第五章:正義の味方と四天王-7
──《神聖魔法》とは。
この世界で存在が信じられている神々を心の底から信仰し、その信仰した神々の恩恵をほんの僅かばかり行使出来る、基礎五属性と中位二属性、そしてそれらからなる複合属性の魔法とは隔絶された魔法系エクストラスキルの一つである。
ただ信仰し続けるだけでは意味は無く、何らかの条件を満たさなければどれだけの年月信仰し続けようと習得する事は叶わないという《神聖魔法》。
スキル制覇を人生の目標に据えている身としては、当然押さえておかなければならないもの。故に私は《神聖魔法》というものを知ったその日に調べられる限りを調べた。
結果、出て来たのはどれも曖昧で断片的なものばかり。
信仰する神によって習得する条件も変わる事もあれば、同じ神であるにも関わらず条件内容に差異が見られたり、はたまた違う神である筈なのに似たような条件だった事例もあるという。
そんな曖昧だらけの《神聖魔法》。必然、習得者の数は年々少なくなり、今では幸神教を始めとした活発に布教活動している教会やその宗派の幹部クラスでないと扱える者は居ない。
そしてそんな《神聖魔法》を習得するとなれば、それこそ大きな教会に入信なりし、何年と掛けて修行するしかないと当時は愕然としたのだが、そんな折、アーリシアが《神聖魔法》を習得した。
幸神という幸福や安寧を司る神を崇める世界最大級の教会「幸神教」の神官であり将来的に神子として奉られる予定の彼女にとって《神聖魔法》は必須事項の一つであり、それを彼女は見事習得していた。
これは教わらない手は無い。
善は急げとばかりに時間がある今日、本来ロリーナに魔術を教える時間を利用してアーリシアから《神聖魔法》をご教授願おうというわけである。
「それはつまり、私も《神聖魔法》の習得を?」
そう言って首を傾げるロリーナに、私は頷きながら答える。
「君には《風魔法》と《水魔法》、それに《光魔法》の適性がある。稽古次第ではいずれ《回復魔法》や《浄化魔法》が使えるようになるだろう。それらと《神聖魔法》の相性は非常に良いというからな。習得出来る機会があれば試してみて損はない」
「そうですか。わかりました」
「ちょ、ちょっとちょっとっ!!」
ロリーナが納得したタイミングでアーリシアが慌てたようにあたふたしながら私ににじり寄って来る。
「なんだ?」
「なんだ? じゃなくてっ! なんだか簡単そうに言ってますけど、《神聖魔法》は一朝一夕で体得出来るようなものではないんですよっ!?」
「ああ。理解している」
「本当ですかっ!? 私が《神聖魔法》の習得に成功したのは幼少より教えられ続けた知識や歴史、そして何より無心の信仰があってこそですよっ!? 幸神教の幹部ですら一部しか使えない魔法を、こんな稽古場の……しかも私から教わろうなんて……っ!!」
ふむ。それはそうだろう。
私だって簡単に習得出来るなどと考えていない。
だからだ。
「相応の時間を掛けるつもりだ。別に近々で習得したいとまでは思っていないからな。目安としては……五年くらいか?」
「それでも短いと思うんですけど……。他の事に時間を割いた方が得じゃありませんか?」
「ああ。だから今日はお前に《神聖魔法》の信仰の基礎を習いたい。習得する為の条件やらはその後考えて決める。どうだ?」
「まあ、それなら……」
不承不承と頷いたアーリシアはその場に座り込むと私達にも同じように座るようジェスチャーで促す。
私達はそれに従い、互いが対面出来るようその場に座ると、アーリシアは自分の杖を私達の眼前に突き立てる。
「これは?」
「意識をこの杖に集中するようにして下さい。《神聖魔法》は他の魔法系スキルみたいな反復練習ではなく、極限の集中力を必要とします。この杖は取り敢えずのその集中先です」
「成る程な」
「いいですか? 《神聖魔法》は神を信仰し、その恩恵を僅かばかり頂く術です。まずは幸神様を──」
「ちょっと待て」
説明を始めたアーリシアを制止させると、彼女は首を傾げて「なんですか?」と聞いてくる。
「私達も幸神を信仰するのか?」
「え、しないんですかっ!?」
「しない……というか、私達は幸神教の信徒ではないからな。君のように幸神を信仰する意味は特に無い」
私の言葉に同意するようにロリーナが頷くと、アーリシアは顔を引き
「……それ、《神聖魔法》の根本を否定してません?」
「仕方がないだろう。それに幸神にせよ他の神にせよ、どうせ一から信仰するなら性に合った神を選びたい」
「性にって……。そんな武器選ぶんじゃないんですから……。それに幸神様なら私教えられますけど、他の神様の条件知りませんよ?」
「今日は信仰の基礎だけと言ったろう? 条件云々は後々だ」
「……分かりましたよぉ。……では二人は各々好きな神様を思い浮かべて下さい」
アーリシアがそこまで言うと、今度はロリーナがゆっくり手を挙げ、「どうしたの?」と聞くアーリシアの問いに続きを口にする。
「私、本当に詳しくないのでどんな神様が居るのか知らないんです。教えてくれませんか?」
「そ、それはまた、珍しい……」
「育ててくれたお婆ちゃんが無神論者だったんです。家にも宗教関連の本は一切ありませんでしたし、話にも出なかったので……」
何故か悪い事をしてしまったかのように表情を暗くさせるロリーナ。私はそんな彼女に「大丈夫だ」と声を掛け、前に読んだ書物の内容を思い出しながら神々について説明する。
「分神なんかを除けば、この世界で主に信仰されている神は八柱。人族で代表的なのは「幸神」だな。他にはエルフは「転生神」、ドワーフは「地神」、獣人は「法神」、魔族は「魔導神」、天族は「時空神」、鬼族は「力神」……。それと反社会的奴等の中じゃ「欲神」が信仰されている」
「欲神……。ですか?」
「ああ。欲望と感情を司る神で、この世界の生物に〝欲望〟を宿らせ、生きる糧を与えたと云われている」
「生きる、糧ですか?」
「良くも悪くも、生き物っていうのは欲望に突き動かされて生きている。食欲、性欲、睡眠欲、支配欲……。生きて行く上で無くてはならないものだ」
「詳しい、ですね」
「まあ、私が調べた中で一番共感出来た神だからな。仮に信仰するなら私は「欲神」だ」
私が〝死神〟業で利用している神。だが色々と調べた結果、判明したのは今話した事を薄く引き伸ばしたようなものくらいしか出て来なかった。
人族に幸神信仰が根付いている影響なのか、はたまた別の理由で広まっていないのか……。
まあ、今はそこはどうでもいいだろう。今は信仰対象の話だ。
「なら、私もやはり「欲神」を信仰してみようかな、と……」
「なんだ、いいのか? 私としては「転生神」とかオススメだが」
転生神に関しては信仰云々というより実際に私は対面しているならな。
十五年経った今でもあの時の情景は鮮明に思い出せる。
「いえ……。なんとなく他種族が信仰している神様は信仰し辛いといいますか……」
「そうか? 人族でも職種なんかで信仰対象は変わったりするぞ? 鍛治職人は「地神」を、医者や薬剤師なんかは「転生神」や「法神」。魔導師なんかは「魔導神」を……といった具合にだ」
「……なら」
ロリーナは少し考えるような素振りを見せて下を向くと、数秒して纏まったのか改めて正面を向く。
「決めました。私はやはり「欲神」を信仰したいです」
「そうか。君が決めたならば、もう私は何も言わん」
「……あの、アクセサリーや服選ぶんじゃないんですから……。はあ、まあいいや。じゃあまずは神様への信仰を深めます。杖に意識を集中させて下さい」
呆れ気味のアーリシアに言われ、私達は目を瞑りそれぞれの信仰対象に選んだ神を思い浮かべた。
そうだな。
当座の出来る事といえば……。
______
____
__
『……』
『……』
深い深い。クラウンの深層心理の奥の奥。
何処までも続く闇の中で、二つの影が闇に溶ける事なくただ
『……ふふふふっ。随分とまあ、殊勝な事をしているよ。
『信仰に意味など無い。必要なのは──』
『ああ。そんな理性的なモノは必要無い。必要なのはもっと本能的なモノ。信仰なんていう〝不純物〟は、
『語るのも馬鹿らしい』
『もっと欲しい』
『もっと食いたい』
『シンプルだ。それだけでいい。まあ、時間は掛かるだろうがな』
『さあ
『さあ
『『
__
____
______
……。
…………。
そう、遠くは無いか……。
約一時間。
私達はただひたすらに目を閉じて信仰対象をイメージし、それに対して集中し続けていた。
すると──
──きゅるるるるぅ……。
そんな、まるで緊張感の無い可愛らしい音が集中して無音と化していた稽古場に小さく響き、空気が徐々に弛緩し始める。
「……」
「……」
「……」
「……へへ、ごめんなさい」
溜め息を吐き、集中を解いた私達は稽古場に掛けられた時計に目をやる。
時刻は夕刻を過ぎた頃。夕食の支度を始めるのに丁度良い時間となっていた。
「そろそろ一旦引き上げるか。どうだロリーナ。何か掴めたか?」
「いえ……手答えは何も……。クラウンさんは?」
「私はまあ……。それなりだな」
「そう、ですか……」
「ふふふっ。消化不良だろう? 夕食の後にちゃんとした魔術の稽古をしよう。どうだ?」
「はい。お願いしますっ」
珍しく少し力が入った声に、やはり信仰の基礎練習だけでは不満だったのだろうと思い、内心で少し笑うと、横では腹を鳴らした張本人であるアーリシアが少々不満気に頬を膨らます。
「なんですかなんですかっ! それじゃあまるで折角教えた信仰の練習がつまんなかったみたいじゃないですかっ!!」
「いや、つまるつまらないとか無いだろ。ただただ頭の中で思い浮かべた神のイメージに集中するのなんて退屈で集中力がいくらあっても──」
「え? 退屈な事あります?」
……ん?
「な、なんですか、その珍しいものでも見たような顔……」
「だってお前……。一時間何もせずイメージに集中するんだぞ? それの何が退屈じゃないんだ?」
「普通色々イメージしませんっ!? 幸神様はどんな顔なんだろうとか、どんな性格なんだろうとか、声はどんなだろうとか、好きな物とか苦手な物とか……」
「……お、おう」
「一緒にお出掛けするならどこが良いかなとか、一緒にどんなご飯食べようかなとか……。あ、クラウンさんとは多分仲良くなれませんね。目指す方向が違うといいますか……。でもロリーナちゃんなら仲良くなれますよっ! 私が保証しますっ!!」
「……」
……成る程な。
〝これ〟が、《神聖魔法》を習得した者の心理。幸神教で将来神子になる子の信仰心か。
信じるとか信じないとか、そんな次元の話はしていないんだな。
「私達のしていた事なんて、おままごと以下だな」
「意識の差を痛感しました。なんだか不思議と悔しいです」
「ああ私もだよ。ふふふっ」
まさかここに来て姉さん以外で私が手も足も出ない事態に直面するとは思わなかった。
少し驕っていたのも確かだが、どうやら私は彼女を侮っていたらしい。
「確かに一朝一夕で出来る事じゃないな。ならば──」
「はい。私達は取り敢えずは普通の魔法を研ぎ澄ましましょう。そしていずれ……」
「いずれ習得してみせよう。《神聖魔法》を」
夕食の支度を終え、食器に料理を盛っている最中……。
「まったく。こんな時間に魔術の稽古じゃと? どれだけ人遣い荒いんじゃオヌシは」
そう食卓に座りながらぶつくさと文句を呟く師匠の前に、盛り終えた夕食を並べていく。
「魔物の肉とパージンの特産チーズを使った料理をご馳走するから、という条件を呑んだのは師匠ですよ? それなのに文句を言われる筋合いはありません」
「そうは言うがのぉ……」
まだ不服そうな師匠に若干苛立ちを覚える。
そりゃあこんな時間に稽古の監督を頼んだのは私だが、料理をご馳走するという話に納得して私の部屋まで来たにも関わらずそうぐちぐち言われては私としても気持ちの良いものではない。
……少し意地悪をしよう。
「そうですか。なら稽古は結構ですよ。ああ勿論、この夕食も下げさせて頂きます」
「あ、ああいやそれは……」
「御安心下さい。二人前程度私は食べられますので、師匠はどうぞごゆっくり自室で冷めた学食の残りでも──」
「っっだぁぁぁっ!! 分かった分かったっ!! ワシが悪かったわいっ!! 監督ぐらいしてやるからその美味そうな飯を下げんでくれっ!!」
「まったく……」
下げようとした師匠の皿を戻した後、自分とロリーナ、アーリシアの分を用意し終えた私は席に着き、そこで漸く夕食が始まる。
それから暫く料理に舌鼓を打っていると、ワインを呷って一息吐いた師匠は私に視線を動かす。
「そういえばオヌシ。準備は出来とるか?」
「準備? なんのです?」
「忘れたのか? 明日は漸く決まった新たな新入生──第二次新入生の入学式じゃ。その第一次新入生代表として、オヌシは登壇し挨拶するんじゃろ?」
ああ、それか。
しかし第一次やら第二次やらとややこしい。
「問題ありません」
「なんじゃ? その曖昧な言い方は」
「問題ありません」
「分かっておるのか? 今回入学させる生徒は、第一次で弾いた──才能はあるが〝問題がある〟者を多数採用したのだぞ? 第一次の入学式でもあれだけ噛み付かれたオヌシなら、明日の入学式で何が起こるかぐらい検討付くじゃろう?」
「問題ありません」
「才能という面だけを考慮すれば、その強さは第一次を凌ぐ可能性すらある。そんな奴等に一斉に来られてみぃ? 大惨事間違い無しじゃ」
「問題ありません」
「さっきからそればかりではないかっ!! 師匠の話くらい真面目に聞かんかっ!!」
「……安心して下さい」
私は手に持つナイフとフォークを一旦置き、ワインを口にしてから続きを口にする。
「前のような騒ぎにはなりませんよ」
「本当か?」
「ええ。そうなる前に
「……物凄く不安なんじゃが」
「ふふふっ。楽しみにしていて下さい」
それだけ告げて、私は再びナイフとフォークで肉を切り、口に運んだ。
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