序章:望むは果てまで届く諜報の目-4

 

 あからさまに顔を強張らせ目を泳がせるティールに、私は確信を持って告げた。


 ただまあ──


「多分モンドベルク公は、こうして私に監視がバレる事も想定しているかも知れんがな」


「えぇっ!?」


 私の言葉にティールが心底驚いた様に身を乗り出す。


 《遮音》のスキルアイテムが無ければ図書室という場所柄かなり目立っていただろう。まったく騒々しい男だ。


「な、なんでそう思うんだよっ!!」


「いや。お前まさか自分が完璧に私を騙せているとか思っていたわけじゃないだろう?」


「う……ま、まあ……。アレだけ疑いの目を向けられりゃあ……」


「アレは別に私が鋭いとかは関係無い。単純にお前が挙動不審で、明らかに何か狙って私に近付いて来たのが見え透いていたからだ。あんなもの、私でなくても疑う」


「う……うぅ……」


 ティールはそのまま沈み込む様に椅子に腰を落とし、天井をみあげて空笑いを始める。


「ああー……。そっか〜。お館様も、想定済みかぁ〜。ハハッ……。期待されてなかったんだなぁ、俺……」


 ……ふむ。


「だがモンドベルク公が想定していたという事は、こうしてバレるのも含めて意味があるという事だ。それは……」


「……それは?」


「それは……。私の行動を制限する為」


「……制限?」


 ティールは興味深そうに私の言葉に耳を傾けて来る。そんな大した話しじゃないんだがな。


「「監視役が付いている」という事実は、それだけで動きを鈍らすのに効果がある。人が人ならそこから更に周りに疑いの目を向けるし、お前の姿一つで行動範囲が狭まる。モンドベルク公はそれを期待したんだろう」


「お、おおっ!! なるほどっ!!」


 自分の役割にはまだ意味があると気付いたティールは心底嬉しそうに目を輝かせる。


 モンドベルク公からの信頼とは、そこまで喜怒哀楽に振り回される程に魅力的な物なのか? かなりの人たらしか……詐欺師並みに人心に漬け込むのが上手いのか……。


 ……一度会ってみたいものだな。


「それなら俺は努めるぞっ!! お前への監視をっ!!」


「好きにしろ。私も好きに動く」


「……へ?」


 素っ頓狂な表情で固まるティールの顔に「さっきと言ってる事違くね?」と書いてあるのが見て取れる。


 面白いくらい表情豊かな奴だな本当に……。


「私がお前にアレやコレや──潜入エルフや戦争や魔王の話、更に私が「魔王」である事実を包み隠さず話したのはなティール。お前を抱き込む為だ」


「え……ちょ……。え?」


「なあ……ティール」


 私はティールの目を覗き込む。困惑と得体の知れないモノに対する恐怖が見て取れる目に、私は優しく、撫でるように語り掛ける。


「今お前に教えた私の〝秘密〟に、何一つとして嘘はない。その意味を、ゆっくり思い返せ」


「う、うぅん……」


「私は人族の魔王だ。「強欲の魔王」であり「暴食の魔王」。私が理性的だから理解し辛いかもしれないが……」


 私はティールの肩に手を置く。それにティールは全身をびくつかせ、顔色を悪くしていく。


 それに対し、私は嗤って見せる。


 獰猛に、それこそ心底、楽しそうに。


「私は……君を殺せるぞ? ティール……。躊躇ちゅうちょなくなぁ?」


「ひぃ……」


 ガクガクと震え始め、顔を限界まで引き攣らせるティールは逃げ出そうとさえするが、もう私の術中。《覇気》で動けないコイツは、もう逃げられない。


「一つ、約束をしようか?」


「や、や、約束?」


「そぉう、約束。お前はモンドベルク公に私にとって都合の良い情報を流し、私の行動の一切合切を偽って伝える。簡単だろう?」


「や……約束……出来なかったら?」


「……♪」


 私は飛びっきりの笑顔でティールに応える。ようは脅しだ。


 約束をしなかったり、破ったりしたのなら、私はお前を許さないと。邪魔する者には容赦はしないと、脅している。


 まあ、わざわざ口には出さないが。


 ティールは今にも泣き出しそうな顔を左右に振り、言外に「止めてくれ。許してくれ」と必死に主張する。


 確かにティールはモンドベルク公を信頼し、頼られて喜ぶくらいにはモンドベルク公を信じている。


 だがティールはまだ二十歳に満たない青年だ。この国では人は十五で成人扱いされているが、その精神性が追い付いているかと言われればそうではない。


 しかもコイツは貴族だ。家柄や生い立ち次第では子供でも命くらいは掛けるかもしれんが、たかだか男爵家の弱小貴族の子が、そこまで真摯な覚悟を持てるとは思えん。


 そんな気概があるのなら別の意味で囲いたいぐらいだが……。


 信頼と自分の命。それを天秤に掛けた時、大人になりきれない貴族の青年は、どっちに傾くかな?


「わ、分かったっ!! 約束するからっ!! だから……だがらっ……!!」


「……ああ、信じよう……」


 《覇気》を解除し、肩に置いていた手でその肩を軽く二回叩く。勿論笑顔で。


 その後私は椅子に座り直して改めて本を開く。


 そんな私に体をビクつかせたティールは、何事も無いように本を読み始めた私に怪訝な視線を送る。


「お、俺……帰っていい……かな?」


 そんな事を言いながら椅子を引くティールに、


「いやダメだ」


「えぇっ……」


「今私がしている事を手伝え。友人だろ?」


「それを友人ってんなら世の中みんな友達だなっ!? 平和な世界大歓迎だよっ! ……はっ!」


 思わずいつも通りの態度をしてしまった自分に気付いたティールは咄嗟に口を手で抑え、焦燥を宿した目線を向けて来る。


 ふむ。脅し過ぎたか?


「私への態度は改まらなくて良い。露骨に変えられても困るし、周りに気付かれる」


「え、えぇ……。あんな脅し方しといて普通にしろって? んな無茶な……」


「さっき出来ていただろう。その調子で構わない」


「構わないって……。そ、それも……約束に含まれて……たり?」


「そうだな……。どう捉えて貰って構わんが、約束を違えたり、私の秘密を一言でもバラしたら──」


「わ、わかったっ!! 分かったから全部承知したからっ!!」


 そう言うとティールは私の傍に積まれた本の一番上を手に取りパラパラと捲る。が、途中で何か気になったのか、私にぎこちない目配せを寄越す。


「な、なぁ……。お前……自分を「魔王」だとか……言ってたけどさ……」


「ん? ああ……そうだな」


 するとティールは唾を飲み込んで喉を鳴らし、額に汗を滲ませながら真剣な表情で口を開いた。


「お前ってぶっちゃけ……。人族滅亡とか……他国侵略とか……狙ってたり……」


「……はぁ?」


 何言ってんだこいつ……。魔王にどんなイメージ持ってんだよ。


「そんな無意味な事して私に何が得があるんだ? 失う物ばかりでメリット無さ過ぎるだろう」


「メリットって……有ったら滅ぼすのかよ……」


「……いや、それは有り得ない」


「え?」


 人族滅ぼして得る物? そんなもん存在しない。何をどう工夫して天秤傾けようと、人族の存在以上の物などありはしない。


「人が生み出す物。人が考えた物。人が見付ける物……。そのような人が居なければ存在出来ない物はこの世に幾億幾兆とある。それらが無くなるなど──」


「……無くなるなど?」


「……勿体無いだろ?」


 いつか私に有益になる物。私を喜ばす物。私の欲望を掻き立てる物を産み出すかも知れない可能性を、私自ら潰すなど。ただの馬鹿だろう。


「……なんか、アレだな」


「なんだ?」


「いや。もう何処から目線だよ。俯瞰過ぎて寧ろ魔王なのちょっと納得したわ」


「そうか」


 この思考は別に前世からなんだがな……。それにしても随分変な所で納得したな。


 それにしても「魔王」、ねぇ……。


「そも魔王などという名称に意味は余りない。千年以上前に記録にも残っとらん何処かの誰かが勝手に名付けてそれがたまたま後世にまで残り定着しただけだ」


「え。そうなの?」


「ああ。《強欲》や《暴食》の概要にはそれらしい記述はないしな。まあ、歴代の大罪スキル所持者の数々の所業を思えば、あながち間違ってはないだろうがな」


 大罪スキル──美徳スキルもだが、それらは所持しているだけで所持者に多大な影響を与える。それこそ、場合によっては戦争が勃発する引き金にもなる程だ。


 魔王や勇者という名称が定着したのも頷ける。


「──改めてしっかり聞くが……。じゃあ滅ぼしたりはしないんだな?」


「しつこいな。私が守りこそすれ滅ぼしたりはしない。……まあ──」


「まあ?」


「……いや。なんでもない」


「なんでもないって……。まあいいけどよ」


 ティールはそう不満そうに呟いて再び本に目を落とす。


 私が考えたのは、仮にロリーナが何かしらの理由で人族から傷付けられたり、否定されたり、彼女を悲しませたらという可能性。


 もし。そうなれば……。


 ……止めよう。真剣に考え出したらキリがない。


「な……なぁ……」


 ……はあ……。


「なんだ何回も」


「いやぁ……。悪いんだけどさ……」


「ああ」


「結局、何調べてんの?」


「……」

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