第七章:暗中飛躍-14

 


「ふんっ!」


 ディズレーの斧が盗賊の肩口に食い込み、噴き出す鮮血を浴び、それを拭いながら彼は苦い顔をする。


 すると背後から気配を感じ、自分に刃を振り下ろそうとしていたもう一人の盗賊に舌打ちし、その刃を受け止める。


 目の前に居るのは盗賊。捕まえたとてロクな未来はなく、生粋の盗賊気質であるが故に懺悔も贖罪も反省も望まれない。


 故にこうして学院生徒達の未来への糧になるよう、彼等には犠牲になって貰っている。


 しかしそれでも、ディズレーの心中は複雑なものであった。


「はぁ、はぁ……」


 握る斧が、重くて重くて仕方がない。


 クラウンに稽古をつけてもらった時はこんなに重くなどなかった。もっと軽快に、自由自在に振り回せていた筈なのだ。


 なのに刃を防ぐために構えた斧は重たく、大した事ない筈の盗賊の剣に押されてしまう。


「ぐっ……んなろぅっ!!」


 だが彼とてこんな所で負けてやる気はさらさらない。全身に気合いを込めて踏ん張り、盗賊の剣を弾き返すと、ガラ空きになったその首に斧を真一文字に滑らせ、素っ首を刎ね飛ばす。


 先程とは比べ物にならない量の血が胴体側の断面から噴き出し始め、血が自身に掛からぬようにディズレーは後方へ跳ぶ。


「はぁ……。チクショウ……」


 ディズレーは歯噛みする。盗賊一人倒すのに一体どれだけ苦労しているのかと。


 彼の実力ならばこの場に居る盗賊など殆ど歯牙にも掛けずに葬れるだろう。にも関わらず彼が異様に手をこまねいているのは、未だに〝殺す〟という事を割り切れていないが故だった。


「こんなんで俺……。クラウンさんとの約束、果たせんのか?」


 不甲斐ない自分に苛立ちを覚える。しかしどうしたって身体が上手く動いてくれないのだ。


 頭ではあのエルフの少女を手に掛けた事を思い出し、悲鳴を思い出し、クラウンに言われた事を思い出し、何度も何度も反芻はんすうして気持ちを整えようと苦心した。


 だがそれでも、盗賊に斧を振り下ろす瞬間にそれらを押し退け言葉が浮上する。


『本当にこれは正しいのか?』


「はんっ! ……今更、俺は何を……」


 もう既にエルフの少女を四人手に掛けている。今更罪深い盗賊を何人殺したところで変わりはしない。


 そう、分かっているのに……。


「むぐぅ……。ん?」


 そんなディズレーの耳に、小さな声が聞こえた。


「……け…………けて」


 喧騒の中、怒号と罵倒が渦巻く乱戦で到底聞き取れるような声量では無かったにも関わらず、その声はディズレーに届いた。


「助……け…………けて」


 ディズレーは駆け出す。


 争う盗賊と生徒を掻き分け、今にも聞き逃してしまいそうなか細い声を必死になって探し回る。


「はぁっ! はぁっ! ……どこだっ!? どこに居──」


 見付けたのは三人の盗賊。どれも他の奴等より屈強で大柄。手にはディズレー同様に斧が握られ、内一つには血が塗られていた。


 三人に屈強な盗賊達はイヤらしく口元を歪め、一体何をしているのかとディズレーが覗き込むと、彼等は女子学院生徒三人を囲い込んでいた。


 囲われていた一人は二の腕から血を流し、苦悶の表情を浮かべながら地べたに座り込んでおり、その子を心配するようにして一人が寄り添い、一人が盗賊達から庇うように彼等に立ちはだかっている。


「助け、て……。誰か……」


「死にたくない……っ! 死にたく……ないっ!」


「大丈夫っ! 大丈夫、だから……っ!」


「──っっ!!」


 彼女達のその助けを乞い、必死に生きたいと願う声に、ディズレーの身体は自然と動いた。


 ディズレーは自分の出せる最高速度で盗賊達へ駆け出し、内一人の油断だらけの背中へ斧を一気に振り下ろす。


 盗賊は身体を仰け反らせながら斬り付けられた背中から血を噴き出し、そのまま倒れ臥す。


 仲間が突然背後から襲われた事に頭の処理が追い付かずに呆然とする残り二人。ディズレーはもう一人の盗賊を間髪入れず見据えると、返す刀で斧を振るい、胴から鎖骨にかけて思い切り切り上げる。


「……っ!? て、テメェ、ガキィィっ!!」


 すると仲間を瞬く間に二人斬り殺されたもう一人が現状を漸く把握し、手に握る斧を躊躇ちゅうちょなく振り上げてガラ空きになったディズレーの背中目掛け振り下ろす。


 が、ガラ空きであった筈のディズレーの背中は斧で傷付く事はなく、その刃が背中に食い込む寸前で盗賊の一撃は止められてしまう。


 その盗賊が目にしたのは、信じ難い光景だった。


「な、なんだぁっ!?」


 盗賊の凶刃を受け止めたのはディズレーの持つ斧でも、ましてや三人の女子生徒の誰かでもない。


 受け止めたのは、誰の手にも握られていない宙に浮いた二本の斧であった。


「ふんっ!!」


 理解し難い光景に一瞬だが思考停止してしまった最後の盗賊。そんな彼にディズレーは振り向き様で斧を横薙ぎに振るい両手を一振りで両断すると、邪魔がなくなった盗賊の胸へ宙に浮いていた二本の斧を飛ばす。


 二本の斧はアッサリ最後の盗賊の胸に深く食い込み、勢い余って盗賊を地面へ押し倒すと、そのまま彼は息の根を止めた。


「……ふぅ」


 ディズレーは息を吐くと、最後にしっかり三人を仕留めたか目視確認してから女子生徒三人の元へ歩み寄る。


 あっという間にあの恐ろしかった盗賊三人を始末してしまったディズレーに対し、まだ緊迫状態の女子生徒達は警戒心を解かずに彼を見据えた。


「安心しろ何もしやしねぇよ。ていうかよく見ろっ! 俺も生徒だっ!」


 そう言って持ち前のガタイの良さのせいで若干パツパツな制服を彼女達へ見せるようにアピールすると──


「……フフッ」


 三人の内、二の腕を怪我してしまっていた女子がクスリと笑い、その笑い声にもう二人の緊張もほぐれる。


「ご、ごめんなさい。助けてもらったのに睨んだりして……」


「いや、別にいいけどよぉ。っつかアンタっ」


「えっ?」


 ディズレーは怪我で座り込んでいる女子に近付くと同じように座り込み、自分の懐へ手を伸ばすと、そこからクラウンに渡されていた試験管に入ったポーションのセットとハンカチを取り出す。


「俺に見られんの嫌かもしんねぇけど、上着脱いで怪我見せてくれ。簡単にしか出来ねぇが処置しちまうからよ」


「え、う、うん……」


 怪我をした女子が少し恥ずかしそうにしながら上着を脱ぎ、袖を痛みに耐えながら捲り上げる、傷口を露出させる。


「んん、ちょっと深いな……。結構みるだろうから我慢しろよ」


「う、うん──痛っ……!」


 ハンカチを二枚に割き、消毒液を一枚に染み込ませてから傷口を清潔にしていき、それが済んでからポーションを染み込ませたもう一枚のハンカチで傷口を覆う。


 そしてそのハンカチが外れないように包帯で巻いて固定し、女子生徒に「動かし辛くないか?」と確認して簡単に動かさせてみる。


「……うん。大丈夫。動かせるよ」


「そうか。あぁ、後コイツを飲んどけ」


 そう言って渡したのは試験管に入った無色透明の液体。女子生徒はその試験管を受け取ると、目でこれがなんなのか聞いてくる。


「それは単なる痛み止めだ。それとさっき傷口にあてたポーションはどっちかと言えば止血用だからな。後で《回復魔法》なりちゃんとした治療なりして貰えよ?」


「あ、うん。ありがとう……」


「気にしなくていい。それよりお前等これからどうすんだ?まだ戦うか?」


 三人にディズレーが問い掛けると、彼女達はお互いに目配せし、頷いたり首を横に振ったりして無言の会話を繰り広げると、何かしらを決めてから盗賊達から身を呈して守ろうとしていた女子が口を開く。


「残念だけど彼女は無理ね。でも安心して。彼女一応少し前に盗賊を一人やっつけたから目標は達成してるわ。……まあその動揺のせいで怪我して囲まれちゃったんだけど……」


「そうか。お前達二人は?」


「私達はまだ……。だから彼女だけ馬車に送って、それから私達は戻ってくるつもりよ」


 彼女にそう言われ怪我をした女子が申し訳なさそうに俯く。怪我をしているのもあるが、既に一人を手に掛けた事で精神的にも不安定。帰せるならば帰した方が得策だろう。


「そうか。ならちょっと待ってろ。迎え呼ぶからよ」


 ディズレーのその言葉に首を傾げる三人。すると彼は再び懐に手を入れ、中から長方形の石版を取り出すとそれを耳に当て「通話開始」と、口にする。


 すると石版から耳障りな金属音が少しだけ鳴り、その音が唐突に止むとそこから声が聞こえて来た。


「あぁ、クラウンさん? 今って大丈夫だったりするか? …………いやちょっと怪我人が居るから馬車までよう…………ああ達成済みだ…………ああ分かった」


 そう言い終わってから「通話終了」と口にし、長方形の石版を仕舞う。


「え、えぇっと今のは……」


「迎えを呼んだんだ。あの人の事だからもう──」


「どの子が怪我したって?」


 ディズレーが最後まで言い終わる直前、彼等の前に一人の男──クラウンが唐突に出現する。


 顔を驚愕に染め上げる三人の女子生徒達であったが、クラウンは腕に包帯を巻いた女子生徒を見付けるとディズレーに視線を移し「この子だな?」と問い掛ける。


「ああ。もう二人はまだだからよ。済むまで付き添ってやりてぇんだが構わねぇか?」


「それを決めるのは君だ。自由にやりなさい」


「了解っ」


 調子良くディズレーが返事をすると、クラウンは彼の顔を見て少しだけ安心したように笑い、怪我をした女子生徒の肩に手を置く。


「私が馬車まで付き添う。一気に転移するから心の準備をしなさい」


「あ、あの、ちょっとだけ待って下さいっ!」


「ん?」


 怪我をした女子生徒はそう言って改めてディズレーの顔を真っ直ぐ見据えると、少し顔を赤らめながら辿々たどたどしく言葉を紡ぐ。


「本当に……本当にありがとう……。この恩は一生忘れない」


「お、大袈裟だ……。いいから早く戻ってなっ!」


「うん……」


 少しだけ嬉しそうに笑った女子生徒に、クラウンが「もういいか?」と聞き、頷いたのを確認してからそのままテレポーテーションで転移して行く。


「ふぅ……。よし、じゃあこれからは俺がお前達をフォローする。もう危険な目には合わせねぇよ」


 自信満々に二人に宣言したディズレーに、顔を赤らめながら思わず女子生徒二人は頷く。


 ふと、ディズレーは手に持つ斧に意識を向け、視線を落とす。いつの間にか先程まで感じていた筈の重みは消え、寧ろ今まで以上に軽くなったようにすら感じる。


 どうしたって浮かんで来ていた命を奪う事に対する疑問も、今では確かに答える事が出来る。


「……正しい正しくないじゃねぇ。俺はただ、守ってやりてぇだけだ」


 ディズレーは斧を担ぎ、歩き出す。


 乱戦の中、熱い視線を送ってくる守るべき存在の為に……。







 広がる乱戦の中、廃村の端。その一箇所だけ世界が一変していた。


 辺りは深い深い霧に包まれ、激しい戦闘による立ち昇った熱気を急速に冷まし、視界は一メートル先を視認する事すら困難。


 異常気象とも呼べるそんな濃霧の中央で、ロセッティは杖を手に一人たたずんでいた。


 その周囲には幾本もの盗賊の死体。一様に背中からは分厚い氷柱を生やし、仰向けに倒れ伏している。


 彼等は勿論、こんな真っ白な世界を作り出しているロセッティによって処理された哀れな脳筋達。ただ何も考えずに突っ込み、寒さによって動きが鈍ったところを背中からアッサリ貫かれ当然の末路を行った者達である。


 そんな凄惨な光景を作り出したロセッティ本人は、しかし困ったように目を伏せ小さく溜め息を吐いていた。


「……このままこうしてて、いいのかな……」


 彼女の中にあるのは言い付けられた目的を達成出来るのかどうか……つまるところ部下を作れるかどうかである。


 確かにロセッティの広範囲を掌握する魔法センスは他の追随を許さぬ程に驚異的だ。見るものが見ればそれだけで彼女に興味を抱く事だろう。


 しかしここは乱戦の真っ只中。そんな興味を向けていられる程、生徒達に肉体的、精神的余裕は無い。


 現にこうして濃霧を展開して中々の時間が経過しているが、濃霧内に盗賊以外の存在を感知する事は未だ出来ないでいた。


「はぁ……。今思えば好き好んで濃霧に飛び込む人なんて普通居ないよね……。盗賊じゃないんだから……。ああぁ、間違っちゃったなぁ……」


 今更後悔するロセッティ。これならば少し頑張って濃霧ではなく吹雪でも吹かせれば良かったかもしれない、と。


「でも吹雪って無差別に巻き込んじゃうからなぁ……。うぅぅ、わたしはどうすれば……。ん?」


 思わず嘆いて座り込んでしまいそうになったロセッティだったが、そこで展開している濃霧から何やら反応が二つ伝わってくる。


 それは今までの盗賊達とは違い明らかに華奢で弱々しく、何か慌てたような動きが見受けられた。


「これ……生徒が逃げ込んできた?」


 そう推理したロセッティだったが、であるならば何故そんな事になっているのだろうと考える。


 確かに盗賊に襲われれば逃げる事もあるにはあるだろう。実力如何いかんに関わらず、恐怖を盗賊に感じてしまえばそう選択するかもしれない。


 しかしそれでも実力は生徒達の方が上。クラウンのあの演説を聞き、仮の覚悟を確かにした生徒達が、今更盗賊達に怯えるだろうか?


「……もしかして」


 盗賊達も一枚岩ではない。全員の実力や能力が皆同じとは限らない。


 中には学院生徒達も敵わないような実力者が混ざり、脅かしている可能性だって十分にある。


 だがクラウンからは盗賊のボスは既に始末済みと報告されている。自分達が敵わぬ程の実力者が居るのならば彼なら必ず話している筈だ。


 つまり──


「生徒達には難しいけど、わたし達なら問題無い程度の力の持ち主が居て、それから逃げて来た……のかな?」


 と、そこまで考察したタイミングで濃霧の向こうから確かな声が聞こえて来る。


「ああもうっ! ふざけんなよぉっ!」


「なんでボク達の事狙ってくんだよぉっ!」


 声質は男のもの。しかしまだ変声期が来ていないのか、その声音はまるで少年のように少し高い。


「……取り敢えず」


 二人の声を頼りにロセッティは両手をその方向へ向けると、魔力を操って一部の空間だけ濃霧を晴らした。


 すると額に汗を滲ませ必死の形相で走る二人の男子生徒の姿が露わになり、急に視界が開けて若干困惑した男子生徒が、それでも一目散にロセッティの元へ駆け寄った。


「ハァ……ハァ……た、たす、助かった……?」


「ハァ……んぐっ、っハァ……もう、走れ、ない……」


「え、ええと……お疲れ、様?」


 イマイチ労い慣れていないロセッティがなんとか絞り出した言葉に、男子二人は息を整えながら「ありがとう」という意味を込めて何度も頷く。


「二人はあれ、だよね? 普通より強い盗賊に追われてたりしたんだよね?」


「「えっ!?」」


 ロセッティの言葉に言外に図星だと分かる反応をすると、彼女は「やっぱり……」と小さく呟いた。


「うーん。どうしよう……。倒した方がいいよね……」


 普通の生徒達が敵わない以上、その実力者はロセッティが相手をするしかない。


 しかしロセッティの戦法は今まさに展開している魔法による広範囲制圧。待ち伏せや限定された空間内にこそ真価を発揮する、強力であるが故に自由の利き辛い戦法。それが彼女の強みなのだ。


「こっちから行くのは多分違うよね……。どうにかして誘い込めないかなぁ……」


 と、そう悩むロセッティに対し、漸く息が整った男子生徒の一人が提案があるとばかりに挙手をする。


「なに?」


「あ、あの。ボク達追い掛けて来たヤツ、多分かなりプライド高いヤツだったんだよね。だから何とか挑発出来れば来るんじゃないかな?」


「挑発……」


 挑発というと真っ先に思い浮かんだのがクラウンの煽りである。場面場面で敵を煽り、その視野と行動をある程度制限する彼のやり方ならば、ロセッティの戦法に充分に活かす事が出来るかもしれない。


「あの人みたいなのは多分無理だけど……。うん、なんとかやってみよう」


 ちょっとだけ気合いを入れ、展開している濃霧に魔力を伝え、器用に操作していく。


 まるで糸の繋がれたマリオネットを操るように左右十本の指をそれぞれに動かし、微妙な霧の動きを掌握していった。


「えっと……。何をしてるの?」


「ああこれ? 霧の濃淡を操作して文字に見えるようにしてる。ちょっと難しいけど……うん。出来た。因みに相手ってどんな人?」


 ロセッティがそうたずねると、二人は顔を伏せながら悔しそうに唇を噛む。


「どんなって……。魔法使えるヤツだよ。ボク達より実戦慣れしててさ……」


「うん。悔しいけど、やっぱり経験値が違うと敵わないな……。情けなくて、逃げちゃった……」


「そっか……。でも大丈夫だよ。きっといつか──って、もうっ!?」


 文字が完成し、細かな操作で神経を使ったからと一息吐こうとしたロセッティだったが、一分としないで濃霧に一人飛び込んで来るのを察知した。


「ちょ、もう突っ込んで来たのっ!?」


「そ、そうみたい……」


「ま、マジっ!? なんて言って煽ったのさっ!?」


 そう問われたロセッティは困ったように眉を下げながら、ちょっと誤魔化すように空笑いする。


「え、ええと……「そこに立ってるだけだったら置物と変わりませんね」って……」


「…………うわぁ……」


「またスゴイ効きそうな事を……ってそれどころじゃないでしょっ!?」


 思いの外攻撃力の高い煽り文句に唖然としてしまった男子二人だったが、今まさにこちらに向かっている盗賊の存在を思い出し、慌てふためく。


「アイツが来るのはいいけどどうすんのっ!? アイツ結構強かったよっ!?」


「そうだよっ!! 一体どうやって相手すんのさっ!?」


 迫り来る盗賊の実力を知っている二人はここからどうするつもりなのかとロセッティを問い質す。


 魔法の学舎最高峰で魔法を学ぶ彼等がこうも慌てているのだ。その実力者は中々の強さを誇っているのだろう。普通ならば相応の対策や対処を取って然るべきなのだが……。


「ああうん。大丈夫だよだったら」


「「……え?」」


「ぐぁぁぁぁぁっっっ……」


 瞬間、少し離れた所から野太い悲鳴が聞こえる。


 悲鳴は断続的に鳴り響き、やがて懇願が混じったものへと変わると、途中で何かが口へ迫り上がって来たのか、まるで溺れるような音が混じり始め、次第に悲鳴は鳴りを潜めた。


「……」


「……」


「……ええと……。何が起きたの?」


「大丈夫。もう終わったから」


 ロセッティは目標が濃霧に侵入した段階で対象がどれほどの実力者なのかを大まかに把握していた。


 クラウンとの試合を教訓に、濃霧内に居る存在を《魔力感知》を使ってある程度理解出来るようになっていたのである。


 二人の話から魔法を扱うのは分かっていたし、保有魔力量からどれほどの魔法、魔術が扱えるのかも容易に推察出来た。


 ならば後は簡単。クラウンのような変則的な戦い方をしないと分かった以上、如何いかに煽られて濃霧に飛び込んだのだとしても、コチラを攻撃するつもりならば必ず一度は立ち止まる。


 その時間がどれだけ短かろうがここはロセッティの完全支配下。そんな濃霧内で立ち止まるという事は的になるのと同義である。


 暢気に詠唱まで始めてしまった盗賊は、頭上から降り注ぐ無数の無慈悲な氷柱に貫かれ、呆気なく絶命したのだ。


「うーん……。魔法が使えてプライドが高い人が煽られたくらいでここに突っ込んで来るのかはちょっと疑問だけど、確かに仕留めたから大丈夫だよね……」


「ま、マジで倒したの? アイツを?」


「す、スゲェ……」


「た、大した事ないよぉ」


 素直に褒められ照れるロセッティ。取り敢えず二人に振り掛かっていた脅威は彼女のお陰で去り、これで二人の男子生徒は元の目標を再開する事が出来る。


「ふ、二人はアレだよね? 多分まだ盗賊倒して無いよね?」


「え?う、うん……」


「まだ、だね……」


「そっか。ならわたし手伝うよ」


 ロセッティの提案に、男子生徒二人は光明が差したようにパッと明るくなる。


「え、マジでっ!?」


「手伝ってくれんのっ!?」


「うん。こうしててもどうしようもないし……。それならお手伝いした方が有意義かな、って」


「ありがとうっ! キミが居てくれれば百人力だっ! なぁ?」


「だなっ! これでボク達も目標達成出来るっ!!」


 喜ぶ二人にロセッティは気を良くする。そのせいか、少しだけ大胆な事に挑戦したくなり、二人に提案した。


「ならもう少し中央近くに行かない?そこなら私の濃霧に盗賊沢山巻き込めるから倒し易くなるかもしれないし」


「なるほど……。確かにそうかもね」


「うん。それならスムーズに目標達成出来るかもな」


 納得した様子の二人にロセッティが頷くと「じゃあ早速」と言って展開している濃霧を解除しようとする。


「……あ」


 しかしそこで何かに気付くと、濃霧の解除を唐突に迷い始め、そんな彼女に男子生徒二人は首を傾げた。


「どうしたの?」


「また敵でも入って来た?」


「う、ううん。違うんだけど……」


 ロセッティは辺りを見回す。


 そこには濃霧で見えないが、無惨にも氷柱を生やした盗賊の死体が何体か転がっている。濃霧を晴らせばそんな隠れた死体達が露わになり、この場は一瞬にして死屍累々と化すだろう。


「あ、あのね……」


「「……?」」


「び、びっくり、しないでね?」


 彼女の引き攣った笑顔に、男子生徒二人は嫌な予感を募らせた……。

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