第五章:正義の味方と四天王-8
翌日の早朝。
楽しそうに談笑している者達も居れば、些細な事で喧嘩を始めてしまい、その場で派手に魔術の撃ち合いが始まってしまう者達も居る。
というか喧嘩している方が多いな。
そんな争いを見付けては教師が駆け付け仲裁し、また別の場所で勃発すれば駆け付ける……。それが今見ただけでも三箇所で起きた。
私の時──第一次新入生入学式の時はここまで血の気は多くなかった。
確かに私が蝶のエンブレムである事に不服だった者達が入学式で突っ掛かって来はしたが、こんな入学式前に一悶着起こすような事が頻繁する事は無かった。
師匠の言う通り、本当に〝問題のある者達〟を多数採用したらしい。
近い内に起こる戦争に備えての緊急的な補充ではあるが、本当にコイツ等が当日に
仲間内でただ混乱を招くだけの輩は寧ろ邪魔なんだがな……。
「そう露骨に不満そうにするでない。オヌシに比べれば、皆可愛いもんじゃよ」
私の背後で溜め息混じりにそう告げたのは我が尊敬する師匠、フラクタル・キャピタレウス。
師匠は見栄えする装飾が施されたローブに身を包むと、姿見の前でおかしな所は無いか身体を捻りながら確認し、小さく「よし」と呟いてから登壇の挨拶で使うカンペを袖にしまう。
「私の様なのが複数人居ては堪りませんがね。真っ先に目を付けますよ」
「……良い意味か悪い意味かは聞かんでおこう。それよりさっきから外眺めとるが、オヌシの準備は済んどるのか?」
「勿論。師匠待ちですよ」
「可愛くないのぉ、ワシの生涯最期の弟子は……」
入学式が始まり、多目的ホールに在校生と第一次新入生、それと今回の主役である第二次新入生達が
本来在校生に加え第一次と第二次の生徒達が多目的ホールに集まればそれこそ立っているのがやっとな状況になる筈なのだが、幸か不幸か、あの新入生テストでの惨劇により第一次新入生の数は激減し、結果として多目的ホールには多少余裕が生まれている。
そんな事を他の教師陣も思ったのか、皆が皆悲痛な面持ちで集まった全校生徒を見詰めていた。
入学式はその後、先程見た頻出する喧嘩は何だったのかと思わせるほど滞りなく進行し、生徒会長、教頭、来賓、学院長である師匠が順番に登壇していき、第二次新入生への挨拶を済ませる。
しかし流石は師匠。生徒会長、教頭の時は特に反応が無かった第二次新入生達だが、師匠が登壇した瞬間場がザワつき、皆口々に「本物のフラクタル・キャピタレウスだ」と若干興奮している。
伊達に最高位魔導師をやっていない。
と、師匠の挨拶が終わった。
ではいよいよ──
「ではここで第一次新入生代表であり、学院で唯一の蝶のエンブレム資格者「クラウン・チェーシャル・キャッツ」による入学の挨拶を始める。クラウン・チェーシャル・キャッツ、壇上へ」
私の番がいよいよ来た。
しかしこの言い方だと第二次にも蝶のエンブレム資格者は居なかったようだな。
だからといって優秀な者が居ないというわけではないだろうがな。寧ろ同年代で私に迫る強さの者が現れたらそれはそれで困るが……。
……まあ、それはいいとして。
私は司会進行を担当している教師に言われるがまま全校生徒の正面ステージに登壇する。
すると案の定、先程の師匠の時とはまた別種のザワつきが第二次新入生達から起こり、第一次の時同様口々にやれ「どれほどの実力だ」だの「どんな家柄だ」だのとつまらない事を
そんな第二次新入生の反応を隣の列で動揺しながら見ているのは第一次新入生達。
第一次入学式で私の実力を知り、その後幾度と私が稽古場や屋外訓練場で研鑽している姿を目の当たりにして来た彼等にとって、今第二次新入生が取っている行動はまさにかつての我が身そのもの。
第一次入学式時同様のあのいざこざがまた起こるのではないか、私からのとばっちりが来るのではないか、と皆が皆不安気である。
だが今回は前回の時の様なグダグダな結末にはしない。
あの時のように無駄な労力を費やしてやる気は無いのだ。最小限で最短最速で大人しくさせよう。
「まずは第二次新入生諸君。入学おめでとう。僭越ながら先達──第一次入学者の代表として、挨拶をさせて貰う」
……反応は無し。が、そこはどうでもいい。
「君等は本当に運が良い。まさか二度目のチャンスが転がり込んで来るなどと思ってもいなかっただろうからな。先に旅立たれた同胞達に感謝しつつ、どうか弔いの意を抱いて欲しいものだ」
私がそう告げると多目的ホール全体が更にザワつく。
そりゃあ、人によっては「不謹慎だ」と怒り出す者が現れても不思議ではない出だしだからな。
それに聴き方によっては喧嘩も売っている。第二次新入生達の内心は穏やかではないだろうな。
だがこれで、第二次新入生達皆が私に少なからず敵対心を抱いてくれた。これなら〝分かりやすい〝。
「実は前回──第一次入学式の際、君達が今抱いているのと同様に私の実力に不満を抱いた者が多くてね。実力を示せとその場で私と不満連中で派手に暴れてしまったんだよ。あれは実にいただけなかった。反省しているんだ、私は」
コントロールが難しくて難儀していたが、こうして私に敵対心を抱いてくれた者を感知系スキルで特定し、全校生徒から第二次新入生達だけをロックオン。これならば他生徒や教師は巻き込まない。
「だがだからと言って皆の気は
私の煽り挨拶にザワつきが一部怒号に変わる。すると何人かは怒り心頭で私の元まで何かを喚きながら近づいて来た。
中には先程見た喧嘩をして目立っていた輩も混じり、額に青筋を立てているのが見て取れる。
きっと中々の実力者なのだろう。
性格云々は置いておいて、きっと地元じゃあ比肩する者が居ないような、そんな才能溢れる若者達なのだろう。
だが、その足は決して私の元までは辿り着かない。
「さあ諸君。是非〝これ〟に耐えて私を驚かせてくれ。そして願わくば──」
第二次新入生全員に対し《恐慌のオーラ》を発動。
「私に〝価値〟を示してくれ」
その瞬間、まるで時間が止まったかのように先程までの騒ぎがたちまちに凪ぐ。
そして数秒とした後、第二次新入生の幾人かがその場に倒れ始め、それがきっかけで
中には全身から脂汗を流してそのまま背後にある多目的ホール出入口へ走り出してしまう者も出始め、第二次新入生達は混乱を極めた。
先程まで私の元に来ようとしていた怒り心頭だった者達も、今では腰を抜かして尻餅を着き、そのままの体勢で後退りを始めた。
それに比べて周りの在校生や第一次新入生、教師陣はケロっとしており、何故急に第二次新入生達が錯乱し出したのか分からずに狼狽える事しか出来ないでいる。
いやはやしかし、効果は絶大だな。
他者に対して恐怖を植え付けるこの《恐慌のオーラ》だが、強力な反面範囲が限定し辛い。下手な使い方をしてしまうと味方や無関係な者にまで影響が波及し、収拾がつかなくなってしまう。
故に第二次新入生達に私に敵対心を敢えて植え付けることで《精神感知》や《危機感知》を駆使して特定。狙いを付ける事で可能な限り限定的に《恐慌のオーラ》をぶつける事が出来た。
とは言っても全力で《恐慌のオーラ》を使っているわけではない。
消費する魔力量を調整し、恐怖を通り越して暴動を起こすギリギリにまで威力を抑えてある。
これによって手っ取り早く第二次新入生達に私の実力を示してやる事が出来──ん?
改めて混迷する第二次新入生達を眺めてみれば、その中で五人だけ、平気とまではいかないが確固たる意思を持って私を見据える者達が居た。
睨む者に戸惑う者、痩せ我慢している者に不敵に笑う者。そして──
……ふむ。私に憐みを感じる奴が居るのか。
理由は知らんが、その前に──
私は《恐慌のオーラ》を解除すると、一つ咳払いをする。
恐怖の余韻が残る第二次新入生はそれだけで意識を私に向け、改めて私に注目させる。
「驚かせて申し訳ない。しかしこれで分かったろう? 私と君達にどれだけの差があるか──蝶のエンブレムがどんな者に相応しい勲章なのか……。だがまあしかし──」
《恐慌のオーラ》に耐え、今も立ち続ける五人にそれぞれ視線を送り、露骨にその五人に対して語り掛ける。
「私も少し認識を改めよう。君等の中にも確かな実力者が居た。中々どうして馬鹿に出来ない。……しかしそれでは中途半端だ」
私は笑みを作り、ゆっくり言い渡す。
「耐えられた君達は正午、屋外訓練場に来なさい。君達のなけなしの心の柱を、きっちり綺麗に折ってあげよう。楽しみにしていなさい」
そう告げ、私はそのままステージの袖に向かい歩き出し、垂れ幕に姿が隠れる直前、最後に
「因みに別に来なくとも良いぞ? だがここまで言われて平気な奴や怠惰な奴など、留意する価値も無い」
そしてそのまま師匠が青い顔をして待つ垂れ幕奥へ帰った。
「やってくれたのぉ、オヌシ」
師匠に連れられやって来たのは入学式が始まる前まで居た控え室。
そこで師匠は呆れ半分怒り半分といった具合で頭を抱えた。
「気質に難があるという話でしたから先手を打ったまでです。第一次入学式であの有様だったんです。今回はあれ以上の惨事になる事は想像に難くないではないですか」
あの時より実力が格段に増した私と、以前より気質が荒くまた実力もある第二次新入生達があの多目的ホールで暴れたならホールは耐えられない可能性がある。
それになにより集まっていた人数自体が以前より増えているのだ。被害が出ても何ら不思議ではない。
「そうは言うが、もっとやり方が──」
「思い付かなかったから師匠もあの場で私を止めなかったのでしょう? その点を鑑みれば、師匠とて共犯です」
「共犯ときたか……。仮にアレで戦意喪失し、今後の授業や将来の戦争で使い物にならなかったらどうするつもりなんじゃ? 責任取れるのか?」
「あれでも調整していたんですよ。寧ろあの程度で今後影響が出るようなら授業は兎も角、戦争などとてもとても……。まあ、何かしら発破を掛けられるような機会は作る予定ですが、そういった点も含めての〝脅かし〟です」
「まあ、理解は出来るが……。というかオヌシ、何をしたんじゃ?魔法ではないように見えたが……」
「ちょっと脅かしただけですよ。まったく、最近の若者は根性が足りませんね」
「学院の若者代表が何言っとるか」
と、そこまで会話をしていると、控え室の扉が数回ノックされ、師匠が「入りなさい」と声を掛けたタイミングで教師の一人が入室して来た。
「お話中失礼します。第二次新入生達の様子なのですが、今は皆が落ち着きを取り戻し、逃亡した新入生達も無事保護しました」
「そうか……。入学式は?」
「はい。クラウン君の挨拶が式の終盤だった事もあり、多少混乱気味ではありましたが、そのまま進行し終わらせました」
「分かった。君達は後片付けを済ませてしまいなさい。ワシはもう少しコヤツと話す事がある」
「はい。畏まりました」
そう言って教師が頭を下げてから控え室を退出すると、師匠は盛大に溜め息を吐いてから私を
「ほれ見ろ。教師陣もてんやわんやじゃ。無駄な仕事を増やしおって」
「多目的ホールの修繕と被害者へのケアを鑑みれば、天秤は私に傾くと思うんですがね」
「口答えするでないわっ! ……しかし、あれだけの混迷していた状況の中、まさか立ち続ける者が
師匠はそう口にしながら控え室内の椅子に座り、深い溜め息を吐いてから悩まし気な表情を浮かべる。
「アレには少し私も驚きました。一人くらいは居こそすれ、まさか立ち続ける者が五人も現れるとは予想していませんでしたから」
「で? オヌシはその者等に挑戦状を叩き付けたワケじゃが……。本気か?」
「と、言いますと?」
「オヌシの脅しに耐えた者達じゃぞ? そんな彼等を労いこそすれ、更に心を折る必要があるのか?」
「ありますね。あれに耐えられたからと調子に乗られては困ります。あの場でも言った通り、キッチリ綺麗に心を折って身の程を知ってもらわなくては」
「……容赦ないのぉ」
「容赦してする後悔ほど、遣る瀬無いものはありませんよ……」
ほんの少しだけ前世の時分を思い出した私は窓際へ移動し、そこから入学式を終えて各々の帰路に着く生徒達を眺める。
「人は意外と、背中から他人を刺す事に迷わないんです」
「……何の話じゃ?」
「……いえ、なんでも」
あの日、あの時……。
私が君の言葉に
私に後悔を抱かせる事なく、逝かせてくれたのだろうか?
なあ……
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