第七章:次なる敵を見据えて-2

 


 私の腹部に走った衝撃の原因は、ハーティーによる奇襲ではない。


 魔王戦の最中にこっそりキグナスとハーティーに《解析鑑定》を発動させた結果判明した情報により、私は端からハーティーを警戒していた。


 ハーティーの動きは先程獲得した《視野角拡大》や感知系スキルで把握出来ていたし、奴のもたらす攻撃など、今の私では最早致命傷にはなり得ない。


 故に少し泳がせて決定的な行動に移ってから制圧し、諸々の事情を聞き出そうと、そう考えていた。


 だが私のそんな思惑に反し、思わぬ所から横槍が入った。


「マルガレンっ!」


「だ……大丈夫、です……」


 ハーティーが私に向かって短剣を取り出し攻撃して来るのを察知した時、私を庇う様にマルガレンが私とハーティーの間に割って入ったのだ。


 正直に言えばマルガレンが私を庇うよう動き出したのは、見えていた。しかし、私はそれを止めなかった。


 今回の魔王戦に於いて、マルガレンは私を守るという重要な役割を担ってはいたものの、姉さん達の活躍によりそのお株を奪われていた状況だった。


 魔王を倒し戻って来た時の不甲斐ないとばかりの表情を見た私は、少しでも活躍を実感させてやりたいと考え、止めはしなかった。


 しかし、その判断が間違いだった。


 ハーティーの持つ短剣が普通の短剣だったならば、マルガレンのカイトシールドが容易に防いだだろう。だがハーティーの短剣は普通ではなかったのだ。


 そんな短剣の一撃を受けたマルガレンのカイトシールドはその守りを薄紙を破られる様にアッサリ貫通。刃はそのままマルガレンの腹部に突き刺さった。


 カイトシールド越しであった事が幸いし、傷自体は深くないものの、《解析鑑定》の結果、内臓の一部が傷付いてしまっている。


 マルガレンはそのまま短剣を引き抜かれると同時に私にもたれ掛かり、ハーティーに向かって「ざまあみろ」と言いたげな表情を浮かべる。


 だがそんな顔をしているマルガレンの方はといえば、正直余裕はない。


「取り敢えず喋るな。……師匠、お願いします」


 私の言葉に師匠が直ぐにマルガレンの元へ駆け付け、《回復魔法》をかけてくれる。


 慢心が……自惚れが生んだ失態。


 ハーティーを警戒していたにも関わらずその脅威を軽んじ、油断したのが原因だ。クソ……。


 マルガレンには後で労いと謝罪をするとして……だ。


 ……。


 ああ……本当に……。


「……クラウン様?」


 ______

 ____

 __


 その時のクラウンを見た時、アーリシアを含めたその場の全員は冷や汗を流した。


 まるで突然、決して触れてはいけない何かが現れたかの様な緊張感を肌で感じ、自然と息を潜めて唾を飲む。


 クラウンが見据えるのはハーティー。その視線を直に向けられているハーティーの表情は、他の皆よりも一層蒼くなっている。


 ハーティーは狼狽えながらもマルガレンを刺した短剣を構えて後退る。


(くそっ! ふざけんじゃないわよっ!! 次から次へと邪魔ばかりっ!!)


 心中で悪態を吐くハーティーだが、そんな事をしても何も状況は変わらない。


 ハーティーは落ち着こうと一旦深呼吸をして頭を整理する。そしてこの場の打開策を全力で模索する。


(……短剣を外した今、冷静に考えて魔王を倒したクラウンとなんて戦えるわけがない……。ならば後はなんとかして逃げるしか……)


 しかしそこで思い至る。自分が逃げ出せたとして、その先に自分の未来があるのか?と。


(じ、事情を……事情を話せば……。……いや……)


 ハーティーの冷や汗が更に増える。今にも震え出しそうな体を気力で抑えるも、頭の中では最悪な結末だけが浮かんでは消える。


(わたしは失敗した……。ギリギリで気付いた千載一遇のチャンスに……私は何も出来なかった……)


 エルフの国からのスパイとして国防の一端に潜入していたハーティーは、上司であるディーボルツ経由で今回の魔王戦の話を聞いた時、マズイと感じたのと同時にチャンスだとも思った。


 他の潜入しているエルフはクラウン達が広めた偽の魔王戦の日取りを信じ込み、本当の日取りを手に入れたのは自分だけ。


 この状況で魔王戦を自分が滅茶苦茶に出来、上手く立ち回ればキャピタレウスを含めた潜在的な脅威になるであろう数人もまとめて再起不能にまで追い込めるだろう。


 そうなれば自分は女皇帝閣下に更なる待遇と褒章を賜わる。そう考えて目が眩み、視野狭窄になっていた。


 想定外だったのが三つ。


 一つはクラウンの強さと、それに溺れない用意周到さ。その行動の一挙手一投足が徹底していて、気付かれない様な細かい邪魔では揺るがなかった。


 二つ目がアーリシアの存在。幸神教の最重要人物の一人であるにも関わらず魔王戦に参戦し、クラウン達に多大な貢献をした。アーリシアというちょっとでも触れれば全国の幸神教信徒を敵に回しかねない爆弾がいたせいで、ハーティーの立ち回りが鈍ってしまった。


 そして三つ目が、他でもないガーベラと魔王の存在である。


 魔王の脅威を軽視していた事も去る事ながら、ガーベラの超常的な戦闘能力の高さに、ハーティーは頭が痛くなった。


 ただでさえ魔王の分厚い攻撃に手を焼いているのに、それを物ともせず息一つ乱さず捌き続け、更には自分がちょっとでも不審な動きをしようものなら、それを得体の知れない手段で察知されまともに行動に移せなかった。


 そんな三重苦が重なり、魔王戦に於いてハーティーはエルフとして単独行動を敢行したにも関わらず何も出来なかった。


 ハーティーは焦りに焦った。


 このままでは今まで築き上げて来た信頼と役職が水の泡になる。それどころか計画を台無しにした責任の追及……下手をすればそれよりもっと惨めで残酷な処遇に遭いかねない。


 その事で頭が一杯になったハーティーは、魔王を倒したばかりの弱っているであろうクラウンを見て、懐から短剣を取り出した。


 その結果最後に起こしたのが先程の蛮行。それが失敗した今、最早ハーティーに救いの道など無いに等しい。


(と、とにかく……。今はこの場から逃げて他に何か手がないかを模索して──)


「も う い い」


 クラウンのその一言に、ハーティーの思考が一瞬停止する。


 震える身体はとうとう抑えが効かなくなり、クラウンの目を見る事が出来ない。


(ま……マズイっ!! に、逃げなければ……今すぐっ……。──っ!?)


 そこで踵を返そうとしたハーティーは、自分の体が動かない事に気が付く。


 まるで足が地面に釘で固定されているんじゃないかと幻想してしまう程にビクともせず、それどころか体全体も強張って軋む様に動かし辛い。


(な、な……何、が……っ)


 それはクラウンが放つスキル《覇気》の権能。スキル《威圧》の上位互換であり、一度でも相手を怯えさせれば一定時間身動きを封じる事が可能なスキルに、ハーティーはハマっていた。


(くそっ!! くそっっ!!)


 力づくで動こうとするハーティーに、クラウンが一歩、足を前に出す。


「ひいっ……!!」


 それだけでハーティーは怯え、身を竦ませる。


「お前は、許さん」


 そこまで口にしたクラウンの姿が、一瞬掻き消える。


 次に現れた場所はハーティーの眼前。手を伸ばせば容易に触れられる距離に、クラウンが出現した。


 更にその右手指先には漆黒の光球が四つ輝いており、クラウンが右手を構えると、その光球は薄く鋭く変形する。


 そしてクラウンがそのまま腕を振り下ろすと、ハーティーの短剣を握る両手は音も無く切断され、落ちた手が沼の泥に沈む。


「あ……ああっ!? ああああああっ!!」


「私のマルガレンを傷付けた事を、咽び泣きながら後悔しろ」


 クラウンは硬く拳を握ると、それを目にも留まらぬ速度で振り抜き、ハーティーの顎を打ち抜いた。

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