第七章:暗中飛躍-11

 


 アールヴの権力を握る最後の大臣を説得脅迫してから一週間後。


 私……いや、私達は盗賊団のアジトにされている廃村の前に来ている。


 私達、というのはロリーナやヘリアーテ達だけの事ではない。学院の生徒達、全員の事である。


 一週間程前に父上に話した盗賊団を利用した戦闘訓練は珠玉七貴族の根回しのお陰で滞りなく受諾され、本日こうして団体を引き連れて赴いたわけだ。


 ……まあ、エメラルダス侯からは「また仕事増やしやがって」という旨の皮肉と愚痴と文句が盛りに盛られた手紙が私の元へ届けられたわけだが……。


 後で労いの品でも贈っておく事にする。そろそろ私と交わした約束の真意にも気付く頃合いだろうしな。


 日程としてはここを含めた四つの盗賊団アジト襲撃を四つ同時に行う予定。これは順番に襲撃してしまった場合、各盗賊団が連絡を取り合い連携されてしまうのを防ぐ為。


 一応盗賊団同士で同盟を組んでいるらしいしな。下手に邪魔が入っては困る。


 因みにまだエルフ族との戦争は公表されていない現状、真実を伝えて混乱してしまわぬように生徒達にはこの戦闘訓練を「学院による治安維持協力と魔法の実地訓練」と偽り、通達してある。


 とはいうものの、裏で父上──〝翡翠〟傘下のギルドが発表時の混乱軽減策であるエルフ族との戦争に関する噂の流布を図った影響で、幾人かの生徒達は何となく察している様子だがな。


「……クラウンさん」


 と、懐中時計を眺め時間を確認しながらそんな事を考えていた私に話し掛けて来たのはロリーナ。


 彼女は私の顔を見上げ、それに応えるように私が振り向くと薄らと私に微笑み掛けて来てくれる。


「生徒達のここまでの引率、お疲れ様です」


「ああ、ありがとう。だが本番はこれからだ。一瞬たりとも気を抜く事など出来ないからな。やれる事を徹底せねば」


 今回私は学院生徒達の一部の引率を学院長である師匠から指名された。


 本来ならば教師がその役割を担うのが常ではあるのだが師匠曰く「下手な教員よりオヌシに任せる方が安全じゃわい」との事。


 教員達からも文句が出なかった事から学院全体の総意であるのは理解出来るが、よくもまあ貴族の親がそれを許したものだ。


 何せ今回の戦闘訓練は戦争さながらの経験を生徒達にさせる為の訓練。そこには当然死が付き纏う。


 私達にとっては訓練でも、盗賊達にはそんな事は関係ない。襲撃されたのだからやり返す。当然の容赦無き反撃が生徒達を襲うだろう。


 そうなれば経験の浅い生徒達など簡単に傷付けられるし、最悪殺される事もあるのは想像にかたくない。


 戦争の備えとしては打って付けの状況ではあるが、だからといって我が子をそんなリアルな死の現場に送りたいと思う者は少ないはず。


 教師に引率してもらうならまだしも、優秀なだけの生徒にそれを任せるなど何事か、と何かしらの文句を言ってくると予想したのだがな……。それとも誰かが黙らせたのか? 父上とか……。後で確認してみるか。


 ああそれと、私が四つ全てのアジトを担当するわけではない。しもの私もそこまで万能ではないからな。各アジトには教員二名と、万が一に備えて剣術団の団員が付いていてくれているから安心だ。


 私が担当するこのアジトには私とロリーナと部下であるヘリアーテ達が、教員と剣術団員の役割を代わりにこなすつもりでいる。


「クラウンさん。時間は大丈夫ですか?」


「ん? ああ、そろそろ私も動かんとな」


 この後すぐ、私は訓練を開始する前にここを含めた各盗賊団アジト四つへ転移して回る。


 目の前の廃村アジトはポーシャとその子供。そして世話係という盗賊一人を回収するのは元々の予定。


 他盗賊団のアジトも事前に盗賊団ボスに交渉脅迫をしているので、各所でも諸々の回収だ。


「では行ってくるよロリーナ。ヘリアーテ達にもそう伝えておいてくれ」


「はい。わかりました」






 私がテレポーテーションで廃村アジトの屋敷にある例の地下室へ転移すると、そこには予定通りポーシャとその子供三人。そして世話係盗賊と盗賊団ボスが一堂に会していた。


「……っ!」


「「「わぁっ!?」」」


「うをぉっ!?」


「び、ビックリさせんじゃ──させないで下さいよぉ……」


 突然目の前に現れた私に驚いたポーシャ達。それぞれにリアクションしているが、面倒なのでスルーする。


「予定通り迎えに来た。準備は整っているか? ポーシャ」


「え、ええ。大丈夫、問題無いわ」


「そうか。と、その前に……」


 私は盗賊団のボスへ振り返り、首根っこを掴んで地下室の入り口へ引きづる。


「ちょ、ちょっ、おい何を──」


「黙れ。すまないがポーシャ、少しだけ待っていてくれ。ちょっとする事があってな」


「──っ! ……分かったわ」


 それだけで私が何をするつもりなのか察し、ポーシャは少しだけ俯くと落ち込んだ声音で了承する。


「直ぐに済む」


 地下室の扉を開け階段を上がり、廊下に出た所で盗賊団のボスを離してやると、彼は首を押さえながら訝しんだ目で私を睨む。


「な、なんですかいっ!? 処理する事って──っ!? まさか……」


「誤解するな。ここはアジトの本丸だろう? ならば盗んだ金品もここに保管されているんじゃないのか?」


「そ、そうですが……」


「なんだ、回収しなくていいのか? 今の内に持ち出さないと学院側が没収して国に預けてしまう。数年服役してシャバに出たら生活は苦しいままだぞ?」


「──っ! な、成る程……」


「ほら。私も手伝ってやるから保管場所に案内しろ」


「手伝う? あ、アンタが?」


 そりゃあ疑うのも無理はないな。だがここは《虚偽の舌鋒》で……。


「ああ。その代わり一部を私に寄越せ。それが手伝ってやるのと金品の事を黙っていてやる条件だ」


「な、成る程……。へへっ、アンタも中々悪い奴だなぁ」


 こういうのは無償で施してやるよりも、しっかり要求を主張した方が説得力が増して信用され易くなる。タダ程高いものは無いからな。


「好きに言ってろ。ほら、急がないと外で待機している奴等に悟られるぞ」


「分かった、着いて来て下せい」


 先程から敬語が安定しない盗賊団のボスに促され、屋敷の中を進んでいく。


 そうして到着したのは執務室らしき部屋。どうやらコイツの寝床として使っているらしく、汚らしい寝具が床に放られっぱなしになっている。


「寝室の方が広いだろうに」


「いやぁ盗品の事が気掛かりでして……。近くに居ないと落ち着かないんですよ」


「そうか」


 そんな雑談をしながら盗賊団のボスが奥にある本棚へ歩み寄ると、そこに収められた本を一冊取り出し表紙を捲る。


 するとそこには一つの鍵が収納されており、盗賊団のボスはそれを取り出すと、本棚の木目の一部をスライドさせて鍵穴を露出させ、そこに鍵を差し込んで捻る。


 カチリ、という音と共に本棚と本棚の間に隙間が生じる。盗賊団のボスがその出来た隙間に指を入れて力を込めると本棚は横へとスライドし、一枚の扉が姿を現した。


「ほう。隠し部屋か」


「ああ。この部屋を調べた時に偶然見付けてよ

 。そのまま盗品の保管場所に使ってんだ……です」


「そうか。他に保管している場所はあったりするか?」


「いいやここだけです。この部屋案外広いんでわざわざ分けて入れんでも十分なんですよ」


「……そうか」


「はいっ! じゃあ早速中身を回じゅ──」


 その瞬間、盗賊団のボスの首が宙を舞う。


 数瞬遅れて断面から鮮血が舞い上がると、丁度首が床を転がるタイミングで身体がバランスを失い床に倒れる。


 首を飛ばしたのは当然、私。燈狼とうろうにより痛みを感じる暇も無く首を寸断し、絶命させてやった。


「お前が捕まり、収監ギルドに送られれば悲惨な日々を過ごす事になる。傲慢な言い方になるが、これは私からの慈悲だ」


 生きたまま収監ギルドへ送り、真っ当に罪を償わせた方が被害者は報われるのかもしれんが、一応は私に協力したからな。私の裁量で悪いが、コイツに関してはこれで終わりだ。


「ムスカ。私の目の前にある死体からは蛆を回収して構わん。ついでにこの死体はあっても違和感の無い場所に置いておきなさい」


『はい。了解しました』


 ムスカが私の胸中から暗黄色の光として飛び出し、いつもの蝿の姿に変容すると盗賊団のボスの死体を抱えて飛び去る。


「……さて」


 私は目の前の隠し部屋の扉に手を掛け開ける。


 一切の光が無い部屋に《光魔法》の光球を飛ばし中を照らし出してみれば、そこには奴が言っていたように盗品と思われる金品が所狭しと置かれていた。


「よくもまあ、これだけ……」


 十畳程の広さの部屋の殆どを埋め尽くした盗品達は実に雑に放置されており、場所によっては埃が積もっている。どうやら貯めるだけ貯め込んで欲求を満たすタイプらしい。


「ふん。盗るだけ盗って放置とはな。私が一番嫌いなタイプのやり方だ」


 盗んだなら盗んだで有効活用しなければ本当の意味で宝の持ち腐れ……無用の長物だ。扱えぬ、扱わぬ物を持っていて何になるというのか。


 と、そんな事よりだ。さっさと盗品を物色しよう。


 一応これらは盗品だからな。全てを私が回収してしまうのは流石にマズい。金品の一部とスクロール。それと何か役立ちそうだったり希少な物を選りすぐって……うん?


 私はふと目端に映った部屋の隅で山積みにされた本に目線を移し、近寄ってから埃を払う。


 そして一番上に置かれていた本を手に取り、めつすがめつ観察してみた。


 古い年代の物なのか、所々傷付いてはいるもののハードカバーで丁寧に装丁されている為か扱えない程では無い。厚みは分厚く、書物全体が深い紺色で染め上げられ、表紙や裏表紙、そして背表紙には金色の塗料で細かな柄が描かれていた。


 肝心の表紙に刻まれた本のタイトルも同様の金色の塗料で書かれており、字体は僅かに掠れてしまっていたが、なんとか判読出来る。


「これは……「賢者の極みピカトリクス」?」


 明らかに他の書物と違う存在感を放つ賢者の極みピカトリクスに興味が湧いた私は、その場で正体を探ろうと鑑定系スキルを複合発動させてみた。すると──


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 アイテム名:賢者の極みピカトリクス

 種別:マジックアイテム

 分類:魔導書

 スキル:《占星術・初》《占星術・熟》《占星術・極》《付与術・初》《付与術・熟》《祈祷》《祈願》《魔導の導き》《土星の加護》

 希少価値:★★★★★★★★★

 概要:世界に数冊しか存在しない本物の魔導書の内の一冊。占星術について深淵に迫る内容が記されており、読み手に対し天体についての深い知識をもたらすとされている。


 しかしその内容の殆どは暗号化されており、並の知識では解読困難。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ……。


 …………。


 …………また、エラいものが出て来たな。







「……ああ、戻ったのね」


 盗品の物色も終わり、粗方必要な物を回収し終えた私はムスカを回収してからそのまま地下室へと戻った。


「待たせてすまないな。さあ、早速転移して──」


「ちょ、ちょっと待ってくれっ!」


 これ以上時間は掛けられないと早速テレポーテーションで転移しようとした矢先、世話役盗賊が私に待ったを掛ける。


「……なんだ」


 露骨に嫌そうな顔を向けてみると、彼は少しだけ怯んでから意を決したように口を開く。


「ぼ、ボスは……? 一緒に出て行ったろう?」


「……」


 彼の質問に対し、私は一瞬三人の子供達に視線を向け、世話役盗賊は首を傾げる。


「な、なんだよ……」


「子供の前で理由を聞くつもりか?察しろ」


「──っ!?」


「世の中には〝間に合う奴〟と〝間に合わん奴〟が居る。奴は後者だ。分かるだろう?」


「それは……、そうだが……」


「お前が盗賊になった経緯は知らん。だが奴に恩があるにしろ無いにしろ現実は変わらんよ。お前はまだ〝間に合う奴〟なんだ。受け入れなさい」


「くっ……。ガキの癖に……」


「ふん。そのガキに世話になっている奴がガキみたいに駄々を捏ねるな。時間の無駄だ、行くぞ」


 半ば無理矢理世話役盗賊の肩を掴み、空いている手を静観していたポーシャへ差し出す。


「掴まりなさい」


「ええ……」


 言われた通りポーシャは私の手を掴むと、次に不安そうな子供達に「大丈夫よ。離さないでね」と優しく言いながら手に触れさせる。


「問題ないな? 行くぞ」


 ちゃんと私に触れているか最終確認し、全員が頷いたのを確認してからテレポーテーションを発動。彼等の新たな安住の地へと転移した。







 ポーシャ達をあらかじめ用意していた借家へと送り届け、私はすぐさま廃村アジトへ転移する。


「ああ、お帰りなさい」


「ただいま」


 転移して直ぐロリーナが私の元へ小走りで駆け寄って来る。嗚呼、ロリーナの一挙手一投足に癒される……。


「……? どうかなさいました?」


「いやなに。君の姿を見ると安心して癒されるな、と……」


 先程までむさ苦しい場所でむさ苦しい奴を処理したからな。彼女が居るだけで心が洗われる思いだ。


「ま、またそうやって……」


「ふふふ、すまないな。私はまたこの後他のアジトに向かってしまうが、準備はどうだ?」


 そうロリーナに確認すると、彼女は一つ咳払いをして調子を戻してから改めて連絡してくれる。


「はい。問題はありません。生徒全体は少し浮足だったり、不安そうな雰囲気ではありますが、問題は無いかと」


「ヘリアーテ達は?」


「彼女達も準備万端です。ただクラウンさんに言われた「生徒を部下にしろ」という宿題に不安そうにはしていました。グラッド君以外」


「ふふふ、そうかそうか。因みにティールとユウナはどうしている?」


 生徒全員を集めている関係上、当然ティールとユウナもこの場に連れて来られている。


 ユウナはまだしもティールは魔法の才能が無い為、盗賊相手でも十中八九負けてしまうだろうが、これも試練だ。


 私が手厚くサポートはするが、ちゃんと盗賊一人を相手してもらい、可能であればトドメを刺させる。


 万が一があるからな。やれる事はやっておかねば……。と、そうだ──


「すまないがロリーナ。ちょっとユウナを呼んで来てくれるか?」


「ユウナちゃん、ですか?」


「ああ。少し用があってな」


「分かりました。呼んできます」


 そう言ってロリーナはユウナを呼びに去って行く。それから少しして……。


「あ、あの……。なんでしょうか……」


 ロリーナがユウナを連れて来たのは良いが、何故かロリーナの陰に隠れてビクビクと怯えていた。なんなんだ一体……。


「……何を怯えている?」


「い、いやだってっ!貴方からの呼び出しとかロクな事じゃないに決まってるじゃないですかっ!!」


「それを私に言うかなまったく……」


 まあ、ロクな事じゃないのは余り否定し辛いがな……。


「取り敢えずロリーナの陰から出て来なさい。渡すに渡し辛い」


「……渡す?」


「ああそうだ。ほら早く出なさいっ!」


 中々出て来ようとしないユウナに業を煮やし、無理矢理首根っこを引っ掴んで私の前に連れ出し、暗い顔をする彼女にポケットディメンションから取り出した一冊の本を見せた。


「…………これは?」


 唐突に突き付けられた一冊の本を指差しながら私の顔を覗き込むユウナ。私はそんなユウナに強制的に本を持たせ、その本について簡単に説明する。


「それは賢者の極みピカトリクスという魔導書だ」


「…………はい?」


 目をパチクリさせながら首を傾げるユウナを無視し、話を続ける。


「世界に数冊しかない珍しい物らしくてな。お前本好きだろう? だからプレゼントだ」


「……は? ……え?」


「しかし内容は暗号化されていて今は読めたもんじゃない。私も協力するから解読を試みてくれないか?晴れて解読に成功した暁には完全にお前の物にして構わんから」


「……は、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!?」


 ______

 ____

 __


(……何故、こんな……)


 クラウン達が居る廃村アジトから北にある洞穴を利用して作られた盗賊団のアジト。そのアジトから少し離れた場所にて、学院の学生達は教員と剣術団員の引率の元、集まっていた。


 皆が魔法の練習をしたり、余り慣れない剣の使い方を剣術団員に習いながら訓練決行までの短い時間を過ごしている中、一人ヴァイスは手頃な岩に腰掛け頭を抱えていた。


(盗賊を利用した訓練? 正気なのかこの学院はっ!?)


 ヴァイスが悩んでいるのは正に現状そのものに対して。先程教員により通達された「最低一人はトドメを刺してもらう」という宿題に、彼の頭は混迷を極めていた。


(確かに盗賊は犯罪者だ……。罰を受けるべき存在だ……。だがそれでも命を奪って良いはずがないっ!!)


 心の中で幾度となくそんな事を叫び続けるヴァイスだが、彼がいかに優秀であろうと授業内容を変える事は出来ない。


 現にこの訓練の事を知らされた際に教員達に何度も何度も抗議したが、返ってくる返事はいつも「学院長、そして珠玉七貴族からの勅命だ。変えることなんて出来ない」と全く取り付く島がなかった。


 ならばせめて生徒達を説得し、命の尊さを説きながら訓練に参加しないようにもお願いして回ったが、彼等は彼等で単位が足りなくなる事を恐れて拒否したり、中には「戦争の噂もあるからなぁ……」と万が一を考えて参加を決定していた。


(戦争の噂は僕も知っている……。だがそんなもの所詮は噂じゃないかっ!! なんで皆んな受け入れているんだっ!?)


 彼には生徒達の事が理解出来なかった。


 何故皆んなをやろうとするのか?


 何故皆んなを理解出来ないんだ?


 そんな怒りや困惑が激しく入り混じった感情で胸と頭が一杯になっていたヴァイスは、解決策が一切思い浮かばず、ただ頭を抱えるしか出来ずにいた。


「……はあ。…………兎に角」


 ヴァイスは深い深い溜め息を吐くと腰を下ろしていた岩から立ち上がり、腰にはいている新調した直剣に手を触れながら同級生達が集まる場所を見遣る。


「僕に出来るのは皆が盗賊に殺されないようにする事だけ……。それと盗賊のボスと交渉もしてみよう。もしかしたら降伏して、皆が盗賊を殺めなくて済むかもしれない……」


 可能性は低い。だが自分が思い付く事などこれが限界だ。


 歯痒い思いを抱きながら少し仮眠でも取ろうと歩き出す。すると──


「あっ。ねぇねぇヴァイス君っ!!」


「ん?」


 振り返ってみればいつもの女子三人がヴァイスの事を見付け、無駄に良い笑顔で彼に駆け寄って行く。


「……どうしたんだい?」


「お願いっ! 私達に魔法教えてっ!」


「魔法を? 今かい?」


「そりゃそうよぉ。私達盗賊なんかに殺されたくないものぉ。ちゃんと倒さなくちゃ」


「そう、かい……」


「はい。聞いた話では私達が相手にする盗賊共は行商人を狙って襲う許し難い連中だそうです。豪商の娘としては捨て置けません。しっかりと私が奴等を誅さねばならないんです」


「……」


 彼女達の目に、盗賊に同情するような感情は一切含まれていない。


 あるのは全て自分の為の感情のみ……。そんな彼女達を、それでもヴァイスは責める事が出来なかった。


「……少し広い場所に移動しよう。時間も無いから厳しくするけど、大丈夫かい?」


「うんっ! 大丈夫っ!」


「問題ないわぁ」


「よろしくお願いします」


「……ああ」


 結局何も変えられない自分に、ヴァイスは悟られぬよう奥歯を強く噛み締める。


 口の中で血の味が滲んだのを感じながら……。


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