第七章:暗中飛躍-18

 

 ──

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「ぐぁ……が……」


 目の前でこの廃村アジトで最後の盗賊が絶命し、膝から崩れ落ちる。


 トドメを刺した生徒は荒い息を吐きながら盗賊に突き立てた剣から手を離し、その場に力無く腰を落とした。


 私はそんな生徒に歩み寄り、優しく肩に手を置いてやる。


「本当にご苦労だった。後はゆっくり休みなさい」


「……はい」


 彼の返事を聞き、私はテレポーテーションを発動して彼と共に集合地点へと転移する。


 一瞬にして景色が変わり顔を上げてみると、そこには疲労と動揺と恐怖に彩られた表情を浮かべる生徒達の姿があり、皆一様に俯いている。


 私の演説で仮の覚悟を決めていたとはいえ、実際に人を殺めるという所業に手を染めた現実は彼等の胸に深々と突き刺さり、その痛みに苦しんでいるのだ。


 勿論、私がヘリアーテ達のように励ましてやる事も出来る。だが今五十人近い生徒達のメンタルケアをしている時間は残念ながら無い。まだまだ私には仕事が残っている。


「お疲れ様です。クラウンさん」


 最後の生徒をゆっくり休める場所まで案内し終えると、私の姿を見付けたロリーナ達五人が駆け寄って来る。


「ああ君等もお疲れ様。その顔を見るに……」


 彼等の表情は五人とも晴れやかなもので、他生徒達とは正反対。察するに私が出していた「力を見せ付け部下を確保する」という宿題を見事こなしてみせたのだろう。


「うんっ! なんとか出来たよっ!」


「おう。でもよぉ……。気持ち滅入ってる時に部下云々の話持ち出して誘うってのは、正直あんま気が乗らなかったな……」


「それも交渉術の一つだ。何かに縋りたい程に精神が追い詰められているなら勧誘の成功率も必然上がる」


「うっわ。アンタ相変わらずエゲツないわね……」


「何を言う。ここまでして勧誘に失敗するなど目も当てられんだろう」


 それにこんなものまだまだ優しい方だ。洗脳の初歩の初歩みたいなものだからな。


「兎に角。後で一応私に紹介しなさい。君等の部下は私の部下でもあるからな」


「え。今じゃないんですか?」


「落ち着いてからで構わんよ。それに私にはまだやる事がある」


「やる事、ですか?」


「ああ。他の盗賊アジトへ足を運び状況を知らねばならんし、盗賊の死体の処理もある」


 ムスカの眷属を通して一応大まかに把握はしているが、細かな状況までは分からん。実は何か見落としが生じてましたでは足元を掬われかねん。杞憂なら良いんだがな。


「し、死体の処理って……」


「何百体分の死体だ。放っておけば漏れなくここ等一帯は大量のアンデットの巣窟と化して土地が使い物にならなくなる。早急な処理が必要だ」


「それって……」


 そう。《結晶習得》で纏めてスキルに昇華させる。全てのアジトの死体を一箇所に……は流石に労力が凄まじいからアジト単位になるが、それでも燃やして回るよりは手間も掛らんし、何より有効活用出来る。


「でもどう言い訳するつもりよ? 燃やすでも無く数百体の死体が無くなってたら、ちょっと周りから怪しまれない?」


「そこは一応用意している。だから心配無用だ」


 少し強引な手段にはなるが、まあそこら致し方ないだろう。使える権力は存分に利用しなければな。


「さて。すまないがそろそろ私は各アジトへ向かう。君達は部下を含めた生徒達をなるべくフォローしてやってくれ。何かあればまた連絡するように」


 そう言って私はポケットディメンションを開いて連絡用に渡していた長方形の石板を取り出し指し示す。


 これは遠距離での連絡用にと皆に渡していた《遠話》のスキルが封印されたスキルアイテム。皆が《遠話》を持っていれば済む話なんだが、現状グラッドしか習得していないからな。


 ムスカの眷属も使えなくはないが、あれは私と彼等の間に一度ムスカを経由しなければならないのでレスポンスが悪い。


 値は張ったが、まあ必要経費だろう。


 と、いい加減向かわねばな。


「数時間以内に戻る。では頼んだぞ」


 それだけ言い残し、私は各アジトへと転移した。






 廃村アジトから北にある一つのアジト。


 一通りのアジトを巡り終え、最後にこの場に転移して来た私は生徒達の集合地点をぐるりと見回す。


 元々は人身売買を生業にしていた盗賊団のアジトであった洞窟の周りには、廃村アジトの集合地点同様に精神的にやられている生徒達が全員俯いていた。


 私は到着して少しの間そんな生徒達の中から〝彼〟を探していると、離れた所から一人の教師が私を見付け駆け寄って来る。


「やあクラウン君っ! お疲れ様っ!」


 疲れながらも元気良く挨拶して来たこの教師。実は彼、私が学院の入学査定の際に鑑定書を使って私のスキル(隠蔽済み)を確認したあの初老の教師だったりする。


 蝶のエンブレム資格者である私は授業が免除されているので余り教師とは会わないのだが、彼は入学して少ししたあたりで偶然出くわし、短いながらも顔見知りした仲である。


 教師陣の中では師匠を除いて一番親しみのある人だ。


「先生。どうやら首尾は上々のようですね」


「ああっ! 少し危ないところもあったが、なんとか軽傷者を出すだけに留めることが出来たよ」


 印象に薄いが、学院に勤務する教師陣は皆が皆中々に強い。


 複数人の盗賊程度であれば余裕で圧倒出来る程には実力があり、生徒達を守りながらの戦闘だってこなせる。でなければ世界最高峰の魔法学校の教師は務まらないだろう。


「それは良かった。こちらも軽傷者のみで重傷者、死傷者は居ません」


「重畳だねっ! 流石は蝶のエンブレム有資格者だっ!」


「資格に恥じぬ働きをしたに過ぎませんよ。それより一つお聞きしたい事があるのです」


 一通りアジトを周り、ある程度落ち着いた段階で最後にこのアジトに来たのには理由がある。〝彼〟の様子をしっかりと確認する為だ。


「聞きたい事? なんだい?」


「はい。確かこのアジトにはヴァイスが居た筈です。彼はどこに?」


「ああ彼かっ! 彼を探しているのか?」


「ええ。彼は目立ちますし、学院では人気者ですからすぐ見つかると思ったのですが見当たらず……。居場所をご存知ですか?」


 ヴァイスもヴァイスで学院内では割と名が知れ始めている学生である。


 成績優秀、運動神経抜群、魔法センスや武器術センスもあり性格も爽やかで容姿など超が付くほど整っている。且つ養子とはいえ伯爵家の子息という、いっそ意図的にそうデザインされて産まれて来たと言われた方が納得しそうな完璧人間。


 そんな人間を放っておくわけもなく、学院で結婚相手を探している貴族令嬢達からは中々の好物件とみなされ、学院内で少し聞き耳を立てれば噂話がたちまち聞こえてくる。それほどまでの人気者なのである。


「はっはっはっ。それを君が言うのかいっ! 君に比べれば彼など可愛いものだろうにっ!」


 ……まあ、私の学院での知名度はいいんだ。利用出来る人間関係以外は取り敢えず今はどうでもいい。


「知っているんですか?」


「ああすまない。……彼はほら、あそこに大きな木があるだろう? あの下に丁度腰掛けられる岩があるんだが、彼はそこに座っているよ」


「判りました。ありがとうございます」


 スキルで見付ける事も出来るんだがな。今日は色々と気を遣い過ぎて精神的に疲れている。避けられるならスキルの追加使用は避けたい。


 と、教えられた場所へ足を向けた時──


「あ、クラウン君っ!」


「なんです? 先生」


「彼は、その……。彼なりに必死に今回の訓練に臨んだ。だから余り、責めないでくれないか?」


 ……。


「ええ。分かりました」


 先生に振り向いていた顔を戻し、改めて言われた木陰へと歩みを進めた。







「……」


暗澹あんたんとしたこんな場所で、一体何をやっているんだ? ヴァイス」


 夕陽も暮れ、空の色が紺碧に染まっている今。木陰の殆ど陽が差さない暗がりで一人、岩に腰掛けて俯くヴァイスに、私は声を掛ける。


 恐らく誰かが近付いているのには勘付いていたヴァイスであったが、まさかそれが私だとは思っていなかったのか、私の声を聞くと驚愕したように勢いよく顔を上げ、信じられないモノを見たような怪訝そうな表情を見せる。


「き、みは……。なんで……」


「生徒の管理も私の義務だ。今回の訓練で一番の懸念事項であるお前を、気に掛けないわけがないだろう」


「……成る程。君にとっては僕の動向も、そしてその結果も予測済みなわけか」


 色々と察したヴァイスは再び地面に転がる石に視線を落とし、自嘲気味に笑うと両手で頭を抱える。


「君の予測通りだよ。……僕は今回の訓練、一人として盗賊を殺していない」


 殺して〝いない〟ねぇ……。


「まあ。だろうな」


「一応言っておくけど、別に君に反抗したくて不真面目にしていたわけではないよ。……全部僕自身の問題だ」


 と、そこからポツポツと自ら語り始める。このアジトでヴァイス自らが経験した一部始終を……。


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 ──

 __


「ぐおぉっ!?」


 ヴァイスの前面に展開された光の壁が盗賊の剣を弾き返し、何事かと驚愕に顔を染めながら身体全体を仰け反らせる。


「はぁっ!」


 仰け反って出来た盗賊の隙を見据えたヴァイスは鞘に収まったままの剣を力の限り振り抜き、狙い通り盗賊の胴体に食い込むと、肋骨が軋み嫌な音を響かせながら砕け、その壮絶な激痛により盗賊の意識は一気に暗転する。


 そのまま地面に無抵抗で倒れた盗賊を見送り、ヴァイスは緊張の糸を切らさぬように神経を尖らせたまま振り返る。


「大丈夫かい君達?」


 振り返った先には三人の女子生徒。常に彼の周りにはべる彼女達は力無く地面へへたり込み、声を掛けてくれたヴァイスに縋るような目を向ける。


「ゔ、ヴァイス君……。面目ない……」


「ご、ごめん、ねぇ〜……」


「私達の為に……。本当にごめんなさい……」


 三人の声には生気がなく、彼に対し口々に謝ってこそすれその本心はどちらかと言えば自分達の事で精一杯で感情は余り篭ってはいない。


 それもその筈。彼女達は先刻、その手に握る武器と魔法によって見事盗賊を討ち果たし、命を奪ったばかりなのだ。


 訓練開始前までは盗賊討伐という名目のこの訓練に意気揚々と挑んでいた彼女達であったが、実際にその手で人を殺めた感触と光景が彼女達の脳裏に焼き付いてしまい、その場から一切動く事が出来なくなってしまった。


 そんな彼女達を見捨てられるヴァイスでは勿論なく、今現在まで不殺を貫きながら彼女達をこうして守り続けていたのだ。


「謝る必要はないよ。僕は僕に出来る事をしているだけだからね」


 彼はクラウンの演説を聞き、個人的に色々と思う所はありはしたもののそれでも尚「自分は誰も殺さない」と心に決めていた。


 故にヴァイスのこの訓練での役割は盗賊の討伐ではなく「生徒達を守る」事へとシフトし、彼女達を中心に手の届く範囲を満遍なく走り回って生徒を守っているのだ。


「で、でもヴァイス君……。だい、大丈夫なの?」


「ん? 何がだい?」


「だってぇ……。このままじゃヴァイス君……」


「誰一人討伐出来ずに点数貰えないじゃないですか……」


「……ああそれか」


 当然の話だが、この訓練の主目的はあくまでも「一人につき一人盗賊を討伐する」事。それ以外は点数は貰えないし、意図的に手加減をする事はそれだけ危険性が増したも同義。いくら盗賊相手でも、数をこなせばいつかボロが出る事だってある。


 〝殺さない〟というのは、言葉にするより危険で難易度が高く、そして報いの少ない所業なのだ。


「はは。真面目に授業を受けて来たからね。この訓練一回分点数が貰えないくらい、大した問題では──」


 その時、彼の脳裏にとある人の顔がふと浮かび上がる。


 それは身寄りの無くなってしまった自分を引き取り、キャザレル家の養子にしてくれた現当主である養父の顔だった。


 紳士的で温厚。怜悧で聡く、また思慮深い養父は、将来ヴァイスを正統なキャザレル家の次期当主として見做みなしてくれていた。


 確かに、今回の訓練で誰一人殺さず点数を貰えなかったとしても、彼のこれまでの成績や優秀さを鑑みれば大した問題ではない。


 しかし。彼がキャザレル家の次期当主と見做されている以上、貴族としての〝面子〟というのは必ず付いて回るもの。


 自分が良くとも、今回の訓練で盗賊も殺せない臆病者として周りが吹聴でもしようものならばキャザレル家の名に傷が付く事請け合いだ。


 ただの平民であった自分を救い、何不自由なく育ててくれた上にこうして学院にまで通わせてくれた恩人の名に、果たして泥を塗るような事をしてしまって良いのだろうか?


「……」


「……ヴァイス君?」


「いや。なんでもないよ。とにかく任せてくれ。僕が君達を必ず守るよ」


 これは一種の逃避なのかもしれない。


 考え至ってしまった未来の光景にふたをし、自分自身に「知らなかった」と言い訳を言い聞かせて目の前の目的に集中し考えないようにする。


 だがしかし、それでもどうしても考えてしまう。


 養父は自分に失望するかもしれない。見限るかもしれない。


 そんな人物ではない、と養父を信じてはいるものの、蓋の隙間からどうしても漏れ出る不安が彼の思考を徐々に鈍らせ、錆び付かせる。


 そんな錆び付いた集中力で戦いに挑めば当然動きも鈍くなるし、反射神経や反応速度だって遅くなるだろう。スキルとて発動する意思がなければ意味がない。


 結果──


「──っ!! ヴァイス君っ!!」


 女子生徒の一人がヴァイスの背後を見て大声を上げる。


(なっ!? いつの間にっ!!)


 その声に漸く色々と察したヴァイスは可能な限りの早さで振り返るが最早後の祭り。彼の頭上には既に振り下ろされた刃があり、後数瞬もしない間に彼の頭に冷たい刃が食い込むだろう。


(死……)


 覚悟を決め切るいとまもなく、目前に迫る刃を受け入れるしかない現実に深い絶望が脳内を駆け巡った。


 が、しかし──


 ──キィィィィィンッッッ!!


 確かに目前にまで迫っていた筈の刃は甲高い音と共に唐突に消え失せ、目端に映るのは刃の真ん中程から無理矢理むしり取られたように乱雑に折られた剣と、それを握る盗賊の姿のみ。


 盗賊も何が起きたのか理解出来ていない様子で、ヴァイスと折れた剣を意味も無く交互に見て眉をひそめる。


「な、にが……」


 そう思わず口に出したヴァイス。するとそんな言葉に、何者かが混乱したこの場に似つかわしくない程冷静な声音で思いもよらない答えが返って来た。


「まったく。あの方が心配するわけです。戦いの場で意味もなく大きな隙を晒すなど、未熟にも程がありますよ」


 女性的な柔和な声で厳しい意見を口にしたそんな存在にヴァイスと盗賊が目を向けてみると、そこに居たのは体長にして百五十センチ近い体を持つ黒い猫型肉食猛獣。


 全身赤黒く、猫でいうエジプト座りしているその猛獣の口には盗賊の手にある剣からむしり取った刃の半身が咥えられており、縦に割れた瞳孔がヴァイスを睥睨へいげいしている。


「な……」


「で、デカイ……猫?」


「私を何と形容しようが構いませんが、いつまで私などに注視しているつもりですか?」


「え?」


「はぁ……。ヴァイス、貴方は本当に未熟者ですね。あの方と比ぶべくもない。私の存在などに目を向ける暇があるのであれば、目の前に居る真なる敵に刃を振るいなさい。何を呆けているのです」


「──っ!?」


 そう猛獣に諭されヴァイスは目の前の盗賊に目を向けると、同じようにそれを聞いていた盗賊が猛獣から視線を切って彼を睨む。


 そして持っていた役に立たなくなった剣を投げ捨て、腰にはいていたナイフを取り出して処理が追い付かない事を後回しにし、ヴァイスに応戦しようと腰を据えて構える。


「ふん……。不意打ちは失敗したが問題ない。今からジックリ、殺すだけだからなぁ……」


 静かに、けれども激しい激情を内包した声音でそう呟く盗賊に対し、ヴァイスは未だ鞘に収まったままの剣を正面に構える。


 しかしどうしても目端に居る赤黒い猛獣が気になり、心中に湧いてしまった「助太刀」という期待が篭った目線でチラチラとそちらの方を見遣る。


 先程ヴァイスは確かに油断してしまっていた。しかしそれでも実力あるヴァイスの背後を取るのは決して簡単な事ではない。


 つまり今目の前に居る盗賊は他の盗賊とは違い中々の手練れであり、下手をすればヴァイスでも危険な相手であるという事。彼としては文字通り猫の手も借りたい状況なのだ。


 しかしそんなヴァイスの視線を感じた猛獣は、咥えていた刃を捨て露骨な溜め息を吐いて彼を鋭く睨む。


「言っておきますが、私はもう助けませんし助力もしません。あの方からは助けろと言われているだけです。ここまでしてまた似たような状況に陥るならばその価値無し、と……」


 その言葉に思わず唾を飲み込んだヴァイスは改めて盗賊を見据えると、努めて猛獣を意識から切り離し集中化コンセントレーションを使い集中力を上げていく。


「副団長である俺をナメるなよクソガキ……。ズタズタに切り刻んでやるっ!!」


 息巻きながらナイフを振り被ってヴァイスへと間合いを詰め襲い掛かる盗賊。


 その速度はヴァイスの予想を大きく上回り、あっという間にナイフの間合いにまで迫られてしまう。


「くっ!」


 奥歯を強く噛んだヴァイスはそこから可能な限り後退しようとするが判断が遅く、浅くではあるが彼の胸に一文字の切り傷を作ってしまう。


「チッ。だがっ!!」


 後退され避けられてしまった盗賊であったが、彼はその口元に下卑た笑みを浮かべると、スキル《縮地法》を使い改めてヴァイスとの距離を縮め再びナイフの間合いに入り込んだ。


「今度こそっ!」


「二度もっ!」


 再び間合いを詰められたヴァイスであったが、驚愕しながらも彼は先程のナイフ捌きと同じ太刀筋と見破り、小さいながらも《光魔法》による光の壁を発動し、迫る斬撃を弾き返す。


「なっ!?」


「はあっ!」


 すかさず隙を晒した盗賊の脇を見据えたヴァイスは鈍器と化している鞘付きの剣を振り上げ、突き上げるようにして肋骨へ食い込ませる。


「ぐおぁっっ!?」


 大きく仰け反っていた盗賊に食い込んだ鞘付きの剣は肋骨を砕き、盗賊に寒気が起きるほどの激痛を走らせる。


「んなろうがぁぁぁっ!!」


 しかし並の盗賊とは違い副団長である彼はその激痛に耐え、砕かれた肋骨に食い込むヴァイスの鞘付き剣をガッチリと掴み。


「──っ!?」


「ふんっ!」


 そして盗賊は体勢を崩しながらも掴んだ鞘付き剣を自分の方へ思い切り引き込み、近付いたヴァイスの顔面目掛け思い切り拳を叩き込んだ。


「ぐぅっ……!!」


 ヴァイスの綺麗な顔が歪み、頬骨と歯が軋みを上げながら、踏ん張る事が出来なかった彼の脳を激しく揺らす。


 一瞬ブラックアウトしそうになる意識。だがヴァイスは脳が揺れた影響で込み上げて来る吐き気を抑え込みながらも懸命に意識を繋ぎ止め、お返しとばかりに盗賊の顔面を殴り付ける。


「ごあぁっ!?」


 互いを殴り付けた二人は、そのままヴァイスが覆い被さる形で盗賊側に傾き、意図せずしてヴァイスが馬乗りになる形で倒れ込んだ。


「──っ!!」


 すると何の因果か、今まで剣から鞘が抜けないようにと固定していた紐がこの攻防の中で緩んで解けてしまい、倒れた衝撃で一切汚れていない剣の刀身が露わになる。


「……っ!」


 それを見た瞬間、ヴァイスは複雑なアレコレを考える前に身体が自然に動いてしまい、抜き身になった剣の切っ先を下に向けると、それを馬乗りにしている盗賊の直上に構える。


「はぁっ! はぁっ! はぁぁっ!」


「くっ……」


「ぼ、くは……っ! 僕はぁ……っ!」


 後はそのまま剣を振り下ろせば、その命はあっという間に刈り取れる。もう自分も、そして守りたかった彼女達も彼から命を狙われる事はない。


 命を、奪えば……。


「や、やれよっ!! やってみやがれ腰抜けがっ!!」


「ぐ……、あぁ……っ、ぐっ……!!」


「殺しに来たんだろっ!? 一人残らず殺しによぉっ!! だったらやってみろやクソガキがぁぁっ!!」


「ぐ……、ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」


 だがしかし、ヴァイスはその手に握る剣を遠くへ放り投げ、荒い息を吐きながら盗賊から退き、背を向ける。


「お、前……」


「僕は……殺せない……。殺したく、ない……」


 震える拳を握り、奥歯を強く噛み締め、目を硬く瞑る。


 今しがた自分がしようとしてしまった事に酷い後悔と罪悪感を抱き、一方で内から湧いたドス黒い感情を何とか抑え込めた事に対する焦燥と安堵感で胸が一杯になる。


 すると彼の背後で、盗賊の気配が一変する。


「だから甘いって言ってんだっ!!」


 盗賊は一気に地面から起き上がると、落としてしまっていたナイフを拾い上げ背中を向けているヴァイスへと斬り掛かる。


 その声に反応したヴァイスは咄嗟に振り返るが、既に剣は彼の手を離れ、魔法を扱うに足る程の集中力もなくなってしまっていた。


 最早ヴァイスに抵抗する術は無い。このままでは盗賊の凶刃によって彼は切り刻まれてしまう。が──


「世話の焼ける……」


 そんな言葉が耳に届いた瞬間、盗賊の背中から凄まじい量の鮮血が噴き出し、血の生産者である盗賊は余りの衝撃に悲鳴すら上げられずに再び地面に倒れ込んだ。


「き、みは……」


 倒れた盗賊の後ろには、先程と同じようにエジプト座りをしながら血に濡れた爪を舐め取っている肉食猛獣の姿があり、舐め終えるとヴァイスを呆れたように見据える。


「最早油断や余裕ですら無いですね。呆れてものも言えません」


「す、助太刀はしない、と……」


「言えば期待してしまうでしょう? それに犠牲者が出るのはあの方の本意ではありませんから」


「さっきから言っているあの方、って……」


「近い内に分かります。ではもう油断せぬよう気を付けて下さい。……あの方を今以上に失望させないで下さいね。ヴァイス・ラトウィッジ・キャザレル」


 それだけを言い残し、肉食猛獣は悠然とした様子で喧騒の中に消えていく。


 残されたヴァイスはそんな肉食猛獣を見送ると再び剣を拾い上げ、未だ目を光らせる盗賊達から生徒達を守る作業に戻るのだった。


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