第六章:泣き叫ぶ暴食、嗤う強欲-5

 

 紅蓮の炎を燃え上がらせながら両断された切り口は焦げ付きながら蒸発し、だがそれと同時に《超速再生》による再生によって肉片達は集まり、細胞は新しく生まれ変わって行く。


 ガーベラにより弱点を確実に切り裂かれた魔王であるが、それでもその命は刈り取れない。


 目線を魔王に直したガーベラは、そんな魔王を見て苦々しく歯噛みする。


 このままではいずれ完全に再生し、また振り出しに戻るハメになる。


 キグナスの岩の拘束とキャピタレウスの氷獄は魔王ごと両断したガーベラの斬撃によりその効果は半減している今、その再生速度も戻って来ている。


 だがそれは決して振り出しに戻るという意味では無い。


 魔王は《超速再生》を常に発動し続けている状態。加えて先程の牙の雨での攻撃。アレは背中の牙を《超速再生》により無理矢理生やし続けるという荒技であり、今のガーベラだけで魔王にかなりの魔力を使わせている。


 ここまでは順調。クラウン達の想定の範囲内だと言える。


 しかし、問題はこれからであった。


 前衛に合流した五人はアイコンタクトを交えながら早速次の作戦に移行する。


 クラウンは魔王に向かって手を翳し、その両肩にそれぞれロリーナとキャピタレウス。更にその二人の肩に両手をアーリシアが乗せる。


 そんな菱形の陣形を取ったクラウン達の周りを、マルガレンが盾になるよう陣取る。


 次に前衛を張っていた四人はそれぞれ散開。集まらんとしている魔王の肉片や集まりつつある肉塊を更に粉微塵にするべく虱潰しに走り回る。


「あ゛あ゛ああぁぁぁぁぁっ……」


 プチプチと潰され始めた肉片達に反応しているのか、殆ど身動き出来ない魔王は未完成の口で唸りながら未だ無事な体から牙や爪を生やした触手を無数に生やし、四人に反撃を開始する。


「ふははははっ!! 私はまだまだ行けるぞ魔王っ!!」


「な、なんなんだあの嬢ちゃんっ!? あの子一人で魔王に勝てるんじゃないかっ!?」


「黙って自分の仕事をしなさいっ!! ほらっ!! 触手が後ろから来てるわよっ!!」


「チッ……うんざりするなまったくっ!!」


 ガーベラは先程の牙の雨を掻い潜ったばかりにも関わらず未だ軽やかに踊る様に肉片を潰しながら触手を返り討ちにし、キグナス、ハーティー、ラービッツは触手の相手をメインに隙が出来た所で肉片を潰して行く。


 そんな中クラウンは目を閉じて深呼吸を一つし、《集中化コンセントレーション》を発動。極限まで集中し、静かに詠唱を始める。


「それは暗澹あんたんたる穴……。深淵を覗く目は色を呑まれて沈み、引き摺り込まんとする御手が足を掴む……」


 詠唱をする中、クラウンの翳した手の先に、突如として針の穴程の黒い点が現れる。


 それは詠唱を続けるにつれ広がり、一切の光を通さない漆黒が生まれる。


 そしてそれと同時にクラウンの魔力は怒涛の如く消費されて行き、数秒としない内に限界を迎える。


 先程飲んだ青色のポーションにより限界値を一時的に引き上げ、血のポーションで自然回復力を爆発的に増加しているにも関わらずである。


 その消費速度はクラウンが左腕を新しくした時の速さよりも速く、急速な魔力の増減を繰り返すクラウンの身体にはかなりの負担が強いられていた。


「呑まれた光は霧散し消え……意識は薄れ自我すら失う……。広がる闇は際限なく広がり続け……景色を塗り潰して止まる事はない……」


 冷や汗を額に滲ませ、口にする詠唱は徐々に疲れが現れ始め、このままではクラウンの意識は遠くない内に限界に達するだろう。


 だがそれを合図に、ロリーナとキャピタレウスの両肩に手を置くアーリシアが目を閉じてニつのスキルを並列発動する。


 一つはスキル《供給》。アーリシア自身のスキルの権能を一時的に他者に付与するスキルであり、アーリシアはこれを使いキャピタレウスに《献身》を付与する。


 《献身》を付与されたキャピタレウスは自身の回復力を一時的に付与する権能を使いクラウンへ回復力を付与する。これにより限界が近かったクラウンの回復力はなんとか持ち直す。


 そしてもう一つ発動したスキル《団結支援》のスキルを使い、アーリシア、ロリーナ、キャピタレウスの体力、魔力をクラウンに付与。ギリギリだったクラウンの体力、魔力に余裕が生まれ始める。


「呑み込まれた景色は戻る事はなく……抵抗する術も無い……。笑い声を……泣き声を……世界ごと呑み込み無を作らん……」


 クラウンはそこまで詠唱を口にしてから闇を湛えた手を魔王の上空へ向け、目を見開いて狙いを定める。


 莫大な魔力を注ぎ続け、極限まで圧縮された闇はその威容をありありと漂わせ、決して触れてはいけない禁忌と化す。


 そんな魔力の塊に魔王は漸く反応し、その危険性を認識したのか、自身の肉片を潰し続けるガーベラ達を無視し全触手によりクラウン達を狙う。


 だがそれを許すガーベラ達ではない。


 ガーベラは持ち前の俊足で、ラービッツは《空間魔法》のテレポーテーションで転移しクラウン達に迫る無数の触手を捌いて行く。


「貴様の汚らしい触手で弟に触れるんじゃないッ!!」


「爪の先でもお嬢様に触れてみろッ!! 細胞の一片まで貴様を磨り潰すぞゴミ溜めがッ!!」


 二人の罵詈雑言が飛び交う中、遅れてキグナス、ハーティーが到着し触手の対応に加わり触手達を薙ぎ払う。


 しかし触手の勢いはクラウン達に一点集中されている事もあり苛烈さを増し、《超速再生》をフル稼働し続けている事もありそれが止む気配は無い。


 更にはクラウンの放とうとしている魔法にガーベラ達や触手の弾幕が壁になってしまい狙いたい場所へ放てないでいる。


 このまま闇を保ち続けるのもシンドく、余り時間も掛けてはいられない。


 そんな中、それを直感により察したガーベラは触手を凌ぎ続ける三人に目をやり、言葉を掛ける。


「このままではジリ貧だっ! 私が技を放つからちょっとの間三人で耐えてくれっ!!」


「えっ!? ちょっ、待っ!!」


 キグナスの制止を聞く事なくガーベラは手を止め竜剣を鞘にしまい、腰を屈め深く広く呼吸をし、触手の弾幕に狙いを定める。


 ガーベラの攻勢が無くなった触手の弾幕は当然のようにその激しさを更に増し、それを受けるキグナス達の動きは比例して激しく且つ効率化して行く一方、防ぎ切れなかった牙や爪が彼等を少しずつ切り裂いて行く。


 その傷はガーベラ自身も例外ではなく、その身体に複数の傷を作り血を流し続けるも、彼女のその集中力には一点の曇りは無い。


 そして自分達と触手の血飛沫が飛び交う中、集中が究極に達したガーベラの鞘から再び光が漏れる。


「《秘奥・龍閃》っ!!」


 音速まで加速された真紅の斬撃。


 それは弾幕となり猛攻を繰り返した触手群の一切を切り裂き、放たれた斬撃は魔王の背中ごとゴッソリ抉り両断。大きな隙が生じる。


「クラウンッ!! 今だッ!!」


 ガーベラの叫びと共にその場から退いたガーベラ達を合図に、クラウンは定めていた魔王の上空へ《闇魔法》を放つ。


あまねくを塗り潰せっ!! 黒く塗れる景色シュバルツ・フーレンっ!!」


 クラウンの手から放たれた黒い穴は、不規則な軌道を描いて決して早くは無い速度で魔王の上空へ飛来。魔王の上空で静止した穴はそのまま暫く浮遊する。


「だ……大丈夫なのか?」


「黙って見てなさいっ!」


 息も絶え絶えなキグナスの言葉をハーティーが制止する中、不気味な程に静かな時が流れ魔王の再生が進む。


 が、それも長くは続かなかった。


 大人しかった黒い穴がほんの少しブレるように揺れたかと思えば、その瞬間、黒い穴が突然一回り大きくなる。


 黒い穴はそれから間を縮めながらその大きさを徐々に拡大させていき、景色を塗り潰す。


 まるで生命の鼓動の様に脈動しながら広がり続ける黒い穴はとうとう魔王にまで届き、そして──


 ──ズゾゾゾゾッ……。


 魔王の肉体が千切れ、穴に呑まれる。


「ああああぁぁぁぁぁっ……」


 高く悲痛な泣き声を絞り出す魔王は、そんな黒い穴を消さんと新たに産み出した触手を用いて叩き付けようとするが、振り下ろされた触手はなんの抵抗も無いままに黒い穴に塗り潰すされ呑み込まれる。


 そして更に黒い穴は広がると、魔王の身体と拘束していた氷を呑み込み始め、その勢いが増していく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る