終章:破滅を願う女皇帝の復讐と嫉妬-2
翌日。
謁見の間には三人のエルフが痛々しい程の静寂の中で凄まじい緊迫感に包まれていた。
玉座に座るのは勿論女皇帝であるユーリ。その横には先日同様に大きな木箱を侍らせている。
ユーリの表情は能面の様に感情が読み取れず、かえってそれが周りに恐怖を伝播させた。
そんなユーリの正面で跪いているのは二人のエルフ。
一人は昨日居た六人の大臣の内の一人。あの時とは違いその表情は蒼白を通り越して真っ白に染まっている。
そして大臣よりも具合が悪そうに節目がちになり、身を震わせているのは、人族の国ティリーザラ王国に潜入していたエルフの内、魔法魔術学院に潜入中だった者である。
今回、この謁見の間に呼び出されたのはこの二名のみ。主題はそう、
何故「暴食の魔王」が負けたのか?
「面を上げろ」
昨日よりも強い語気で発した命令に二人は戦々恐々と身を震わせた後、いつもの作法を
「……それじゃあ、事の顛末を聞かせろ」
ユーリがそう口にした瞬間、二人は先程とは違い、まるで落下する様に体全体を沈め、額を床に擦り付ける様に下げられるだけ下げる。
「この度はっ!! まことに申し訳ありませんでしたっ!!」
「今回の件っ、全ては私達の不足の致すところっ!! まこと……まこと申し訳ありませんっ!!」
「……」
二人の全力の謝罪に無言で応えるユーリ。
そんな沈黙に我慢出来なくなった二人は、ユーリが何を望んでいるのか確認すべく、ゆっくり頭を上げる。
「あ、あの……陛下?」
「……私はさぁ、一言でも「謝罪しろ」だなんて言ったか? なぁ?」
「──っ!?」
「確かにさ。謝罪をしたいって気持ちと態度は間違ってない。だけどさぁ──」
ユーリが《威圧》を放ちながら刃物の様に鋭い眼光で二人を睥睨する。
「お前らがいくら謝った所で、私の計画に大きなヒビを入れた事に……変わりはないよなぁっ!?」
「「も、申し訳ありませんっ!!」」
「謝んのは誰にだって出来んだよっ!! いいから私が言ったようにさっさと話せっ!! 貴様等役立たずの失敗談をさぁっ!!」
「「は、はいっ!!」」
そうして語られる凄惨な事態。
学生という身分で潜入させていたユウナから件の情報を受け取った事。
その情報が偽物であり、実際の討伐決行日が大幅に違っていた。且つ討伐隊を編成しているというのすら虚偽であった事。
実際に討伐に当たった人数は少数精鋭であり、国にすら秘密裏に動いていた為にそれら発覚に時間が掛かり、気付いた時には全てが終わっていた事。
功を焦ったハーティー・クインデル……本名ハーティー・モス・スネイルが下手を打って正体を知られた挙げ句捕まってしまった事。
ユーリにとって、これ以上に無い程に最悪中の最悪の報告に、一周回って笑いすら込み上げて来る程だ。
「は、はは……。つまりはこうか? 「暴食の魔王」を苦労して
(ふざけんなッ!!)
歯を砕けんばかりに食い縛り、怒りが爆発するのを堪えるユーリは、その心中で悪態を吐く。
(魔王を呼び出すのに何人のクローンを使ったと思ってんだっ!! しかも怪我を負わすどころかほぼ無傷だとっ!? ふざけんなクソゴミがっ!! ユウナのバカも、ハーティーのクズも余計な事ばかりしやがってっ!! クソっ!! クソっ!!)
ワナワナと震えるユーリに不安を覚えた二人は何を勘違いしたのか、空笑いを口にしながら更なる油を投下する。
「女皇帝陛下っ。どうかお気を確かにっ。我々も無能ではありませんっ!! 既に今回の件を主導した者に目星は付いておりますっ!!」
「……ふぅん。で? 誰?」
「はいっ!! その者の名は「クラウン・チェーシャル・キャッツ」!! フラクタル・キャピタレウスが漸く捕まえた弟子であり、魔王に関する事柄全てに関与していた唯一の人族です!!」
「……あ゛ぁ?」
ユーリの中で、何かが切れた。
「……お前さぁ」
「はいっ!!」
「私が前に渡した学院内要注意人族リスト……確認したよね?」
「え……あ、はいっ」
学院内要注意人族リストは、その名の通り魔法魔術学院内に居る特に注意していなければならない者達の名と簡単な概要が書かれたリストである。
実はユーリ。皇帝という身分でありながら、定期的に王国内で自ら情報を集めるという大胆な事をしている。
それは彼女が皇帝になる前の過去や、ダークエルフであるという理由に起因しており。何者をも信用しない彼女故の蛮行ではあるのだが、これがバカに出来ない働きをしている。
何を隠そう、殊潜入、情報収集という分野に於いて、彼女より優れたエルフは国内には存在せず、現在諜報中のエルフの全てが、彼女の弟子にあたるのだ。
「そう。見たんだよな?」
「は……はい」
「……ちょっとコッチに来い」
そう言った瞬間にユーリは指を鳴らす。
すると同時に部屋の扉が開かれ、奥からワゴンを押すエルフのメイドが現れる。
しかしそんなワゴンには紅茶やお菓子などは乗っておらず、代わりに乗っていたのは長く太い数本の釘とハンマー。それとまな板が一枚。
そんなまな板には……ドス黒いシミが根深く染み付いている。
それを見た潜入を担当していたエルフの顔は、この世の地獄に遭遇したような絶望に塗り潰された。
「じ、じ、女皇帝陛下ッ!! 陛下ッ!!」
「こっちに、来い」
その瞬間、潜入エルフは背後から迫っていたガタイの良いエルフに羽交い締めにされ、無理矢理ユーリの足元まで連れて行かれる。
ワゴンもそれを追随し、潜入エルフは強引にその場に跪かせられる。
ユーリはそれを確認すると玉座から立ち上がり、潜入エルフに近付いて彼の手を取る。
そしてその手をワゴンの上に置かれたまな板に置くと、ガタイの良いエルフに固定させ、自らはハンマーと釘を一本手に取る。
これから何が起こるのかを察した潜入エルフは抵抗しようと身体を動かそうとするが、ガタイの良いエルフはそれを一切許さない。
「お、お許し下さい陛下っ!! わ、私が一体何をっ!!」
「……まだ分からない?」
ユーリは手に持つ釘を、潜入エルフの指の爪に当てがう。
「私が手ずから集めた情報の結晶であるリストを確認したって言ったよね」
「え……えっ?」
「あのリストにさ。ちゃぁんと──」
ユーリはもう片方の手に握られたハンマーを、天高く振り上げる。
「その「クラウン」って奴の名前もあるんだよクズがッ!!」
その言葉と共に振り下ろされたハンマーは、真っ直ぐ釘に命中し、当てがわれていた指の爪を突き破り、鮮血を撒き散らしながら深々と突き刺さる。
「ぐがぁぁぁぁぁっっっ……!!!?」
「あのジジイに弟子が出来たって聞いて、私が動かないワケ無いだろっ? 直ぐ潜り込んで調べて、私はそいつを即座にリストに加えたよっ!!」
更に釘を一本手に取り同じ様に、今度は別の指に当てがう。
「あのガキは危険だ。経歴もっ、能力もっ、スキルもっ、性格もっ!! 私の勘が、経験則が危険だって叫んださっ!!」
そして再びハンマーで釘を打ち付け、二本目の指に穴が空く。
「ぐぁ……あぁぁぁぁぁっっっ……!!」
「だから私はあの沼地にも赴いて邪魔をされないよう奴を見当違いの場所に誘導したっ! わざわざあのクソジジイの姿に成り済ましてまでだっ!! 皇帝である私が自らだぞっ!? その意味がお前に分かるかっ!? えっ!?」
そうして三本目の指にも、血を撒き散らして穴が空けられる。
あの時、ロートルース大沼地帯の中央でクラウンが会ったキャピタレウスの姿を模した誰か。その正体こそが女皇帝であるユーリであり、皇帝自らがあの場にまで足を運び、クラウンを惑わせたのだ。
「も……もう、止め……」
「そうまでして私が警戒して、リストにまで載せてたのにも関わらず……。お前はそのガキにまんまと踊らされて? まんまと偽報を掴まされて?
ユーリは一切止める事なく釘を打ち続ける。
最後の親指に釘を刺した頃には、潜入エルフの顔面は涙と鼻水と涎でぐちゃぐちゃになり、余りに耐え難い激痛に苛まれ最終的にはその場で嘔吐する。
「はぁ……はぁ……。汚ねぇなクソがっ!!」
ユーリが潜入エルフを蹴り倒すと、ガタイの良いエルフが無理矢理釘で固定された手から釘を引き抜き、潜入エルフを肩に担ぐ。そしてメイドエルフは一緒に倒れたワゴンを立て直す。
「そいつを牢にブチ込んどけ。後で〝材料〟にしてやる」
「はっ!!」
ガタイの良いエルフとメイドエルフがそのまま謁見の間を後にし、その場に残されたのは先程の凄惨な光景を目の当たりにし、具合が悪そうにしている大臣とユーリの二人だけ。
ユーリは改めて玉座に座り直すと、横に置かれた木箱を愛おしそうに撫でる。
「優先順位を変更する」
「は、はいっ……!!」
「件のクラウンをあのジジイと同列の危険人物として全員に認知させろ。今後奴の影が少しでもチラついたら厳戒態勢だ」
「畏まりましたっ!!」
「それとハーティーはもう諦める。奴の為に動けば余計に情報をくれてやるだけだ。その分奴から漏れた情報を可能な限り信憑性が薄くなるよう計らえ、手段は任せる」
「はいっ!!」
「今回の件で空いた穴を埋める為の会議を後日行う。宣戦布告が遅れるのは痛いが、止むを得ん。各大臣に通達しろ。いいな」
「はっ!! お任せ下さいっ!!」
大臣はそう命令を受けると謁見の間を後にする。
部屋に一人となったユーリは、今までで一番深い溜息を吐いた後、爪を噛みながら呟く。
「まったく……。どいつもこいつも役立たずの白エルフ共が……。まさか私がダークエルフだからと侮ってるんじゃないだろうなぁ……」
イライラが募り、とうとう貧乏揺すりまで始めたユーリ。
そんなユーリに反応したのか、隣に置かれた箱が小さく、カタッと音を立てる。
ユーリはそれを耳聡く聞き取ると、玉座から勢いよく立ち上がり、まるで縋り付く様に木箱にしがみ付き、頬擦りする。
「ああ……おじさんが居なきゃ、私は今頃怒りに任せてあの無能共を皆殺しにしてたかもしれない……。ありがとう……。おじさん……」
頬擦りするその表情は紅潮して恍惚とし、少女の見た目には似つかわしくない雰囲気を醸し出す。
「ああ……でも……妬ましいなぁ……。恵まれた環境、恵まれた家族、恵まれた才能、恵まれたスキル……。私が持ってなかった物全部を、あのガキは最初から持ってた……」
ユーリが自ら調べたクラウンの情報は、調べれば調べる程に肌が粟立ち、不快感が込み上げてくる程の嫉妬心が湧いて来るものだった。
ダークエルフとして生まれ、踏みにじられながら生きて来た彼女にとって、その存在は決して看過出来る者では無かった。
「殺そう……。絶対に殺そう。奴の仲間も、家族も、師匠であるジジイも……。バラバラにして、吊るして、見世物にして……。無様に腐って行くさまを肴に、毎晩酒を呑もう……。そうでもしなきゃ……」
ユーリは木箱の蓋を開け、中の物を抱き締める。優しく、慈悲深く、愛おしく。
「私は《嫉妬》に焼かれてしまう……」
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