序章:割と賑やかな日常-11

「ね、姉さん。喜んでくれるのは嬉しいのですが……。周りに注目されていたたまれないです」


「何を言う! 弟の素晴らしい活躍を祝わないでどうすると言うのだ!!」


「いや、姉さん、そうではなくてですね?」


 そう、以前から幾度となく言っている事であるが、姉さんは絶世の美女である。


 それこそ先程私に降りかかっていた災難の発端になった程なのだから大したものである。


 で、そんな姉さんがまるで子供の様に飛び跳ね、弟の活躍を満面の笑みで喜んでいる姿とあっては、観客の男、一部の女性の視線を集めるのは必至。憧憬と羨望が混じったなんとも居心地の悪い視線である。


 特にファーストワン。なんだその顔は……。見惚れるのか悔しがるのかハッキリしろ気持ちが悪い。


 …………まあ、ともかく。


「挑戦者、これで全員ですよね?」


「ん? うむ! これで全員だ! 改めてすまないなクラウン、私が変な事を口走ったばかりに……」


「いいですよ。別に損ばかりした訳じゃないですし」


「そうか? ありがとう、そう言ってくれると多少は気が楽になる。だが私のミスには違いない、何か償いをさせてくれ!」


 償い? 姉さんが?


 そんな疑問が頭を過ぎると、背中に未だに当たっている柔らかい感触も相まってかなり危ない方向へ思考が移行しそうになり、直ぐさまそれを全力で振り切る。


 うん、これはダメだ。


 姉さんが姉でさえ無かったらなぁ……。と、時たま思わなくも無いが、まあ、全くの現実逃避なのでこの妄想は頭から追い払う。


 さて、ならば何をして貰おうか?


 剣術の稽古……。今は姉さんも割と忙しい日々を送っている。そんな余裕はないだろう。


 何かを買って貰う──いや、剣術団の給料はそんなに高く無いと聞くし。姉さん位なら多少割増されているかも知れないが……。金銭的なワガママはよしておこう。


 うむ……。何か、何かないか……。うん?


 ふと、私は未だに先程まで使っていた真っ黒に焼け、ボロボロになっているブロードソードを手に持っていることに気付き、それに目を落とす。


 武器……武器か……。聞いてみるか。


「つかぬ事を聞きますが、姉さんって知り合いに武器鍛治出来る人って居たりします?」


「武器鍛治? うーん、知り合い、というか……」


 そういうと姉さんは私から漸く離れ、腰にぶら下げている一本の剣を私に見せる。


 それは姉さんが止むを得ない事情が無い限り肌身離さず持ち歩いている剣で、姉さんが剣術団に入団して暫く経ったある日、それを身に付ける様になっていたのだが……。


「これは?」


「これは私が剣術団に入団し、その後ちょっとした縁で窮地を救ったドワーフの鍛治師から貰った物だ。なんでも彼の故郷にある採掘場で発見された火竜の骨の化石を素材に作られているらしい」


 …………なんか色々情報が渋滞している気がするが、取り敢えず今は「ドワーフの鍛治師が知り合い」という情報だけ頭に入れておこう。


「ドワーフの鍛治師ですか……。興味深いですね」


「なんだ? 武器が欲しいのか?」


「はい。どうせなら姉さんの──とは行かなくても、ファーストワンが使っていたあの剣くらいのが望ましいですね」


 まあ、あの「疾風鷹の剣ゲイルキャリバー」も凄い部類には入るのだが、折角手に入れるのだ、妥協はしない。


「うーん、だが残念だ。そのドワーフの鍛治師、バウムスというのだが、最近亡くなったと報せを受けてな……。まあ、私が助けた時も既にかなり高齢の様だったから、無理もないだろう……」


 そう少し俯き気味に、寂しそうに言う姉さん。


 成る程、仕方がないとはいえ実に惜しい。それだけの技術者なら保有スキルも中々だったろうに……。と、少し不謹慎だったな。


「成る程、それは惜しい人を……」


「ああ。今はバウムスの弟子が鍛冶屋を継いだらしいのだが、その弟子でもいいのなら紹介するが?」


 弟子? 弟子か……、うむ。少し心配だが、取り敢えず会ってみても損はないか……。


「はい、お願いします」


「ああ! 私に任せろ!」


 そう嬉しそうに笑う姉さん。


 成人になった今でも姉さんは七年前とその性格は変わらない。相も変わらず家族想いで初志貫徹を地で行く男勝りな乙女。少しポンコツで心配な面もあるが、昔と変わらない私が尊敬する数少ない人物なのは間違いない。


「それじゃあ、屋敷に戻りましょうか。……今日はもう動きたくないです」


 スキル《強力化パワー》と《防壁化ガード》の効果切れによる副作用で全身を筋肉痛が苛んで少し辛い……。


 《痛覚耐性》系のスキルが欲しいところだな……。


 と、その場は解散。挑戦者達は一人を除いて皆一様に苦々しい表情で帰って行き、観客達も皆散り散りになっていく。すると、


「クラウンさん!!」


 そう私を呼ぶ声が聞こえ、振り返るとそこにはすっかり忘れていたエイス達やアーリシアが漸く話せたと言いた気な表情で立っていた。


「……どうした?」


「どうしたって、全勝したってのにテンション低いですねぇ……。一応俺達クラウンさんにサンジ? の言葉でも贈ろうと思ってたのに」


 そう言って可笑しそうに頭を掻くエイス。


 エイスも七年前と比べ大分ガタイが良くなり、あの常に好戦的な態度も、今は鳴りを潜めている。ウチで紹介した大工の仕事にも慣れ、今ではすっかり仕事人間である。


 ところでサンジ? ……あぁ、賛辞か……。また似合わない言葉使ったりして、分かり辛い。


「ああ、悪いお前等。今疲れてるから構ってやる余裕が無い」


「あ、いえ、それは良いんですが……」


 なんだか気まずそうに一緒にいるクイネとジャックに視線を移すエイス。


 なんなんだ一体。私は早く風呂にでも入りたいというのに……。


「クイネとジャックがどうしたんだ?」


「そのぉ…………。あ゛ぁぁったく! なんで俺が頼まなきゃならないんだよ!! …………実はですね、クイネとジャックが、さっき話してた鍛治屋に行くって話、付いて行きたいって言うんですよ……」


 …………ん?またなんで……。


「理由は?」


「それは……って、いい加減自分達で話せ! 俺は通訳じゃねんだぞ!!」


「え? えぇ、そうね」


 そう呟くと、エイスを退けて後ろに控えていたクイネとジャックが前に出て来る。


 この二人も、こっそりエイスにくっ付いてきた七年前と比べ色々変わったり変わらなかったりしている。


 クイネはあの時より多少大人しくなったが、まだまだ勝気な性格は残っているらしく、何故か自慢のお下げに対する情熱が凄まじく、馬鹿にしようものなら容赦無く噛み付く。


 私も一度「たまには違う髪型をしてみたら良いんじゃいか?」と提案した時があったが、エライ興奮気味にお下げを熱弁され辟易した。


 ジャックは相変わらず内向的で大人しく、自分の発言をあまり発したりしないが、集中力だけは人並み外れているらしく、何かに没頭している時に声を掛けようものなら「ちょっと静かにして貰えますか?」と冷たくあしらう始末。


 私も前に一度それを言われたのだが、現場を目撃したエイスがジャックをど突き、その後に半泣きで謝られた。


 そんな二人だが、今はどちらもそれぞれ仕事に就いている。繁忙期では無いにしろ付いて来るという事は休みを取るという事か? まあ、なんにせよ……。


「わざわざ前に出て来てもらって悪いんだが、話は風呂の後の食事の時にしよう。今はくたくただ……」

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