終章:破滅を願う女皇帝の復讐と嫉妬-1

「森精皇国アールヴ」。


 大陸の最東端に広がる世界最大の森林地帯であり、この世界に存在する文明を築く種族の一つ、エルフ族が支配するエルフの国である。


 そこは木漏れ日が差す、深緑の楽園。


 何十メートル級の木々は都会の高層ビルの様に乱立し、空の青を緑に変えるように枝を可能な限り広げている。


 青々とした葉は天から降り注ぐ陽光のシャワーを目一杯浴びようと背伸びをし、森林の中に優しい仄暗さと涼やかさを生み出している。


 だがここに、それら自然を享受する動物の姿は無い。


 朝を唄う鳥も、昼を歩く鹿も、夜を吠える狼も、この森には存在しない。


 そんな森の中に、他の樹木とは比べるのも烏滸おこがましい程に巨大な大樹が一本、そびえている。


 その高さは百六メートルを超え、太さに関しては直径百メートルを超える。


 葉は他の巨木に比べまるで光り輝く様に辺りを照らし、樹皮の硬さは並みの鋼鉄をも凌ぐ頑強さを誇っている。


 神聖さすら醸し出すこの大樹の名は「霊樹トールキン」。


 エルフ族の人口の約六割が居住するこの霊樹は、巨大なエルフ達の居住コロニーであり、皇帝が住う王城を兼任している。


 そんな霊樹内王城区画、謁見の間。


 広々とした豪奢な装飾に彩られた謁見の間には、部屋を横断する様に深緑色のロングカーペットが敷かれており、そのロングカーペットを挟む様にしてそれぞれ三人ずつの計六人のエルフが跪いてこうべを垂れている。


 そしてロングカーペットの行き着く先にあるのは、まるで木の根が編まれた様な玉座のみが鎮座している。


 跪いたままでいる六人のエルフは、皆がそれぞれエルフ族の中でも位が最高位に属する権力者である大臣達。そんなエルフ達が頭を下げて待つ存在など、この世には一人しかいない。


 嫌な緊張感が場を支配する中、何かが軋む音が響き緊張が更に高まると、謁見の間の扉がゆっくりと開かれる。


 衛兵二人によって開かれた扉の中央、ロングカーペットの上には、エルフの少女が立っていた。


 肌は褐色、目は深緑色。身長など百五十センチあるか無いかという小柄で、身に付けている煌びやかな服は残念ながら浮いている。


 更に異質なのは、彼女が引き摺るように手にしている車輪の着いた大きな箱。丁度人一人が入りそうな百五十センチある木箱は当然彼女より大きい。


 そう、彼女こそがこのアールヴの象徴であり、長い歴史を持つエルフ族初のダークエルフの女皇帝。


 その名を「ユーリ・トールキン・アールヴ」。


 この国の誰も、彼女に逆らう権利はない。


 そんなユーリはそのまま左右に座するエルフをザッと睥睨すると大きな木箱を自らの手で引き摺りながら玉座に向かって歩き出す。


 彼女が目の前を通り過ぎると、左右に座する大臣達は下げていた頭をこれ以上無い程までに更に下げ、彼女が玉座に座るのを待つ。


 ゆっくりした足取りで謁見の間を横断し、引き摺っていた木箱を玉座の横に置き、愛おしそうに眺めた後、漸く玉座に座る。


「……面を上げろ」


 少女の言葉に、六人のエルフは顔を上げた後即座に立ち上がり、もう一度頭を下げてから改めて面を上げる。


「ハア……。馬鹿馬鹿しい。頭を上げさせるのに手間を加え過ぎなんだよ。見ていても何の敬いも感じない」


 露骨に嫌そうな顔をするユーリの言葉に六人の大臣は顔を蒼褪めながら口々に謝罪とエルフ族の伝統を口にする。


 やれ何千年と続く仕来しきたりだ。


 やれ動作一つ一つに意味があるだ。


 そんな古臭い言い訳をウンザリしたように聞いていたユーリは手の平を突き出して彼等の言葉の津波を遮る。


 そして再び深い溜息を吐くと、横に置いた木箱を撫でながら彼等を睨む。


「早く報告を寄越せ。時間が惜しい」


「は、はいっ!! 直ちにっ!!」


 そうして語られる、人族に関する情報の数々。


 貴族達の混乱具合や戦争要員の人数、実力。はてには潜入しているエルフにより工作された奇襲の為の穴の進捗やわざと漏らした自分達の偽報等、人族との戦争に向けた数多の報告が大臣達によってなされる。


 これらの情報はユーリにとっても相当有益な物に他ならないが、今彼女が最も聞きたい報告はそれらではない。


「うん。大体理解した。ご苦労様」


「いえいえっ、何を仰いますっ! 我等は皆、栄えある女皇帝陛下の為なればこそ──」


「ああー、うん、わかった。それじゃあ……次はアレだ。〝装置〟の進捗はどうなんだ? えっとぉ……君」


「はいっ! それではご説明させて頂きます」


 指差された大臣は嬉々としてユーリに〝装置〟についての報告を始める。


 それはここアールヴに於ける最終兵器。アールヴ近郊……主に人族の国でその〝装置〟に関する実験がなされており、今はその進捗と〝装置〟自体の完成度についての報告を語っている。


「ふーん。結構順調みたいだな」


「それはもうっ! 人族の経済面にも徐々にではありますが影響が出始めております。このまま戦争に持ち込めれば確実にかのティリーザラ王国は大打撃を受けるでしょうっ!!」


 語り口調に少しずつ熱が入る大臣に呆れながらも感心するユーリは機嫌良さげに頷いて大臣からの報告を切り上げる。


 するとそのタイミングで謁見の間の扉が大きな音を立てて壊れんばかりに開け放たれる。


 開かれた扉にユーリと大臣達が訝しむと、そこには二人の衛兵に取り押さえられながら肩で息をするエルフの青年が顔を真っ青にしていた。


「ほ、報告がございますっ!!」


「何事だ無礼者っ!! 貴様……女皇帝陛下の御前で在らせられると知っての狼藉かっ!!」


 青年エルフの言葉を一切耳に入れず叱咤を飛ばす一人の大臣と、それに続く他の大臣。


 謁見の間が喧々轟々とする中、ユーリは深い溜息を吐いてから手を二拍叩き、自らに注目させる。


「こんな無礼を働かざるを得ない様な自体なんだよな? なら早く聞かろよ。それとも……ここまで騒がしておいて大した用事じゃない?」


 青年エルフを睨むユーリに、眼光を向けられた当の青年エルフは一瞬肩をビクつかせて怯えた反応をするが、次に自身を取り押さえる衛兵に目配せをして退かし、襟を直すと漸く口を開く。


「き、緊急事態ですっ!! 先程ティリーザラ王国内、魔法魔術学院に潜入中の同胞から緊急連絡が入りましたっ!!」


「……魔法魔術学院?」


 ユーリは青年エルフの口から出た魔法魔術学院という言葉を耳にして顔色を変える。


 それはユーリ自身が待ち遠しくしていた報告に関するものであり、それに対して緊急事態が発生したという彼の文言に、機嫌は急降下して行く。


「あそこに潜入させてるエルフからは、あのクソジジイが「暴食の魔王」に挑む日取りと討伐隊の情報を受けてる。挑むのはまだ先だと思うんだが?」


「そ、それが……」


「チッ」


 突如歯切れが悪くなった青年エルフに思わず舌打ちをしたユーリは青年エルフに対して軽く手を振る。


 その瞬間、青年エルフの肩ギリギリを目にも留まらぬ速さの風が駆け抜け、背後に控えていた衛兵の持つ槍が音を立てて切り刻まれる。


 青年エルフと衛兵はそれを目にして表情を強張らせ、顔面を冷や汗で濡らす。


「早くしろ」


「は、はいっ!! ……その件の潜入させているエルフからの緊急報告によりますと、先日お伝えした魔王討伐の日取りや参戦する討伐隊に、誤りがあった……と」


「……それで?」


「具体的には……。その……。申し上げ難いのですが……」


「……」


「ひぃ……。あ……えぇ、と……。魔王討伐は……今朝方、行われた、と……」


「何っ!?」


 思わず立ち上がり声を荒げるユーリに更に怯える青年エルフだが、ユーリに睨まれ硬直する。


「それからっ!?」


「は、はいっ?」


「勿論魔王が勝ったんだよなっ!? あの老いぼれとクソ雑魚の人族じゃあ魔王になんて敵わないんだからっ!! 勝ったんだよなぁ!?」


 怒涛の様に声を上げるユーリの言葉は、半ば自身の願いが込められている。


 頭では緊急事態の時点でその可能性が頭を過っているが、信じたくない、嘘であれ、杞憂であれという期待がそんな言葉を吐き出させた。


 しかし。


「ざ……ざ、残念ながら……。人族は、魔王を討ち倒した……と……」


 その言葉に、ユーリの頭は真っ白になった。

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