序章:望むは果てまで届く諜報の目-3
食事を堪能した結果判明した事実。
テーブル一杯に広げた色取り取りの料理達を味わいながらじっくり食べ続け。一度の小休止も無く、野菜、魚、肉、キノコ類、果実に飲み物と平らげた結果……。
満腹には、ならなかった。
テーブル一杯……総カロリー量約一万弱はあろうかという大量の料理を口にしても、私の腹は六割行くか行かないか程度。
《味覚強化》《味覚超強化》を使いじっくり味わったお陰か食事に満足はしたのだが、私の食欲と胃腸から送られて来るサインは「まだイケる」という自ら呆れそうな感覚を覚えた。
かく言うシセラもそんな私の姿と発言に半ば引いてはいた。
これは当然、明らかに《暴食》とその内包スキル達の権能の賜物だろう。
エクストラスキル《超吸収》の権能なんて「体内に取り込んだ物を全て糧とする」なんてものだし、スキル《飽食》は摂食した物を飽きずに、且つ自身の標準摂食量の倍食べられる様になるスキルだ。
これのせいでなければ嘘だろう。
──と、そこまでしてふと思った。
シセラは《暴食》関連のスキルの影響を受けていないのだ。
私の《強欲》の関連スキルは割と何個か習得しているのだが、グレーテルを倒して手に入れたスキルの内数個だけで、肝心の《暴食》関連は一切無い。
だからシセラ自身、食べる量は全く変わっていなかった。
これが何を意味するのか……。
単にシセラの許容範囲外なのか、《強欲》の影響を色濃く受けた事が原因なのか……。
それとも意味など無いのか……。
……今考えても詮無い事だな。
取り敢えずだ。
《暴食》による〝食〟に関する確認の一つはこれで済んだ。
〝早朝〟の気になっていた事を確認し終えたところで、私は学院の図書室へ足を運ぶ。
今現在の学院による休講は、まだ続いている。
前「暴食の魔王」であるグレーテルが討伐された事は、討伐から帰還した次の日に師匠により学院並びに王城へ通達され、外出禁止令だけは解かれた。
学院側も外出自体は許可が降りたが、直ぐに授業を再開出来るかと言われれば、そうではない。
ロートルース大沼地帯での新入生テストで、本来はそのまま新入生として授業を受ける筈だった生徒が何十人と、一部教師が犠牲になった。
これにより学院側の体制はガタガタ。正直授業どころではない。
グレーテルが討伐され、外出が出来る様になった今、学院は新たなる生徒の発掘と教師の雇用に全力を注ぎ、各地に調査に向かうだろう。
そんな感じで入学したてであるにも関わらず、私達生き残った生徒と在校生にはそのまま長期休暇が言い渡され、どうしても魔法や魔術を学びたい者は学院内に居る教師を捕まえ嘆願するしかない状態になっていた。
自ら望んで入学を決意し、決死の思いで入学を勝ち取った者からすればたまったものではないが、私には好都合だ。
戦争が迫っている中で授業に時間を取られるのは正直痛い。
奴等に勝つには、時間が幾らあっても足らない。
だからこの幸か不幸か空いた時間を最大限に活用して、私は奴等を完膚無きまでに負かす工作と策謀を謀る。
マルガレンを傷付けたエルフ共を──女皇帝を、私は絶対に許さない。
喉が枯れる程の懺悔を口にしながら、絶望と悲壮を塗りたくった表情のまま、惨めったらしく殺してやるぞ。女皇帝……。
……。
……おっと。燻っていた怒りが再燃してしまった。落ち着かなければ。
──話題を変えるとして。
そうそう、グレーテルの討伐に関しての報告は、大分脚色して王城に通達して貰っている。
私やロリーナの活躍は補助程度の活躍に止め、アーリシアとラービッツは申し訳ないが、参戦すらしていなかった事にし、その活躍の大部分を師匠とキグナスに被って貰った。
実の所、姉さんにも功績を譲るつもりではあったのだが、姉さん本人が辞退した。
自分が参戦したのはあくまで私の助けになる為であって、それが達成された以上、他には何もいらないのだとか。
それを聞いて私は内心でホッコリしたり姉さんに対する株が急上昇したわけだが、私としてはそれでは気が治らないので後日改めて何か個人的にお礼でもしようかと思う。
因みに何故そういった采配にしたのかと言えば──
最初に私とロリーナの功績を低くしたのは単純に目立つのを避ける為。
ロリーナは元々そういった事に良い印象を持っておらず嫌い、私は自分自身の動きに制限が掛かるのを嫌ったから。
アーリシアはそもそもあの場に居てはいけない人間。まあ、勇者だからと言い訳も出来なくはないが、非難は必ず飛ぶだろう。ならいっそのこと始めから居なかったら事にした方が楽だ。
同様の理由でラービッツも居なかった事にする。そもそもアーリシアという接点があるから参戦したのであって、アーリシアを居ない事にしているのに居るのは不自然過ぎる。
それで師匠とキグナスで今回の活躍を被って貰ったのは主に功績の為。
キグナスに功績を譲ったのは、主人であるモンドベルク公の失態を、少しでも軽くする為である。
ハーティーという国防に絶対居てはいけないエルフが居た事実は、ハーティーから
そうなればそんなエルフが潜入していたという責任を、主人であるモンドベルク公は問われてしまうわけだが。そこをキグナスの魔王討伐という功績を重ねる事で相殺を図った形にした。
まあ、相殺というのはあくまでも理想で、エルフの潜入という失態を帳消しには出来ないだろうが、何もしないより何倍もマシだ。
正直な話、国防を司るモンドベルク公の立場が弱くなるのは戦争前の今現在、本当に困る。
恐らくだがエルフを指揮する女皇帝は、それすら狙っていたのだろう。
国防にハーティーを潜入させたのは、頑強な国防の守りに穴を開ける為というのも勿論あるが、潜入がバレた際にその信用を落とす為。そしてその信用から崩れた国を、他貴族に潜入中のエルフが唆して助長させる。
こうなればもう国政はガタガタ。戦争の足並みは揃わず、人族の勝率は格段に落ちる。
そうなれば最悪だ。
だからモンドベルク公に今、失墜されては困るのだ。
その対策にキグナスに功績を分けた。上手く働いてくれるといいが……。
それと師匠に関しては……。
余り、芳しくは無い。
これも恐らくは潜入中のエルフが貴族を唆しているせいだろう。でなければこうも師匠に不利に働く事態にはなっていない。
貴族達も貴族達で、自分達がエルフに唆されているとも知らずに自分の権益にしか目が行っていない。下手をしたら自分の息子を死なせた責任が自分にあるかもしれないのにな……。
そんな師匠が更なる名誉挽回を図るには、後は戦争で活躍し、犠牲となった生徒、教師の責任を全て女皇帝に背負わせるしかない。
少なくとも私は、そう謀るつもりだ。
師匠には、枯れるまで私に魔法を教えて貰わなくてはな。ふふっ……。
……。
──と、私がそこまで全部説明すると、向かいの椅子に座るティールが疲れた様子で私を睨む。
「……で、なんで俺にそんな内部情報を《遮音》付きスキルアイテムを使ってまで説明するんだ? しかも本読みながら……」
「なんでって。お前が聞いてきたんだろ。「この数日間何してたんだ」と」
何を今更、と私が露骨に表情に出すと、ティールは深い溜息を吐いて更に私を睨む。
ここは学院の図書室。前世で一般的に普及している図書館並みの蔵書量を誇るこの図書室にて、私はティールと向かい合っていた。
「だ〜か〜ら〜っ!! な・ん・でっ!! 俺にそんなペラペラ喋るんだよって!! 戦争だとか潜入エルフだとか魔王だとかっ!! 初耳ばかりで頭破裂するわっ!!」
……またつまらん嘘を。
「初耳とはまた下らん冗談を。まさかお前、私がお前が何処の誰なのか、未だに分かっていないとでも思ってるのか?」
「な……何を、いきなり……」
「私はなティール。少しオカシイと思っていたんだよ。師匠はモンドベルク公に救援を頼んだらしいが、それにしてはヤケに対応が早いな……と」
「お、おう……」
「そりゃモンドベルク公も責任追及をされていたらしいから、何らかの対策を講じてはいただろう。だが国にすら秘密裏に動いた私達に対し、〝あの二人〟を即座に寄越せたのは、ちょっと用意が良すぎる」
「……」
「多分モンドベルク公は、ハーティーが潜入エルフだと疑ったんだろう。理由までは分からないが……奴のスキル構成は〝潜入〟に向いていたし、な。キグナスは……まあ、相棒も可能性があるからという感じだろう」
「……おい」
「エルフと疑ったハーティーを救援として選んだのは、ハーティーの尻尾を掴む為。十年以上潜入していたハーティーを探るのは容易ではないからな。魔王討伐の事をハーティーが知れば、流石のハーティーも何かしらエルフとしてアクションを起こすと踏んだんだろう」
「……うぅん……」
「そうなれば後は簡単。アクションを起こしたのを確認したモンドベルク公は、帰還後のハーティーを配下を使って捕らえ、情報を得られるワケだ。これでモンドベルク公は、さっき話した国防として問われた責任を自身の手で守れる。まあ、実際は私達が捕まえたワケだが……結果は変わらんな」
「……はあ……」
「で、だ。そんな判断を、討伐する直前に師匠に相談されただけで下すのは……なあ?」
「なあって……お前……」
「考えられるのは、その時既にモンドベルク公に魔王討伐の計画が漏れていた……。なら何処から、いつ漏れたのか? あの場、私や他の者に怪しまれず諜報活動が出来た者。私の部屋に──」
私はそうして懐から取り出す。
それは直径五センチにも満たない長方形の石であり、小さな紋様が刻まれている。
その石を見たティールは、露骨に顔を蒼褪めた。
「こんな《遠耳》のスキルが付与されたスキルアイテムを仕掛けられる、最近私と知り合った者……。それは──」
私は読んでいた本を閉じ、改めてティールの目を覗き込んで、笑って見せる。
「お前だよティール。お前はモンドベルク公が寄越した、私の監視役だ。そうだろう?」
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