る程。つまりは……」


「はい。最初の話にはなりますが、あの三人以外にもかくれんぼの上手いコウモリが紛れているんです」


 潜入エルフ狩りの際、証拠を掴ませなかったどころか疑いの目すら掻い潜った四人目のコウモリ。


 まったく、この忙しい時に厄介な案件だ。だが問題は無い。一番のネックだった〝誰が〟上手いコウモリだったのかの判別は完了しているのだからな。


「してクラウンよ。話の流れから察するにその四人目のコウモリを炙り出す為、あのような過激な煽動をした、という事だな?」


「ご明察ですモンドベルク公。先程、きっちり発見致しました」


 奴等のように状況判断能力が優れ、常に優位な方へと移し身をするコウモリは、人一倍周りの状況や空気に敏感だ。


 故に突発的な状況の変化が発生した場合、他の誰よりも過敏に反応し、順応しようとする。それが先の三人のコウモリだ。


 だが更なる上級者は最高の機を逃さない。他のコウモリ達が移り身するのすら見計らい、可能な限り無個性を演じつつ影に紛れて移る。それが四人目のコウモリだ。


 普通ならば見破る事は極めて難しいだろう。


 だがこの会議室という限定された空間で、意識を集中させていれば僅かながら綻びは必ず掴み取れる。そう、私ならば。


 スキルによって強化された視覚、聴覚、嗅覚で瞳孔の動きや仕草、脈拍の音の速さ、発汗した際の臭いから幾らでも情報は読み取れる。


 あの中でたった一人、脅かした私ではなくコウモリ三人の動向をつぶさに観察していた者が居たのだ。


「ほうっ! 流石はジェイドの息子だなっ! 実に素晴らしいじゃないかっ!」


「お褒めに預かり光栄ですコランダーム公」


「それでクラウン。君はその発見したという四人目のコウモリを何とかするつもりなのだろう? どうするのだ?」


「そうですね。丁度良いのでお願いしてしまいましょう」


「む?」


「コランダーム公。ちょっと私の部下と一緒に害獣駆除を手伝っては下さいませんか?」


「……何?」

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