序章:割と賑やかな日常-10

 私の声に恐る恐る顔を上げ、私を見上げるファーストワン。その顔は「今度は何をされるんだ」と言いたげであるが実に心外だ。


 今の無様な姿は大体自業自得。下手に逃げ道を多く作ったせいで唯一都合の悪い結果になった時に悪目立ちした、ただそれだけだ。まあ、追い込んだのは私だが。


 さて、ではこの「疾風鷹の剣ゲイルキャリバー」からスキルが一切合切無くなっている事実を適当に誤魔化さなければならないわけだが、


「安心しろ、お前が負けたのはお前の実力が原因じゃない。この剣だ」


「げ、疾風鷹の剣ゲイルキャリバー? ……な、何故?」


「私はスキル《品質鑑定》を持っている。それで興味本位でこの剣を見てみたんだが、力がいくつか封印されているみたいだぞ?」


「な、なんだと!?」


 ファーストワンは血相を変えて地面に突き立てた「疾風鷹の剣」を引き抜いて手に取る。そして暫く剣を眺めるも、彼には何も感じ取れず、改めて私の方を伺う。


「試しにソイツに私の魔力を少しだけ注ぎ込んで調べてみた。そしたら何か、ストッパーの様な引っかかりがあるのを感じた。恐らくそれが封印だったんだろう」


「ストッパー? 引っかかり?」


「あくまで例えだ。……というか、何も知らないのか? 家宝なんだろ一応……」


「し、失礼な! ……この剣は、我がサン家が代々受け継いできた宝剣だ。そんな宝剣を詮索するなど、我が誇り高き先祖を疑うも同じ!!」


「それでも使い熟せなかったら意味が無い。〝力を知る事は強さに変わる〟と剣士の教訓にあると、姉さんに聞いたことがあるが?」


「「この剣に宿る風の力を我が物とせよ、さすれば汝は風の支配者たる資格を得るだろう」。……それがこの剣と共に受け継がれている言葉、僕達はそれをただ信じて来ただけだ」


 そう真っ直ぐな眼差しで答えるファーストワン。


 随分とまぁ御大層な文言を受け継いでる事で……。だがそれならこっちとしては好都合。それっぽい事を吹き込み易い。


「…………まあ、なんだって構わないが……。それでそのストッパーを魔力を操作して外してみた。どうだ?」


 それを聞いたファーストワンは慌ててその場に立ち上がり、剣を構えてスキルを発動しようとする。しかし、当然スキルは発動しない。今は私の中にあるのだから。


「な、何故だ!? スキルが発動しないぞ!? 君、一体何をっ!?」


「落ち着け。…………恐らく封印が解けた事で、力のコントロールの難易度が上がっているんだろう」


「……つまり?」


「言わんでも分かるだろ? それくらい」


 私がそう言うと、再び剣に目を落とし、押し黙るファーストワン。


 彼は今完全に自分の実力不足によって風の力が使えなくなった、と思い込んでいるだろう。


 普通は信じない。そんな突拍子のない事を突然言われたら、馬鹿な、と突っぱねるだろう。


 だが、今は状況が状況だ。


 〝僕が彼に勝てなかったのは宝剣の真の力を発揮出来なかったから〟という言い訳を私が作ってやった。それは彼が今恥をかかないで済む唯一の逃げ道。ファーストワンはそれに縋るしかない。


 そしてそれは〝自分に対する言い訳〟でもある。


 まあ、結局は自分の実力不足に帰結するのだが、今の状況よりは好転する。


 人間というのは追い詰められていた時、例えそれが突飛な物だったとしても、それに無理矢理言い訳、こじ付けをして縋り付くもの。


 さあ、て。


「おい。そろそろ観客とお前の従者が怪しむぞ? 何か適当に言って誤魔化せ」


「え? あ、ああ……。よしっ」


 するとファーストワンは私に向き合い、両肩を割と強めに何度か叩きながら高らかに笑い声を上げる。


「はっはっはっはっはぁーーーっ!! いやぁー、流石!! あの「紅蓮の剣姫」の弟君なだけある!! ついその気迫に圧され、勝ちを譲ってしまった。だが僕は油断し、剣の真の力を発揮する事が出来なかった……。これは僕が未熟な証!! また精進し、〝真の実力で〟再戦しよう!!」


 ……よくもまあ、まくし立てるなコイツ。よくそんな台詞噛まずにスラスラ出て来るものだ。だが──


 改めて周りの観客を見てみると、先程のファーストワンの長台詞に多少不可解に思いながらも納得している者が割と多いのが見受けられる。ある者は「やはりそうか」と頷き、ある者は「最初からわかっていた」と悟る。


 これは私が思っていたよりファーストワンの知名度と評判が良いからだろう。まあ、本人の本心が何処にあるのかは知らないが。


 結果、判定は一応私の勝ち、という事にはなったが、周囲はファーストワンを讃える様な声が多く目立ち、私の勝利など歯牙にも掛けない様子。


 まあ、私がそう促したのだから構わないが、ちょっと露骨じゃないか? 観客の君ら。


 そう小さく内心で呟いていると、私の背後から猛スピードで私目掛けて走って来る気配を《気配感知》と《動体感知》で感じ取る。それは馴染みある気配で、尚且つ逃げようのない物。私としては「ああ、またか」と半ば諦めの境地。


 私はそれを振り返る事なくただ近づいて来る者に身構える。そして、


「良ぉくやったぞクラウンよぉ!! 流石!! 流石我が愛しい弟だ!!」


 そうして勢いよく背中から抱き着いて来る我が愛しい姉、ガーベラ。気配で感じた限り引くほどの速度で抱き着いて来たにも関わらずその勢いを殺し、丁度いい衝撃に留める辺り相変わらずの運動能力である。


「いやぁ〜、このような事態になってしまって一時はどうなる事かとヒヤヒヤしたが……。いやぁ〜まさか全勝とはな!! 恐れ入ったぞ私は!!」


 そう私に抱き着いたまま嬉しそうにその場でピョンピョン跳ねる姉さん。


 姉さんはアレから七年経って現在十九歳。十五歳で成人とするこの世界に於いて、もうとうの前に独り立ちしている。


 そんな年齢の女性に全力で背中から抱き着かれている訳だが……。


 うむ。背中に当たるな……。二つほど。


 本当、良く成長したもんだ。

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