第七章:暗中飛躍-12

 


 各盗賊のアジトを巡り、そのボスを始末し終えた後、私が担当する廃村アジトの前に戻って来た。


 他三つの盗賊のボスも廃村アジトのボス同様に金品の保管場所を案内させてから処理し、めぼしい物を物色した。


 と言っても他のアジトは廃村アジトのような面倒は無く、ボスを処理して終わったのだが……。一箇所だけ、思わず頭を抱えてしまったアジトがあった。


 それは以前にも聞いた後からこの平原に進出して来たという人身売買を生業にしているという盗賊団のアジト。


 本当なら最初に説得脅迫しに行った際にちゃんと確認しておけば良かったのだが、保管室に案内されて私が見たのは……〝虎の子達〟だった。


 元々〝商品〟として捕らえられていた様々な種族の少年少女達は、違和感が生まれないよう今回の戦闘訓練による襲撃で助ける手筈になっていたのでそこは問題無いのだ。助けた後の処遇も教会等に話は通っているしな。


 だが奴等……。よりにもよって商品としてではなく、万が一の交渉や取引き等の為の贈答品として秘蔵の品を用意していたのだ。


 何故最初に会いに来た際に教えなかったのか人身売買のボスに問い質した所……。


『コイツ等は贈答品って扱いしちゃいますけど、基本的には俺の〝コレクション〟みたいなもんでして……』


 などとほざき出した。確かにあの時私は「〝商品〟はこれだけか?」という聞き方をしたが、そこら辺は行間を読めないものか? 察せないものか?


 あの時はそんな事を思いながら感情を顔に出さないようにするのに必死だった……。


 で、肝心のその虎の子達。奴がコレクションと言うだけあって商品達よりは扱いが良く、与えられていた檻や衣服。更に食事なんかも中々に気を遣われていた。


 ただそれはあくまでも人身売買のボスの視点での話。コレクションとして扱われ、まるで動物園の動物のように見せ物にされていた彼等にとって、いくら特別に扱われようと奴は「自分を攫った巨悪」でしかない。


 私と奴がその保管室に入った際に私達に向けられた彼等の目には、怒りと憎悪と嫌悪に満ち満ちていた。


 故に私は自分に向けられた誤解と、そして味方である事を示す為、人身売買のボスを彼等の目の前で殺して見せた。


 少々コイツの持つ商品の仕入れルートにも興味があったので記憶を見るためにやり方は《結晶習得》によるスキル化。


 得られたスキルは熟練度に加算する形になったが、《結晶習得》は割と惨い殺し方をするからな。散々嫌な目に遭わされたコイツの苦しみながら死ぬ様に、多少でも彼等の溜飲が下がれば御の字だ。


 最初こそ何が起きたか分からず放心していた彼等だったが、私が檻の鍵を壊して回って解放していくのを見て漸く私が助けに来たのを理解してくれた。


 口々にお礼を言われ、中には私に泣き付く者まで出て来てしまい、我ながら何をしているのだろうかと再び頭を抱えてしまった。


 虎の子の人数は全部で五人。


 エルフ族の男の子、ドワーフ族の女の子、獣人族の女の子、そして魔族の男女一人ずつ。


 元々天族であったポーシャもこの人身売買盗賊団が廃村アジトの盗賊団に贈った品だったらしいが、まさか魔族まで手中にしているとはな。


 記憶を得た事である程度その人脈や仕入れルートも理解出来たが……、まさか〝あの種族〟がな……。


 ……因みに廃村アジトの盗賊団以外にも同じように商品を他盗賊団に送っていたと以前聞いていたが、私が向かった時には既にその姿はなかった。


 その事実だけで色々と察せられる。寧ろポーシャの様に上手い事立ち回り生き残っていた事の方が珍しいのだ。私ではどうしようもない。


 取り敢えず助け出した彼等はポーシャも送った借家に送り届け、ポーシャと世話役盗賊──エダインに一時的に世話を任せて、現在に至る。


 まったく、これからが本番だというのに精神的に疲れてしまった……。


「お疲れ様です。クラウンさん」


 ロリーナにそう労われ、それだけで感じていた疲労感が少し楽になる。不思議なものだ。


「ありがとう。……と、時間も丁度良いな」


 懐中時計を確認すると、予定通り訓練同時開始時刻の約十分前。準備も整っているという事で、早速襲撃……とはいかない。


「すまないがロリーナ、ヘリアーテ達と生徒達を集めてくれ。面倒だが、師匠に言い付けられてしまったからな……」


「はい。わかりました」


 この場に集まる前。学院で師匠に「引率するのだから生徒達に発破を掛けなさい」と言われて来ている。


 そういう演説みたいなものは余り好きでは無いのだがな……。ここに至っては仕方がない。やるからには全力で発破を掛けてやろう。






「ね、ねぇっ!」


「ん? なーにー?」


「なーにー、じゃないわよっ! 私達までクラウンの方並ぶ必要あるのっ!?」


 集められた五十人近くの生徒の前に、私とロリーナ。それとヘリアーテ達四人が横並び、生徒達の視線を浴びる。


「忘れたのー? ボク達これから目の前の彼等を魅了して部下にしなきゃなんないんだよー? ならボスの仲間ってアピールしておけば、その後押しになると思わない?」


 グラッドの言う通り。自惚れているように聞こえるかもしれないが、私の学院での知名度と生徒達からの畏怖はそれなりに高い。


 教員の代わりに引率までしているそんな私の横に並び立つというのは、ヘリアーテ達が私の傘下に居る事の証明に他ならないわけである。


 私の部下である事をアピールしておけば、この後の戦闘訓練でヘリアーテ達に対する生徒達の見る目が変わり、より彼女達の実力に注目するようになって部下を作り易くなるだろう。


 環境を整え、より効率良い部下の活躍出来る場を用意するのも上司の務め……。最低限それくらいはしてやらねばな。


 と、そろそろ始めるか……。


 私は一歩前に歩み出し、一拍手を叩いてザワつく生徒達の視線を一身に集める。


 きっと入学式の事でも思い出しているのだろう。私の演説した機会など一次二次入学式の時だけだからな。


 だが、今回は少し真面目にいく。


 スキル《統率力強化》《威圧》《鼓舞》《司令塔》《指導》を発動。さあ、私の言葉を聞きなさい。


「……諸君。私達はこれから、戦闘訓練を始める……。相手は力無き一般市民を襲い、蹂躙し、欲を貪る卑劣なる盗賊団。数々の罪を重ねたゆるし難い蛮族である」


 全員の目に敵意が宿る。


 市民や同郷を苦しめ、その不幸で今も笑っているであろう悪逆非道の連中に、鉄槌を下さんとする意志が……。


「我々はそんな蛮族共に剣を振るい、魔法を打ち、彼等が散々下して来た暴力によってその命を誅する為、この場に集まった……。ただ……」


 そこで一つ間を置き、生徒達を見回す。


 何事かと訝しむ皆に、私は満面の笑みを向け──


「残念ながら何をどうしようが命は命。諸君は今から、紛う事なき〝命を奪う〟。その事実だけは変わらない」


 瞬間、空気が氷結する。


 まるで本当に気温が急降下したかのような錯覚を覚えるほどの現実を、全員に叩き付けた。


「本当は分かっているのだろう? 使命感で覆い、正義感で隠し、責任感で蓋し……。誤魔化し続けて来ているが、頭の奥ではちゃあんと理解している。そうっ! 諸君は今から、命を奪うのだ……」


 数週間前にヘリアーテ達に強いた事を、今度は生徒達に強いる。


 殺さずに済むのであればその方が良い。平和に生きられるならその方が良い。何も知らずに生きていけるならその方が良い。


 だが、彼等はそうはいかないのだ。


「……命は重い。例え相手が犯罪者だろうが、国賊だろうが、裏切り者だろうが、命に振るった刃の感触は忘却する事を許さず、命を穿った魔法の音は頭の中で鳴り響き続ける……。悲鳴が、慟哭が、怨嗟が、諸君を蝕み続けるだろう。しかしっ!!」


 平和を謳歌し、盲信し。その生活が当たり前である事を疑いもしなかった彼等の前に、避け難い試練が降り掛かった。


 最早賽は投げられ、出目が揃ってしまった。彼等はそれを、受け入れるしか無いだろう。


「それでも諸君は振るわねばならないっ! 我等の平和、安寧を脅かす彼の蛮族共をっ! 命を奪う覚悟を以って刃と魔法を振るわねばならないっ! 諸君にしか出来ない、諸君の覚悟が今っ! 試されているのだっ!!」


 だがそれでも、彼等は運が良い。


「その刃に決心を宿しっ! その魔法に決意を宿しっ! 他の誰にも背負わせず、他の誰をも傷付けさせず、我が身一身に全てを受け入れる覚悟を、諸君は迫られているのだっ!!」


 何故なら彼等の前には、強欲が居るのだから。


「逃げるのならば今だけだっ! 今すぐ馬車に乗り込み、我関せずと俯いて待てばいいっ。私は責めん。だが一生、真に覚悟を持った者に背を向け生き続ける事になるだろうっ! それを是とするか非とするかは諸君次第だっ!」


 改めて生徒達を見回す。


 その目には先程宿っていた敵意は無く、未だ弱々しくも覚悟を決めんとす決意が沸々と煮え滾り、命に向き合う意志が宿っていた。


 最低限、心の準備は整った。今こそ──


「さあ、選べっ!! 前を向き、命を奪う覚悟を以って平和に生きるのかっ! 俯き、真に覚悟を持った者に背を向け平和に生きるのかっ! ……諸君に、選択を委ねる」







「……クラウンさん」


 廃村アジトを見据えていた私に、ロリーナが語り掛ける。


「……どうだ?」


「はい。皆クラウンさんの言葉を受け止め、精悍な顔立ちで訓練の開始を待っています。馬車に戻った者は誰一人居ません」


「……そうか」


 ……。


 …………はあ。なんとかなったか。


 少々キツめの発破の掛け方をしたが、問題無く全員に仮の覚悟を持たせる事が出来たようだな。


 本当、こういう演説のたぐいは苦手なんだ。私自身が余り他人から物言われて気持ちが動くタイプではないから、心を動かすような気の利いた言葉など見当も付かん。


 だからせめて殺すという現実と覚悟を問うた。仮にでも今この場でそれが出来ない者はそもそも戦いに向いていないからな。


 これで何もしないよりは多少初めての殺人による混乱や動揺が抑えられれば良いが……。まあ、そこら辺のフォローは私やロリーナ、ヘリアーテ達が元々する予定だから問題はないが。


 因みに先程の私の演説は《遠話》のスキルが宿ったスキルアイテムにより各アジト前に居る全生徒達にも届けられている。


 あんな演説何度もする気になれんし、私の担当生徒だけに聞かせるのも少々不公平ではあるからな。


 しかしそれでも全員残ったか……。てっきりここから北のアジトに居るヴァイスあたりは抵抗すると思っていたんだがな。アイツが手を下せるかどうかは別の話だが……。


 と、この場に居ない奴の心配をしても詮無いな。今はそれよりこの場に居る私の可愛い部下達、ティールとユウナ、そして愛しいロリーナに、一言ずつ声を掛けてやらねばな。


 私が居るとはいえ相手も必死。軽い怪我ならば兎も角、致命傷を受けないなんて保障は何処にもない。万が一は、起こり得るから万が一なのだ。


 油断や慢心が、そんな万が一を手繰り寄せる……。もうマルガレンの様な間違いは犯さん。


 そんな油断や慢心に釘を刺す意味でも、一言ずつ言葉を贈っていこう。


 そんな決心を私なりにし、振り返ってみれば、そこには神妙な面持ちのヘリアーテ達とティール、ユウナが並び立っていた。


「なんだ。準備が良いな」


「どうせアンタの事だから、私達に一言くらいあんじゃないかっ、てね。まあ、無かったら無かったで私達が適当に一言言ってやろうかなっ、てね」


「ほう。まだまだ短い付き合いなのにも関わらず私を良く分かっているじゃないか」


「ひ、人付き合いは回数や年月より質よ。これ、貴族じゃ常識っ!」


 誤魔化すように顔を背けながら言うヘリアーテは照れ隠しで髪をかき上げる。


「ふふふ。そうかそうか。ではヘリアーテ」


 私はヘリアーテの前に移動し、彼女の目を真っ直ぐ見据えてから言葉を贈る。


「君には四人のリーダーを任せた。それは伊達や酔狂ではなく、私なりに君が最も相応しいと感じての事だ。他意はない」


「……ええ、分かってるわよ」


「いいか? 決して忘れるんじゃないぞ? 君は〝テニエル〟の子孫だ。その誇りと信念を忘れずに、今回の訓練に挑みなさい。そうすれば必ず皆が君を慕い、心から望んで君に着いて行きたいと望むと、私は信じている」


「ふんっ! 言われるまでもないわっ!」


「ああ。その意気だ」


 次にグラッド。彼の前に移動すると、まるで子犬のように嬉しそうな笑顔を見せる。


「グラッド。君には今回の訓練でも期待している。私のスキルの一部を宿しているのだ。その力を存分に発揮し、恥じぬ戦いを生徒達に見せてやりなさい」


「りょーかーい。ボスの期待に全力で応えるよっ!」


「それと、無茶してそのサングラスを割ったりするなよ? 君や生徒達の命には代えられんが、もしも割ったのなら自腹を切って貰うからな?」


「そ、そりゃー身が尚の事引き締まるね……。でも任せてっ! ボスからのプレゼント……絶対に傷付けたりしないからさっ!」


「ああ頼むぞ」


 次にロセッティ。


 彼女は私が前に立つと、少し緊張しているのか硬い表情のまま少しだけ俯いている。


「ロセッティ。君の魔力は四人の中で随一だ。そして空間の制圧力も、他にない君の特徴だろう。君の力を見せ付ければ、きっと君に惹かれる者もが少なくないだろう」


「い、言い過ぎですよ……。わたしに、そんな人を惹き付ける事なんて……」


「いいや、君は魅力的だ。君の作り出す世界は残酷なものでもあるが、同時に美しく、そして君の潜在能力そのものを表す力の証明だ。だから自信を持ちなさい。君ならば、必ず成し遂げられる」


「は、はいっ……!」


「よろしく頼むぞ」


 次にディズレー。彼は彼で少々元気が無いが、ロセッティのように自信がないというよりも、何処か悔し気である。


「ディズレー。随分と浮かない顔をしているな?まさかとは思うが、自分は平々凡々で他三人より劣っているなど考えているんじゃないだろうな?」


「──っ!? ……へへっ。やっぱクラウンさんにはお見通しか……。情けねぇ話だが、実際俺はヘリアーテ達みてぇに目立つ特技は無ぇ……。そんな俺に部下が出来るかどうか……」


「そうか? 君は力も魔力も器用に扱うオールラウンダーだ。それに加えて他者を思いやり、気を配れる思慮深い一面もある。それは他の三人には無い君なりの魅力だと思うがな? 人を惹き付けるという点にいては、少なくとも君が一番だ」


「お、おおう……。そう褒めちぎられるとむず痒くて仕方ねぇが……。まあ、期待されちゃあしゃあねぇっ! 俺は俺なりに、クラウンさんに恥かかせねぇ成果を出してやるぜっ!」


「ああ。君にならば出来る」


 次にティール。


 ティールは緊張が極限なのかガチガチに身体を硬直させ、視線も泳ぎに泳ぎまくっている。


「ティール」


「お、おお、おうっ! 俺はじゅ、準備万端だぜっ!?」


「無理して強がらんで良い。……初めての人殺しだ。緊張や動揺が出て当然。躊躇ちゅうちょや狼狽も、感じて当たり前だ」


「……でもよ。やっぱお前等が色んな覚悟持って戦ったりしてんに俺だけヌクヌクしてんのはさ……。俺弱いし役に立て無いけど、せめて気持ちだけでも皆に……お前に近付きたいんだ」


「そうか……。なら私もちゃんと寄り添ってやらなくてはな」


「うぅん、なんかちょっと気持ち悪ぃ言い方だけど……。よろしく頼むよ、クラウン」


 次はユウナ。


 ユウナも緊張してはいるが、どちらかと言うと先程渡した魔導書の方が気になるようで、先程から腰にぶら下げたブックホルダーをしきりに気にしている。


「すまないなユウナ。こんな土壇場にそんな本を渡してしまって」


「う、うぅん。まあ確かに気なるけど、なんか不思議とさ、不安は無いんだよね」


「そうなのか?」


「うん。この賢者の極みピカトリクスのお陰かな?勇気というか……自信? みたいなのが湧くんだよね。まあ、緊張は勿論してるけど……」


「ふふふ、そうか。ティール同様、お前も私が全力でサポートする。だからそこは安心しなさい」


「うん。期待してるよ」


 さて。では最後に……。


「ロリーナ」


「はい」


「……本音を言えば、君には余り血生臭い事はして欲しくはない。だがそれでも君は戦うと言うんだろう?」


「はい。将来クラウンさんの秘書として側に居る為、そしてクラウンさんの役に立つ為に、奮闘する所存です」


「君も頑固だからな。最早止めはしないさ。それと部下を見付ける事も忘れるんじゃないぞ?将来私の役に立ちたいのなら尚更だ」


「……善処します」


「ああ。……それじゃあ──」


 私は再び振り返り、廃村アジトの方を見る。


 これからあそこに攻め込み、盗賊達を蹂躙する。私が居る限りこちらに犠牲者を出すつもりは無いし、盗賊達を逃がすつもりも微塵もない。


 奴等の犯した罪の数々、その償いを、生徒達の糧にし、戦争への一つの布石とする。


 彼等の生む小さな奮闘、覚悟が、きっと戦争の優劣すら変える。可能性は低いが、私はそう信じている。


 さあ──


「では行くぞっ! ……私達の覚悟で、奴等の罪を洗い流せ」


 鬨の声が天高く響き、今、私達の暴力が波となって盗賊達を飲み込まんとした。


 ______

 ____

 __


『さあ、選べっ!! 前を向き、命を奪う覚悟を以って平和に生きるのかっ! 俯き、真に覚悟を持った者に背を向け平和に生きるのかっ! ……諸君に、選択を委ねる』


(……なんだ。なんなんだ……)


 ヴァイスは《遠話》のスキルアイテムから流れるクラウンの演説を聴き終え、呆然とする。


 彼の一言、一文が、まるで自分の中にイメージしていたクラウンの姿と違うのを感じ、ただでさえ混迷していたヴァイスの頭の中を更に掻き混ぜた。


(…………)


 更にその演説に周りの全員がしていた盗賊達に対する敵意は、命を奪う覚悟を宿した神妙さが窺い知れる程に見違え、安心感すら覚えた。


(……きっと僕がどれだけの時間を費やして演説しても、彼のようにはいかないだろうな……)


 最早諦めの境地。ヴァイスにとってあの演説は、クラウンに勝てる要素などまるで無いと現実を突き付けられたようで、唐突に今まで彼に抱いていた嫌悪感が和らいでいく。


(は、はは……。所詮僕が抱く彼への不信感や嫌悪感など、その程度の浅いものだったか……。そりゃあ彼に邪険にされるわけだ……)


 たった数分しかない演説によってヴァイスのクラウンに対する印象すら変わってしまった。


 ヴァイスはそんな自分が情けなくて、思わず泣きそうになってしまう。


「ヴァイス君大丈夫ぅ?」


 ふと顔を上げると、そこには心配そうに自分の顔を覗き込む三人の女子が居り、顔を上げた彼へ笑顔を向けてくれる。


「あ、なぁんだ。思ってたより大丈夫そうな顔してるじゃなぁい」


「大丈夫そうな、顔?」


「うんっ。なんとなくだけど、ちょっとスッキリというか、ね?」


「はい。いつも貴方は身体が力んでいて、常に気が張ってる感じでしたけど、今はリラックスしているみたいです」


(リラックス……僕が? 何故……)


 理由はわからない。


 もしかしたらクラウンが信念を持って命を奪う理由に納得しているのかもしれないし。


 もしかしたら命に向き合うそんな彼の姿勢に、無自覚で共感しているのかもしれない。


(……本当に、情けないな)


 ヴァイスは自身の両頬をぴしゃりと叩くと、目の前にある盗賊団アジトへと視線を向け、腰に佩く直剣に手を掛けた。


「ねぇ、本当に大丈夫ぅ?」


「ああ、ありがとう。もう大丈夫だ」


「なら良かったよっ! ずぅーっと元気なかったからさっ!!」


「私達きっかけじゃなさそうなのはちょっとだけ悔しいけどぉ。やっぱり殿方は元気でなくちゃあねぇっ!」


「でも無理はしないでくださいね。疲れたら私達が代わりますから」


 そんな事を言ってくれる三人の女子に目を見開いて驚くヴァイス。思っていた以上に彼女達を惹き付けていたのだと、内心の自信が少しだけ戻ったような気がする。


「……なんだ。僕って以外と現金だったんだな」


「え? 今なんて──」


「なんでもないよ。……さあ、始まるよ」


 スキルアイテムから聞こえてきたクラウンの号令に沸き立ち、生徒達が一斉に駆け出す。


「……三人共」


「なぁにぃ?」


「どうしたのっ?」


「なんでしょうか?」


「……君達の事は、ボクが守るよ」


 命は奪わない。


 相も変わらずそれだけは変わらないものの、ヴァイスは自分の為に心配してくれた三人に対し、可能な限りの誠意を示した。


 これもある種、彼なりの〝覚悟〟なのであった。


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