第一章:精霊の導きのままに-1
「……がっつき過ぎじゃないか?」
私が昼食である魚のムニエルを口に運ぶ合間、食事に夢中なエイス、クイネ、ジャックにそう問う。
「え、あ、はい!」
忙しなく魚を口に運ぶ手を一旦止め、ナプキンで口元を拭き一息つくクイネ。他の二人はまだ食事を止める気配はない。
そんなに貧相な暮らしをしているわけではない筈だが……。何か訳があるのか?
「お見苦しい所を……」
「いや、それは構わないが……。食うに困っている訳ではないんだろ?ならそんなに慌てなくても……」
「いやそれはそうなんですけどね!」
「じゃあなんなんだ一体」
「決まってるじゃないですか!! 美味しいからですよ!! 他のどこで食べるより!! 遥かに!!」
…………いやまあ、確かに美味いけど……。
「そんなに興奮する程か?」
「そんなにです! しかも前に食べさせて貰った時よりも美味しくなってるし……。そりゃがっつきますよ!!」
前より美味く? そりゃそうだろう〝私がそう指示しているんだから〟。
この世界でして来た食事に別段不満があるわけではない。魚は脂が乗って旨いし、肉は日本の和牛とは程遠いが、ジビエの様に野生的な風味があって私好みだ。野菜なんかも基本的に皆新鮮でハズレがない。だが、一つ、我慢ならない事がある。
料理が貧相なのだ。
いや、技術自体はレベルが高い。ウチには専属のシェフが居る訳ではないが、料理関係のスキルを持った使用人が作る料理は王都のそこそこ高い食事処と比べても遜色はない。
だがそれでも前世と比べると、なんというか……、創意工夫が浅い。そんな印象を受けた。
まあ、文化的に食に対してまだまだ余裕がないのだろう。この世界では人同士の戦争こそ何百年と起きていないが、なんの因果か人類三国家は全て大陸の中央に位置しているせいで周囲を満遍なく異種族国家に囲まれている。
中には人類と国交を結んでいる異種族国家もあるが、そんなものは少数。大半は水面下で常に睨み合いをしている状態だ。
ましてやこのティリーザラ王国の南には遥か昔からの怨敵、エルフの国がある。
そんな状況で食事事情が豊かになるというのは中々に難しい。
だがしかし、そんな事情を鑑みたとしても!
私は我慢ならなかった!!
単調な味付け、深みのないコク、妥協された臭み取り、どれもこれも皆当たり前として来たそれらに、私は異議を唱えた。
その結果が、今目の前にある魚のムニエル。
私が使用人に嫌らしくない程度のケチをコツコツと付けてきた結果、私が許容範囲内の物へと昇華した。
いやはや、長かった。
まだまだ満足行かない出来ではあるが、一先ずはこんなもんだろう。これ以上料理の完成度に労力を割くのは効率的ではない。
今は他にやる事が──ってそうだ、今は料理の話などしている場合ではないな。今気になるのは──
「そんな事は置いておいて、で、付いて来たいって話だったが、なんでなんだ?」
「え、あ、はっ!? ごはっ、がはっ!!」
私の急な話の転換にクイネは少しだけ虚を突かれた様で口に含んでいた物を飲み込もうとして噎せたようだ。
「…………大丈夫か?」
クイネは手元にあった水を一気に
「だ、大丈夫です……。え、ええとですね……。実はですね……。私とジャック、鍛冶をしている所を見てみたい、と、思いまして……」
鍛冶を見てみたいって……。ジャックはまあ、分からんでもない。男なら鍛冶をしている現場を見てみたいという気持ちは分かる。だがクイネも見てみたいというのは……。
「ジャックは兎も角、クイネ、お前が鍛冶に興味を示す理由がわからん。それとも私が知らないだけでそういったのが好きだったりするのか?」
「え、ああ、いえ。鍛冶に興味はありません。私が興味あるのはドワーフです」
ほう、ドワーフに。なんでまた。
「実は最近私が働く職場で一度ドワーフの方々がお客さんとして来店する事があったんです。それで何度か接客する時があったんですが、その、なんでか怒らせてしまって……」
クイネは今、このカーネリアにある食事処でウエイターとして働いている。もう働き始めて何年も経っている彼女は今や食事処の看板娘となっているのだが、そんな彼女が接客で客を怒らせるとは……。
「それで私、なんで怒らせてしまったのか気になって色々考えたんですけど、やっぱりわからなくて……。本人に聞こうにも次にいつ来店されるか分からないですし……。他にドワーフの知り合いなんて勿論居ません。そんな悩みを抱えている時、クラウンさんとお姉様の二人の会話を聞いて降りて来たのです!! 天啓が!!」
天啓とは、また大袈裟な。
「そんなに気になるのか? 一度しか来てない客だろ?また来るかも怪しいだろうに」
「いいえなりません!! 私は接客のプロとして、お客様全員が満足して、笑顔で帰って貰わねば我慢ならないのです!! ですからクラウンさん!! 私をそのドワーフの鍛治師の所へ連れて行って下さい!! 私はドワーフをもっと理解したいのです!!」
…………何が彼女をそうまでさせているのかは分からない。私自身前世で接客の経験はあるが、彼女の様な一般的な力関係の接客ではなかった。だから彼女が接客に対して何故そうまでして熱を入れているのかは理解出来ない。
ただ一つ、一つだけ私にも共感できる物がある。
私はクイネの目を見る。
その目は真っ直ぐ、一切揺らぐ事なく私を見据え、まるでその視線からそのまま感情が流れ込んで来そうな程に、強く、熱の篭った目だ。
私はこの目を知っている。
自身の才能と情熱に掻き立てられ、何を押してでも実行したいという〝強い欲望〟を孕んだ目。
私は、この目が好きなのだ。ついつい応援したくなって、力添えしたくなってしまう。
故に、私の答えは、
「良いだろう、付いて来い。そして存分に堪能しろ」
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