第六章:泣き叫ぶ暴食、嗤う強欲-7

 

「……クラウンは、大丈夫だろうか?」


 そう呟いたのはキャピタレウスに《回復魔法》で治療して貰っているガーベラである。


「そう心配するでない。アヤツがそうすると頑なに決めた事じゃ。ワシ等では止められん。それよりオヌシも魔力を傷に集中せい。治りの早さがマシになる」


 《回復魔法》は外傷や疾患を魔力によって一時的に補強し、自然回復力を高めながら治癒させていく高位魔法。使ったからといって直ぐに完治するわけではないが、状態の悪化は無くせる。


 本来ならばもっと効果の高い《回復魔法》でもってすぐ様に完治させる事も可能ではあるが、今のキャピタレウスにそこまでの余力は無い。


 強大な《闇魔法》発動の為にギリギリまでクラウンに魔力を与えた事に加え、アーリシアの《救恤》の内包スキルである《献身》を一時的に貸与された負担がのし掛かっていたのだ。


 《献身》はエクストラスキルに及ばないスキルではあるが勇者由来のスキルには変わりなく、《供給》により貸与された勇者でない人間にとって、その反動は大きかった。


 キャピタレウスが曲がりなりにも元勇者という特殊な立場の人間でなかったら、《献身》の貸与という負担は疲労や肉体だけに済まされず、精神や魂にまで影響した可能性すらあった。


 作戦会議を行なっていた段階で懸念し、念の為だと《献身》の貸与をキャピタレウスに指名したクラウンの判断は正しかったと言える。


 しかしそれでも負担は大きい。


 軽い口調のキャピタレウスではあるが、こうして治癒している相手の協力あって初めてまともに効果が働いてくれる。それ程までにキャピタレウスはギリギリだった。


「まったく。この老いぼれで、しかも師であるワシをコキ使いおって……。魔法の訓練の際は覚えておれよ……」


「はっはっはっ。そう弟をイジメてやらんでくれ老師。あの子はああ見えて身内に甘々だ。厳しい物言いや態度は大体が愛情の一面でしか無いのだよ」


「まあ尤も、私には愛情一杯に接してくれるがなっ!!」と語気を強調して心底上機嫌なガーベラに、キャピタレウスは苦笑いだけをして応える。


 今の彼女は弟を心配する反面、心の底から機嫌が良い。


 クラウンを今の魔王の段階まで完璧に守り通し、姉としての責務と威厳を遺憾無く発揮し、更には弟の成長具合まで知れた。弟が可愛くて仕方が無いガーベラにとって、これ以上の愉悦は無い。


「上機嫌なのは良いが、もう少し真面目に魔力を操ってくれんかのぉ……。こう治りが遅くては後の二人を治す前にクラウンが奴を倒してしまう」


「む、むぅ……。いや、すまないな老師よ。私は剣技には自信があるのだが、魔力関係はてんでポンコツなのだ。量は多少あるのだが、その制御がどうもおぼつかん。こう見えて全力なのだよ、全力」


 ガーベラの魔法、魔術の才能は、まさに絶望的だった。魔力量自体は豊富にあるものの、二十歳を越えた現段階でさえ、才能の無い一般人にすら劣る程であり、蝋燭に火を灯す事すらままならない。


 その最たる原因は、圧倒的なセンスの無さ。


 魔法とは基本、全身を血流の如く流れる魔力を操り発動させる現象であるのだが、ガーベラはその〝魔力を操る〟という感覚がまるで理解出来ないのだ。


 高位魔導士は勿論、一般的な魔術士。ひいてはセンスがある一般人が殆ど無意識に出来る魔力の制御を、ガーベラは全神経を集中させなければ使えない。それこそ先程披露した《秘奥・龍閃》に近い集中力でもって挑む必要がある程に、ガーベラのセンスは絶望を極めていた。


 幼き日。クラウンが生まれ、この子を護らねばと強く心に誓ったガーベラは、そんな魔力の制御を早々に諦め、全身全霊で剣技にのみ集中した。その結果誕生したのが建国以来、初の女剣術団団長という剣姫である。


 その話を聞いたキャピタレウスは、そんな馬鹿なと嘲笑する。


 何故ならばそんな人物を、キャピタレウスは見た事が無いからだ。


 どんな人間にせよ、その身に魔力が宿っているのならば、才能の差異はあるにせよ蝋燭に火を灯す程度ならば万人に可能。


 《炎魔法適性》が無くとも、それ程度の魔法の行使ならば魔法発動による代償はごく僅か。火に一瞬手が触れる程度の熱を感じるに留まる。故に一般人は魔術そのものは行使しないまでも、簡単な生活にちょっとだけ使用するくらいは当たり前にしている。


 しかし、目の前にいるこの小娘は、それすら出来ぬとほざく。キャピタレウスには意味が分からなかった。


(だがさりとて嘘を吐く意味が無い。ならば真実なのだろうが……)


 キャピタレウスはガーベラの傷を治す暇を持て余し、思考に入る。《思考加速》によって引き伸ばされた時間の中、没頭するように考えをまとめ始める。


(魔力の制御をそこまで出来ない事には理由があるという事かの?何か原因があれのだとすれば……病? ……いや、世の中にはそういった類の病もあるが、コヤツには他の兆候は見受けられない。ならば……)


 可能性を模索する中、彼女に関するもう一つの異常性にもメスを入れる。


 それは彼女の圧倒的且つ流麗で完璧なまでに冴え渡る剣技。彼女の年齢から考えても、その技術や才能は異常と言わざるを得ない代物。無関係と断ずるには余りにも大きい。


(その双方が関係しているのだとすれば……。その正体は、スキルか?)


(だがそれにしても……)とキャピタレウスは頭を捻る。これまたそんなスキルは聞いた事が無いからだ。


 魔力制御を失う代わりに剣技が冴え渡る。


 そんなスキルを今年で八十にまでなるキャピタレウスは聞いた事もない。そんな考えが頭を過り、ちょっとした好奇心が疼いた。


 だがキャピタレウスが初めてガーベラと引き合わされた際、クラウンによりかなり厳しく言われていた事を思い出し、キャピタレウスは悩む。


 悩んで悩んで悩み倒して、結局は好奇心がそれらを雑に塗り潰した。きっとバレるし、後で滅茶苦茶に怒られるだろうが、それでもキャピタレウスは決行する事にした。


(まあ、アヤツも結局はあの二人に使ったんじゃ。文句を言われたらそれをネタに言い返してやるわい)


 そうして言い訳によって武装したキャピタレウスは、可能な限りコッソリと《解析鑑定》をガーベラに発動させる。


 そしてキャピタレウスは、ガーベラの中に潜む魔王顔負けの〝それ〟に、静かに息を呑んだ。






 クラウンがゆっくりとした足取りで魔王の本体に歩み寄る最中、魔王の本体もまた、それに呼応するように変化が生じ始める。


 躍動していた鼓動はその速さを増していき、かと思えば少しずつ落ち着きを取り戻して最終的には動きを止めてしまう。


 そして何かしらの力によって浮遊していた本体がそのまま血と体液と泥が混じった沼に着地し、倒れ込む。


 まるで死んでしまったかの様な本体の様子に訝しむシセラだが、横にいる主人のクラウンの変わらぬ様子を見て気持ちを改める。


 ある程度の距離まで近付き、その趨勢を見守る為に立ち止まった一人と一体は、〝彼〟が目を覚ますのを静かに見守る。


 それはまるで我が子の誕生を嬉々として見守る母親の様で、それが却って側から見ればかなり不気味な光景だ。


 そうして静かに見守る中、鼓動を止めた魔王の本体がまたも脈動する。


 しかし今回は先程と違い、まるで中から何かが殻を破ろうともがいている様に見え、それを確認したクラウンとシセラは身構える。


 次第にその脈動は激しさを増していき、遂には中から中身が飛び出す。


 それは腕であり、血に塗れながら突き出されたその手は殻となっていた肉を支えにその全身を這い出させる。


 中から現れたのは闇色に染まる長髪を血に濡らした青年。肌の色は浅黒く、頭には左右の顳顬こめかみから鋭く捻れた黒角を生やし、尾骨のある位置からは細くしなやかで強靭な角と同系色の尻尾が生えている。


 肌に纏わり付く血と同色の瞳は未だ濁っていて意思を感じさせないが、現れた青年はゆっくりと顔を上げ、クラウン達を見遣る。


 それを目の当たりにしたクラウンは心底嬉しそうに嗤いながら、ゆっくり語り掛ける。


「初めまして「暴食の魔王」。そしてようこそ」


「……」


「さあ、君の最後の晩餐だ。楽しく嗤って楽しもうじゃないか」


「……」


 無反応を貫く魔王に、クラウンは「ふむ」と小さく唸ってから燈狼とうろうを構え、ちょっと強めに横に切り掛かってみる。


 その一撃は腕くらいならば簡単に切り落とす程の威力であった。


 すると魔王は一切意に介する事なく右腕を盾にして燈狼とうろうの一撃を受け止める。


 硬質な物同士がぶつかった音を響かせながらクラウンが魔王が盾にした右腕を見てみると、そこには骨によって形成された小さな盾が出来ており、一切刃を通していない。


 だがクラウンはそんな事は些細な問題だと一蹴するようにまた笑い、刃を突き立てたまま燈狼とうろうに魔力を流し込んで刀身に火炎を纏わせる。


 更に燈狼とうろうの内包スキルである《魔炎》を使い、纏わせた火炎に闇属性を付与。そのまま右腕を骨の盾ごと燃やし尽くさんと試みる。


 すると魔王は漸くまともに反応し、凄まじい力で燈狼とうろうの刃を右腕で弾くと、その場を離脱するように跳躍して魔王だった巨大な骨の上に着地する。


 それを目で追ったクラウンだったが、その魔王の全身像を見て眉を潜める。


「ふっ……。もう自分には必要無いって? まったく勿体ない……。元同性として憐みを感じる」


 浅黒い肌の全裸の青年の姿で露わになる魔王だったが、そこには性別を決定付ける象徴は既に無かった。


「魔王の呪い」によって大きく変質してしまった魔族の青年は、最早性別などに縛られる存在ですら無くなり、全く別の生物となっている。


 自分は勘弁願いたいなと内心で呟いていると、魔王は突如右腕を天に掲げ始める。


 何事かとクラウンとシセラが魔王を観察していると、先程から沼地に転がり、物によっては沈んでいる元魔王の巨大な骨格が宙に浮き、次々と掲げられた魔王の掌に集約されていく。


 骨はその堅牢そうな形状を変え、大きさすら変質させながら一つ所に集まり続ける。そして最後の骨が掌にに集まると、それはまるで粘土のようにうねり、形を変えていく。


 元々骨だったそれは徐々に明確な形へと整っていき、最終的には身の丈程もある巨大ハンマーへと変貌する。


 骨の硬質感をそのままに、白骨色で所々刺々しく、更に中央に女性の顔らしき物を形取ったそのハンマーが完成した瞬間、ハンマーと魔王はリンクするように暗黄色のオーラを纏い始め、クラウン達を見据える。


 それは魔王の準備が整ったという合図であり、これから壮絶な戦いが始まる予感をさせた。


「ふっふっふっ……。わざわざ骨を武器に加工してくれるとは……手間が省けた。また楽しみが増えて私は嬉しいよ」


「……余裕ですねクラウン様」


「余裕? 違う違う……。そんなもの一切していないさ。現に──」


 そこまでクラウンが口にしたその瞬間──


 ──ガキィィィィンッ!!


 凄まじい衝撃音と突風を発生させながら魔王が目にも留まらぬ剛速でクラウン達の目前まで瞬間移動し、ハンマーをクラウン目掛けて振るった。


 クラウンはそれを燈狼とうろう障蜘蛛さわりぐもでなんとか受け止め、冷や汗を流す。


「ほうら……一切舐めてなんて掛かれない……。全力でやるぞシセラっ!!」


「御意のままにっ!!」


 こうして「暴食の魔王」と「強欲の魔王」の戦いが、漸く本当の意味で始まったのだった。

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