序章:望むは果てまで届く諜報の目-2

 

 シセラが提案して来たのは、自分以外の使い魔ファミリアを増やす気はないか、というものだった。


 魂の契約を行い、自分に従属する存在とする使い魔ファミリアには、これといって何体までといった制限は無い。


 いや、厳密には限界はあるのだろうが。私が書物を読み漁って調べた中には、最大七匹の魔物を使い魔ファミリアとした記録が確認出来ていた。


 故に私もその気になればシセラ以外の使い魔ファミリアを増やす事は容易だろう。


 ただ、だからといってメリットだけを享受出来るわけではない。


「……お前、分かって言っているのか?」


「……はい、承知しております」


「ほう。つまりお前は私にリスクを背負えと? 私はメリットを提示しろと言ったんだがな」


 魂の契約とはその名の通り魂同士で繋がる契約の事。


 一度結べば双方は一心同体となり、相応の力を手に出来る。


 だが一心同体という事はつまり、片方が死ぬ等して魂に何らかの不具合が出てしまった場合、もう片方もただでは済まないのだ。


 そこに主従関係があれば主人の負担は多少軽くはなるのだが、それでも繋がりが無理矢理剥がれる影響はデカく、魂に傷が付いてしまう。


 そうなれば最悪、所持している筈のスキルが使えなかったり……使えてもまともに発動しなかったりするらしい。更には本人の人格にすら影響が出る……なんて話もある。


 つまり魂の契約で使い魔ファミリアを増やすのはいいが、増えれば増える程自身の魂を危険に曝すのと同義とも言えるのである。


「自身に付き従う者を増やせるのは、十分なメリットではないのですか? ですからクラウン様は、私を使い魔ファミリアにして下さったのでしょう?」


 シセラはそう真剣な眼差しで私を見詰めて言う。


 ふむ。何か忘れているんじゃないか? シセラの言っている事は、若干違う。私があの時契約したのは──


「確かに私がお前と魂の契約を結んだのにはそういった理由もある。だが一番の理由は《精霊魔法》を習得出来たからだ」


 《精霊魔法》を習得する為にはどうしても精霊を使い魔ファミリアにするという特殊条件が必要になる。


 生涯を掛けてスキルを収集している私にとっては避けては通れない道であり必須課目だった。だからこそ私はシセラを使い魔ファミリアとした。


 所がだ。


「だが既に《精霊魔法》は習得している現状、リスクが目立ってしまっている魂の契約をして使い魔ファミリアを増やすメリットはもう薄いんだ」


「……ぐぬぅ」


 唸るシセラが俯く。


 だが仕方ないんだ。エルフとの戦争が迫っている中、それを押してまで優先する事など余程有益なものでないと釣り合わない。


 それこそ……そうだな……。


「例えばだが──」


「え?」


「例えば新しい使い魔ファミリアが諜報に向いている形になってくれれば、話は変わって来る」


 今一番欲しいのは何と言っても情報だ。それもエルフ側に握られているコッチの情報を上回れるだけの濃密で機密な物。贅沢を言えば最深部にあるような物が望ましい。


 それをこなせる様な使い魔ファミリアであるなら、魂の契約に対するリスクなど棚上げして構わない。だがなあ。


「そんな都合の良い話は無いだろうな」


 それこそご都合展開だ。そんな機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナみたいな舞台装置じゃあるまいし……。現実になどとてもとても……。


「……私がクラウン様と契約した時、精霊であった私は魔獣へと形を変えました。その時、私はある程度クラウン様と《強欲》に影響を受けた形になったとみていいでしょう」


 シセラがボソボソと自身にも問い掛けるように呟く。その語気は少しずつ強くなり、目に生気が戻って行く。


「クラウン様が契約の際に何を思っていたのか流石に分かりませんが、少なくとも私が猫の形をとったのはクラウン様からの影響ではないでしょうか?」


 ……ふむ、成る程。それは理解出来る。


 何故なら私は猫好き。まさか精霊がそのまま猫の形を取るとまでは考えていなかったが、あの頃いつか猫を飼いたい、とは漠然と抱いていたのは覚えている。


「それを踏まえるとですよっ!? クラウン様が願いさえすれば、魂の契約で思うままの姿に……魔獣にする事が出来るのではないですかっ!?」


 興奮気味に声を荒げ、私の膝に前足を乗せて顔を近づけて来るシセラ。


 うん。可愛いなコイツ。


「まあ、それは理解した。だが肝心なのは能力……スキルだ。姿形は良しとして、スキルが諜報に向いてなければ……」


「それは……。ならばあらかじめクラウン様がそれらスキルを習得しておけば良いのですっ!! そこまで思い通りになるかは分かりませんが……。何もしないよりはっ!!」


「……ふむ」


 諜報向けのスキルか……。私は死神稼業をする上である程度潜入向けのスキルは揃えているが、諜報となるとまた違った物が必要になるか?


「考えてみて下さいっ! クラウン様はそのままで、何処へでも侵入、調査が可能な忠実な僕ですよっ? 欲しくありませんかっ!?」


 ……正直……欲しいなぁ……。


「……本当に可能なのか?」


「う……。わ、分かりません……。分かりませんがっ!!」


 うーむ。ここまで必死なシセラは初めてだな。それにシセラが言っている事にも魅力を感じ始めている。戦力アップという意味でも損ばかりでは無い。


 いや、寧ろそれだけの可能性があるならば?


「……今の私から影響を受ければ、それなりに強い魔獣になる。魂が傷付くというデメリットも薄まるな」


「そ、それではっ!!」


「ああ。やる価値はあるな」


「──っ!! ありがとう……ございますっ……!!」


 心底嬉しそうに笑うシセラに、私自身も不思議と嬉しくなる。やっぱり、猫は良い。


 ただ。


「落ち着け。そこに向かう前に色々とやっておく事がある。まずはそれを片付けてからだ」


「……やる事、ですか?」


 なんだか冷や水を掛けられたみたいに感情が抜けた顔を見せるシセラ。嬉しい気持ちに水を差されたのは分かるが、そこまで落差が生まれるもんかね。


「まずは当然場所の特定だ。そもそも国内なのかすら分からないんだぞ? 国外だったら手続きもしなけりゃならんし、運良く国内でも予め調べてからでなくては何があるか分からない」


 グレーテルを倒し、その力とスキルを手に入れた私だが、だからといって慢心して痛い目を見るなど馬鹿気ている。


 そもそも私は無敵では無いしな。


「それと向かう前に済ませておきたい事もある。まあ、それ自体は時間は掛からないが……。その為の準備もしたい」


「……目算でも宜しいので、大体後どれくらい時間が掛かりますか?」


 ふむ。まさかこいつ、私がまだはぐらかそうとしているとでも思っているのか?


 いくら私でも今更そんな小細工をシセラにはせんよ。


「そうだな……。今日これから明日に掛けて場所を調べて、明後日に準備を済ませられれば……。三日後には出発出来るな」


「み、三日後ですかっ!! そうですかっ!!」


「ふふっ」


 日付を聞いて露骨にテンションを変えるシセラに、ちょっと笑ってしまった。


 娘を遊園地に連れて行く約束をした時の様な感覚……とでも言うべきか?


 まあ、私は前世では妻が死ぬまでに子供には恵まれなかったから想像でしかないが……。


 ……今世では、子供の一人や二人、欲しいものだな。


「クラウン様?」


 私が考えに耽っていると、シセラが何事かと不思議そうに顔を覗き込んで来ていた。


 ふむ。少し思考が変な方向に向かってしまったな。いかんいかん。


「ああいや、なんでもない。……まあ何はともあれ近々の予定は決まった事だし、今は兎に角──」


 私は改めて目の前のテーブルを埋め尽くした料理に視線を戻す。


 先程まで料理達から立ち上っていた湯気はすっかりそのなりを潜め、冷たくは無いまでも出来立てでは無くなってしまっていた。


 シセラもそれに気付いた様で、そんな料理の有り様に申し訳なさそうに耳を垂らす。


「申し訳ありません。私が突っ掛かったばかりに……」


「心配するな。別に多少冷めた所で不味くなる物は作っていない。それよりお前も食べるだろ? 何が良い、取ってやろう」


 私がそう言って取り皿を構えると、シセラはまたも表情を一変させて目を輝かせる。


 それから私の肩の上に飛び乗ると、テーブルの料理を一通り眺め……。


「私、あの魚が良いです」


「目敏いな。アレはカーネリアの港でときたま揚る魚だ。脂が乗ってて美味いぞ」


 私も姉さん同様、コッチに来る前に余り食べられなくなる魚介類を持って来れるだけ持って来ていた。


 保存は時間経過が無いポケットディメンションでだから新鮮なままだからな。美味い筈だ。


 私は魚を数切れ皿に取り、床に置いてやるとシセラはその場に着地して魚を食べ始める。


「さて……じゃあ食事再開だ」


 そうして私は、新鮮な野菜のサラダにフォークを突き立てた。

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