第七章:暗中飛躍-13

 


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「ふぁ〜〜〜〜あぅ……」


「へっ。随分と長ぇアクビじゃねぇか、えぇ? なんか夜中やってたんかよ?」


 廃村を利用したアジトの入り口前で、二人の下っ端盗賊が武器を腰にぶら下げて門番をしていた。


 そんな二人の門番の片割れが盛大な欠伸をすると、もう片割れがそれを眉をひそめながら指摘する。


 眠い目を擦り、面倒だな、と思いながらも盗賊は片割れのそんな問いに適当に答える。


「うるせぇなぁ……。ただ仲間と夜通し賭け事してただけだよ」


「へぇ〜? んで? 勝ったんかよ?」


「……聞くんじゃねぇ」


 その一言に聞いた盗賊は割れんばかりの大声で笑い出し、夜更かしした盗賊はウンザリしたように耳を塞ぎながら顔を背ける。


 平和ここに極まれり。ここが盗賊のアジトで無かったならば、さぞ微笑ましく何の変哲もない日常の一幕であろう。


 しかし、そんな彼等にとっての平和も、今日で終末を迎える事になる。


「──はっはっはっはっ!! はぁ……。ん?」


 笑い疲れ息を整えようとした盗賊は、ふと遠方で何かが光ったように見えた。


 彼等の居るこの平原は広く、辺りには生い茂る草原と木々、それと岩くらいしか存在しない。


 故にその光は不自然なものだった。湖や沼などの水の反射ではなく、また晴れ渡る空にはカミナリなどあろう筈もない。


 では何の光だったのか? その答えは……。


「お、おお、おいっ!! 避けろっ!!」


「あ? なんだ突ぜ──」


 瞬間、盗賊の頭が高速で飛来した何かと衝突すると急速に炎上。頭が盛大に燃え盛った盗賊はその場で耳をつんざくような悲鳴を上げると崩れ落ち、地面で踠き苦しみ始める。


「あ、ああ……っ! だ、誰か──」


 片割れがそんな凄惨な姿と化した様子に顔を青褪めさせ、仲間に知らせようと踵を返した。


 が、時既に遅く、彼の意識は唐突に頭に走った雷撃による激痛と共に刹那的に刈り取られ、地面に倒れ臥す頃には二度と起き上がる事が出来なくなっていた。


 そこから遠方。二人の盗賊の命を刈り取った者が「ふぅ」と一息吐くと自慢のツインテールを優雅に掻き上げ、アジトに向かって指を指す。


「さあっ!! 突撃っ!!」


 その号令と共に、五十人は下らない生徒達が一気にアジトへ雪崩れ込んだ。






 乱戦が始まった。


 作戦や陣形などあったもんではない。ただ場当たり的に盗賊と対峙し、生徒達は剣や魔法を振るった。


 盗賊達は唐突に、何の脈絡もなく襲い掛かって来た同じ制服を着た大量の子供達に瞠目した。


 ある者は門番は何をしていたのかと叫び、ある者は誰がアジトの場所をバラしたんだと怒号を飛ばし、ある者は返り討ちにしてくれると狂喜的に笑う。


 生徒と盗賊が一つ、また一つと交戦を始めて行くと同時に喧騒が増していき、土埃が薄く舞う。


 金属がぶつかる音。魔法が炸裂する音。肉が裂け血が飛び散る音。魔術が身体を弾く音……。


 そんな惨憺たる音の多重奏が廃村アジトに充満し、地獄絵図と化していく。


 ここは最早戦場。


 小さい、本当に小さい征野せいやだが。


 血と汗と慟哭渦巻く、紛う事なき戦争である。







「こんのガキぃ──」


 ヘリアーテの振るう直剣が、何かを叫んだ盗賊の喉仏に突き刺さり、物理的に無理矢理気道を刃で塞ぐ。


 そのまま直剣を横に薙ぎ、盗賊の首の半分以上を切断しながら振り抜くと、そのまま背後に迫っていたもう一人の盗賊に振り返り袈裟懸けに刃を振るい、上半身を深く斬り付けた。


「ふう。エルフに比べれば大した事無いわね」


 そんな愚痴を言って振り返ってみると、同級生達が盗賊相手に奮闘し、一人、また一人と息の根を止めている。


 戦闘経験の浅い学院生達ではあるものの、彼等は決して弱いわけではない。


 伊達に最高峰の魔法教育を行なっているわけではなく、剣術は頼りないものの、彼等が放つ魔法の威力は余裕で命を殺傷出来るレベルにまで鍛えられていた。


「ほらそこっ! 魔術の子が狙われてるわよっ! 援護しなさいっ!」


 そう指図したヘリアーテの命令に、手の空いた剣を構える生徒が魔術担当と呼ばれた生徒に駆け寄り、盗賊の前に躍り出る。


 ヘリアーテは今回の戦闘訓練に際し、事前に数人に声を掛けていた。


 自身の裁量を冷静に鑑み、声を掛けたのは四人。比較的剣術がまともに扱えそうな男女二人。そして一撃の魔術威力が高い男女二人である。


 彼女はその四人を使い、盗賊を相手に苦戦している生徒を見付けてはその生徒に合った救援を四人の中から選んで向かわせる作戦を立てた。


 といっても難しい事は一切無く、剣で苦戦している生徒には魔術が得意な生徒を。魔術で苦戦している生徒には剣術が得意な生徒を向かわせ、常に近接戦闘と遠距離援護が可能な戦闘に持ち込み、確実に盗賊を減らすというシンプルなものである。


「あぁ……。あぁ……」


「わた、し……。わたし……」


「ああ。やっぱりそうなるわよね……」


 ヘリアーテは奥歯を噛む。


 勿論、事前に選んでいた生徒も人を殺した事は無い。実際に今、死んだ盗賊を前にして彼等の手は震え、顔を真っ青に染め上げながら小さく呻き声を上げていた。


「しょうがないわね」


 そう小さく呟くと、ヘリアーテは受け止め切れない現実によって足を動かす事が出来なくなってしまった彼等の前に雷光を纏って躍り出る。


「へ、へ、ヘリアーテ……っ!?」


「アンタ達は下がってなさいっ!」


 ヘリアーテは直剣を振り被り、怯んでいた彼等の隙を狙おうとしていた盗賊に向かって薙ぐ。


 刃はアッサリ盗賊の腕を切り飛ばすと、そのままの勢いで身体を捻り、盗賊の胴目掛け二撃目を振り抜く。


 切り飛ばされた腕と切り裂かれた胴からおびただしい鮮血を噴き出しヘリアーテを濡らすが、彼女はその血を優雅に拭うと四人の同級生に視線を向ける。


「アンタ達大丈夫?」


 四人の無事を心配しそう問い掛けたヘリアーテであったが、振り返って見た彼等の顔は、皆一様に恐怖に染まっていた。


 当たり前のように血を浴びながら盗賊達を殺していくヘリアーテの姿に動揺し、ある種の恐怖感すら覚え見る目が変わってしまったのだ。


 自分達が従っていた人物は、何故そんな簡単に盗賊を殺せるのだろう? 何故そんなに平然としていられるのだろう?


 彼等はまるで現実逃避するかのように、同じく盗賊を殺した筈のヘリアーテに冷たい目を向けてしまった。


「……そう。なら私が守ってあげるから、そこでジッとしてなさい」


 それでも、ヘリアーテは気丈に振る舞った。


 彼女は小さい頃からその怪力で周りから恐れられ、耳を塞ぎたくなるような罵倒を浴びる日々を過ごしていた。


 向けられる目線も冷たく、同じ人間を見るような視線は自分を知らない人間からしか向けられない。そんな幼年期を送ってきたのだ。


「……大丈夫。慣れてるわ。……でも」


 もうクラウンとの約束は果たせないかもしれない。


 自分に期待し、部下を作れると信じてくれた彼の思いを無駄にしてしまうと考えると胸を締め付けられる思いだが、どうしようもない。


 今からはアドリブ。事前に用意した彼等に怖がられてしまった以上、後はこの場で皆に強さを示すしかない。


「……ああ、もうっ!! やってやろうじゃないのよっ!!」


 気合い一発頬を叩き、直剣を構え両足に雷光を走らせる。


「私は〝テニエル〟の由緒正しき血族……。やってやれない事なんてないわっ!!」


「…………」


 四人の生徒は、彼女の背中を眺め、困惑する。


 アレだけ冷たい目を向け、感謝の一言も述べず、自分の現実逃避の為に貶めた自分達の事を、彼女は何故守ってくれているのだろう?


 盗賊を殺し、血に濡れ、刃を滑らし、雷光と共に駆ける。


 情けなくただ呆然とする事しか出来ない自分達を狙う盗賊の刃を弾き、飛ばし、切り裂く彼女の目は、決して濁ってなどいない。


 アレはそう、本当の強者の目だ。


 その目に宿る自分達の仮の覚悟とは違う本物の覚悟を眼前にし、尚且つ自分達を決して盗賊に傷付けさせないように気を張り、立ちまわっていた姿に、四人の生徒達はいつしかヘリアーテに恐怖や軽蔑ではなく、憧憬の念を向けるようになった。


 そして彼等四人は再び奮い立ち、それでも止まらない手の震えを必死に誤魔化しながら、また一人盗賊を斬り伏せた彼女に頭を下げ、そして進言する。


「あんな態度を取ってすまないっ!」


「私達、目が覚めたっ」


「もう君の重荷にはならないっ!」


「自分達はまだいけますっ!」


 その言葉と目を見て、ヘリアーテはいっそう優し気に彼等に笑い掛けた。


「無理すんじゃないわよ?」


 そんな言葉を彼等に贈って……。








 グラッドは一人、ナイフ片手に盗賊の首を引き裂いて回る。


 盗賊の怒号に腰が引け、萎縮し、その一切容赦の無く振るわれる凶刃の威圧感に気圧されてしまう生徒達を中心に助けて回り、彼持ち前の気楽な態度で元気付けていた。


「うーん。助けて回るのは良いけど、これじゃあ色々と意味ないよなぁ……」


 彼等を助けるだけならば、生徒達の役割などただの囮に成り下ってしまい、部下にする目的も殺しの経験をさせる目的も達成など出来ないだろう。


「ボスにはああ言っちゃったし、なんとかしたいんだけどぉ──ん?」


 少し離れた位置から気配を消して辺りを見回していたグラッドの目に、一人の生徒の姿が映る。


 それは気配を消そうとしているがいまいち消し切れておらず、ただ物陰から杖を構えて何かしらの気を窺っている様子の女子。


 察するに背後から盗賊の一人でも狙えないかと息を潜めているようだが、乱戦の中で狙いが上手く定まらず、ただ杖の先端で魔力を燻らせながら焦れている。


「……ふーん」


 そんな彼女を見たグラッドはそのまま歩いて女子へ近付き、必死になって狙いを定めている彼女の背後に忍び寄る。


「……ねーねー」


「ひょあっっっ!?」


 突然声を掛けられた女子が可愛らしい奇声を上げながら飛び上がると、咄嗟に杖の先をグラッドに向けてしまう。


「はーい落ち着いて落ち着いて……。ほら制服着てるでしょ? ちゃーんと見て」


「どど、ど、同級生……?」


「そーそー」


 気の抜けた返事をグラッドがすると、女子は思わず荒くなってしまった息を整えながら杖の先端の魔力を戻し、深い深い溜息を吐く。


「い、いつの間に……」


「君と違ってこっそり近付いたり隠れたりすんの得意だからさーボク。まーボスには敵わないけど……」


 皮肉を混ぜて適当に答えるグラッドに女子がムッとすると、彼女はグラッドから視線を外し、再び杖を構えて乱戦に射線を向ける。


「邪魔するだけならどっか行って。アタシはここから確実に一人仕留めるんだから」


「まーボクだって邪魔しなくていいなら放っとくんだけどさー……。そうもいかないかなって」


「えっ?」


 彼女が声を出した瞬間、彼女に向かっていくつかの黒い影が飛来する。


 それは確かな重量感を孕み、身体の何処かに命中すれば必ず軽い怪我では済まされない。そんな凶器が容赦無く、彼女を襲う。


「──っ!?」


 今更気付けどもう遅い。目を瞑り、死を覚悟する時間も現実逃避する時間すら既にない。


 凶器は真っ直ぐそんな彼女の頭に──


 ──キィィ、キィィィ、キィィィンッッ!!


 金属を打ち付ける甲高い音が幾度か響き、女子は瞑る事が間に合わなかった瞳で目の前で起きた事に驚愕する。


 そこには先程まで背後に居り、へらへらと気の抜けた言葉を吐いていたグラッドがナイフを構え、彼女に迫っていた凶器の全てを弾いた姿があった。


「おー、間に合った間に合った……。感覚で出来るのは分かってたけど、ボクって強くなったんだなー……」


 いまいち調子の抜ける事を口走るグラッド。しかしその眼光は鋭く、凶器が飛んで来た先を外す事なく見据え、しっかりとその犯人を捉えていた。


「……え、あ、あの……」


 少しして頭の処理が漸く追い付いて来た女子は、自分が今確かな〝死〟に直面した事実を理解し、震え、それでも助けてくれたグラッドへお礼を言わなければ、と声を掛けようとする。


 するとグラッドは突然──


「ちょーっとごめんねー」


 と言いながら彼女の後ろへ再び回り込み、唐突に女子の背後へ抱き着く。


「え、ちょ、ちょっとっ!?」


 当然狼狽する女子に対し、グラッドは変わらぬ調子のまま彼女が握る杖へと手を伸ばし、女子の手に重ねるように自身の手を重ねる。


「ごめんて。気持ち悪いだろうけどちょーっと我慢して。……ほら、見える?」


 そう言ってグラッドが指差す先を、彼女は訳も分からないまま促されるように視線を向けてみた。


 目を細め、乱戦の中を必死に目を凝らして見てみると、そこには土気色の迷彩マントを羽織り自身をカモフラージュしている何人かの盗賊の姿が窺えた。


「あ、あれって……」


「そりゃー盗賊だって脳筋ばかりじゃないよ。中にはあーやって身を潜めて奇襲するよーな奴等だっている。ま、少数ではあるけどねー」


「ほー……って、それ教えるだけなら抱き着く必要無いんじゃっ!?」


 女子がそうグラッドに問い質すと、彼は「いやいやいやー」と飄々とした返事をする。


「だってキミー、この震えてる手でアイツ等倒せないでしょー?」


「え、た、倒すっ!? アタシがっ!?」


「あったりまえでしょー? 第一その為にここで盗賊のスキ狙ってたんじゃないのー?」


「うぐ……。それは……」


 正論を言われ何も言い返せなくなった女子。だがグラッドはそれに構う事無く重ねた手に握る杖の先を、潜む盗賊達へと向けた。


「いいかい? ボクが君の手の震えを抑えて狙いの微調整をする。だから君は魔力を集中する事と、タイミングだけを意識して」


 声のトーンを落とし、真面目な声音で女子に言い聞かせるグラッド。


 その声は囁きとなって女子の耳をくすぐり、妙なむず痒さと熱が全身を震わせると心臓の鼓動が早くなるのを彼女は感じてしまう。


「ちょっとちょっと。集中して。じゃないと他の盗賊とか、最悪同級生に君の魔法が当たっちゃうよ?」


「──っ!! わ、分かってるわよ……っ!!」


 唇を噛み、その痛みで頭を冷静にしていくと、女子は杖の先に魔力を集中させ、風の刃を作り出す。


「ダメ。それじゃあ巻き込んじゃう。もっと細く、鋭利にして」


 グラッドの要求に何も言わず従い、作り出した風の刃を調整して細くしていき、風の針を新たに生成した。


「うん。そのイメージを忘れないで。一発撃ったら間髪入れず撃てるように何本か用意してね」


 難易度の高い注文に女子は必死になって応え、杖の周りに風の針を幾本も生成し、連射出来るように備える。


「いいかい? 射出速度は可能な限り速く。狙いは奴等の頭一択だ。奴等が危機感を覚える前に一気に全員仕留めるよ。用意は良い?」


 女子はゆっくり頷いて見せると、グラッドは小さく「よし」とだけ言って彼女の杖の狙いを微調整していく。


「ボクの合図で発射だ。いくよ」


 握る杖に力を込め、風の針の先端で乱戦の中に僅かに生まれる隙間を探る。


 同級生に当たらぬよう、他の盗賊に当たらぬよう、真っ直ぐ射線が通るその瞬間を、ただ息を潜めて待ち続けた。


 そして奴等のこちらを狙い澄ます顔が見えた、その一瞬──


「今っ!!」


「──っ!!」


 合図と共に風の針が凄まじいスピードで杖の先から射出され、規則性無く動き回る乱戦の中をまるで風の針の事を避けるように邪魔される事なく突き進み、その一撃がグラッド達を窺っていた潜伏盗賊の一人の頭を見事撃ち抜く。


「止めないでっ! 連射してっ!」


 女子はグラッドに言われるがまま蓄えていた風の針を次々打ち出し、唐突に仲間を失って状況把握が間に合わなかった他の盗賊達の頭も次々撃ち抜いていく。


 しかし盗賊達もやられっぱなしではない。


 彼女達の射線が通っているという事は向こうからも通っているという事。


 混乱が広がる中、辛うじて体勢を立て直した潜伏盗賊の一人が先程も投げた暗器を取り出し、同じように通っている射線に向けて暗器を投擲する。


 暗器は風の針を幾本か砕きながら真っ直ぐグラッド達の元へ辿り着き、彼女の命を再び刈り取ろうとした。


 が、それを許すグラッドではない。


 迫り来る暗器はグラッドの空いていた手に握られたナイフでアッサリ弾かれ、そのまま虚しく宙を舞う。


「──っ!?」


「はい集中集中。そっちの心配はしなくていいから」


 グラッドの言葉に逸れかけてしまった意識をなんとか戻し、風の針を止めどなく連射し続けた。


 そして乱戦に生まれていた射線が切れ、それと丁度同じタイミングで杖に蓄えていた風の針を全弾撃ち尽くす。


 その結果潜伏盗賊達は──


「……うん。大丈夫だね。全滅した」


 握っていた杖から手を離し、抱き着く姿勢を解除して女子から離れたグラッドは両手を挙げながら思い切り背筋を伸ばす。


「んんーーーっ、はあっ……。いやー、ご苦労さんご苦労さんっ!! 良くやったよキミーっ!! ──ん?」


 無事やれる事をやり切ったグラッドは清々しい気持ちで彼女を労うと、女子はその場に座り込み、膝を抱えて俯いてしまう。


「……あ、あのー?」


 彼女が俯いてしまった理由。それは勿論、始めて自らの手で人を殺めたという受け止め難い事実を、今更ながら実感した為である。


 自分の放った攻撃が、盗賊の頭を貫き抉り、悲鳴すら上げさせずに命を刈り取った。


 今まで自分が培って来た技術や知識は確かに危険なものだと理解はしていた。そう、授業でウンザリする程言われ続けたのだから当然、知ってはいた。


 だが実際にこうして人を殺めて初めて本当の意味で理解する。この身にある力が容易に他者を殺め、取り返しの付かない結果を生む力をなのだと。


 それを正しく実感し、彼女は震えた。


 思わずその身を抱き抱え、行き場の無い感情を抑え込むようにしなければ自分がどうにかなってしまいそうで……。


「……はあ。参ったな」


 そんな彼女に、グラッドはゆっくり歩み寄ると隣にしゃがみ込み、彼女の頭を優しく撫でてやる。


 それは尊敬するクラウンの真似事で、この行動に一体どこまで効き目があるかはよく分からないが、何もしないよりはマシだとそう行動した。


 すると女子はそんなグラッドの制服を縋るように掴み掛かり、力強く握り締めて離そうとしなくなってしまう。


「……はあ。ゴメンねボス。多分ボク、部下が出来たとして一人だけだわ……」


 諦めたように笑うグラッドは、取り敢えず彼女の頭を撫で続け、その場で彼女を守り続けた。

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