第七章:次なる敵を見据えて-4

 

 私の《空間魔法》のテレポーテーションにより学院に転移した私達は、マルガレンとハーティーを学院に併設されている医療施設に送った後、疲労に塗りたくられた顔をそのままに、それぞれが部屋に帰って行った。


 私も部屋に着いて早々、汚れた体と服のままベッドに倒れ込み泥の様に眠った。


 《疲労耐性》により身体的な疲労はマシだったものの、精神的な疲労まではまだ耐性が無いようで数秒と足らずに夢に溺れた。


 ……夢の中で私は、二つの〝異形〟と対面した。


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 一つは見上げる程に大きく、見知った赤黒い色をし、巨大な目玉が掌にのぞく異形の右腕。《強欲》。


 〝彼〟は私をその巨大な目玉で見下ろしながら嬉しそうにケタケタ笑っている。


 そしてもう一つは、巨大な「口」。


 不気味で暗黄色の薄い唇からナイフの様に鋭い歯が規則的に並び、歯の向こうに臨く唇と同色の長い舌が私を誘う様に不気味に蠢いている。


 ……コイツが《暴食》か。分かり易い見た目だ。


 そんな適当な感想を思い浮かべると、《暴食》が私の眼前にまで迫り、その舌で私を囲う。


『腹が減ったぞ愚か者。何か喰わねば貴様を食うぞ』


「……ふむ」


 私は顔を逸らして《強欲》に目をやると、そんな私達の様子を見て心底面白そうに目を細めている。なんとも楽しげな……。まあいい。


「実に面白い冗談だ。お前に私が従う必要を感じないのだが……これは私がオカシイのかな?」


『……喰い殺す』


 沸点の低い《暴食》が私に舌を巻き付け口を大きく開き、その鋭利な歯で私に噛み付こうとする。


 が、それは叶わず、私に歯が当たる直前でそれが停止する。《暴食》はまるで困惑したように震え、同じ様に何度も何度も噛み付こうとするが、変わらず歯は私に届かない。


 後ろの《強欲》はそんな《暴食》の様子がツボにでも入ったのか、盛大にゲラゲラ笑いながら体全体で見えない地面を何度も叩いていた。


 私としても、面白い。


『な、んで……』


「自覚が無いのか? 意思が強いスキルとはいえスキルはスキルだ。宿主に牙を向けられるわけがないだろう」


 スキルには総じて意思が宿っている。その殆どは意思が小さ過ぎてほぼ宿主には干渉しては来ないが、大罪系の様な強大な力を内包するスキルはその限りでは無い。


「魔王の呪い」や「勇者の呪い」なんて物が存在するのは、恐らくそこが関係しているのだろう。強過ぎる意思は、宿主すら飲み込む。あのグレーテルの様に。


 だがそれはあくまで私の意思が負けを認めたらの話だ。


 私の意思が折れぬ限り主導権は私にだけあり、ヒエラルキーの下に居るスキルは私に害を及ぼせない。


 それが例え大罪系スキルであろうと、美徳系スキルであろうと、変わらない。


 だが懐かしいな。確か《解析鑑定》をスクロールから習得した時にはその宿っていた意思に抵抗されたものだ。


 今の私では簡単に捻じ伏せられるから忘れていた。


 しかしコイツ。スキルのクセに何故そんな事も……。


「……ああ成る程。百数十年もの自由を謳歌したせいで忘れていたのか。なら改めて自覚しろ。お前はもう〝私の〟スキルだ。お前に決定権など無い」


『ぬ、ぬぅぅぅぅっ……』


 ふふっ、なんだコイツ。《強欲》と違って随分と可愛げがあるじゃないか。面白い。気に入った。


「まあそう悔しがるな。私はこれでも欲望には忠実な人間だ。お前が不満を感じない程度には暴飲暴食をしてやろう。私自身飲み食いは好きだしな」


 前世との食文化の落差で私の中の美食への拘りは加速している。前世も飲み食いは好きだったが、今はその比じゃない。コイツも不満は覚えないだろう。


『……本当か?』


 お、案外チョロいぞコイツ。


「私の大事な大事な一部となったんだ。そんなお前に嘘は吐かんさ」


『……』


 すると《暴食》は私から舌を離し、距離を取る。そして未だに笑っている《強欲》の横に並ぶと改めて口を開く。


『貴様……、いや。新たな〝主〟よ。美味い飯を期待しているぞ』


「ふふっ。期待していろ。私の味への探求は飽くないぞ?」


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 そこで私は目が覚めた。


 窓からは日が差しており、それが朝である事を私に教える。


 ベッドから起き上がると、全身をなんとも言えない不快感が襲う。


 全身に付着していた泥や血、魔王の体液がベッドを盛大に汚し、汗と湿気によって身体中がベタベタだ。気持ちが悪い。


 私はベッドから立ち上がり、マルガレンを呼ぼうとして思い出す。マルガレンは今、隣の使用人室にはいないという事を。


 マルガレンの腹部の傷は師匠の《回復魔法》で応急処置は終えていたものの、油断は出来ない状態だった。


 オマケにハーティーの持っていた短剣に内包されていたスキル《魔力妨害》の影響により、マルガレンの体内を流れる魔力が乱れに乱れ、腹部の傷やそれによる合併症よりも魔力の乱れによる障害の方が重体である事が《解析鑑定》を見て明らかになり、学院に戻ってすぐ医療施設に連れて行った。


 ハーティーも同様に私から受けた傷を治療する為に医療施設に送ったのだが、奴に関しては当然、処遇が違う。


 ハーティーは大まかな治療が済んだ後に即刻犯罪者収監ギルド「禿鷲ハゲワシの眼光」に収監される手筈になっている。


 その際にハーティーからエルフの情報を吐かせ、情報を元に他に潜入しているエルフ共を炙り出し一網打尽とする予定になっているのだが、そこには私も立ち会う予定となっている。


 本来ならば私にそんな権限などは無いのだが、色々と痛め付けた私が立ち会えばハーティーも素直になるのでは無いかと師匠が考え、手を回してくれる予定。


 実にありがたい話だ。


 流石の私もアレ以上痛め付けるつもりは無いが、奴の持つスキルは惜しい。


 十年以上という決して短くない時間を国防に費やした奴のスキルだ。情報を吐いた後の暗い未来を思うと、勿体無くて仕方が無い。


 今から奴に会うのが楽しみだ。


 ……まあ、近々の予定はさて置いてだ。


「まずは風呂だな。自分で用意するのも何年振りか……いや、今世では初めてじゃないか?私も随分貴族然としているじゃないか」


 まあ、身分としては〝一応〟貴族ではないが……はてさて、真実はどうだか……。


 まだまだやる事が山積みだ。そんな事を考えながら、私は風呂場へ向かおうとして──


 ぎゅるるるるぅ……。


 ……早速か。


 まあ落ち着け、風呂の後、直ぐに美味いものを作って食うからな。


 私は《暴食》に言い聞かせるように内心で呟き、改めて風呂場へ向かった。


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 クラウン内、《蒐集家の万物博物館ワールドミュージアム》にあるシセラ専用部屋。


 シセラはいつもの様に博物館内にて新たに獲得し、色とりどりに輝きを放つスキルの結晶を眺めて回った後、クラウンに用意してもらった専用部屋に戻って来る。


 そして同じ様に用意して貰った寝心地の良いクッションに丸くなると、目を閉じる。


 眠る必要の無いシセラはそこで、どうしたものか、と思案する。


 クラウンに仕えて三年。未だ彼女の願いに進展は無い。


 シセラの願い。それは世界中に散らばる精霊のコロニーを訪ね自身の息子とも言うべき主精霊の代わりを育て、コロニーの新たな主精霊を置く事。それがシセラがクラウンに仕えるにあたり提示した願いであり、ある種の契約だった。


 しかしその願いは未だ遂行されず、その暇すらない目紛しい日々を過ごし、三年もの月日が経ってしまっている。


 シセラ自身クラウンから肌身離れず居る身である為、事情を分かる以上それ自体に不満は無い。一時は少しいじけて反抗してみたりもしたが、普通に叱られてしまいそれも霧散している。


 だがそれでも全く進展しない現状に、不満は無くとも不安は募りつつあるのも事実。シセラとしてはもうそろそろ新たなコロニーを見付けたいと悩んでいた。しかし、


(クラウン様はまだまだ忙しい身。新たなコロニー探しなんて時間が掛かる事を今のタイミングで実行するとは考え難い……。だけど……)


 シセラが懸念しているのは、ここ最近頻発している魔物の存在。魔力溜まりに適応した生物の成れの果てである魔物が多数目撃されているという事は、それだけ世界の魔力の均衡が乱れている証。


 つまりは世界の魔力を制御する役割を担っているコロニーに障害が出始めた可能性が高いのだ。


(ああ……私はどうすれば……)


 クラウンには決して聞かれぬよう心中で呟くシセラ。


 思わず溜め息まで出そうになった、その時。


「……ん?」


 ほんの一瞬、瞬き程の時間、シセラの頭に流れ込んで来た物があったのを感じた。


 それは記憶であり、クラウンが魔王から受け取った記憶の極々一部の断片に過ぎない。


 魂の契約によってクラウンと繋がっているシセラに反応したのか、そんな小さな紙切れ程の記憶を垣間見たシセラはその場から飛び上がり、眼を見開く。


「これは……これはっ!!」


 そこに映ったのは遺跡。


 暴れに暴れ回っていた魔王が唯一近付く事を嫌い、避けて通ったボロボロに崩れたそこには、無数の光が舞う荘厳な雰囲気を醸し出す小さな石造りの部屋が露出していた。


「こんな、事が……」


 それは偶然か、はたまた《幸運補正・I》《幸運補正・II》の熟練度の賜物か、


 それとも今は亡き……クラウンにより魂を回収されているグレーテルからの贈り物か。それはわからない。


 だがシセラはその記憶の中の景色に決意する。直ぐにでもクラウンに伝え、そこに向かおうと。


 シセラは同室に居る主精霊となる予定の、まだ意思すら希薄な微精霊に近付き、優しい眼差しを向ける。


「待たせてごめんね。坊や」


 シセラはそれだけ呟いて、クラウンの準備が整うのを待った。


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