第七章:暗中飛躍-23

 


 第一回「第二次人森戦争」会議から数日後。


 私はロリーナとロセッティを連れ、学院の校門前で待機している。


「あ、あの……ボス?」


「なんだ?」


「ほ、本当に殴り込みに行くんですか? その……ローレル伯爵家のお屋敷に……」


「ああそうだ。奴には諸々の落とし前をつけてやらねばならないからな。戦争が本格化する前に片付けておきたい」


 ローレル伯爵。それは先日の会議にて判明したかくれんぼの上手い第四のコウモリ──つまりは敵国アールヴとの内通者の名前だ。


 そして何よりロセッティの両親の暗殺を意図的に隠蔽した疑いが濃厚な人物の名前でもある。


 いつ再燃するか分からない導火線を放っておくのはかなりの不安要素だ。そいつが能力の高い者ならば尚更。絶好のタイミングで背中から刺される事の無いよう、適切に対処しなければならない。


 それに──


「それに私の可愛い部下である君の両親の暗殺に間接的にだが関与した奴だ。私の身内に危害を加えればどうなるか……骨の髄まで分からせてやらねばなぁ……」


「は、はい……」


「……む?」


 と、そんな何気ない日常会話をしていると、重厚感のあるひずめの音がこちらに向かって来ているのに気が付く。


「クラウンさん。どうやら来たみたいです」


 ロリーナが校門の外を覗き込みながらそう口にすると、丁度そのタイミングで一台の馬車が現れ、私達の前で止まる。


 そして馭者ぎょしゃが馬を大人しくさせ、私に簡単に会釈をして挨拶する。


「お待たせ致しましたクラウン様、それとお連れのお嬢様方。お迎えに上がりました」


「わざわざお迎え頂きありがとうございます」


 礼を伝えると、馭者は馭者台から降り、車の扉前まで来るとゆっくりと扉を開け、深々と頭を下げながら中に居る今回の重要人物を私達に対面させる。


「やあクラウンっ! 少々待たせてしまったかな?」


 快活にそう笑った人物──ルービウネル・コウ・コランダーム公爵が親し気に口火を切る。


「いえいえ。私達も数分前に来たばかりで待つほど待ってはおりませんよ」


「はははっ、謙遜が上手いじゃないかっ! 」


 本来ならば数時間前から準備なりしている場合もあるが、今は数分でも時間が惜しい。


 今回はムスカの分身体と《地獄耳》や感知系スキルを駆使して馬車の位置を簡単にだが特定し、ギリギリまで色々と作業をしていた……とはわざわざ口にはしない。


「まあいい、取り敢えず乗り給え。面倒事はさっさと片付けてしまおう」


「はい。では失礼します」


 そう誘われ、私達は馬車の中へと入っていった。






「しっかし、女性二人を侍らせるとは……中々隅に置けないなぁ君は」


 道中、コランダーム公がニヤニヤと口元を緩めながら私達を見てそう口にする。


 まあ、基本的にロリーナは何か理由が無ければ連れて歩きたいし、私の身内の半分は女性だから必然こうして女性二人に挟まれる状況も珍しくはないんだがな。


「侍らせるという言い方をしないで下さいよ。ロセッティは先日にも話した最近出来た私の部下です」


「は、初めましてコランダーム公爵閣下っ!! おく、遅ればせながらご挨拶させてくださいっ!! わ、わた、わたしはロセッティ・ゲイブリエル・ドロマウスと言いますっ!! ドロマウス侯爵家の息女ですっ!! ほ、本日はよろ、よろしくお願いしますっ!!」


 ガチガチに緊張しながら頭を下げられるだけ下げて自己紹介をするロセッティ。


 最近交友が厚い故に忘れがちになるが、コランダーム公はこのティリーザラ王国で上から数えた方が早い水準の権力者。


 加えてロセッティのドロマウス家はコランダーム家に連なる家柄だからな。緊張して当然だ。


「ああ、よろしく頼む。クラウンから簡潔にだが聞いているぞ。……私の権限チカラが及ばずご両親や君自身にも色々と苦労をさせてしまったな。そこは本当に申し訳ない」


 公爵という立場の人間が、連なる家系とはいえ他者に謝罪を口にする……。


 公的な場ではないとはいえこれが一体何を意味するのか……今回の件への意気込みが理解出来るし、コランダーム公の資質が垣間見える。


「しゃ、謝罪なんてやめて下さいっ!! 結果的にああなってしまっただけで閣下には充分にご助力して頂きましたっ!! 私共はそれだけで満足ですからっ!!」


 ロセッティもロセッティで本当に出来た子だ。本当ならば恨み言の一つや二つぶつけてしまいたくなるだろうに。


 きっとご両親や祖父の教育が良いのだろうな。


「そう言って貰えて助かる。今回の件、私自らが赴きキッチリとケリをつけ、それを私なりのご両親への贖罪とさせてくれ」


「あ、ああ、ありがとうございますっ!! 両親も、きっと浮かばれます……っ」


 涙ぐむロセッティをコランダーム公が肩を叩いて微笑みながら慰める。


 今回ロセッティをこの場に連れて来たのは勿論、両親の復讐を成就させる為でもあるが、こうしてコランダーム公へと引き合わせお互いのわだかまりを解す目的もあった。


 それが成功するかしないかは彼女達に任せるしかないわけだが、側から見て一応は成功したと認識しても良さそうだな。


「お話中失礼致します。自己紹介させて頂いてもよろしいでしょうか?」


 そうロリーナがコランダーム公へと声を掛けると、彼女は空気を変えるため「ああすまないすまないっ!! お願いするよっ!!」とわざと軽い調子で促す。


「では私も遅ればせながらご挨拶させて頂きます。私はロリーナ・リーリウム。しがない薬屋の娘でしかありませんが、よろしくお願いします」


「む? リーリウム、と言ったか?」


 コランダーム公がその名を聞くと何かが引っ掛かったのかそうやってロリーナへ聞き返す。


「は、はい。そうですが……」


「もしや君、リリーの婆さんと関係がなかったりしないか?」


「え……、リリーフォで間違い無いのでしたら血の繋がりはありませんが私の祖母になります」


「おおっ!! やはりそうかっ!!」


 少し興奮したように声を上げたコランダーム公に、ロリーナは首を傾げる。


「お婆ちゃんの事をご存知なのですか?」


「ああ知っているともっ!! 何せ彼女は元々魔法魔術学院で薬学の教諭をしていたのだからなっ!!」


「え、そうなんですか?」


「なんだ本人から聞いていないのか?」


「はい、何も……」


「ふむ。まあ彼女の事だから特に深い意味は無いのだろうが……。いやはやそれにしても実に懐かしい名前を聞いた……」


 ふむ。どうも知らぬ仲では無いようだな。私も少々気になるし、聞いてみようか。


「その様子ですと、彼女から薬学を学ばれていたのですか?」


 私がそう問うと、コランダーム公は昔を思い出すように郷愁を感じさせる表情を見せる。


「ああそうだ。薬学は必修だったのだが、私はどうしても苦手でなぁ。よく理由を付けてはサボろうとしてリリーや幼馴染のサイファーによくどやされていたよ。はっはっはっ!!」


 サイファー……エメリーネル公か。珠玉七貴族内で唯一コランダーム家と親戚関係があるんだったな。


 つまりはエメリーネル公にもリリーが関わっていると……。ふむ、これは知っておいて損は無い情報かもしれんな。


「ところでクラウン」


「はい、なんでしょう」


「ロセッティをこの場に連れて来たのは理解出来る。だがロリーナを連れて来たのは何故だ?」


 ああ成る程。確かにこうして自己紹介だけ聞くとロリーナが何故この場に居るのか理由が分からないか。


 まあ私が一緒に居たいというのが正直一番の理由だったりするんだが、他人が納得するだけの理由も勿論ある。


「はい。以前少しだけですが、将来私がギルドを作りたいと言ったのを覚えていらっしゃいますか?」


 実は竣驪しゅんれいに初めて会いに行った際の道中、雑談の中で彼女に少しだけ話したりしている。


 といってもエメラルダス侯の時のような具体的な話ではなく、本当に未来の展望を口にした程度だがな。


「何となくだが覚えている。それと関係しているのか?」


「そうです。実は将来、そのギルドを立ち上げた際に、彼女には私の秘書をして貰うつもりでいるのです」


「ほぉう、秘書を……」


 秘書と聞き、何やら含みのある鸚鵡おうむ返しをするコランダーム公。どうやら色々と察したらしい。


「ええ。そこで今からその秘書としての経験値を積めるだけ積ませたいと考えまして。こうして可能な限り連れ歩いているわけです」


「ふむ。そうなのか?」


 コランダーム公がロリーナにそう問うと、ロリーナは静かに頷いて肯定する。


「はい。私が秘書になりたいと申し出、クラウンさんがそれを了承してくれて、こうして同行させて頂きました。邪魔にはならないようにしますので、どうかご同行をお許し下さい」


「ああいやいやっ! 理由どうこうは聞いてみたかっただけで別に同行するのを否定したいわけじゃないんだっ! それに今回の件は一応クラウンが主導だからね。余程の事でない限り、基本的には彼に諸々を委ねているよ」


 うむ、多分これは嘘だろうな。


 先程も言っていたが、今回の件はコランダーム公にとってロセッティの両親への贖罪の意味が含まれている。


 そんな真剣な場で何かしらの中途半端な理由しかなく同行するとなったら、恐らくロリーナは途中で帰らされただろうな。


 私の《空間魔法》ならばそれも容易だろう。本当、しっかりした理由を用意しておいて良かった。


 と、そんな風に過ごしている最中──


 ──コンコンッ


 と馭者台に繋がる小窓が数度ノックされ「どうした?」と、コランダーム公が促すと小窓が開けられる。


「閣下、もうじき到着します。ご準備の方を……」


「ああ了解した。だ、そうだぞ諸君。主に心の準備をよろしく頼むよ」


 コランダーム公に促され、気合いを入れる。


 可愛い部下を悲しませ、私の機嫌を損ねさせた事、存分に後悔させてやらねばな。ふふふふふふ。






「ようこそいらっしゃいましたコランダーム公爵閣下っ! そしてお連れのクラウン殿とお嬢さん方もっ!」


 ローレル伯爵家の主「シルヴィ・バーベナ・ローレル」伯爵。


 ティリーザラ王国では数少ない女性当主であり、食器等の陶器の卸売りや流通を任されている総合商業ギルドの幹部の一人である。


 表情はとても明るく、声音も親しみを感じ易い柔らかい印象を受けるが、コイツがエルフと結託していると思うと嫌悪感で笑いが込み上げて来る。


 が、怪しまれるのは極力避けたい。ここはキッチリ相応しい態度でもって対応せねばな。


「ご機嫌麗しゅうローレル伯。先日の会議ではロクな挨拶が出来なかったので改めて自己紹介させていただきます。ジェイド・チェーシャル・キャッツの嫡子、クラウン・チェーシャル・キャッツと申します。今回はコランダーム公爵閣下の付き添いとして同席させて頂きたく、お願い申し上げます」


「ええよく存じ上げていますよクラウン殿っ! 会議では見事な慧眼、感服しましたともっ! 勿論同席を歓迎致しますっ! それで、後ろの二人はぁ……」


「ああ、彼女達は会議でも話題に出した私の部下の二人で御座います。今回は一応従者として二人も同行させたいのですが、お許し頂けないでしょうか?」


「ええ構いませんともっ! さあさあ皆様っ! 肌寒くなって来た昨今、このような場所で長々と話してしまうとお身体に障ってしまいましょう。さあさあどうぞ中へっ!」


 ローレル伯がそう言って私達を屋敷へと迎え入れ、促されるままに私達は屋敷内へと入って行く。


 道中、使用人に飲み物と茶菓子の用意を命令し、そのまま彼女の案内で客間へと通された。


 中へ入りコランダーム公が上座へと座ると、全員に座るよう促して座らせ、彼女が開口一番に議題を話し始める。


「時間を取らせてすまないなローレル伯。先触れでも伝えたが、今日は戦時にける貴公の職務について話し合おうと考えている」


 そう言うとローレル伯は少しだけ困った表情を見せながら小さく笑う。


「はは。まあ仕方の無い話でしょうな。戦争が始まった今、我が家の生業である陶器の卸売り等は一時的に規模を狭める他無いでしょう……」


 陶器類の流通と卸売り……。全く必要なくなるわけではないだろうが、そういった非必需品の流入は極力縮小し、他の武器や防具等、または兵糧の管理や整備に人員を割いた方が懸命だろう。


「ああ。それで今現在の貴公の下に在るギルドの人員やその能力や資質を計り、適切な役職に就けバランスを取りたいと考えている」


「おおなんと素晴らしいっ! 我が家の生業に対して公爵閣下自らがそこまで尽力下さるとはっ!」


「数十年振りの戦争だからな。皆も初めての事で混乱気味だ。こういう時には上に立つ者が皆を導かなくてはならないだろう?」


「素晴らしい……本当に素晴らしい心構えっ! 私も是非見習いたいものですっ!」


「そう褒めるな、当然の責務だ。……それでローレル伯。適切な人員配置や縮小規模の調整を行うにあたって現在拡大している陶器の流入に関する詳細な資料と貴女の部下達の詳細な名簿が見たい。用意して貰えるだろうか?」


 私達がこの場に来た本当の目的。それはロセッティの毒殺実行犯とローレルとの繋がりを明確にし、それを彼女へ突き付ける事。


 証拠を見付け突き付ける事さえ出来れば、後は私がとお仕置きをして終わらせる事が出来るだろう。


 まずは実行犯が使った毒の付着したティーカップをどうやって国内に持ち込んだのか。そして実行犯である潜入エルフとどう連携を取っていたのかを突き止める。


 その為にも、陶器の流入とローレル伯の人間関係を詳細に知る必要があるだろう。さあ、彼女はどう出る?


「……ええ、今すぐご用意致しましょうっ! 少々お時間を頂きますが、よろしいでしょうか?」


「ああ構わない。今日はこの為に時間を取ったからな。余りに遅くならなければ待たせて貰うよ」


「ありがとうございますっ! 今すぐご用意致しますので、それまでは後ほど使用人がお持ちする茶と茶菓子を楽しんで頂ければ幸いで御座います。では私は少々失礼させて頂きます……」


 そうローレル伯が会釈をし、笑顔を崩さぬまま客間を退出して行った。


 そんな彼女の背中を見守ったコランダーム公は、彼女が部屋から離れたタイミングを見計らい、鋭い目で私を見遣る。


「初見ではどうだったクラウン。奴について何か少しでも掴めたか?」


 コランダーム公の期待感が滲んだその目に、私は笑顔で応える。


「決定的なものは何も……。ですがコランダーム公が陶器流入の資料と部下の名簿を要求した際、僅かですが表情が動き、脈拍が乱れました。決め付ける事は出来ませんが、恐らくは何かしらやましい事があるかと推測します」


 こういう時マルガレンが居たら大分楽なんだがな……。医者の話ではそろそろ目覚めても不思議ではないという話だったが、一体いつになるのやら……。


 と、思考が逸れたな。集中せねば。


「うむ、そうか……。まあ君の話を聞くに相当狡猾な奴なのだろう。そう簡単に尻尾を掴ませてはくれないか……」


「焦らずいきましょう。時間はたっぷりあるのですから」


「ああそうだな」


 と、そんな話をしていると、客間の扉が数回ノックされ「入りなさい」とコランダーム公が許可を出し、使用人が入室する。


「失礼致します。紅茶と茶菓子をお持ちしました」


「ああ。よろしく頼む」


 お辞儀をした使用人がワゴンを押してローテーブルにつけると紅茶をポットからティーカップへと注ぎ、茶菓子と共に皆の元へと置いていく。


 全てが済むと使用人は再びお辞儀をし「失礼致しました」と残してから退出する。


 ティーカップから漂って来る香りは芳醇な物。コランダーム公相手に出す紅茶だ、恐らく彼女が用意出来る最高級の物を用意しているに違いない。


 拘りの強い私だが、色々と余裕の無い私の中での紅茶の品質の優先順位は低い。この際にじっくり堪能させて貰おう。


 そんな考えの元、私がティーカップを手に取ると、コランダーム公が怪訝な表情を私へと……正確には私が持つティーカップへと注がれる。


「……どうされたのですか? コランダーム公」


「ああいや。流石に無いとは思うんだがな」


「はい」


「このティーカップ。まさか毒が仕込まれているのではないか、と……」


「……」


 その後私が紅茶と茶菓子を毒見し、全員のティーカップを鑑定系スキルで安全である事を確認してから、皆で紅茶と茶菓子を堪能した。






 それから十数分。割と時間を取らされたと感じ始めたタイミングで再び客間の扉が数回ノックされ、コランダーム公が入室の許可を出す。


 そして現れたのは、何やら疲弊に顔が染まり、それでも笑顔を崩していないローレル伯であった。


「お、お待たせ致しました、公爵閣下……」


「いや、それは構わないんだが……。大丈夫かローレル伯? 随分と疲弊しているようだが……」


「私は大丈夫ですっ! ですが、その……」


 何か含みのあるどもり方にコランダーム公は眉をひそめる。


「む? なんだ、何かあったのか?」


「それは……、これを見て頂ければご理解頂けるかと……」


 そう言って手を二拍ローレル伯が叩く。


 すると客間へと何人もの使用人がワゴンを押して客間へとゾロゾロと入室して来たのだ。


「なっ!?」


 そんな使用人が押すワゴンの上には、崩れる限界まで積まれた資料の山が存在し、私達の視界を白く染め上げる。


「こ、これは何だローレル伯っ!! ……まさかっ!?」


「ええ……。これら全て、私の元へ集まっている陶器流入に関する資料と、雇用者名簿の詳細になります……」


 困惑を極めるコランダーム公に、ローレル伯は小さく、本当に小さくだが、今までとは違う種類の笑みをひっそりと浮かべた。

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