第七章:暗中飛躍-1

 


「はぁ〜〜……平和、だなぁ……」


「そうだねぇ〜〜……。こうしてのんびり……。なんか、久々だねぇ……」


 ──クラウン達がアールヴにある南の監視砦の攻略を終え、アヴァリとの一騎討ちを遂げていた頃。


 一通りの授業を終え、後は自由に過ごせるという時間。ティールとユウナは図書室でまったりと過ごしていた。


 と、言ってもただダベっているわけではない。


 遠出する前にクラウンから簡単な宿題を言い渡されており、二人はそれを消化する為に図書室に来ているのだ。


「つってもさぁ……。「簡単で構わないから戦争に於ける知識を付けておけ」って……無茶だろ、そんなん……」


「あの人だって余り期待してないでしょ? ただ私達を持て余しちゃうのが我慢出来ないんだよ」


 ユウナの言う通り、二人にこんな宿題を言い渡したのは自分が関われない合間に少しでも戦争についての知識を付けさせたいという淡い期待から来るもの。


 何もしないよりはマシ。そう考えての宿題であった。


 それと、もう一つ……。


(……多分だけど、アイツ、ユウナをなるべく一人にさせない為に俺を側に居させてんだよな、コレ……)


 国内に潜伏していたエルフはクラウンが一掃し、既にユウナが狙われる心配は無くなった。


 しかしだからと言って人族によるエルフ、ハーフエルフに対する迫害や差別が無くなったわけではない。相も変わらずハーフエルフであるユウナは学院内では疎まれる存在であった。


 そんなユウナが今平和に学院生活を送れているのはひとえに、クラウンという存在に依存している。


 学院生最高位である蝶のエンブレムという立場に加え、フラクタル・キャピタレウスの最後の弟子。更には珠玉七貴族との関連性を噂されているクラウンの身内……。そう、彼女は学院で認知されつつあった。


 そんな目に見えた地雷原に踏み込むやからなど居る筈もなく、クラウンと出会う前に比べてユウナは快適な日々を過ごす事が出来るようになっていた。


 だが、世の中には世間知らずも居ないではない。


 万が一そんな輩が現れるのを危惧し、遠回りにだがなるべくユウナを一人にしないよう、クラウンなりに気を回しているわけだ。


 現に──


「んん? おいおい、ハーフエルフみたいな土臭ぇのがなに人族様の図書室使ってんだ?」


「……はあ」


 週に一度程度の割合で、こうして地雷原と気付かず踏み込む世間知らずがたまに絡んで来る。


 尊大な態度のいかにも貴族風を吹かせる男子学生は一人の取り巻きを連れ、ジリジリとティールとユウナが座る場所へ近付いて来た。


「いつもならクラウンが一睨みすりゃおさまんだがなぁ……。しゃあない」


 そうボヤいて立ち上がり、ユウナの盾になるように男子学生の前にティールが躍り出ると、男子学生は露骨に不機嫌そうに表情を歪める。


「あぁ? なんだよ、お前」


「それこっちのセリフ。そんな敵意満々の目で友達睨むの止めてくんないかな?」


「友達ぃ〜? まさかお前……ハーフエルフなんかと友達だとか言い出さないよなぁ?」


「だったら何? 俺の友達事情に口挟まれたくないんだけど?」


「……ぷっ」


「あ?」


「あっはっはっはっはっはっはっ!!」


 男子学生は取り巻きと共に盛大に大笑いを図書室に響かせる。


 そんな下品な笑い声に図書室に居る他の学生達までもが顔をしかめて振り返るが、そんな笑っている奴等の相手──ティールとユウナの姿を見て皆が顔を一気に青褪めさせた。


 先述したようにこの学院でクラウンとその身内の事を知らぬ者は今や殆ど居ない。勿論、ティールやユウナがその身内である、という事実もだ。


 故に彼等は戦慄し、同一の叫びを脳内で放つ。


((((誰に喧嘩売ってんだあのバカ貴族っ!?))))


 だが口など挟めない。挟めば状況は更に悪化する事など目に見えている。それが一番最悪だと、そう勘が言っていた。


 何の関係もない筈の他学生達は、一切内容が頭に入って来ない本に視線を落とし、何事も無く終わってくれと、ただ没頭するフリしか出来ないでいた。


 そんな男子学生のバカ笑いとティール、ユウナの冷めた溜め息。そして他学生達の焦燥と不安が入り混じった混沌と化した空気の中、先に口火を切ったのは愚かにも男子学生であった。


「あっはっはっはっ……いやぁ、久々に笑った笑った……。まさかハーフエルフと、と、友達、とか……ぷふっ」


「笑いのツボが浅い奴だなぁ……。その内バカ笑いし過ぎて死ぬんじゃないか? そりゃあ見ものだな。是非そうなったら見せてくれよ。同じくらい笑ってやる」


「はっはっはっ……あぁ?」


 男子学生は一気に表情を一変させるとティールの胸ぐらを掴み上げ、ドスを効かせた声音で迫る。


「何調子こいてんだお前、あ? ハーフエルフなんかとつるんでるヤツが偉そうによう」


「おおコワイコワイ……。偏見まみれの視野の狭いヤツの声は野犬みたいにドスが効いててコワイわー」


「テッメェ……。白制服野郎が随分と言うじゃねぇか……。魔法もロクに扱えねぇザコが灰制服の俺によくそんな口利けるなぁっ!?」


 学院の生徒は、その制服の色により簡易的にその者の実力が測れる。


 幼虫のエンブレムが白。蛹のエンブレムが灰。


 そして蝶のエンブレムが黒の制服の着用が義務付けられ、学院全体を通して見れば基本的には灰色の制服姿が大半を占めていた。


 これは学生達の向上心を煽る目的の元決められた制度であり、教師達もまた一目でその学生の実力を把握し、指導出来るようになったと授業が効率的に行えるようになった。


 だが反面、実力差が制服の色で明確に現れてしまった事によりを除いて幼虫のエンブレム──白制服の生徒達は見下される傾向にある。


 男子学生はそれをネタにティールを脅かしているのだ。


「……はあ」


「あ?」


 そんな男子学生に対し、ティールは溜め息が漏れる。


「あのさぁ。もっとマシな脅し文句言えないの?」


「な、なんだとっ!?」


「そりゃあ? 俺はお前みたいに魔法は使えないかもしんないよ? お前の魔法見た事無いけど……。でもさぁ、それをひけらかして優位に立とうとすんのって虚しくなんない?」


「なっ……なっ……」


「ほらすぐ言葉に詰まるぅ。こりゃあ魔法の実力も、実は大した事無い感じかなぁ? ギリっギリのスレっスレで灰色になれたり? 哀れ過ぎて教師に同情されちゃったのかなぁ? 処世術が上手いことで流石はお貴族様っ!!」


「言わせて……おけばぁぁぁぁっ!!」


 激昂した男子学生は胸ぐらを掴む手と反対側の手を天に掲げると、手の平に魔力を凝縮させ火球を生み出していく。


 するとその光景を見た彼の取り巻きが慌てたように彼の肩を掴む。


「ちょ、ちょっと流石に図書室で《炎魔法》はダメですって……っ!」


「うるせぇ知るかっ! コイツにぃ……思い知らせてやるっ……!!」


 取り巻きを振り払い、男子学生は血眼でティールに食らわす火球を大きくしていく。怒りで頭に血が昇った男子学生に、最早後先の事など考える余裕は無い。


 ただ目の前で生意気に減らず口を叩くティールに目にモノ見せる……。そんな感情のままに動く事しか考えられなかった。


「後悔、しやがれっ!!」


 そうして十分に膨れ上がらせた火球を、彼は何の躊躇もなくティールへ──


「あーあもうっ!!」


 ──バシャッッ!


 そんな呆れ果てたような声と共に、男子学生と彼の作った火球。そしてティールの真上から大量の水が唐突に降り注いだ。


「……っ!?」


「……えー……」


 突然の事に目を白黒させる男子学生に対し、ティールは小さく「マジかよ」と呟いて後ろを振り返った。


「……ユウナ。何かもっとやり方なかったのか?」


「あのねぇ……。私の事庇ってくれるのは本当に嬉しいし色々言ってくれてスカッとはしたけどさ……」


「ああ」


「私が手を出すの待ってたからって煽り過ぎじゃないっ!? 自分から爆弾の導火線短くしにいってどうすんのよっ!?」


 ユウナはそう言って立ち上がるとティールに詰め寄り呆れながらまくし立てる。


「い、いやぁ……なんか言ってたら段々気持ち良くなってきて……」


「はぁ……。あの人のマネのつもり? ちょっと感化され過ぎじゃない? 皮肉キレっキレだったけど?」


「ひ、否定は出来ない、かなぁ……」


 ずぶ濡れのままそんな事を言うティールにユウナが頭に手を当てて呆れていると、漸く脳の処理が追い付いた男子学生がキッとユウナを睨み付ける。


「キサマぁぁっ!! よ、よくも俺をぉ、こんな目にぃ……」


「……私ね」


 そんな男子学生に対しユウナは睨み返すと、未だにティールの胸ぐらを掴んでいた手を払い退け今度はユウナがティールの盾になるよう躍り出る。


「な、なんだ……」


「私、数ヶ月前まではアンタみたいな難癖とか嫌がらせする奴等にビクビクして怯えてたの。この国じゃ私みたいなハーフエルフは肩身が狭くて誰も味方が居なかったからね。色々と臆病になってた。でも──」


 ユウナは手の平を顔の位置まで掲げ、その中に魔力を練り上げる。


「流石にねぇっ!! あの人に色々と連れ回されて魔物なんかの相手されたら今更アンタなんかにビビんないわよっ!!」


 そこに現れたのは極限まで圧縮された暴風。ビー玉程の大きさでしかない塊のそれは、しかし途轍とてつもなく内部で吹き荒び、触れたものを容赦なく抉る凶器と化していた。


 《嵐魔法》穿つ嵐玉ペネトレーション


 本当にごく最近習得に成功したユウナ唯一の上位魔法である。


「お、おい……」


「第一ねぇっ!? そこのアンタの連れも言ってたけどここ図書室なの分かるっ!? ここにあるのはどれも貴重な本で一般家庭以下の人がお目に掛かれる機会なんてないのよっ!! それを……アンタは……」


 ユウナは、激怒していた。


 悪口には慣れている。彼女の言った通り散々クラウンに連れ回されたユウナに今更イキった生徒の脅しなど歯牙にも掛けない。


 が、本に関しては別だ。


 ユウナにとって本とは心の拠り所。クラウンに出会う前からずっと自分の心を支え続け、いつだって辛い現実から切り離してくれた人生の相棒だ。


 そんな本の事を気にも掛けず《炎魔法》を使おうとした彼に、ユウナははらわたが煮えくり返っていたのだ。


「ま、待て落ち着けっ! お前だってそんな魔法使ったら本が……」


「大丈夫問題ないわ。この魔術は当て辛いけど当てさえすれば相手の体内で暴れ回って大きな穴を空けて消える魔術……。図書室の本に何ら影響与えない」


「で、でも……お、俺……」


「ああ返り血の心配も大丈夫よ。この図書室には《汚染耐性・小》が封じられたスキルアイテムが設置されてるから多少の汚れじゃ何ともない……。だから、存分に……」


「ひ、ひぃ……」


 すっかりユウナの気迫とその手に渦巻く凶器に腰が引けてしまった男子学生とついでにその取り巻き。


 後退りし、逃げ出そうとした男子学生に対し、今度はユウナが彼の胸ぐらを掴む。


「や、止めろっ! お、俺は……男爵家の……灰制服の……」


「あ、そう。言っとくけどそこに居るティールだって男爵家の嫡男だし、見ての通り私も灰制服の学生……。そ・れ・に・ねぇっ!?」


「ひっ」


「私はアンタより年齢も学年も上なのよガキンチョっ!!」


 叫んで魔術を高く掲げた。次の瞬間──


「そこまでっ!」


 そう声を上げてユウナの掲げた手を掴み制止したのは、また別の男子学生。


 真っ青な綺麗な髪を短く切り揃え、誰の目から見てもイケメン、と口を揃えて言うであろう程の端正な顔立ちを持った青年。


 ヴァイス・ラトウィッジ・キャザレル。


 現在クラウンを除いて成績最優秀を我が物としている学院期待の秀才である。


「ゔ、ヴァイス君……」


 まるで救いの神が舞い降りたかのようなタイミングに男子学生が感激し声を上げると、ヴァイスは彼に振り返って小さく溜め息を吐く。


「咄嗟に止めに入ったから状況が分からない。取り敢えず、一から説明してくれないか?」






「成る程。それは君が悪い」


「そんなっ!?」


 男子学生とティール、ユウナの双方。更に他に図書室に居た学生達から話を詳しく聞いたヴァイスの結論は、男子学生に非があると判断した。


「ハーフエルフだからって差別は良くないよ。彼女だって僕達人族と同じように考え、感情を持ち、日々を生きてる。そこに僕等となんの違いがあるんだい?」


「で、でも……エルフは王国の敵で……」


「それと彼女がハーフエルフなのは関係無いだろ? それとも君は、人族に犯罪者が一人でも居たら人族全体を差別するのかい?」


「そ、それはいくらなんでも極端な……」


「その極端な事を君はしているわけだし、極端でも何でも反論出来ないなら君が間違っているんだ。分かるよね?」


「う、うぅ……」


「分かったなら良いんだ。それと君達──ん?」


 ヴァイスは振り返り今度はティールとユウナに振り返る。


 すると何故か二人の目が泳ぎ、何やら唐突に挙動が怪しくなりだした。


「……何を、狼狽うろたえているんだい?」


「い、いやっ!? 別に何も……なぁっ!!」


「そ、そうよそうそうっ! 何も無いようんっ!!」


 二人が狼狽える理由。それは先程の男子学生とヴァイスの言葉──




『で、でも……エルフは王国の敵で……』


『それと彼女自身は関係無いだろ? それとも君は、人族に犯罪者が一人でも居たら人族全体を差別するのかい?』




 ──ユウナは、敵国アールヴの関係者ではあった。


 本国のエルフに母親を理由に脅かされ、学院での潜入任務に勤しむエルフから目を逸らす為の所謂いわゆるマト〟の役割を担っていた。


 今ではクラウンにより潜入エルフが一掃されその役目も無くなりはしたものの、過去は無くならない。下手にその事が露見すればただでさえ良くない立場が更に悪化する。


 二人はそれに狼狽えていた。


「……何か隠して……」


「いやいやっ! 無いって無い無いっ!!」


「……本当かい?」


「そうだよそうそうっ! クラウンさんじゃあるまいしそんな悪い事なんて──」


「──っ!? クラウン……っ?」


 その名を聞いた瞬間、ヴァイスの表情が一瞬にして曇り、男子学生や図書室に居た他の学生達の顔色も変わった。


「え、ええと……クラウン、って……あの?」


 男子学生はティールとユウナの事は一切知らない。だが流石にクラウンの事は知っていた。


 先程も言ったが何せ学院唯一の蝶のエンブレム資格者でありキャピタレウスの弟子。二度の入学式でその異常な才覚を遺憾無く発揮した〝本物〟の天才。


 その名を知らぬ者は、学院内には居ないのだ。


 そしてその名を聞いた途端顔色が変わった男子学生を見たティールは一気に話を逸らせると考え、その波に乗る事にした。


「あ、ああそうだ。クラウンなんて名前、他に居ないだろ。なぁ?」


「えっ……。──っ! う、うんそうだねっ! あの人以外にクラウンなんて名前無いよねっ!」


「ま、まさか……二人、はぁ……」


 男子学生の顔色はみるみる悪くなっていく。自分が何に喧嘩を売ったのか、漸く理解出来たのだ。


「うん。俺はクラウンの数少ない男友達。ユウナも一応友達、かな?」


「まあ明言はされてないけど……。でも身内ではある、かな?」


「──ッッ!?」


 それを耳にした瞬間、男子学生は泣きそうな顔になり縋るようにしてヴァイスの顔を見上げる。


「ゔぁ、ヴァイス君ッ!! お、俺どうしたら良いんだっ!?」


「……」


「……ヴァイス、君?」


 しかし、男子学生の懇願にヴァイスは反応しない。


 そんな様子のヴァイスに首を傾げたティールはそこでふと思い出す。それは一ヶ月と二週間程前、クラウンにボコボコにされた五人の内の一人だったな、と……。


(あー。クラウンにコテンパンにされて落ち込んでた奴ぅ……だったか? 他の四人は部下にして今連れ回してるって聞いてたけど……コイツはそこに入って無かったのか。って事はぁ……)


 かいつまんで聞いた程度で何も詳しく聞いて無かったが、クラウンの名を聞いた彼の様子に、ティールは色々と察した。


「あーあのさぁ……」


「……君達」


「ああうん。お前がアイツに何されて何言われたとか知らないけど……。あんま気にすんなよ? アイツは──」


「君達は、何故彼と一緒に居るんだい?」


「……え?」


 ヴァイスはティールの目を真っ直ぐ見据えると、ゆっくり言葉を紡いでいく。


「彼には……計り知れない何かがある。それも尋常ではない他人には言えない何かだ。君達はそんな得体の知れない彼と、どうして一緒に居られるんだ?」


「……何が言いたいの」


「彼と一緒に居るのは危険だっ!! 分かるだろっ!? 彼と一緒に居ればいつか必ず厄介事に巻き込まれる……。それが分からないわけじゃないだろっ!!」


「……あのさぁ」


「確かに彼は強い……憧れるのも分かる。だがだからといって彼の側に居続けるのは──」


「うるさいな、さっきからっ!」


「──っ!?」


 ティールはヴァイスを睨む。その目には、明確な怒りが孕んでいた。


「お前さぁっ。〝自分が正しい〟って慢心しながら喋ってるだろ?」


「な、なにを……」


「自分の言葉は正しい、間違ってない……。そんな独善的な思想が言葉の節々からありありと伝わってくるよ」


「なっ!? ぼ、僕が……独善的……だって?」


「違うのかよ? 自分の意見だけでアイツの事散々言い散らかして勝手に俺達の心配して……。挙げ句俺がアイツに憧れて側に居る? 妄想も大概にしろっ!!」


「……っ!!」


「俺──いや俺達はなぁっ! アイツに憧れて一緒に居るんじゃないんだよっ! アイツは……こんな俺に〝友達になってくれ〟って言ってくれたんだ」


「……」


「魔法もロクに扱えない……。親の爵位だって大した事ない……。自慢出来る事って言ったら彫刻とかの美術関係だけ……。まあ今ではそれを重宝してくれてるけど、アイツはそれ抜きで、俺と友達になりたいって言ってくれたんだ」


「何故、彼が……」


「友達が欲しかったってさ。今思い出すとシンプル過ぎて笑っちまうけど……。でも思い返せば、俺はそれが不思議と嬉しかった……」


「そんな……」


「ユウナだって憧れなんかで一緒に居るわけじゃない。ユウナはアイツが居るからこそ学院に居場所があるし、彼女はその恩に報いようと色々と頑張ってる。報恩ってのか、こういうの」


「……」


「俺もユウナも、アイツと一緒に居たいから居る。憧れなんて中途半端な感情じゃない。アイツと一緒に居ると何だかんだ楽しいし、退屈しないしなっ!……だから──」


 ティールはヴァイスに詰め寄る。


 〝その言葉〟を、聞き逃させないように……。


「お前の〝妄想〟を俺達に押し付けるな。お前の〝偏見〟を俺達に語るな。……お前の〝正義〟を俺達に向けるな。俺達は好きでアイツと──クラウンと一緒に居るんだ」


 それだけ言い放つと、ティールはユウナに「行くぞ」と声を掛けてからヴァイスの横を通り過ぎ図書室を後にする。


 言われたユウナは若干戸惑いながらもヴァイスには目もくれずにティールの後を追って図書室を出て行った。


 残されたのはクラウンの身内である二人に喧嘩を売ってしまった男子学生と取り巻きと他の学生。そしてティールからの言葉を受け茫然自失に立ちつくすヴァイスのみ。


 そこには形容し難い空気がただ漂っていた。


「……ヴァイス君?」


 居た堪れなくなった男子学生がそう心配そうにヴァイスに話し掛けると、彼は小さく──


「僕の、何が間違っているんだ……」


 そう呟いて彼もまた図書室を後にする。


 そんな背中を見送った男子学生と取り巻きだったが、そこで自分の背中に無数の視線が送られている事に気が付き、振り返る。


 そこには今までどうしようも出来なくただ不安の中黙って静観するしか出来なかった他生徒達が、明確な怒りを露わにして男子学生と取り巻きを睥睨へいげいしている光景があった。


「え……え?」


「お前が──」


「え?」


「お前があの二人に絡むからこんな事になってんだバカがッッ!!」


 一人の生徒がそう口火を切ると、他の生徒も喧々轟々に男子学生と取り巻きに怒号を浴びせ始める。


 教師が騒ぎを聞きつけ図書室に駆け付けるのに、そこまで時間は掛からなかった。

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