序章:望むは果てまで届く諜報の目-5

 

 私達はあの後三時間掛けて〝私が見た記憶の遺跡〟という少し頼りない情報を元に、図書室の本を片っ端から読み漁った。


 だが読み漁ったと言っても非効率に虱潰ししたわけではない。


 記憶の遺跡から見て取れる経年劣化具合や遺跡の建築様式。刻まれている紋様や古代文字らしき彫り物を参考に漠然と年代やどの文明の物なのかを絞り込み、それに掠りそうなタイトルの本を選りすぐり探した結果……。


「ま……まさか一冊も無いとはなぁ……。あぁ〜……肩痛ぇ……」


 ティールは図書室から出るや否や右肩をぐるぐる回しながら背伸びをする。


 私は、まあ……。《疲労耐性》や《痛覚耐性》があるからこの程度では何も感じないが。


「なあ……。これからどうすんだ?」


「ふむ……」


「俺が知る限りじゃ、国内でこの学院の図書室以上の蔵書量を誇る場所なんて後はもう王城くらいしか無いぞ?」


 ……王城、かぁ……。


 私がチラッとティールを見ると、その視線に何かを悟ったのか、苦笑いを浮かべて手を団扇のように扇いで否定の意を示す。


「いや、無理無理。ウチなんて所詮爵位が男爵だし。そんな気軽に王城入れねぇの分かるだろ? あ、お館様も駄目だからな? あの方は単純に忙しい。特に今は」


 律儀にそこまで回答し、殆ど期待していなかった頼みの糸を無かったものとして切り捨て、別の方法を考える……。というかだ。


「後当てがあるのは一箇所だけだ。そこに行こう」


 元より図書室が駄目だったら寄る予定だった場所だ。まあ、と言っても馴染みある場所などでは無いが……。


「当てって……。あるのか? そのお前が記憶してる遺跡? の場所を特定出来る所なんて……」


 そう訝しむティールに、私は図書室前の壁に設置された掲示板に貼り出されている一枚のポスターを指差す。


「……? 冒険者……ギルド?」


 そのポスターには、真ん中にデカデカと「勇敢な新人冒険者求むっ!!」という文言がデカデカと手書きされており、煌びやかな宝石や無駄に派手な剣を掲げる冒険者風の人物が描かれていた。


「つうか、まだ貼り出してんのかあのポスター……。学院内に貼り出した所で誰が入んだよ……」


 この学院入学者は、大抵の場合が宮廷に仕える魔道士や魔法の研究者。または軍の魔道士を目指すし、貴族なんかは跡取りにそのまま永久就職する。


 そんなほぼ就職先が入学した時点で決まっているこの学院で、わざわざ冒険者を選ぶ輩などそうはいない。


 厳密には全く居ないワケでは無いが……。卒業生に一人居ればラッキー程度の極々僅かな一握り。貼り出すだけ無駄な足掻きである。


「って……。まさか……」


「ああ。今から冒険者ギルドに向かう」


「えっとぉ……。なんで?」


 ティールの素朴な疑問に、私は躊躇なくポスターを剥がすと、それをティールに突き付ける。


「冒険者ギルドは世界中に未知を求め、世界を練り歩くプロ集団だ。国内の遺跡は勿論、友好国の遺跡や遺物すら調査に向かい、時には敵国にすら潜入する。生粋の〝未知マニア〟の集まり。それが冒険者ギルドだ」


 まあ、こう熱弁している私も冒険者ギルドに詳しいワケでは無いのだが。


 そのまだ判明していない〝未知〟に対する強い執念や貪欲さには共感出来る所もあるし、何より欲望に忠実なのも好ましい。


 いつしか世界を周りたい私としては、いずれは接触しようと決めていたギルドだ。


「ああ……、つまり? そのマニアの巣窟になら、俺達が調べても分からなかった遺跡を知ってるんじゃないか……。と?」


「つまるところそうだ」


「……なあ、それってわざわざ図書室来る必要があったのか? 三時間掛けて収穫ゼロになるくらいならさぁ……」


 と、心底疲れたような表情のティールに「軟弱者が」と小声で毒を吐きつつ、


「別に図書室の調べ物は無駄ではない。私の記憶の遺跡という曖昧極まりない材料を一つ一つ丁寧に明確な物に暴いて確かな情報に形作った。なんの用意もせずに冒険者ギルドへ向かうより何倍もマシだ」


「だがまあ図書室で見付かるに越した事はないが」と付け足してから私はポスターに書いてあるギルドの住所に目をやって歩き出す。


 するとティールが……、


「ん〜。なあ、クラウン」


「なんだ、早く行くぞ」


「ああ、当然の様に俺同行させんのね。……まあ、それはいいや……」


 ティールは私に歩み寄り、少し申し訳なさそうに。そして何処か自虐的で悲しい表情を称えながら話し始める。


「しつこいかもしんないけど、なんで俺なんかに話したんだ? こんな……。魔法の才能も、監視役すらまともにこなせない、ダメダメな俺なんかに……」


「……それはさっき話したろ。お前を抱き込む為だと」


「じゃなくてよっ!! ……お前なら、わざわざ俺に自分の情報渡すより、安全且つ綺麗サッパリな方法で俺を利用出来たろ? なんでそうしない? なんで……こんな俺を……」


 伏し目がちになるティールに、私はふと、思う。


 確かにまあ、コイツに私の偽の情報と私の都合の良い情報を流させるのはわざわざ私の秘密をバラさなくても出来ただろう。


 では何故そうしなかったのか?


 周りくどいから? 面倒だから?


 ……いや、違うな。私は……。


「実はな私」


「あ、ああ……」


「同学年に同性の友人が居ないんだよ」


「…………は?」


 またも素っ頓狂な表情で固まるティールに、私は止めていた歩みを再開させる。


「一人ぐらいじゃないか? なんでも気軽に言い合える気兼ね無い〝友人〟が」


「友人って……またお前……」


「ホラどうした。私の「同性友人第一号」。さっさと行くぞ」


 私の言葉に中々得心行かない様子のティールは、頭を掻きながら深い溜息を吐いて私の後に続く。


「だからよぉ……。命脅かしに来る友達なんて俺知らねえからっ!? アレだけ俺を怯えさせといてよくもまあ、ぬけぬけと……」


「何を言う。あんなもの「友人同士の軽口の言い合い」の範疇だろう?」


「また随分と物騒な範疇だなっ!? お前絶対前世? とかいうので友達居なかったろっ!!」


「ふっふっふっ……。よくわかったな。優秀な部下は多かったんだがなぁ……」


 ______

 ____

 __


「…………はあ〜〜……」


 ユウナは図書室にて、漸く居なくなったクラウンに対し、凄まじい疲労感を深い溜息に乗せて一気に吐き出す。


 そして訪れた安堵の時に、顔を引き攣らせながら小さく呟いた。


「ああ〜……最近見掛けないから油断してたぁ……。思わず隠れちゃったよぉ……」


 ユウナは早朝も早朝。図書室が開け放たれた瞬間からこの図書室に入り浸り、唯一の楽しみであり現実逃避手段である読書に、まるで深い深い海の底に潜る様な勢いで没頭していた。


 ここ最近、ユウナはある種の不気味さを拭えない日々を送っており、怯えていた。


「ふーん。でもいいもんねぇ……。私をイジメてた奴等は今の所大人しいし。授業もないから本読み放題……。何があったか知らないけど……」


 クラウンに脅されて、スパイを名乗るエルフに詰め寄られ、そのスパイに偽の情報を流し、かと思えば最近そのスパイの姿が急に見えなくなるし、クラウンはクラウンで何か調べ物している。


 本当に何がどうなっているんだ?


 自分の周りで、恐らく自分も無関係では無い事が、自分無しで勝手に目紛しく動き出している言いようの無い不気味な状況。


 正直、落ち着かない。


「うーん……。本……読みたい……。読みたいけど……。私……このままでいいのかなぁ……」


 彼女とて別に、責任感が無いわけではない。


 数週間前、ユウナはクラウンから不当極まりない条件の元、仲間であるエルフに偽りの情報を流し、代わりに自分の立場を解消し、更には願いを一つ叶えるという約束を交わした。


 あの場では不満たらたらだったが、よくよく思い返して思ったのは。


(あれ? 案外好待遇?)


 と思い至り、少し自らを恥じた。そして次にクラウンに改めて謝罪とお礼を言わなければと決意した。のだが……、


「ああ……でも私……あの人苦手だぁ……。こう……油断したら背中から首持って行かれそうな……。あの何とも言えない感じが……怖い……」


(同級生の女子達の話に聞き耳を立てた時、その端正な容姿と魔法の圧倒的な才能。更には蝶のエンブレム持ちでフラクタル・キャピタレウスの弟子という馬鹿みたいな肩書のオンパレードにキャーキャー言ってたけど、理解出来ない)


 と、心中で毒吐いて吐き捨てた。


 だがまあ、何にせよお詫びとお礼くらいは……。そこまで考え、ふと、気付く。


 自分の立場の解消って、つまりは?と。


 イジメていた奴等は片付いている。ハーフエルフとしての立場の改善はまだ無理として、あと残るのは……。


 と、そこで──


「あ、あれ? というか……。あの潜入エルフが居なくなったのって……私が吐いた嘘が国にバレたって事だよね?」


 それに気付き、ユウナの表情は青くなる。


 それはつまり彼女達エルフの頂点に、嘘がバレたという話。


 自分が吐いた嘘によって具体的に何が起きたのかは分からないが、それが女皇帝の逆鱗に触れるのは必定。


 そんな事になれば当然私が裏切ったという事になる。ならば自分の存在価値は?


(あ、あの時……クラウンさん、なんて言ったっけっ!?)


 そうして何とか思い出す。あの時、クラウンと約束した時のクラウンの言葉を──




『違うなら否定しても良いんだぞ? ただお前がエルフ共の制御下に無いならお前の存在はアイツらにとって邪魔になる。情報を少しでも漏らしたく無い奴等ならお前をすぐに消す筈だからな。だがお前は健在だ』




(……もしかしなくても、私の存在って、もう邪魔にしかならない?)


「…………」


 ──ダンッ!!


 数秒の沈黙の後、机を派手な音を立てながら彼女は勢い良く立ち上がると全速力で図書室を飛び出して左右の廊下を確認。


 図書室の責任者に怒号を飛ばされるのも無視して右の廊下の端で階段を降りて行くクラウンともう一人の姿を確認するや否や、これまた全速力で後を追い掛ける。


「クラウンさーーーんっ!! 待ってっ!! お願いっ!! 私を助けてぇーーっ!!」


 周りから見れば彼女らしからぬ叫び声を上げ、必死の形相で走るユウナが頼れるのは、最早クラウンしか居なかった。


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