第七章:次なる敵を見据えて-3

 

 《闇魔法》黒爪シャドウネイル。指先に小さな黒い光球を作り出し、それを刃の様に変形させて攻撃する、近接に特化した魔法。


 《闇魔法》特有の〝塗り潰す〟という効果を用いた斬撃は、魔力鉱ミスリルなどの魔力に影響を及ぼす物質以外の物ならば容易に切断可能な凶悪な魔法だ。


 しかしその見た目からは想像出来ない程、この魔法の難易度は高い。


 ただでさえ制御の困難な《闇魔法》を指先のサイズに押し留め、尚且つそれを形状変化させて刃状にし、維持しなければならない。


 そんな難易度の高い魔法をクラウンが顔色一つ変えず使えるのは、魔王から獲得した《魔力精密操作》を自身の《魔力精密操作》へ加算した結果であり、その精度は上がっている。更には……。


『《魔力精密操作》の熟練度が一定に達しました』


『条件を達成しました。これにより新たなスキルが覚醒します』


『確認しました。補助系スキル《魔力緻密操作》を習得しました』


 《魔力精密操作》の熟練度が一定に達した結果、その上位互換である《魔力緻密操作》を習得し、より一層難易度の高い魔法も行使可能になったクラウンだが、そんなアナウンスを受けても、表情は一向に明るくならない。


 今の彼の頭の中は、普段なら喜ぶべきスキル習得の瞬間すら即座に冷めてしまうほどに彼女……ハーティーに静かな殺意を向けている。


 顎を打ち抜かれたハーティーは、その場から勢いよく飛ばされ、数メートル程泥を滑って行った。


 顎の骨は殴られた箇所を中心に砕け、場所によっては粉砕骨折していた。余りの痛みに気が遠のきそうになるハーティーは気力を振り絞りそこでなんとか堪えはしたものの、切断された腕からは夥しい量の血が流れている。


 するとそんなハーティーにクラウンはゆっくりとした足取りで歩み寄り、ハーティーを見下す。その手には先程切り落としたハーティーの手に握られていた短剣があり、クラウンはそれを弄びながら口を開く。


「《魔力妨害》か……。確かにこの短剣が私に刺されば、今の私でも少し危なかったかもしれないな。だが──」


 クラウンは短剣をポケットディメンションに放り込むと、代わりとばかりに魔王のハンマーを取り出す。


「だからと言って貴様がしでかした事を私は許さん」


 そんなクラウンを見たハーティーは砕けた顎の激痛を耐えながら歯を食いしばりなんとか立ち上がる。そして口を使って器用に懐にしまい込んでいたポーションを取り出すと、それを両手の切断面に振り掛け、余った分をそのまま飲み干す。


 すると切断面から流れていた血が止まり、多量の血を流して青白くなっていた顔色が徐々に戻っていく。


「砕けた顎でまた随分と器用な事を。それで? わざわざ立ち上がって、血を止めて、どうするんだ?」


 クラウンがハンマーを肩に担ぎながらそう口にすると、ハーティーは緊張で乱れた呼吸のままニヤリと笑う。


「……」


 そして、ハーティーは自身の持つ隠密系スキルの全てを発動する。


 《高速化ハイスピード》や《消音化サイレント》、《脱兎の俊足》に《羽根の歩法》で自身の敏捷性、静粛性を上げ、更に《風景一体》や《透明化》、《気配遮断》や《熱源遮断》などでその姿をくらまし、全力で逃げようとする。


(取り敢えず逃げなければっ!!)


 殴られた衝撃から《覇気》による行動不能が解け、全ての準備が整い、いざこの場からの退避を開始しようとした。が──


 走り出そうとした瞬間、乱暴に髪を掴まれ、そのまま泥の地面に叩き付けられる。


「ガハッ……!!」


「そんなもんか?国防の一端を長年担っている割に大したことはないな」


 肺の空気が強力に叩き付けられた事によって吐き出されてしまい軽い呼吸困難に陥ったハーティーは頭が混乱する。


「な……なん……で……」


「一々教えると思うか?」


 クラウンはそんな倒れ臥すハーティーに容赦の無い蹴りを腹に喰らわし、更に泥の上を滑らせる。


 様々なスキルを活用し姿を眩ませたハーティーをクラウンがアッサリ見つけ出せた理由。それは単純にハーティーの取得していた遮断系のスキル効果より、クラウンの感知系スキルの方が優秀だった……熟練度が高かったというのが理由である。


 魔王が長年蓄え続けたスキルの熟練度をそのまま《継承》によって貰い受けた今のクラウンの感知系スキルは、その効果を本来打ち消す遮断系スキルを貫通し、無効化してしまっていた。


 更には《可視領域拡大》により拡大した可視光線の恩恵により、ハーティーの遮断系スキルの効果が半減していた事も一助となり、クラウンには効果が薄かったと言える。


「……」


 クラウンは無言のまま悶えるハーティーに歩み寄る。


 ある程度の距離まで近付いたクラウンは、担いでいたハンマーを構え、振り上げる。


「逃げられるのも面倒だ。足を潰すか」


 そう呟きハンマーをハーティーの足目掛けて振り下ろそうとした。その時、


「ま、待ってくれっ!! 頼むっ!!」


 クラウンと倒れ臥すハーティーの間に、キグナスが血相を変えて割り込んで来る。


 訝しむクラウンにキグナスは真剣な眼差しでもって応えると、クラウンは深い溜息を吐いて一旦ハンマーを下ろす。


「まさか……状況を理解出来ていないわけじゃないよな?」


「いや……分かってる。バカな俺でも、それくらいは分かる」


 目を細めキグナスを睥睨するクラウンにキグナスはたじろぐが、それでも退こうとはしない。


 クラウンはクラウンでその行動を全く理解出来ないわけではないものの、一考する程では無いと切り捨て、その眼光を鋭くする。


「私は今すこぶる機嫌が悪い。最高の気分を台無しにされて最悪の気分だ。これ以上邪魔をするなら貴様諸共叩き潰すぞ?」


 そう言い改めてハンマーを構え直すクラウンに、キグナスは慌てた様に両手を突き出して制止を促す。


「ちょ、ちょっと待ってくれっ!! 殺してどうなるってんだっ!!」


「私なら殺してもコイツから情報を引き出せる。生かして喋らせるより確かだし無駄がない。……何より私の気が治らない」


 クラウンは《継承》に加え新たに覚醒した《完全継承》によりスキルだけでなく対象の記憶を読み解く事が可能となっている。なんなら燈狼の内包スキルである《劫掠》でも記憶を獲得出来る。


 クラウンにとって偽の情報を摑まされるくらいならば件の手法を使って情報を引き出した方が確実であり楽なんだ。


「いや、待てっ!! こ、コイツは……エルフ、なんだろ? ならまずはウチで……「白鳥の守人」で事の処理をしなきゃならねぇっ!! それにぃ……お館様っ!! お館様に相談しなくちゃならねぇっ!!」


 キグナスは必死に身振り手振りを交えてハーティーを生存させる理由を口にする。


 すると今度はマルガレンの応急処置を終えたキャピタレウスがキグナスとクラウンの真ん中に立つ。


「こやつの言う事も間違っとらんと、ワシは思うぞクラウン。ただオヌシが記憶を手に入れただけではこのハーティーの件は治らん。しっかりした対処をせねば多方面に混乱が生じる恐れもある」


「……それはモンドベルク公……ひいては他に潜入されている可能性がある貴族周辺やギルドのメンツの話ですか?」


「そうじゃ。このまま彼女を殺し、オヌシで情報が途絶えてしまってはモンドベルク公だけの立場が弱くなる。ただでさえ戦争目前で落ち着かん現状で、国防の重鎮の立場だけが弱くなるのはマズイ。ハーティーを生かし、情報を公的に引き出してから貴族達の立場も均さなければならん。オヌシとてそれは分かるであろう?」


 キャピタレウスの言葉に、クラウンの気迫が若干薄まる。


 この戦争目前という危うい状況の中で、国防の責任者とも言えるモンドベルクという大貴族の立場だけが弱くなるというの非常に危険であり、足並みが崩れてしまう。


 これを少しでもマシな状況にするには、マイナスな方向に均す必要があり、それはハーティーから得られる情報を公的に発信し、他貴族に潜入しているであろうエルフを発見し、同じ様に立場を弱くする必要がある。


 それはクラウンも理解はしている。だがそれでも……。


「だからマルガレンが傷付いても泣き寝入りしろと?泣き寝入りなど、私が最も嫌いな行為の一つなんですがね」


「そうは言っとらんじゃろうがっ! その殺意の矛先を向ける先は……分かるじゃろ?」


「……」


(殺意を……向ける先……)


 クラウンは思い浮かべる。


 まだ見ぬエルフを束ねる女皇帝。


 人族を恨み、キャピタレウスを恨み、その高慢な種族性を押し殺して何十年という時間を掛けて人族の国に潜入するという途方も無い準備を進めているエルフの王。


 ある種尊敬にすら値するまだ見ぬ敵に、クラウンは意識を切り替える。


「……分かりました」


 クラウンはハンマーをポケットディメンションに放り込んで深い溜息を改めて吐く。


 だが口にし、頭で理解はしているが、その晴れない気持ちはどうにもならない。


 キグナスに肩を支えられ立ち上がったハーティーをなるべく視界に入れぬように踵を返すと、クラウンに歩み寄るロリーナに対面する。


 少し面食らったクラウンは、先程のハーティーに対する所業をロリーナ達に見られていた事を思い出し、バツの悪い顔で視線を逸らす。


「クラウンさん……」


「すまんな……。見苦しい所を見せた」


「いえ、それは……」


「……すまんな」


 クラウンがそう呟いて離れようとすると、ロリーナがクラウンの服の袖を掴み引き止める。クラウンがそれに驚いていると、ロリーナが顔を見上げる。


「大丈夫ですよ」


「……ロリーナ」


「少し怖かった、ですけど……。気持ちは分かりますから……。大丈夫です」


「……そうか」


 クラウンの心は、そこで漸く凪いだ。


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