第三部:強欲青年は嗤って戦地を闊歩する

序章:望むは果てまで届く諜報の目-1

 

 私の目の前に並ぶのは、色とりどりに彩られた料理の数々。


 テーブルを埋め尽くさんばかりに並べられた料理達は芳しい香りを匂い立たせ、食欲を直接刺激する。


 そんな中から最初に手を付けたのはカボチャを使った冷製ポタージュ。


 一度口にすればカボチャ独特のまろやかな甘味とコクが口一杯に広がり、どこか懐かしさを感じさせる濃厚な香りが鼻を抜ける。


「うん……美味い」


 このポタージュを含め、目の前の御馳走の絶景は全て私の手作り。これらを全て用意するのにかなり時間を費やしてしまい、作り終えてから若干時間を無駄にしたのでは、と考えてしまったが……。


 いざ食べると、そんな小さな後悔など何処かに吹っ飛んでしまった。


 こんな美味しい思いを、このテーブル一杯楽しめるなんて……。思わず口角が吊り上がってしまう。


「……クラウン様」


 さて、ではゆっくり堪能しよう。食の海に溺れようじゃないかっ!


「クラウン様っ」


 ……。はぁ……。


「……なんだシセラ。私は見ての通り食事中だ。お前も食べたいのなら分けてやるから言いなさい」


「あ、いえ。そうではなく……」


「ん? いらないのか?」


「そ、それは……頂きます……。って違いますっ! 私、クラウン様にお願いしたい事があるのです」


「……お願いか」


 シセラが特に呼び出しても居ないのに出て来た時になんとなく察してはいた。


 コイツにとっては死活問題だし、私はそれを約束した故、無碍には出来ない案件ではある。


 だが問題なのは……。


「お前が何を願うのかは分かっている。だがなシセラ。時間が無いんだ時間が」


 テーブル一杯に料理作っといてどの口が言うのかと言われてしまいかねないが、そこは一旦棚に上げる。


 まあ全く理由が無いワケではないのだが、費用対効果を考えると正直微妙なので黙っておく。変な言い訳をしないで済むしな。


「時間が無いのは……、私にも分かっています」


「ならもう少しだけ待て。エルフの件が片付けられれば時間に余裕も出来るだろう。その時にじっくりと……な?」


 何に一番時間が取られるって、精霊のコロニーを特定する為の調べ物に時間が掛かるのだ。


 ただでさえ世間一般の精霊という存在への認知度が低い上に、載っている文献も古臭く曖昧でしかも信憑性に乏しい。


 何時間、何日も掛けて読み解いたにも関わらず、後日その著者の書物の大半がただ妄想を羅列しただけのゴミなどと知った日には目も当てられない。


 つまり精霊のコロニー探しは慎重に、且つ根気強く探らねば果てしなく徒労に終わる可能性だってあるのだ。ゴタゴタしている今やるべき事じゃない。


 と、そんな事を私はシセラに説明したのだが、シセラの表情は暗くはならない。寧ろ我が意を得たり、とでも言いたげな表情だ。


「成る程……ならば次なるコロニーの場所さえ分かれば、宜しいのですね?」


「……なんだその含みのある言い方は。まあそうだな。せめてどんな場所にあるのか、さえ分かれば大分違うんだが」


 私がそこまで言うと、シセラはしたり顔で私の側まで近付き、右足を差し出して来る。


「なんだ?」


「私の手をお取り下さい。そうすれば分かります」


「……」


 何かされるんじゃないかと一瞬勘繰りもしたが、私の使い魔ファミリアであるシセラが私に害ある行動を起こす理由が無いと悟り、差し出された小さな手を優しく握ってやる。


 すると頭に流れ込んで来たのはほんの一欠片程の小さな記憶。


 ボロボロに崩れた石造りの神殿の様な場所の一室。


 そこにあるのは三年前にも見た、神聖な光景。


 複数の大小の輝かしい光球が宙を漂い、僅かに明滅してはゆらゆら揺れる。


 これは……。


 私はシセラから手を離し、その真偽を確かめようと黄金色の目を覗く。


「今のはなんだ?」


「恐らくですが、「暴食の魔王」の記憶でしょう。今お見せしたのは重要な箇所だけですが、私が見た全貌では魔王がその場所を避けていたようですし」


 魔王の記憶ねぇ……。細かい事を突っ込めば、現在の「暴食の魔王」は既に私になったわけなんだが。


 まあ、呼称などどうでもいいか。


「それにしてもまた随分都合の良い記憶を覗いたもんだな。あんまりに都合が良いと作為的な物を感じるんだが……」


「今のクラウン様にそのレベルで干渉出来る者が居るとすれば末恐ろしい話ですが、流石に勘繰り過ぎですよ。これは多分……クラウン様が回収された魔王の魂の影響では?」


 魔王の……グレーテルの魂か……。


 私がグレーテルから《継承》でスキルを受け取った際、消滅していくグレーテルの身体から実はこっそり魂も回収しておいた。


「魔王の呪い」で特殊な生い立ちを経たグレーテルの魂は、今まで見てきた魂とは一風変わった様子で、これを《魂魄昇華》でスキル変換したらどうなるのか?と思い回収したのだが。


『魂のスキル変換時間を算出中……。算出完了しました。グレーテルの魂のスキル変換時間は……およそ720時間です』


 と、天声に言われ、取り敢えずその事は忘れて放置を決め込んだ。


 なんだ720時間って。大体一ヶ月じゃないか。伊達に魔王をやっていなかったという話だ。暫くはこの記録は抜かれないだろう。


 そんなスキル変換中の魂から、記憶がねぇ……。


「クラウン様。改めてお願い致します。私はそのコロニーに向かい、微精霊に霊力を与えてやりたいのです。どうか……お願い致しますっ」


 そう言い、猫の姿で精一杯頭を下げて懇願するシセラ。


 ふむ……。前述したが、私としても約束した手前シセラの願いは叶えてやりたい。それに場所の景色が分かった以上、場所の特定にもそう時間は掛からないだろう。


 ……ただ、


「……もう少し」


「え?」


「メリット……というか、もう少し何か欲しい。折角そんな場所に赴くんだ。土産物とは言わないが、私が得をする何かが欲しい」


「……成る程、流石はクラウン様」


 シセラは流石と口にするが、その目は笑っておらず、半ば呆れた様な感情を感じる。


 仕方が無いだろう。私はそういう性格だし、それが私のサガで根っこだ。


 何かを為すのならば、それ相応の見返り、褒美褒賞を可能な限り望む。それが私だ。


 無償で働くようなボランティアなど、私はしない。


「そうですか……。何か、ですか……」


 そう呟いて悩むシセラは、そのまま部屋の中をウロウロと歩き回る。


 暫くそうしているなら、私は食事の続きでも……。


「あっ、そうだ」


 私がフォークでサラダを突き刺す直前、シセラは何かを思い付いた様に声を上げる。


「……なんだ? 何か思い付いたのか? メリット」


「はい。私自身すっかり慣れてしまったので忘れていたのですが……」


「ですが?」


「クラウン様。もう一体、使い魔ファミリアを増やす気……ありませんか?」


 ……んん?

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