第七章:暗中飛躍-17

 


「かはぁっ!?」


 一人の盗賊が、首筋から鮮血を噴水が如く吹きな出しながらその場に倒れ臥す。


 彼の対面に居るのは見目麗しい少女。白黄金プラチナゴールドの瞳と髪色をした彼女──ロリーナの右手には細剣が握られ、刃には幾人分もの盗賊の血が暮れ始めた日に照らされヌラヌラと妖しく輝いていた。


「ふぅ……。余り倒し過ぎてしまうと他生徒達の分が足りなくなるかな……」


 今回の訓練の目的はヘリアーテ等五人と他生徒達で大きく異なる。


 生徒達はいつか来る戦争に向けて可能な限り経験値を積むというのが主だが、ヘリアーテ等五人の目的は、自身の力を他生徒達に見せ付け将来を見据えた部下を今の内から選定する事が主である。


 故にロリーナがこの場で余り盗賊達を減らし過ぎてしまうと、他生徒達の目的である経験を積む目的が最悪果たせない者が現れかねない。


 本人の問題で果たせないのならばまだしも、ロリーナ等がその要因となってしまっては破綻してしまう。ロリーナはそれを危惧しているのだ。


「……部下……」


 ロリーナは正直な話、部下作りに余り乗り気では無かった。


 将来クラウンが立ち上げる予定のギルドの規模は判らないが、それでも自分が就く予定の「秘書」という役職に部下が必要なのかどうか疑問があったのだ。


(クラウンさんは前世で中々の規模のギル──いえ、〝かいしゃ〟を経営していたらしいから秘書の仕事についても私なんかより理解しているんだと思う。けれど……)


 彼女の本音。それは「秘書」というクラウンに最も近い役職には自分だけが居たいという小さなワガママ。そんな可愛い独占欲が、今回の目的に余り積極的になれないでいる偽らざる理由であった。


「はぁ……。でもどうすれば……」


「ちょっとアンタっ!」


 思い悩む彼女に対し、何者かが背後から敵意の篭った甲高い声音で呼び掛ける。


 最初ロリーナは「女性の盗賊も居るのかな」と警戒しながら振り向いたが、その正体を見て緊張させていた神経を弛緩させる。


 そこに立っていたのは二人の女子生徒。前に立つ少女はこの喧騒の場に似つかわしく無いほどに綺麗で完璧にセットされた髪を棚引かせ、鋭い目付きでロリーナを睨んでいる。


 もう一人は彼女の従者なのか彼女の後ろに控え、少しだけロリーナを警戒しながらも睨み付けていた。


 二人に理由の分からない視線を向けられているロリーナは、小首を傾げながら当然の質問を彼女達に訊く。


「何か用事?」


 すると先頭の女子生徒は一歩前へロリーナに歩み寄り、人差し指を突き出してビシリと彼女の顔を指差す。


「アンタねっ? キャッツさんに付きまとってるっていう身の程知らずはっ!」


「……キャッツさ──ああ、クラウンさん」


 一瞬ロリーナはファミリーネームを言われピンと来なかった。自分自身最初からファーストネームで呼んでいたし、彼を呼ぶ人も大抵がファーストネーム呼び。ファミリーネームのキャッツなど、ギルドでの受付ぐらいだろう。


 彼女もそのせいで僅かに戸惑い、それがクラウンのものだと気が付いて思わず口にした。


 と、そんなロリーナの言葉に露骨に憤慨した様子の女子生徒はその場で地団駄を踏みながら叫ぶ。


「聞いてなかったのアンタっ! キャッツさんに対して馴れ馴れしいのよっ!! 気安くファーストネームで呼んだりなんかして……」


「……? よく、意味が分からないんだけど……」


「ふんっ!なら教えてあげるわよっ!」


 そう言うと女子生徒は自身の胸に手を当てながら高らかに声を上げる。


「キャッツさんは栄えあるティリーザラ王立ピオニー魔法教育魔術学院の歴史の中でも歴代最高と謳われる蝶のエンブレム有資格者っ! その肩書きは最早爵位の垣根を越え様々な権威ある家柄から注目を集め、将来確実にそれなりの爵位を預かるとに囁かれているお方よっ!」


「……はあ」


「更に剣や槍などの様々な武器を巧みに使い熟し、複数の強力な魔物を相手取ってその悉くを屠り去ってきた真なる実力を秘めているっ! 魔法だって一流で、基礎五属性は勿論中位二種や上位魔法すら会得している天才っ! いつしかあのキャピタレウス様すら超えるでしょうねっ!!」


「……そう」


「そうそう、キャピタレウス様といえばキャッツさんはその最高位魔導士であるキャピタレウス様の愛弟子でもあるわっ! 彼の最期の後継者としてキャッツさんは正に適任中の適任だわっ!」


「……ええ」


「更に更にっ! 彼はあの王国を建国から支え続ける珠玉七貴族の面々とも面識があり、将来的なパイプを今の段階から築いているという将来性も兼ね備えているっ! ああなんという慧眼を持っているんでしょうっ!!」


「……」


「はあ……。それなのに……」


 早口で捲し立てた女子生徒はそこで一度落ち着くと、改めてロリーナを指差し睥睨へいげいする。


「アンタはそんな必ず学院の──いや王国の歴史に名を残す彼に常に付き纏って馴れ馴れしくしているっ! 平民の分際で分不相応なのよっ!!」


「はぁ……それだけ?」


「え……」


 ロリーナは小さく溜め息混じりに冷たく言い放つと、今度は彼女の方から一歩女子生徒に近付き、無表情で威圧する。


 女子生徒はロリーナのその圧力に気圧され僅かに後退りしてしまい、彼女を睨み返すものの腰が引けているせいでその威力はかなり劣る。


「私が何処の誰と一緒に居ようと、貴女に関係あるの?」


「いや、それは──」


「そもそも私とクラウンさんは学院入学前から付き合いのある仲……。貴女に指図されるいわれはない」


「だから格の違いだって──」


「では貴女はクラウンさんに伴っているとでも? 私程度にこうして圧されている貴女が?」


「うっ……」


「……はぁ」


 またもや溜め息を吐くロリーナ。彼女は女子生徒に背を向けて少し離れると、抜き身のままだった細剣を振るって付着していた血を払い、腰にはいている鞘へと収める。


「クラウンさんの事を上辺の情報聞きかじっただけでさも近親者かのように威張るなんて見っともないよ。口振りからして貴女も貴族なんでしょうけれど、知ったかぶりは名前に傷が付くんじゃないの?」


「な……、何を偉そうに……」


「私は貴女と違ってクラウンさんに身内として扱われている。貴女がさっき口にしたクラウンさんの情報だって、なんなら私は当事者だった事だってあるの。そんな私が、クラウンさんについて貴女に偉そうになるのは普通じゃない?」


「う、うぅ……」


「それに──」


 と、そこでロリーナは続きを口にしようとして唐突に口籠もる。


 顔を徐々に赤らめながら口元に手を当て目線を斜め下へ逸らし、思い悩むような仕草をし始めた。


 そんなロリーナに眉をひそめた女子生徒だったが、そこで趨勢すうせいを見守るだけであった従者生徒が女子生徒の肩を叩き、何事かと振り向いた彼女に従者生徒が耳打ちをする。


「何よ。アレが何にか分かんの?」


「お、恐らくですけど、その……。恋愛関係、かと……」


「へ……はぁ?」


「女性がああやって男性の話で顔を赤らめるのは大体がそうなのではないか、と愚考します……」


「じゃ、じゃあ何っ!? あの女とキャッツさんはもう……その……こ、恋人、だとでもっ!?」


「そ、そこまでは分かりませんっ! ……ただ浅からぬ関係ではあるのは間違いありません」


「ぐ、ぐぅぅ……。アンタっ!!」


 歯噛みした女子生徒はバッとロリーナに振り向くと、ズカズカと貴族令嬢らしからぬ足取りで再びロリーナに近付き、乱暴に彼女の胸ぐらを掴む。


「調子に乗ってんじゃないわよっ! どうせアンタだって彼の能力や肩書きや顔に惹かれて側に引っ付いてんでしょっ!? そんな奴があの人に──」


「そんなものいらない」


「え?」


 ロリーナは自身の胸ぐらを掴む彼女の手を受けから掴むと捻り上げ、その痛みで思わず手を離したのを見計らってから振り解く。


 あっさり振り解かれた女子生徒は痛む手首を庇うようにもう片方の手で手首を押さえると一層強くロリーナを睨み上げた。


 しかし彼女の目を見た瞬間、女子生徒の背筋にまるで氷水が伝うような寒気が走り抜け、体温が急激に下がる幻覚を覚えながら額に冷や汗を浮かべる。


「私はあの人が居てくれるだけで、それだけで良いの。例えカッコ悪くても、弱くても、貧乏でも……。あの人が今のままただひたすらに自身の欲望こそを真とする真っ直ぐな人で居てくれるのなら、私は他に何もいらない」


 女子生徒が見たロリーナの目。そこには様々な強い感情が平坦な声音に反して激しく渦巻いていた。


 女子生徒対する怒り、蔑み、哀れみ、悲しみ。


 そしてそれらを〝些細〟と評して憚らないクラウンに対する信頼、恋慕。そして静かな狂気にも似た献身。


 それらが感情の嵐が、女子生徒の余りにも浅はかで身勝手な意志を無条件で捻じ伏せた。


「私はあの人の役に立ちたい。役に立ってあの人の笑顔を私に向けて欲しい。役に立ってあの人の感謝と褒め言葉を貰いたい。役に立ってあの人が他の人より強くなったりカッコ良くなって欲しい。役に立って……もっと私を好きだと、愛してると言って欲しい……。私はその為なら──」


 言葉をそこで切ったロリーナは唐突に構えると少しだけ腰を落としてから腰にはいた細剣を目にも止まらぬ速さで抜刀し、女子生徒に向けて突き放つ。


「──ッッ!?」


 その剣速に自身の死を悟った女子生徒は、恐怖の余り頭を貫く剣先を脳内で綿密にイメージをしてしまいながら、目を瞑ってしまう。


 風を切り、迷いなく迫るその剣先は。


 しかし彼女の側頭部横を通過し、いつの間にか彼女達の背後まで迫っていた盗賊の眉間に真っ直ぐ吸い込まれ、一気に後頭部にまで貫通する。


「……あ?」


 少し遅れて素っ頓狂な声を上げた盗賊は刃を引き抜かれると、まるで糸の切れたマリオネットのように力無く地面に倒れ、ピクリとも動かなくなる。


「あ……あぁ……」


「……私はあの人の……クラウンさんの敵になる人を躊躇ちゅうちょなく殺せる。私はもう、その覚悟を決めたの」


「う、うぅぅ……」


 ロリーナの持つ〝本物の〟覚悟と殺意を間近で見せ付けられ、そして言葉通り躊躇ちゅうちょなく盗賊を仕留めて見せたその姿に慄いた女子生徒はそのまま地面に尻餅を着き、慌てて駆け寄った従者生徒の袖を縋るように掴む。


「はぁ……。そうなるくらいなら突っ掛かって来ないで──」


「ほぉう。子供の割には中々に肝の座った子が居るんだな」


 聞き慣れない野太い声にロリーナが振り返ると、そこには他の有象無象な盗賊達とは明らかに雰囲気の違う細身で高身長の盗賊が居り、哀れにも眉間を貫かれた仲間の盗賊を遠巻きに眺めていた。


「一応、コイツらはそれなりに鍛えてやっていたんだがな。こうもアッサリ殺られるなんて……情けない……」


「……」


「おっと。警戒心が一気に上がったな。まあ警戒して当然だろう。俺は他の奴等とは能力も立場も違うからな」


 細身の盗賊は腰から二本のナイフを両手で引き抜き、ジャグラーのように手の中で弄びながらゆっくりロリーナへ歩み寄る。


「まったく、散々ウチのバカ共を殺しまくりやがって……。人数増え過ぎたから口減らししてぇと団長に進言しちゃあいたが、ここまでは望んでねぇ」


「……」


「ここは団長に代わり副団長であるオレ、ナルシス様が死んだ仲間の分だけオマエ達を殺して回ろうじゃねぇか。初めにテメェだ、胸の大っきい嬢ちゃんようっ!!」


 開戦の合図も無しに、それは唐突に始まった。


 ナルシスは姿勢を低くしてから強く地面を踏み締めると思い切り蹴り出し、一気にロリーナとの間合いを埋めに掛かる。


 そして攻撃範囲内にロリーナを収めると、両手に握るナイフを挟み込むようにして振るう《挟双撃シザースハント》を繰り出し、一撃で勝負を決めに掛かる。


 腕の長いナルシスによるナイフの《挟双撃シザースハント》は広範囲且つ回避のし辛い必殺に近い斬撃系技スキル。手練れでなければ初見無傷での回避は難しい技である。


 そんな《挟双撃シザースハント》に対しロリーナは……。


「忘れてません?」


 彼女は無造作に手を振るうと、自身の左右に光り輝く壁を作り出し、左右からの挟撃をその光の壁でアッサリ弾いてしまう。


「何っ!?」


「私は剣士じゃない。魔術士なの」


 《光魔法》の魔術「リフレクター」。特性を利用しただけの特徴の無いシンプルな魔術ではあるものの、その分制御も発動までの時間も短い非常に利便性の高い魔術である。


「クソがっ!!」


 しかし副団長なだけはあるナルシスは、崩れた体勢をその体幹で半ば無理矢理立て直し、間髪いれず次の攻撃を仕掛けに掛かる。


 今度は両手のナイフを交差するように構え直し、再び姿勢を低くするとその両手のナイフを異なるタイミングで連続で斬撃する《乱双斬ランダムスラッシュ》を繰り出した。


 本来ならばこの技スキル。近距離で放たれれば無傷で済むような代物ではない。格下、または実力の均衡した相手ならば一撃二撃は受ける前提で望まねばならない。が──


「そのくらいなら」


 ロリーナは小さく呟くと、半歩ほど後退して充分なスペースを確保し、ナルシスが自信満々に繰り出した《乱双斬ランダムスラッシュ》の不規則な斬撃一つ一つを細剣で捌き始める。


「なっ!?」


「うん。大丈夫」


 細剣を器用に繰り、二本のナイフによるタイミングのずらされた斬撃を難なく弾き続けるロリーナに焦りを覚えたナルシスは、そこで片手のナイフだけ持ち替えると、今度は突き攻撃が混ざり更にランダム性の上がった《過乱突斬ハイランダムラッシュ》に切り替える。


 しかしそれでも状況は変化せず。何事も無いかのようにロリーナはナルシスの剣戟を捌き続け、逆に彼を追い詰め始める。


「う、ぐぅぅおおぉぉぉっ!!」


「……もう、いいかな」


 小さくそう呟いたロリーナは、逆に弾くタイミングを少しずつ変えていき、ある一定の瞬間を見計らうと二本のナイフをいっぺんに弾いて見せ、ナルシスの体勢を大きく崩して胴体をガラ空きにする。


「何っ!?」


「副団長か何か知らないけど──」


 ロリーナはガラ空きになったナルシスの胴体を鋭く見据えると細剣を脇に構え直し、短く深く息を吐いてから一気に突き放つ。


 それは先程まで見せていた捌きとは比べものにならない程にまで加速された連続突き。まるで一つの動作で幾突きもの刺突に見えるほどのその刺突技。その名は《荒梅雨あらつゆ》。


 彼女が体得した、クラウンよりも秀でた初めての刺突系技スキルである。


「クソがぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」


「クラウンさんの稽古に較べれば、なんて事ない」


 刹那。ナルシスの目に映ったのは、まるで夜空の星々のように輝く陽光に反射した無数の切っ先であった。






「……ふぅ」


 キンッ、という刃を鞘へと収める音が響く。


 次の瞬間、ロリーナの目の前に立つナルシスは身体中に無数の穴を開け、そこから滝のような血を流しながら力無く背中から砂埃を上げて倒れる。


「……そういえば」


 そこでふと、ロリーナは疑問を覚える。


 彼が自身で言っていた通りこの盗賊団の副団長であったなら、何故今更になって出て来たのだろう、と。


「かなり部下がやられてたのに、どうして……」


「そ、それは多分……」


 その声に振り返ってみると、先程のロリーナとナルシスとの殆ど一方的だった攻防を見ていた女子生徒と従者生徒の内、従者生徒が恐る恐る挙手しながら彼女の疑問に答えていた。


「何?」


「はいっ! 先程口減らしがどうの言ってましたから、多分良い機会だから、とでも考えて静観していたんじゃないか、と……」


「でもそれだとここまで減ってからじゃ逆効果じゃないの? 本当に口減らしならもっと丁度良いタイミングで出て来るんだと思うけれど」


「か、彼は副団長という立場ですから近くに何人か部下を控えさせていたかもしれません。それならば、多分仲間が死ぬ状況を静観していたもっともらしい理由を部下に吐いていたかもしれません」


「……それで?」


「そのせいで、引っ込みが付かなくなったんじゃないでしょうか? それでタイミングを逸してしまい、今になって出て来た、と……」


「……成る程」


 ロリーナは取り敢えずそれで納得すると、女子生徒と従者生徒に歩み寄り二人を見据える。


 すると女子生徒は怯えたように身体をビクつかせながら従者生徒の背中に回り、彼女を盾にするようにしてロリーナを覗く。


「……一つ、良い?」


「え、ワタシですか?」


「うん。私、今回の訓練でクラウンさんに言い付けられてる事があるの」


「は、はぁ……」


「将来立ち上げる予定のギルドで仕事を円滑にする為に、今の内に生徒の中から部下に出来そうな生徒を見付けなさい、って」


「ギルド? ぶ、部下?」


「うん。私は余り気が進まないんだけど、貴女なら向いてるんじゃないか、って」


「わ、ワタシですかっ!?」


「さっきのやりとりで、なんとなくだけど……。どうかな?」


「え、えーっと──」


「ちょ、ちょっとっ!!」


 話を進めていると、背中に隠れていた女子生徒が身を乗り出して話に割って入って来る。


「何?」


「何? じゃないわよ分かるでしょっ!? この子は私の従者なのよっ!? 何勝手に部下なんかに勧誘してんのよっ!!」


「ああそっか……。なら貴女も部下になる?」


「は、はぁっ!? 意味分かんないんだけどっ!?」


「……貴女、親の爵位は?」


「な、何を突然……。し、子爵だけど……」


「そう。なら子爵家の令嬢の将来に何が待ってるか……。もう決まってたりするんだよね?」


「それ、は……」


 子爵家の令嬢、という立場は聞こえは良いがその将来にある終着点は決まっているようなものである。


 他の貴族家の嫁入りするか、王城でメイドとして働きに出るか、学院卒業を利用して魔術研究に参加するか、の三択のみ。


 どれだけ才能があろうが実績があろうが、子爵家という伯爵家の補佐や副官という微妙な立場でしか無い貴族──しかも令嬢となればその将来は決して明るくないのだ。


「もし私の部下って事になれば、その決まってる将来よりも自由な将来が待ってると思うのだけれど、どう?」


「何を根拠にそんな事をっ!!」


「クラウンさんが立ち上げるギルドだよ?貴女がさっき言ってたようにクラウンさんは間違いなくいつか必ず相応しい爵位になる……。きっと子爵よりも上でね。そんな人の下で働くのは、不自然じゃないんじゃない?」


「で、でも……」


「クラウンさんは厳しい人ではあるけれど、頑張りや努力を必ず評価してくれる人だよ。そしてそれに見合ったものを必ず私達にくれる……。貴女だって今の立場、将来の立場じゃ叶えられない事があるんじゃない?」


「……」


 ロリーナは当然、クラウンが本来は辺境伯家の嫡男である事を知っている。


 そしてエルフとの戦争に勝ったあかつきにはキャッツ家は辺境伯家としての権威を世間に公表出来、更に戦果次第ではそこに様々な付加価値が発生する事を確信してもいる。


 故に断言出来るのだ。クラウンが将来ギルドを必ず立ち上げ、その能力に相応しい立場にまでなるという未来を。


 そんな狂信にも似た彼女の言葉は確かな重みが存在し、女子生徒の心を大きく揺らした。


「……あんなヒドイ事言った私に……なんで?」


「好き嫌いは関係無いよ。能力があって、活かせる場があるなら用意する……。それがクラウンさんのやり方だから」


「…………少し、考えさせて」


「うん。強制じゃないから。でも一応、よろしくね」


 ロリーナは小さく微笑むと、懐から長方形の石板を取り出して耳に当てがい、「通話開始」と呟いた。







「……お嬢様……」


「何も言わないで……。最初から敵わなかったのよ。私程度の人間じゃ、キャッツさんにも……あの子にも……」


「……ワタシはいつまでも」


「え?」


「いつまでも、何処のどんな立場でも、ワタシは貴女の従者に変わりありません。どこまでも付いて行かせて頂きます」


「……ありがとう」

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