第六章:泣き叫ぶ暴食、嗤う強欲-6

 

 広がり続ける黒い穴。


 その穴に流れ込む様に肉体が引き千切られていく魔王は応戦とばかりに千切れた端から《超速再生》を発動し続ける。


 だがいくら《超速再生》の再生スピードが桁違いに早くとも、無限にも続く様な闇が呑み込む速さには敵わない。


 再生を猛烈な速さで続けていく魔王の肉体は、そんな穴の勢いに少しずつ押されつつあった。


 血、表皮、筋肉、骨……。次々に持って行かれる自身の肉体。そんな現状を恐怖し、把握したのか。魔王は自身同様に吞み込まれた氷の拘束が緩ゆるむや否や再生された鰐にも似た口を天に向かって大きく開く。


 すると魔王はその口の中に一つの光球を作り出した。


 それはこの一戦で魔王が初めて使った魔法……《光魔法》の光球は魔王の魔力が注がれ、その光量と大きさを増していく。


 ここに来て初めて理性的な行動を起こした魔王はその光球を使い《闇魔法》の黒い穴を消してしまおうとしたのだろう。徐々に大きくなって行く光球に、一同は顔をしかめる。


 が、そんな中クラウンとキャピタレウスだけが不敵に笑う。


「ふふふっ……今更遅い」


「アレじゃあ足らんのぉ……」


 尚も大きくなっていく光球。ある程度まで成長したそれを魔王は黒い穴にぶつけるように口ごと傾ける。


 そして光球が穴へ触れたその瞬間。光球はまるで水に溶け出す砂糖のように形を崩しながら穴へ吸い込まれていき、比例して光量と大きさが弱まっていく。


 更には口ごと傾けた影響により頭の一部が巻き込まれ嫌な音を立てながら肉片としてむしり取られていく。


 これは単純にクラウン達が作り出した《闇魔法》の方が制圧力が強いからというワケではない。含有されている魔力の量に関しては寧ろ魔王の光球の方が多く、また高位な魔法である。


 だかしかし、所詮は僅かな理性による付け焼き刃。


 あの土壇場で作り出された光球は今の本能が大体を締める魔王ではゴリ押しで発動するのが精一杯で、細かな調整や精密なコントロールが出来ている程ではいない。


 そしてそんな粗雑な《光魔法》には見えはしないが綻びがいくつもあり、欠陥だらけで見るに耐えない代物。クラウン達の様に四人の力を結集させた《闇魔法》を前に、その程度の魔法で打ち消す事は叶わないのだ。


 それから綻びだらけの光球は無残にも闇に溶け続け、後には最初から何も無かったかのような空間だけが残る。そんな空間も、黒く塗り潰されて穴の一部と化す。


「ああぁぁぁぁぁっ」


 それを目の当たりにした魔王は低く唸り、本能からか、または僅かに残った理性からか。ボロボロに崩れる肉体を顧みる事なく踵を返してその場から逃走を謀る。


 肉体を変質させ身体のあちらこちらに不揃いな足を生やし、ジタバタとムカデの様に忙しなく足を動かす魔王。その姿は悍しく怖気が走る一同に対し、一人クラウンは静かに笑う。


 それは魔王のその滑稽な様にでは無く、彼のある懸念が払拭されたからだ。


(ふふふっ……。推察はしていたが、やはりまだ僅かにだがあったか、理性っ!これならば……)


 クラウンがそう内心で笑う中、黒い穴から逃れようともがく魔王だが、その距離は一向に遠ざかってはいない。


 何故なら黒い穴はその周囲のあらゆる物──物質は勿論、周りの空気や重力までもを塗り潰し、真空となった空間に魔王が捕われているのだ。


 更に穴に身体が次々に吸い込まれて行き、新しく作り出した無数の足も持って行かれその場に崩れ落ちる。


 それでも足掻き、もがきながら《超速再生》で再生を繰り返す事、十数分。魔王の動きが明確に鈍くなり始める。


 そして黒い穴に吞み込まれ続けている肉体はその再生速度が目に見えて落ち、遂には……。


「……と、止まった、のか?」


 魔王の肉体はそれから再生される事はなく、ただ一方的に肉が削がれていくのみ。それはつまり魔王の魔力が漸く底を尽き、《超速再生》が発動出来なくなった証。もう、再生しない。


 それを確認した一同は各々思い思いに一息つき、安堵する。


 後は魔王をこのまま黒い穴に吞み込ませれば自分達の役割は終わる。張り詰めていた緊張の糸が皆の中で緩み始める中、クラウンはキャピタレウスにバレないよう隙をついてキグナス、ハーティーに《解析鑑定》を発動。その素性を確かめ、そしてほくそ笑む。


 そして心の中でそれをそっと仕舞い込んでから、徐々に骨だけになっていく魔王に目を移す。


 その骨格は、本当にこんな生き物が元々人型だったのか疑わざるを得ない形状であり、どちらかと言えばクラウンの前世で言うところの恐竜の骨格に似ている。


 そんな骨格を、クラウンは自身が作った黒い穴を絶妙な魔力加減でコントロールし、わざわざ残している。


(何かに使えそうだしな。勿体ない勿体ない……)


 それからクラウンは黒い穴を更に操り、魔王の肉片を隅々まで穴に吞み込ませた後、黒い穴が入るだけの大きさのポケットディメンションを開き、そこに完全に黒い穴を放り込んでから、漸くその制御を解除する。


「……穴の中に穴を入れるって……。最初聞いた時イマイチピンと来なかったが。目の当たりにしてもよくワカンねぇな」


「何だって良いじゃない。これでお館様の面子も多少は回復出来るわけだし。わたし等の役目は終わり。後は……」


 キグナスとハーティーが二人で骨となった魔王の方に視線を移す。


 そこには無残に散らばる巨大な骨とは別の小さく静かに、けれども確かな鼓動を感じる〝何か〟があった。


 丁度人間大の大きさのそれは規則的に脈打ち、血に塗れながら何故か沼地に足を付ける事はなく、ただぼんやりと僅かに宙に浮いている。


「さてさて。ここからが〝本番〟だ」


 クラウンはそう口にすると《蒐集家の万物博物館ワールドミュージアム》内に格納されている燈狼とうろう障蜘蛛さわりぐもをそれぞれ取り出し、


「シセラ、来い」


 その声に応えるよう黒い光球がクラウンの胸中から飛び出し、猫の姿になると同時に大型肉食獣の形態へ移行する。


「アレが、「暴食の魔王」……ですか?」


「ああ。アレが奴の本体だ」


 クラウン達が散々資料を読み漁り、関連文献の断片など細部に渡るまで調べ尽くした結果、判明した事実がある。


 それは「暴食の魔王」が暴れ始めた初期の頃。同族の勇者である「節制の勇者」により次元の狭間に縛り付けられる封印を施された際に、〝あの姿〟になった事がある。というもの。


「節制の勇者」の力によりその力の大半を封印されていた「暴食の魔王」であったが、それでも奴の力は脅威であり、化け物の状態の際にかなりの力を使ってしまった「節制の勇者」は最終的にアレにやられた。


 それがクラウン達の目の前に佇み脈打つ、まるで心臓のような「暴食の魔王」の本体である。


 クラウン達の本命は、寧ろこれから始まるのだ。


「……本当にお一人……シセラと二人だけで挑むのですか?」


 側に控えるマルガレンがクラウンにそう心配そうに語り掛けるが、マルガレンに振り返るクラウンの目には、不安や怯えなど一切滲んでいなかった。


 寧ろその逆。クラウンの目には、興奮と期待。まさに欲塗れの苛烈な感情だけが存在していた。


「何を言っているマルガレン。これから始まるのは楽しい楽しい〝料理の時間〟だ。戦いながら奴に残った理性に語り掛けスキルを全て手中に収める……。それはもう丁寧に……丁寧にだ」


 口角を吊り上げ笑うクラウンに、マルガレンは却って安心したように息を吐き、頭を下げる。


「いってらっしゃいませ。存分にお楽しみ下さい」


「ああ行ってくる。土産は期待するなよ。全部私の物だ」

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